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17 港町へ

 エヴァン様のお陰で、私の悩みは一挙に解決しました。

 私としては、アランが戻ってきたらハイド子爵の後を継いで、代官としてこの地を守ってくれることを期待していますが、押し付けるつもりはありません。

 マリア王女殿下と末長く幸せに暮らすのが一番なのですから。

 

 私たちは自分の人生を使って大事なことを学んだのです。

 もう間違えることは無いでしょう。


 翌日私たちは三人で港町に向かいました。

 隣の領とは言っても山を下るだけですから、朝出発すれば昼過ぎには到着します。

 しかも領主同士が仲良しでしたから、道路も整備されていますから快適です。


「見て!海よ!きらきら光って美しいわ」


 ララが子供のようにはしゃいだ声を出しました。

 エヴァン様は無邪気に喜ぶ妹を、愛おしそうに眺めています。


「そろそろお腹が空かないか?着いたらすぐに食事に行こう。ハイド子爵がおススメのレストランを予約してくれているからね」


「私も港町は久しぶりなので楽しみです。オサシミっていう東の国の料理が自慢のお店なんですよ」


「ああ、魚に火を入れないで出すのだろう?以前王宮で牛肉の塊を焼いて、焦げ目の無いところだけを細かくしたものを食べたことがあるが、見た目は生肉だったんだ。でも料理長が言うには火は通っていると言ってたから、本当の生でしかも魚なんて珍しいよね」


「ええ、新鮮でないと絶対にダメなんですって。それに生臭さを出さないために、釣ってすぐ血を全部抜くという作業が必要なのだそうです」


「血を抜く?」


 ララが少し気持ち悪そうな顔で聞き返しました。


「ええ、なんでも特殊な方法があるんですって。あとで聞いてみましょうね」


 海鮮レストランに到着しました。

 ここのテーブルは黒檀という材質で作られていて、とても落ち着く雰囲気なのです。

 席に案内されると、オーナーとシェフが挨拶に来られました。


「お久しぶりです、ローゼリアお嬢様。私を覚えていますか?」


「もちろんです。ご無沙汰しております。紹介しますね。エヴァン様、こちらがこのレストランのオーナーでタナーカ様、そしてシェフのヤマーダ様です」


 エヴァン様がにこやかに握手の手を差し出します。


「はじめまして。ドイル伯爵家が長男であり、ローゼリアの婚約者であるエヴァン・ドイルと申します。こちらは妹のララです。ローゼリアとララは同級生で貴族学園の寮でも同室という仲の良い間柄ですよ」


 私の婚約者だという言葉に怯んだのは私だけでした。

 きっとお二人ともアランとのことを聞いているのでしょう。

 にこやかにエヴァン様と握手を交わしていました。


「私どものような者にまでご丁寧なお言葉を賜り、感謝いたします。今日は腕によりをかけますので、ぜひハポン料理をご堪能下さい」


 二人は深いお辞儀をして下がっていきました。

 ララが私に聞きました。


「素敵な黒髪ね。瞳も黒くて肌が少しベージュって珍しいわ。それにハポン料理って何?」


「ハポンという国のお料理のことよ。東の果てにあるのですって。そこの人たちはみんな黒髪で黒眼なんですって。お父様が地質調査に東方に行かれたときに出会われたと聞いたことがあるわ」


「東方の国の方なのね?衣装も見たことないデザインだったわ。袖口が随分広いのね。ベルトも幅の広い布でできていたわ」


 エヴァン様が少し驚いた顔で言われました。


「ララはあの短時間でそこまで見ていたの?」


「ええ、私って成績は普通だけど人の衣装を覚えるのは得意なの。あの方たちが来ておられた衣装に使われていた色も全部覚えたわよ?」


「へぇ知らなかった。ララは人より早くケーキを食べるという特技しかないと思っていたよ」


 そんな感じで笑い合っていたら、早速お料理が運ばれてきました。

 

