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偽りの花嫁

「盟約の花嫁~星の刻印~」が現代とするとこれは過去編になります。単独でも読めますが星の刻印だけでも読んでいると話はスムーズだと思います。この話を書き始めたきっかけはレギナルトよりもっと好みの冷た~い感じの主人公を書きたくなって始めたのです(笑)筋書の構想は色々あってこれ以上書くとネタバレするので色々なコメントは最後の方にしますね。

『我々は盟約に従って、永遠に〈沈黙の地〉の封印を守る事を誓う。天界は盟約の証にオラール王国へ〈光の聖剣〉の輝きと、その礎なる〈天の花嫁〉を与える事を誓う。冥界は盟約の証にデュルラー帝国へ〈闇の聖剣〉の無限と、その礎なる〈冥の花嫁〉を与えよう・・・』

   

 これらは、オラール王国、デュルラー帝国の建国当時から伝承される盟約の抜粋である。

遥かなる古の時代―――世界は天界と冥界で成り立ちその境界には神々によって創造された人々が暮らし終わることの無い永久の平穏を信じていた。しかしその平穏な世界を無に変えてしまう邪悪な存在が現れたのだ。それは次第に・・・・嫌、急激に天界・冥界をも脅かす存在となった。

〈虚無の王〉と忌まわしく呼ばれるその者の力は強く、永く続いた平穏に慣れ衰退した世界は終焉をただ待つしかないと諦めかけていた。

 しかし、お互い干渉する事が無かった各界は同一の巨大な敵に対抗する為に力を合わせる盟約を結んだのだ。天界と冥界はそれぞれの力を凝縮した聖剣を創り、生命力に溢れ何よりも各界に無い強靭な心と活力を持つ人界の人間にそれらを与えた。しかし力なき人間は異界の巨大な力を使いこなす事が出来なかった・・・だが人間達は貪欲なまでの意志の強さで諦める事は無かった。その聖剣に相応しい者を創り出す為に、天界と冥界より花嫁を迎えて婚姻を結び、力に見合う胎児を誕生させたのだ。

 後にこの二人は成長し〈虚無の王〉を滅ぼすまでには至らなかったものの、人界の土地に封印し世界を救ったのだった。そして光の聖剣を擁する者はオラール王国を建国。闇の聖剣を擁する者はデュルラー帝国を建国し、〈虚無の王〉を封印した土地を〈沈黙の地〉と呼び両国はこの土地を盟約に従って守っているのだ。

 天界と冥界はこの〈虚無の王〉を封印する力を与える血脈の維持の為、彼らの一族へ同胞の花嫁を送り出す・・・これより盟約に記された花嫁は歴史の中に度々現れる事となる・・・   


 デュルラー帝国皇室秘事『継承者は冥の花嫁から結婚を承知してもらわなくてはならない。それを違えれば次代の継承者の誕生は無いであろう』これは冥神からの威令であった~これが皇室の秘事に記された時代の物語~


〝冥の花嫁〟が誕生したと大神官から告げられた。十七年後に再びそれが誰なのか神託があるという。

 帝国に陰りが見え始め、誰もが望んだ花嫁だ。

 国の衰えは皇家の血の薄れを示唆する。あと十数年、早く現れて欲しかったと幼帝は思った。自分が生まれる前にと―――


若干十歳にして大帝国を継いだナイジェルはそう思わずにはいられなかった。先帝は妖魔討伐の折、命を落とした。

薄れゆく冥神の血が〝闇の聖剣〟を十分に使えこなせていなかったからだった。

 力の衰えを嘲笑うかのように〝沈黙の地〟より妖魔が生まれ、帝国の住民らを恐怖に陥れていた。早すぎる皇帝の死去は、それを更に悪化させていくようだった。

 ナイジェルはそんな中、帝国に繁栄を約束する〝冥の花嫁〟に興味を抱かずにはいられなかった。

 

 先帝の喪が明けないこの時期にもたらされた慶事―――

  

