工業都市の光
メイド服を着たカノエはドラゴンエナジーに群がる大衆に向けて、ビンに口をつけている。
メディ特製のそれは夕焼けのような色をしており、それでいて透き通った液体だ。
わざとらしく飲んでいるカノエの姿に釘付けになった大衆の中から一人、メディの店に近づく。
「ね、ねえちゃんよ。なにを飲んでるんだ?」
「これはね、そこの店で売ってる飲み物よ。すっきりとした喉越しで、これを飲むとね……んっ、はむ……」
「う、うまそうだな……ごくり」
どちらかというと男はカノエに見とれているのだが、注目は十分だ。
また一人、メディの店に興味を示した男がやってくる。
「そ、その飲み物はどういうものなんだ?」
「これを飲むとね、元気になるの。体の内側が熱くなって……んっ……」
「う、う、売ってるのか? ぜひ欲しい!」
「お買い上げありがと」
艶めかしく飲んでいたカノエがケロリと態度を変えて笑顔になる。
なんだこれは。アイリーンはカノエという人間がわからなかったが、またここで理解が遠のいた。
魅力的な宣伝文句の一つもないにも関わらず、男が買った理由がわからなかったのだ。
「エルメダ。どういうことだ?」
「男ってね。そういう生き物なんだよ」
「ふむ?」
アイリーンにもわからないのだから、完全にメディの理解の外だ。
やってみれば何かわかると思い、メディはカノエの真似をすることにした。
「はむっ! んっ!」
「メディ、無理をしなくていいんだよ。もう少し大人にならないとたぶん効果ないからね」
「大人にならないと? ではエルメダさんやアイリーンさんなら?」
「私もたぶん厳しい」
試しに同じ仕草をやってみたが、今一しっくりこない。
しかもカノエのように注目されず、もっとも悲惨だったのはアイリーンだ。
「むぅっ! んっ! はぁぁっ!」
「アイリーンさん、静かにしてよう。せっかくの販売チャンスだからさ」
「はむはむ! んっ! んー!」
「ロロちゃんも静かにね」
なぜいけないのか、アイリーンはカノエを観察してロロは頬を膨らませている。
子ども扱いされて面白くないのだ。しかしもっとも悩んでいるのはメディだ。
「健康、身体に問題はありません。大人になってからということは身体の成長期に関係があるのでは……」
「はいはい、お客さんが来たよ」
メディが顎に指を当ててブツブツと思考モードに入る。
意外といい線をついているメディだったが、エルメダは指摘しない。
このままでは主旨がずれるので、エルメダは手を叩いてメディの正気を戻した。
「ほぉ、よくわからんがうまそうな色合いだな」
「どうぞ、ぐいっと!」
「どれ……」
男が一口、飲み始めた。
一度、口を離してビンを見つめてから一気に飲み始める。
何の感想もなく、飲み終えた後はふぅと息を吐いてどこか脱力したようだった。
「……さっぱりした! 体が少し軽くなった気がするぞ!」
「なんだって?」
「マジかよ」
男の感想に触発された人々は怖いもの見たさといった感じで次々と買い求めた。
たまらずその場で飲み始めた人々はやはり一気に喉に流す。
「確かにさっぱり……だが甘い! そう、甘いがさっぱりする!」
「そうなんだよ。水みたいに無味無臭じゃない。かすかな甘さと香りはあるんだが、それだけで満足できるんだ!」
「ドラゴンエナジーの甘さとは違って、こっちはなんというか……押しつけがましくない」
次第に賞賛し始めた人々にドクマークは狼狽する。
何が起こっているのか。ポッと出の薬師が来たと思えば、あっという間に客を奪っていく。
しかも評判は上々となれば、ドクマークとしても黙っていられなかった。
「み、皆さん! 何をおっしゃっているのでしょうかねぇ! ドラゴンエナジーはすべての疲労を吹っ飛ばすのですよ?」
「いやいや、先生。こっちは甘い……というより飲みやすいんだ。スッと喉に入っていく」
「なにを……どういうことです?」
「うん、俺はドラゴンエナジーよりこっちのほうが好きかもしれんな」
「なーーーーっ!?」
ドクマークは雷に打たれたかのようなリアクションを見せる。
のけぞり、固まったままメディのドリンクに殺到する人々を視界に入れていた。
自身の店から人が流れていく様が現実のように思えず、わなわなと震え始める。
「な、なんです……あの店は! まさかあのチビの少女が薬師というわけじゃ……」
「ドクマーク様、まずいですよ! もう我々の店に客が残っておりません!」
「これは何かの間違いです! 皆さん! 騙されてますよ! そんなもの、何が入ってるかわかったものじゃありませぇーん!」
ドクマークの言葉など誰も聞いていない。
