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15 利用しろと言われても

 ララと私はエヴァン様の仕事の都合がつくまでの間、ジョアンと三人で穏やかに過ごしました。

 ジョアンは相変わらず無駄なことは一切話しませんが、常に私の側にいてくれます。

 きっと私の傷ついた心を気遣ってくれているのでしょうね。

 ジョアンは本当に優しい子です。

 

 私はジョアンのお陰で、父がのめり込んでいた地質学に関する知識を少しですが得ることができています。

 土は無限の種類がありそうで、実は12種類に分類できるとか、用途に合わせてブレンドすることで、育てたい植物の適性に合わせられるとかです。


 中でも土壌生物と豊かな森の関連など、ジョアンに教えられなければ知ろうとも思わなかったことを知ることができたのは、とても有意義だと思います。

 この土壌生物、中でも線虫という生物が重要な役割を担っているのだとか。


 とても小さくて肉眼では判別できないらしいのですが、時々ジョアンが掘り返した土を見て笑っています。

 彼には何かが見えているのかもしれないですね。


 そうこうしている間にエヴァン様の都合がつき、私たちはワンド領に旅立ちました。

 ハイド子爵夫妻は、私の生まれた屋敷に今でも暮らしています。

 ありがたいことに、父との約束を律儀に守って下さっていて、私は今まで金銭面で不自由をしたことがありません。


 でもそれはアランと私が婚約者だったという事が前提です。

 これからどうするのが一番いいのか、世間知らずの私には考えることができませんでした。


「そんなに難しい顔をすることはないさ。ロゼのことは我がドイル伯爵家が全面的に支援するから、安心しなさい」


 エヴァン様はそう言ってくださいますが、私としては育てて下さったハイド子爵夫妻に悲しい思いをさせたことが、心の負担になっています。


「ロゼも辛いだろうけれど、きっとハイド子爵夫妻の方が居た堪れない思いだろうから、アランのことは割り切ってビジネスライクに話を進めよう」


 そう言って私の頭にぽんぽんと優しく触れるエヴァン様。

 本当に頼りになるお兄様です。

 

 ララは港町に行くことを楽しみにしています。

 あそこは異国情緒が漂う素敵な街ですから、きっとララも満足することでしょう。

 私は一度だけいただいたことがありますが、港町にある海鮮レストランでは、お魚を生のままで出すメニューがあるのです。


 そんな話をしているうちに、ワンド伯爵邸に到着しました。

 玄関先にはすでに子爵夫妻が並んで立っています。

 心なしか顔色も悪く、少し瘦せたような印象です。


「お帰り、ローゼリア。そしてようこそおいで下さいました、ドイル伯爵令息様と伯爵令嬢様。いつもローゼリアがお世話になっております。親代わりとしてお礼申し上げます」


「こちらこそ厚かましくお邪魔して申し訳ございません。私はドイル伯爵家が長男、エヴァンと申します。こちらはローゼリア嬢と仲よくさせていただいている妹のララです」


 いつもふざけてばかりのエヴァン様って、貴族然としたご挨拶もできるのですね…などと不届きなことを考えながら、屋敷に入りました。


 私の部屋はそのままになっていて、その隣にララの部屋が用意されていました。

 エヴァン様は私たちの部屋の廊下を挟んだ対面で、その昔に父が使っていた部屋です。


 私たちはそれぞれの部屋で荷を解き、エヴァン様の部屋に集まりました。

 子供のころからいるメイドが、ワンド領の名物であるナッツパイと紅茶を運んでくれました。


「このナッツパイはとてもおいしいのよ。紅茶はミルクティーがおススメなの」


「ホントにおいしいね。香ばしくて食べやすい。仄かな苦みがミルクティーに良く合うよ」


「お兄様がお菓子を召し上がるなんて珍しいわね」


 そう言いながらララはすでに二個目に手を伸ばしています。

 その日は疲れを癒やすために、旅の目的である話し合いはせず、和やかな雰囲気で夕食を楽しみました。


 お風呂に入って自室で本を読んでいると、ララとエヴァン様がやってきました。


「まだ寝てないでしょ?」


「はい、さすがにまだ眠れません。子供の頃に読んでいた本があったので、懐かしくて手に取っていました」


「へえ、子供の頃のロゼはどんな本を読んでいたのか興味があるね」


「絵本の延長のようなものばかりです」


 そう言うとララが本棚の前に行きました。


「私でも読めそうなのがたくさんあるわ。何冊か睡眠薬代わりに借りてもいい?」


「勿論よ。好きなだけ持って行って」


 ララは本棚の前で、うろうろしながら本を選び始めました。

 エヴァン様が私をソファーに座らせて、隣に腰かけます。


「もう一度確認したいと思ってね。ロゼはどうしたいという強い希望は無く、爵位は継ぐけど、領地についてはハイド子爵の意志を尊重するということで良いのかな?」


「はい、そうです」


「もしもアランが言ったように、ワンド州とハイド州の両方を継がせたいと言われたら、それはそれで良いんだね?」


「そういうご意志であればお受けしますが、すぐというのは困ります」


「うん、私もその方がいいと思う。人の気持ちは移ろうからね。今はアランへの怒りでそう決めたのかもしれないが、やはり実子は可愛いだろうから」


「わかります。決めたことを絶対に守れというつもりは無いのですが、私としては父の研究所だけは守りたいです」


「ああ、それは絶対的条件として伝えよう。私が間に入るから、ロゼは気負わなくていいよ。でも嫌なことは嫌だとはっきり意思は伝えるようにしようね」


「頑張ります」


「明日は朝食の後からすぐに話し合いを始めるとの事だ。話に目途がついたら港町にララを連れて行かないと機嫌が悪くなって、私に被害は集中するからね」


「私も楽しみなんです!」


「私もだ。それともう一つ、大事な話をしたい。これは我がドイル家の総意なのだが、ロゼが引継ぐ財産目当てにわらわらと婚約が申し込まれると思うから、対策を打つべきだと考えている」