幼いとはいっても皇帝となったからには子供のような態度は許されないのだが、今は年相応に興奮していた。

 それを悟ったのかクレヴァー大神官は、戒めるように咳払いを一つすると、続きを話しだした。

「陛下、宜しいですか。これは誠に喜ばしい事でございますが、状況が状況なだけに喜んでばかりではおられません」

「・・・・お前の言いたい事は分かっている。他の皇家の奴らの動向だろう?花嫁が現れたのなら極端に言えば結婚するのは僕で無くても皇家の血を引く者なら誰でも良いと言うんだろう?直系が大事にされるのは直系の第一子にしか刻印の子が生まれないからだよね。だけど今度はもし僕がいなくても〝冥の花嫁〟が次に産む子が大切なのだから僕は大切じゃない。そういう事だろう?」

「残念ながら・・・その通りでございます。先帝が存命でありましたら懸念する必要もなく時期を待つだけでしょうが、何分にも先帝のご兄弟方は野心家でいらっしゃいますから懸念は増すばかりでございます」

 帝位を狙った暗殺もあるという事だ。もちろんそれは国家反逆の大重罪になるのだが、大帝国の統治者になるという魅力の前では、心の暗いところを動かすのには十分だろう。


 幼い彼にはまだそれらを抑えるだけの力が無いのだ。彼らに知られる訳にはいかない―――


 唯一信頼出きるのはこの大神官だった。彼ら神官は皇家直系にのみ敬意を払い従うからだ。冥神を信仰する彼らにとってそれが当然の事だった。

「陛下、そこでお話がございます。この件を知るものは私と陛下しかおりません。ですから花嫁が目覚めるまでは内密にするのは当然ですが、それまで十七年という時が問題でございます」

「問題?どうして?」

「陛下は今年で十一歳におなりですが花嫁を娶るのに十七年待ちますと、二十八歳・・・皇統を継がれるお方の婚儀としてはかなり遅くなり皇族方が疑いをもたれましょう・・・」

「・・・・確かに。お前の言う通り、父も成人を迎えた十八の次の年には結婚していた」

 血統を第一に考える皇族は婚礼が早いのは常識だった。

「はい。さようでございます。皇家の婚儀を司るのは我らの役目でございますから、そのように取り計らっております。ですから陛下にも時間を稼ぐ為には慣例に従って、婚礼をお挙げ下さいませ。ただし、あくまでも形だけでございます」

「嘘の結婚?・・・・分かった。お前がそう言うのなら任せる。そして待つよ。僕の本当の花嫁を・・・・」


 そして十年が過ぎ、大神官が選定した娘と婚儀を挙げた。目立ったものは無く平凡で大人しく従順な娘だった。血筋は良いが実家は宮廷に影響を及ぼす程の力は無く、実に扱いやすい娘だ。選定にあたっての大神官の苦労が見えた。

 皇后に選ばれておかしく無く、だが適当に黙らせる事が出来る相手―――適任だった。


 数年過ぎても皇后イレーネは直接、ナイジェルに問い正す事は無かった。イレーネは問う勇気が無かったのだ。自分が皇后に選ばれ、親族も天に昇るかのように喜んでいた。もちろん自分も憧れの皇帝陛下の妻になれるとは夢を見ているようだった。

 そして幸せの絶頂を迎えたあの日―――厳かに執り行われた婚儀の夜。魔法は解けたのだ。


 女官達に念入りに身体を洗われ、香油を肌に塗り込まれて部屋で待った。これからが婚礼の本番、最後の儀式だった。

 明日からは盛大な披露宴が行なわれる。だから今夜は静かだった。

 自分の鼓動が部屋中に響いているのでは無いか?と思って恥ずかしくてしかたが無かった。


 そしてようやくナイジェルが入室して来た―――


 イレーネは短い婚約時代だったせいかほとんど話す事は無かったが、この婚礼の日でさえ、思えば一言も彼から話しかけられてはいなかった。

皇族から話しかけてもらえなければ自分から話す事は出来ない。

しかし話しかけられたとしても、気のきいた会話が出来るとは思えなかった。とにかく若き皇帝は見るだけで胸がときめいてしまうぐらい素敵なのだ。濃藍色の髪に紫の瞳――その姿は冥神のようだった。突然変異なのか成人するにつれ、その聖剣を扱う力も強くなったという不思議さが、また魅力を引き立てていた。


