後悔と覚悟
「止まれッ! 名を名乗れ!」
「な、なんだ……物々しいな」
日が沈んだ頃、ドルガーはカイナ村に近づいてきた一人の冒険者の足を止めた。
ドルガー他、獣人と村の狩人で構成された警備隊に冒険者は気圧される。
ドルガーが近づくと、冒険者は身分証明となる冒険者カードを提示した。
「なるほど……アバイン、一級の冒険者か! もしやあの星砕か?」
「あぁ、そのアバインだ」
「なるほど、そりゃ悪かった! でも一級がこんなところに来るとは珍しいな」
「冒険者ギルドの依頼で奥にある山に用がある。通してもらえないか?」
ドルガーがアバインの頭から足先まで匂いを嗅いだ。
アバインは内心、冷や汗をかく思いだった。辺境の村にこれほどの警備隊が編成されているとは思わず、何より相手は獣人だ。
もしドルガーが襲いかかってくるならば、一筋縄ではいかない。少なくとも勝てる自信はなかった。
ドルガーはワンダール公爵が獣人部隊の中から精鋭として抜擢した部隊長の一人で、実力は一級にも劣らない。
「怪しい臭いはしないな。よし、通れ。ただし、泊めてもらえる家があるかはわからんぞ? ガハハハッ!」
「構わない。通していただいて感謝する」
アバインは無事、村の門をくぐる事に成功する。
問題はここからだった。目標達成するには速やかに接近する必要がある。
大きな規模の村ではないとはいえ、アバインに見当はつかない。
「あ! もしかしてお客さんですかぁ!」
「む!?」
アバインに元気よく声をかけたのは奇しくもメディだった。彼女は定期的にロウメルと情報交換をして、村人の健康状態把握に努めている。
その帰り道、村を歩くアバインを発見したのだ。アバインは怪しまれないよう、すかさず冒険者カードを提示した。
「あぁ、すまない。冒険者ギルドの依頼でやってきたアバインだ」
「い、一級ですか! アイリーンさんと同じですねぇ!」
「アイリーンと知り合いなのか?」
「はい! この村で狩人をやってるんですよ!」
恩人の名前を聞いたアバインはやはり胸が痛む。自分は本当にやってしまうのか。
やってしまえば二度と人の道には戻れない。苦悶の表情を浮かべていたアバインの顔をメディが覗き込む。
「だいぶお疲れですね。お薬、出します!」
「お薬?」
「私、薬師なんです。ちょうどお店に帰るところなんです」
「君は薬師なのか」
「はい、メディといいます」
アバインは心臓が鷲掴みにされる感覚を覚えた。いきなりターゲットと出会えてしまったのだ。
しかも思ったよりも小さく幼い少女を見れば、より意思も揺らぐ。なぜこんな少女を殺さなければならない。
イラーザという悪魔のような女の為に。サハリサに脅されているとはいえ、デッドガイの言い分もわからなくはないとはいえ。
アバインは実行できる気がしなかった。
やがて案内された薬屋に入った時、更に心がほぐされる。
「……綺麗だな」
「清潔感が大切ですからね。お代は結構なので、こちらをどうぞ」
アバインはカウンターの奥に通されて、椅子に座らせてもらった。差し出されたのはリラックスハーブティーだ。
その立ち昇る香りを嗅いだ途端、アバインの心の中にかかっている靄がかすかに蠢く。
「それ、アイリーンさんも好きなんですよ。薬屋に来た時は大体これを買っていきます」
「そうなのか……」
「そのリラックスハーブティーは心を落ち着けます。悩み事があってもパァッと心が晴れるんです」
「これは……確かにそんな気はするな」
ただのハーブティーではない。アバインとて一級だ。これまで数多くのものを味わっている。
先程まで心を包んでいた靄が雲散しつつあった。そして一口、飲んだ。
「優しい……」
「はい?」
「穏やかだ」
アバインは全身が軽くなった気がした。今の今まで自分は何をしていたのか。
イラーザの悪魔の所業、デッドガイの甘言、サハリサの脅し。すべてが重なってアバインにのしかかっていたが、今は何も感じなかった。
リラックスハーブティーの温かさが体の中にとろりと落ちて、冷え切っていた心と体に浸透する。
「俺は……一体何を……」
「あの、ど、どうかされましたか?」
「いや、すまない……」
この少女を死なせてはいけない。たった一杯だが、アバインを決意させるほどだった。
落ち着いた心で見渡せば、清掃が行き届いた室内に整理整頓された空き瓶や素材。すべてがメディという少女を表していた。
薬師として高い技量を持つこともわかっている。
「メディ、外に出よう。少し話がある」
「は、はい……」
アバインは外に出る必要があった。身を挺してメディを守ると決めたのだ。
夜風に吹かれながら、アバインは目を強く閉じてからまた開く。
「アイリーンは呼べるか? 大切な話がある」
「アイリーンさんですか? 今は村の中を巡回していると思います」
「この村はやけに警備が固いな。まるで……う、うおぉぉっ!?」
「え……」
アバインの尻から炎の尾が出現する。火の粉をまき散らしながら縮んでいった。
「く、クソッ! メディ! 君とロウメルという人物は命を狙われているんだ!」
「は、はい!?」
「依頼人はイラーザだ! 俺は、き、君を殺す為に、きたのだが……ぐあぁぁッ! で、できなかった……」
「た、大変です! 誰かいませんかぁ!」
サハリサの魔法が発動しても尚、アバインは抗った。このままでは全身が焼き尽くされてしまう。
さすがのメディもアバインを包む炎はどうする事もできない。大声で助けを呼ぶのが精一杯だった。
「誰かぁぁーーーー!」
「動かないで!」
一直線の光線がアバインの火の尾を消し飛ばす。
「水! 水をかけて!」
「はい!」
メディが薬屋の中からありったけの水が入った容器をもってきてアバインにかけた。
登場したエルメダも手伝って消火作業に勤しみ、ようやく落ち着く。しかしアバインの火傷は軽くなかった。
「うぅ……」
「メディ、治してあげられる?」
「応急処置はしますが、ロウメルさんを呼んできてください! 治癒魔法のほうが早いです!」
エルメダはロウメルの診療所に走った。汎用ポーションをアバインに飲ませながら、メディはようやく考える。
自分の命を狙うイラーザ、刺客、そしてアバイン。アバインも刺客の一人であったが、最終的にはメディに危機を伝えた。
メディはアバインの様子を一つずつ思い出す。
「この人は……悪い人じゃありません」
それは言葉を交わすうちに伝わってきた。何らかの理由で従っていただけだ。
店内の様子を見てすぐに綺麗だと口にして、リラックスハーブティーを飲んで優しくて穏やかだと評した。
ウソ偽りのない感想と素振りだけであるが、メディは今のアバインという人間を信じた。
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