「まさか!でもそうかも?」


「間違いないよ。そこでだ、私と婚約しないか?ロゼの親友の兄という立場では、守り切れないんだ。でも婚約者という立場でなら、ロゼを狙う輩から守ることができる。ドイル家も全面的に支援できるしね。でもロゼは今とても傷ついている。婚約なんて当分まっぴらだと思っているだろう。だからこそ私が適任だと思うんだ」


「仰る通りです。今はまだ婚約なんて…」


「うん。君の心がどれほど辛いかを、私は誰より理解していると自負している。それに、おそらく明日の話し合いでハイド子爵は親戚の男性との婚約を勧めてくるだろう」


「えぇっ!」


「いや、一番現実的な方法だ。だから既に私と婚約する約束を交わしているという事が重要になる。ドイル家はお陰様で君の領地が欲しいほど逼迫はしていない。もちろん君が私のことが大嫌いで、絶対に嫌だというなら諦めるが。私はロゼが好きだよ?」


「ひえっ」


「そんなに驚く?もう何度も言ってるじゃない」


「冗談だと思っていました」


「冗談で口説くほどバカじゃないよ。私は本気だ。でもロゼは縛られる必要は無い。将来なんていくらでも変化するからね。今の状況を乗り切るためにも必要な措置だと考えればどうかな。改めて、ローゼリア・ワンド伯爵令嬢、私と婚約していただけませんか?」


 驚いて目を見開いている私の後ろで、本がバサッと落ちる音がしました。

 振り返るとララが手で口を押さえています。


「あれ?ロゼよりララが驚いている」


 エヴァン様がララを手招きしました。

 ララがゆっくりとエヴァン様の前に立ちました。


「私は本気だし、ハイエナを追い払うにも良い提案だと思うのだけど、ララはどう思う?」


 ララが涙目になって言いました。


「お兄様!ホントなのね?本当にロゼを幸せにしてくれるのね?」


「もちろん本当だよ。私としてはロゼに領地のことは全て放棄して、身一つで嫁いできて欲しいんだけどね。ほら、私の仕事は王都を離れることはできないし、ロゼにも夢を叶えて欲しいから。そうなると領地経営なんて無理だろう?」


 ララが私とエヴァン様に手を広げて抱きつきました。


「そんなことどうにでもなるわ。ロゼは領地相続に拘っていないし、みんなが上手くいく方法を考えればいいのよ。きっとお父様もお母様も協力してくださるわ」


「そうだね、みんなが幸せになれる方法を考えよう。って言うか、ロゼ?君の返事をまだ聞いてなかった。ごめん」


 私は口をパクパク動かすだけで、声を出せずにいました。

 もちろんエヴァン様は大好きですし、理想的な方だと思います。

 でも、理想的過ぎて現実味が無いのです。


「ロゼ!私は嬉しいばかりだけど、そんなに深刻に考える必要は無いわ。お兄様は上手いこと言ってるけど、きっとつき纏うご令嬢を牽制したいって思惑もあるはずだから」


「我が妹ながら鋭いね。確かにそういう利点もある。でもロゼに対する気持ちは本当だ」


 私は慌てて首を横にぶんぶん振りました。


「お兄様では嫌?」


 私はまた首をぶんぶんと横に振りました。


「じゃあ決まりじゃん。安心して利用しなさいよ」


 私は啞然としてしまいました。

 嫌ではないのです。

 でも頭の整理が追いつきません。


「ララ、そんな言い方したらロゼが困るよ?返事はゆっくりでいいから、ちゃんと考えて欲しいんだ。どうかな?」


 今度は首を縦にコクコクと振りました。

 今までで一番首の運動をしたかもしれません。


「でもね、ロゼ。君はとんでもなく辛い経験をしたばかりだ。まずはゆっくり傷を癒しなさい。私が急にこんなことを言ったのは、さっきも話したように明日の話し合いで君の婚約の話が出ると思ったからなんだ。ハイド子爵がアランの代わりをみつけていたら、今の私の立場では押し返せないからね」


 やっと私は声を出せました。


「私はまだ婚約とか結婚とか考えたくもないので…即答できなくてごめんなさい。でも領地のために押し付けられた婚約を結ばされるのはもう絶対に嫌です」


「うん、分かるよ。だから取りあえず明日は話を合わせてくれないか?今後のことは両親も交えてゆっくり話そう。もちろん私は君の気持ちを尊重するから」


 私はなぜか安心して頷いてしまいました。


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