「サラダのお野菜は知っているものばかりなのに、ドレッシングが素晴らしいわ。初めての味よ」


 ララが感嘆します。

 ウェイターが嬉しそうに説明してくれました。


「こちらはハポン料理には欠かせないソイソースというものをベースにしております」


 次は待望のオサシミです。

 冷えたガラスの皿に、真っ赤なのと真っ白なオサシミが美しく盛りつけられています。


「美しいな」


 エヴァン様が驚嘆しておられます。


「本当ね、これが生なの?私が知っているお魚とは色が違うわ。お魚って茶色いのだと思っていたもの」


「これも火を入れると色が変わりますよ」


 シェフがやってきました。


「魚は種類によって身の色が違います。こちらの赤いのがツーナ、こちらの白いのがシーブリームと言います。白と言いましたが薄いピンクにも見えませんか?」


「本当だ。白というよりとても薄いピンクだね」


「はい、この色を私たちの国ではサクライロと言います」


「サクライロ…素敵な名前の色だわ。ねえ?ローゼリア」


「本当ね。サクライロというのは桜の花と関係がありますか?」


 私の問いにシェフが驚きました。


「ローゼリアお嬢様は桜をご存じですか。あっ!もしかしたらあの苗木は生きているのですね?」


「ええ、我が家の東屋に日陰を作ってくれていますわ。春には見事な花を見せてくれます」


「嬉しいですね。ワンド伯爵は大切にして下さっていたのですね。あれはオーナーと私から友情の記念に贈ったものなのです」


「そうでしたか。私はまだ幼かったので聞いていても忘れたのかもしれません。ごめんなさい」


「あの苗木を贈ったのはお嬢様の生まれるずっと以前ですからね。というよりベックもクライスも学生でした。すみません親しげに名前を言ってしまいました」


「もちろん構いません。父もおじ様もお二人とは友人だと聞いています。身分など関係ない素敵な関係で羨ましいです」


 それからシェフは料理が運ばれるたびに、丁寧に説明してくださいました。

 エヴァン様もララもオサシミがとても気に入ったようで、特にソイソースとワサビという香辛料に興味を示していました。


「これだけ食べると涙が出るほど辛いわ」


 フォークの先で残っていたワサビを口に入れてララが言いました。


「そう?私はこれだけでも十分お酒が飲めるほど気に入ったよ。辛口の白ワインなんか合うんじゃないかな」


 エヴァン様はウェイターに言ってワサビだけをお代わりしました。


「お気に召して何よりです。これは保存方法によっては数日保存できますので、お帰りの時にお土産にお渡ししましょう」


 オーナーのタナーカ様が嬉しそうに言いました。

 その後はシェフから魚の血を抜く方法を聞きました。

 釣ってすぐに魚の頭をナイフで刺して、エラの下にある頸動脈と尻尾の上を切るのだそうです。


 シェフ曰く、脳を殺して心臓だけ動かすと体中の血が全て抜けるのだそうです。

 ララと私は想像して少しビビってしまいました。


「動物でも応用できるかな」


 エヴァン様の発言が不穏です。


「魚でも大きなものは難しいですね。その場合は吊り下げて血抜きします。処理方法は同じですが、個体が大きいと血の量も多いですからね」


 シェフの説明が具体的過ぎて怖いです。

 二人のせいで目の前に置かれた焼きたてワッフルにかかったストロベリーソースが血に見えます。

 ララも怖がっているのではないかと思って横を向くと、嬉しそうな顔でたっぷりと真っ赤なソースを纏わせてワッフルを頬張っていました。


 レストランを出た私たちは商店街を見物し、たくさんのお土産を買いました。

 ララはハンテーンという薄いガウンをご両親に買いました。

 私はそれに合わせたオービというハポンのベルトを選びました。

 エヴァン様はとてもたくさんのお酒や、魚を干して保存できるようにしたものを購入されました。


 疲れた私達はお土産の山を従者に渡し、カフェに落ち着きました。

 ミルクをたっぷり入れた甘い紅茶が疲れを癒してくれます。


「はい、これはローゼリアに。そしてこれはララだ」


 エヴァン様が奇麗なリボンをかけた小箱を差し出しました。


「ありがとうお兄様」


「ありがとうございます」


「開けてごらん」


「まあ!素敵なペンダントだわ。あら?ロゼとお揃いね?」


「ああ、真珠だよ。髪色に合わせてララにはイエローパールだ。そしてロゼにはブルーパールだよ」


 そう言うとエヴァン様は私の後ろにまわって、ペンダントを着けてくださいました。


「ありがとうございます。エヴァン様」


 ララの後ろでペンダントの留め金を掛けながら、エヴァン様が美しく微笑まれました。


「ありがとうお兄様。ロゼへのプレゼントのついでだとしても嬉しいわ」


 ララがニヤッと笑います。


「あれ?バレた?さすがララだ」


 着けてもらったペンダントを見せあう私たちを微笑ましく眺めながら、エヴァン様が言いました。


「ジョアンには何にしようか」


「それなら私に良い考えがあります!」

 

 私は張り切って手を挙げました。

 私が考えていることを言うと、お二人は大賛成してくださいました。

 今夜は港で花火が上がるとのことで、私たちは一泊してから帰ることにしました。

 花火を見るなんてルーカス王子殿下がワイドル国の王配に決まったパーティー以来です。

 ワクワクします。


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