 そのナイジェルはゆったりとした夜着を身に纏い、無言でイレーネに近づいて来た。彼女は高鳴る鼓動を抑えながら頭を下げて待った。彼が自分に触れてくれるのを―――

 だが・・・彼の歩みは止まらなかった。彼女の横をすり抜け整えられた寝台に横たわってしまったのだ。

 イレーネはどうしたらいいのか分からなかった。妻の夜の心得は姉やお喋り好きな侍女から色々聞いていたが、どの話とも違っていた。

 恐る恐る寝台の方へ振り向き、今日、夫となった筈の彼を見た。ナイジェルは此方に背を向け寝ていた。

「あの・・・陛下・・・わたくし」


 思わず声をかけてしまった。沈黙が重い―――もう一度。


「あの・・ナイジェル様?」

「―――私は話をする許可をしていないが?」

 長い沈黙の後に冷たいその一言が向けられた。

 イレーネの頬が紅潮してきた。彼が何故そういう態度をとるのか分からなかった。自分の何がいけないのだろうか?

 ナイジェルはそれ以上話すつもりも無いらしい。

 イレーネは呆然となりよろめいて椅子に腰掛けると、じっと動かず彼を見つめ続けたのだった。


長い夜だった――


そして夜明けを知らせる鳥達がにぎやかにさえずり出した。それが合図かのようにナイジェルは起き上がると、いつの間にか小刀を手にして寝台の横に立っていた。そして袖をまくり二の腕に軽く、その小刀で傷付をけると敷布で血を拭った。

 一睡もせずに一夜を過ごしたイレーネは、彼の異様な行動さえ問うことも出来なかった。

 それからナイジェルは当然ながら彼女への説明も無く、無言で立ち去ってしまったのだ。


 入れ替わるかのように侍女達が入室して朝の準備を始めると、歓喜をあげた。

「姫様、おめでとうございます!」

「姫様では無いわよ!イレーネ妃殿下よ!本当におめでとうございます」

 嬉しそうに侍女達が次々と祝辞を述べるのでイレーネは何故?と聞いた。

「私共、心配しておりましたのよ。妃殿下は当然ですが殿方とは初めてでございましたでしょ?初めての時はなかなか上手に事が運びませんから心配しておりました。ですが、陛下はお優しく、導かれたのでしょうね?本当に喜ばしいです」

 侍女はそう言いながら、先ほどナイジェルが汚して行った寝台をチラチラ見ている。

 イレーネは瞳を大きく見開いた。彼の不可解な行動はこれだったのだと気が付いた。真っ白なシワだらけの敷布に滲んだ赤い契りの証・・・・・に見える。自分には指一本すら触れられなかったのに、まるで本当に睦みあったかのように見せかける・・・・・どうして?何故?


 それが聞きたくても聞けない。この関係を壊したく無いから・・・・誰かに相談したくても恥ずかしくて言えない・・・・もしこの事が皆に知られたらきっと、色々噂されるに違い無いからだ。私に魅力が無いとか・・・陛下とつりあっていないとか・・・

 せっかく掴んだ皇后の座を誰にも渡したく無かった。周りには美しく賢い人達が沢山いたのに選ばれたのは自分だった。勝った!と思った。美しさを自慢していた人達が悔しそうに自分を見ているのを見て胸がすっとした。

 だから絶対にこの座は守ってみせる!そしてあの夜の屈辱は一生忘れないだろう。魔法が消えた日だったが、自分で魔法をかけ直したのだ。誰もが羨む第一皇后の座の魔法は解かせやしない・・・・


 それからまた数年、相変わらず皇帝は第二、第三の皇后も娶らず過ぎていった。世継ぎの誕生を待ち望む声が方々で聞こえ、皇后との不仲説も囁かれるものの、ナイジェルのその様子にそれも噂の域を出なかった。


 ナイジェルが帝位について十七年目を迎えようとしていた。その間に彼は着実に政敵を退けていた。完膚無くまでに叩きのめしたのだ。逆らう者には容赦しなかった。皇族だろうが大貴族だろうが彼の前では関係なかった。その一族諸共、女子供関係なくだ。冷酷なそのさまは正しく絶対権力の象徴だった。この数年で彼が若いからといって侮る者はいなくなっていた。