メディのドリンクを飲んだ者は一様に安らぎ、表情が和らいでいた。
その中には自身の変化を感じる者がいる。
手足を動かして、体が軽くなったと感じていた。
「不思議だな。なんだかだるさが消えた気がするぞ」
「俺もだよ。最近、ドラゴンエナジーを飲んでも疲れが取れなかったのにな」
「これ、なんでこんなにおいしいと感じるんだろう?」
おいしいと感じる。その言葉こそがメディの狙いだった。
その狙いを事前に知っていたアイリーンは感嘆する。
以前、リラックスハーブティーを飲んだ時も彼女が感じたことがあった。
押しつけがましくないおいしさというものがこの世にはある、と。
「甘いけど甘くない……不思議だ」
「それはですねぇ!」
「うわっ! き、君は?」
「薬師のメディです。そのドリンクは私が調合しました」
「君が!? 薬師ってドクマーク先生みたいなむさ苦しいおっさんだけじゃなかったのか」
余計なお世話だとドクマークは歯ぎしりをして地団太を踏む。
今にも飛びかかりそうな彼を秘書や弟子が必死で取り押さえていた。
「ドラゴンエナジーの過剰な糖分に慣らされていた舌には、メディエナジーのほどよい甘さが新鮮に感じるんです。
糖分って難しいんですよ。やりすぎると中毒に陥ってしまうので、そうなると素材が大切になってくるんです」
「素材って何が入ってるんだ?」
「野菜ですよ。私がお世話になっている村で採れたものを使っています。自然由来の甘さが本来、生物にとってちょうどいいんです。今回はそれを味わってもらうことで思い出していただきました」
メディが持ってきた素材の中にはカイナ村で採れたものもある。
良質な肥料による土で育ち、村人が天塩にかけて育てた野菜は今や他の町でも高い評価を受けているのだ。
本格的にカイナ村の産業として発達しており、メディは薬の調合材料としても気にいっている。
薬名:メディエナジー ランク:B
素材:レスの葉
グリーンハーブ
アフラの実
ビスの根
魔力の水
ニソジン
タマギ
効果:体内のイルフェンを中和して、疲労回復効果を促す。
体内の毒素となった成分を中和して、機能を取り戻す。
「なるほどなぁ。確かに最近、舌がバカになっていたかもしれん」
「バ、バカになっていただとぉーー!」
ドクマークが怒り心頭でついに店から飛び出した。
肥えた巨体で客を押しのけて、メディに接近して睨みを利かせた。
「さっきから聞き捨てなりませんな。見たところ、年若い薬師のようだが……。にわか知識でものを語り、調合するのはお勧めしませんぞ」
「にわかじゃありません。糖分は体に必要なものです。でも大量に摂取すると満腹感が満たされず、次の糖分がほしくなることがあるんです。ドラゴンエナジーの弊害の一つですよ」
「へ、へへへぇ! へいいがいィですとォ!」
「糖分が癖になって不摂生をして、体が不健康になるんです。私のドリンクはあくまで体を自然な状態に戻すためのものです。あなたのドラゴンエナジーは大量のイルフェンのせいでそちらでも中毒症状が起こってるんですよ」
「イ、イルフェンの何が悪い! それにただ甘さを控えただけでここまで絶賛されるわけがない! 何かやましい調合でもしているとしか思えませんな!」
「……はい?」
メディの目からスッと光が消える。
アイリーンやエルメダ、カノエは来たなと直感した。
滅多に感情を見せないメディだが、薬のこととなれば一変する。
そう、メディの内はとっくに怒りの炎で燃え滾っていた。
「あなたによって汚染された人達を助けてるんです。邪魔しないでもらえますか?」
「うッ……!?」
「どけてください。邪魔です」
「う、く……」
ドクマークがよろよろと後退していく。
秘書と弟子に支えられたドクマークは本気で恐怖していた。
彼なりに独学とはいえ、薬学を学んだからこそわかる薬師としての格の違いを感じて冷や汗をかく。
かつてイラーザのような悪辣な人間に陥れられたメディは、ドクマークのような人間をより嫌悪していた。
「こ、この、ガキ、が……」
「ドクマーク様、ど、どうされますか……」
「許せん、許せんぞ……よくも……よくも大勢の前で私に恥をかかせたな……!」
ドクマークは盛況な様子を見せるメディの店から視線をとある二人に移した。
自身の屈辱。ブラッドニュース、夜禍、そして元一級冒険者の護衛長。
メディに持ちえないものを自分は持っている。
そのカードを使って何が悪い。少し薬に精通しただけの子どもが、自分のような大人に逆らうとどうなるか。
歪んだ勝利を確信した時、ドクマークは笑みを浮かべた。




