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小夜さん

作者: 永里茜

1700文字程度の短編です。

 小夜さんはふわりと浮かび上がる。


 小夜さんは、配膳のアルバイトをしている。ホテルの地下は、シャンデリアも、クラシックのBGMも無く、ただ白い蛍光灯が照らす狭い道が入り組んでいて、仕事のある日は、従業員専用口、とある扉、それも地下駐車場の端にひっそりとある重い扉をぐいと押して、その中へ入り込んでゆく。みな地上では上げっぱなしなぶんを取り戻すために、口角は下がりきって、地面にうち付ける踵の音を強く響かせてはや足。そこら中にある貼り紙のとおり、小夜さんは、すれ違うひとびと全員に、おはようございます、おつかれさまです、と挨拶をふりかけてゆく。とたん、仕舞っていた笑顔を出してきて、


「おはようございます」


 と返すひともいれば、


「はい」


 と返事をして済ますひとも居るけれど、「挨拶は必ず!(創英角ポップ体)」に従うことができれば、小夜さんとしてはべつによかった。


 「女子休憩室・仮眠室・トイレ」とテプラで張り付けられたうす黄色のドアを開くと、背のないベンチが3つ、三角型の部屋の辺に沿うように置いてあり、白ながい帽子をかぶる料理担当のもの、シャワーキャップみたいなのをかぶる洗い担当のもの、が二辺を占めていたので、残った一つの辺に座って、バイトが始まるまでを過ごす。その小部屋から更に右の扉をくぐると仮眠室があって、左のの先がトイレになっていた。


「ああ、おつかれさま~!」


 これは、ふつうに貼り紙関係なくやっている、よくシフトがかぶる二人の挨拶。一辺を占めている白なが帽子のところに、もうひとり白なが帽子が現れた。


「明日は私お休み貰ってるんですよ~、ケーキを食べるんで」


「そうそう、明日はケーキの日なんです、ケーキの日」


 ハハハハハッと、笑いながら、頻りにケーキの話を、とても楽しそうにしているひとりの声ばかりが耳に入って来る。そういうのが、小夜さんが浮かべる日の、ひとつの兆候だった。きょうはケーキなんだな、とそこで小夜さんは見当をつけ、ひっそりとウキウキするのだ。


今回は披露宴でコース料理を出すお仕事だ。開場の時刻になると、小夜さんもほほえみを顔に貼りつける。


「本日はおめでとうございます。いらっしゃいませ」


 優雅な仕草でお辞儀。お客様の椅子を引いて差し上げる。担当のテーブルの、12時の方向に立ち、ご挨拶を申し上げる。あとは皿を下げ、出し、下げ、出し、それと、ビール瓶かパンのかご抱えて、ぐるぐる、おかわりいかがいたしますか、ときく。途中で新郎新婦が現れたり消えたりする時は、合図に合わせて大扉をがっと開ける。それから、会場の手前のスペースに、デザートの皿をならべる。隠してあるそれらは、司会のひとのお上品な声が、


「デザートは、バイキングです! さあみなさま、後ろをご覧ください!」


 と、情感たっぷりにはれやかに言い渡すと、カーテンがさあっと開いてお披露目される。わあきゃいと、ひとびとがたかってゆく。


「そこの、君、そこで皿、配って」


 ネクタイ付きの制服をまとう男のひとが、早口でそう命じた。デザートの満載された長テーブルのよこで、皿にフォークを添えてお出しすることになる。ケーキは真横だ。小夜さんは、こちらお持ちください、と繰り返しながら、その瞬間を待つ。


 やがて、お酒にほほを赤く染めた女のひとがケーキを取り落とす。それがきっかけだった。落とす直前、ステンレスのトングがぎゅっとケーキを絞め殺して、クリームがはみ出す。そのとき、小夜さんはケーキになる。殺されたケーキのなかにはいって、そしてそのまま、やわらかなかたまりになったその物体は、自身の大きさの10倍の高さを落下していく。重力が内臓をひゅんとさせる感覚を受け止めていくと、地面にぐしゃ、と叩きつけられて、床に貼りつく。そうするともうおしまいで、小夜さんはもう一度ホテルのコスチュームをまとってお皿を配っている身体の中に戻ってゆくのだけれど、そのときいちど自分のあたまのてっぺんにあるつむじのさらに真上まで浮上する。小夜さんは、このふーっとのぼっていく感覚が大好きなのだ。さて、


「そのままで大丈夫ですよ、べつのケーキをお取りください」


 そう落としてしまった女のひとににっこりと笑いかける顔は、いつもの貼り付けてるやつじゃなくて、小夜さんが上機嫌のときに見せるやつになっていた。

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