 しかし一方では実力を重んじ、下級の者でも平等にとりたてるという寛大さもあった。だから誰もが皇帝を畏怖しながらも

〝彼に認めてもらいたい〟

〝認めてもらったらどんなに嬉しいか〟

と思わずにはいられないのだ。


 約束の日が近づいている―――ナイジェルにとって長い年月だった。

 彼は大神殿の最奥にある皇帝専用の礼拝堂にて思いを馳せていた。

 先帝が崩御し、数多くの身内抗争・・・・父親の血が流れ、乾くこと無く次々と流した血・・・

 〝冥の花嫁〟によって全てが狂ってしまったのだと今更ながらそう思ってしまう。彼女が現れなければ幼くして帝位についたとしても、今よりは死の懸念も少なく、身内も大人しかっただろう。もっと違う人生だったのでは?と思う。従順な妻と何人かの子供達に囲まれた平凡な人生―――それを望んだとも、望んで無いとも言えない。


 ナイジェルの思いが途切れた時、大神官クレヴァーが入室して来た。

「神託は?」

 扉が閉まると同時にナイジェルは聞いた。

「まだでございますが・・・近々かと思われます」

 ナイジェルは、そうか、と言って溜息をついた。十七年も待ったのに、この一年というのがとても長くもどかしく感じられた。

「ところで陛下。皇后には何と?」

「イレーネ?彼女がどうした?何も問題は無い」


 大神官はナイジェルの冷たい横顔を後悔の眼差しで眺めた。

 確かに、こうあってもらいたいと思う皇帝にナイジェルはなってくれた。そうあるようにと導いたのは自分だったが、ここまでなるとは思わなかった。何にも動じ無い強靭な心は冷たく、時には冷酷で機械仕掛けのようだった。根本的な人間らしさが無く冷たいのだ。


 皇后イレーネもその地位が惜しいのだろうが、夫婦の関係が一度も無い事を黙秘し続けている。自分が提案した事だったが・・・・

「イレーネ様には申し訳なかったと今更ながら思っております。今後の身の振り方を十分ご考慮下さいませ」

 ナイジェルが嗤った。嘲るように――

「申し訳ない?何がだ?あれは今十分満足している。誰もがあれを羨み、誰もがあれの前では逆らえず平伏しているのに?クレヴァーそなた時々不可解な事を申すな」

 そしてまた嗤った。


 クレヴァーは思った。ああ・・情が無いのだと。物に感じて動く情がナイジェルには欠落しているのだ。

 だが、大神官は思い出した。一度だけナイジェルが、心の欲するまま感情を表した事があったのだ。それはクレヴァーが初めて〝冥の花嫁〟の啓示を話した時だった。まだ幼かった彼の瞳は輝いていた。それを自分が良く思わず注意したぐらいナイジェルの心を揺さぶった存在だった。

 定められた花嫁はこの皇帝に何をもたすのか?幸か不幸か?運命の歯車が回り出すまでもう少しだ。

 

―――皇城の後宮―――


 イレーネは冷たい夫に(夫では無い者に)この数年、期待も無く過ごしているが、神経は磨り減っていた。当然だが跡継ぎの話をどこに行っても囁かれるのだ。侮辱に等しい言葉を裏で言われているのも知っている。そんなこと聞きたくも無いのに、ご機嫌とりの者が〝誰がそう言っていた〟だとか〝こう言っていた〟だとか、告げに来るのだ。


 未だにナイジェルが何を考えているのか分からなかった。自分の他に妃を持つ訳でも無く、女が駄目な性癖なのかと疑ってもみたがそれは無かったのだ。妃にはしないが適当な女性と関係を持っていたからだ。自分には触れようとも、公式の場以外で声さえかけない夫が他の女性とは仲良く睦みあっている・・・と、考えるだけで心がおかしくなりそうだった。


「・・・イレ・・イレーネ・イレーネ様?」


 暗い想いに沈んでいるところに声をかけられイレーネは、はっと顔を上げた。呼んでいたのは最近実家から来た侍女のツェツィーリアだ。

 昔から両親と共に仕えていたのだが最近、その両親を流行り病で亡くしたばかりだった。身寄りの無い彼女を急遽、イレーネの侍女にと送られたようだった。それには理由があった。もうここ数年何人も侍女を送っているが、直ぐに辞めてしまうのだ。精神的に不安定なイレーネが彼女らに辛くあたるらしく続かないのだった。皇城の後宮なのだから教育された人材が必要不可欠なのに、次から次へと辞めてしまうので実家でもほとほと困っていた。ツェツィーリアはまだ若すぎる懸念があったが、身寄りの無い彼女は我慢するしか無いだろうと思われたようだった。


 ツェツィーリアは芯が強そうだが大人しく、とても美しい娘だった。何よりも彼女は人を和ませる力があった。優しい笑顔に心地良い話し声は皆を魅了した。イレーネも例外では無かった。とても気に入って片時も側から放さないぐらいだった。

「ツェツィーどうしたの?」

「イレーネ様、今晩の夜会のお召し物の件でございますが如何致しましょうか?陛下が何色をお召しになるか陛下の侍女に聞いてまいりましょうか?それに合わせますでしょう?」


 今日はイレーネの生誕祝いの夜会だった。そういうものにナイジェルが同伴する事は無いのだが、まだ来たばかりのツェツィーリアは知らなかった。お側近くにいた他の侍女達はツェツィーリアの迂闊な言葉に緊張していた。イレーネの癇癪が飛ぶと思ったからだ。

 予想を反してイレーネは怒らなかった。心配そうに聞くツェツィーリアに悪気が無いと感じたからだ。

「ツェツィー、陛下は今晩、ご出席なさらないから必要ないわ」


 出席しない?ツェツィーリアは噂には聞いていたが、正式な妻である祝いの席に出ないとは――皇帝は冷たいと思った。まだ来たばかりだといっても既に一月以上は経っているが、確かにその間、皇帝を彼女は見たことが無かった。

 皇后の部屋は皇帝の部屋と間に控えの部屋があるといっても、内側で繋がっているのに一度もその扉が開くのを見たことが無かったのだ。

 妻の方から夫の部屋に行くことは許されていないらしく、鍵は皇帝側の扉にだけ付いていた。

 それなのに世継ぎが生まれない責任を皇后だけに言われているのはあんまりだとツェツィーリアは思った。


(お可哀想なイレーネ様・・・)


 ツェツィーリアは少しでも彼女の気を晴らしたいと思い、同情的な顔をせずに明るく微笑んだ。

「では先日、新調したものになさいませんか?それに合いそうな宝石も先日お買いになりましたでしょ?きっと素敵ですよ」

 イレーネも彼女につられて微笑んでいた。ツェツィーリアが本当に楽しそうに話すからだ。

 無事に話はまとまったようで、昼過ぎから侍女達はその仕度で大忙しだった。


 そしてイレーネを送り出した後は、つかの間の自由時間だ。主人が寝床につくまでが彼女達の仕事だった。だから今日みたいな夜は遅くはなるが、それを待つ間は自由時間となるのだ。

 ツェツィーリアは夜の散歩が好きだった。同僚は夜に若い娘が出歩くのは危険だと言うが別に城外に出る訳では無いから平気だった。城内は厳重に警備されているし、警護にあたっているのは近衛兵だ。彼らはちゃんとした家柄の貴族なのだから大丈夫と思っている。それに夜の警護でよく見かける兵達も黙って見守ってくれていた。


 ツェツィーリアは足取りも軽く石畳を歩いた。足元の整えられた石畳が月光に照らされて青白く光っている。一番のお気に入りの場所だ。その中に夜の宝石を埋め込んでいるようで所々がキラリと煌いていた。昼間は普通の石畳なのに夜になるとこんな素敵な姿を見せるのだ。


(赤に・・・黄色に・・えっと・・・緑?)


 今日は、その夜に光る宝石を追いながら種類を数える。紫が無い・・・・

 こんなに色々あるのにその色だけ本当に無いのだろうか?


(もう少し探してみよう・・・えっと・・・)


 ツェツィーリアは夢中になって下ばかり見て歩いていると、その視線の中に誰かの影が入ってきた。それも丁度宝石のありそうな場所を隠してしまっている。

 彼女は顔を上げること無く言った。

「ちょっとどいてくださいませんか?邪魔です」

 相手は無言だった。

 影は動いたが、どいて欲しい場所と思う逆方向へ動かれてしまった。

「あっ、違うわ!反対です!」

 今度は影が動かない代わりに問いかけがきた。


「何をしている?」

 

低く冷たい男の声にツェツィーリアは驚いて顔を上げた。


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