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濡れ衣を着せられた薬師の少女

「メディ! お前は患者に毒を処方するところだったんだぞッ!」


 朝、治療院にて事件が起こる。薬師メディはこの治療院にて勤務しているが、彼女は毒殺未遂事件の犯人として疑われていた。

 この場にいるのは院長ロウメルと治癒師を含む医療従事者達。特にニヤついているのは治癒師のイラーザだ。


「わ、私じゃありません! 調合だって間違えてません!」

「メディ、お前があの毒入りの薬を患者に処方していれば殺していたのだぞ! あれを見ろ!」


 ぶちまけられた液体の薬が、床の表面を溶かしていた。メディには身に覚えがない。こうなった経緯についてもメディは納得していなかった。


「お前が調合した薬は看護師によって入院している患者の下へと運ばれる。その過程でこれだ。クルエ、そうだろう?」

「はい、ロウメル院長……。うっかり転んでこぼしてしまって……それがこんなことになるなんて……」


 メディが薬を調合して、入院患者へ運ぶのはクルエのような看護師の役目だ。

 メディはきちんと適切な薬を手渡して、クルエに託した。毒など入れるはずがないとメディは涙目になりながら心の内で自己弁護している。

 ロウメルはメディに追い打ちをかけるように睨みつけた。


「世は魔法時代。時代遅れとされた薬師に取って代わったのが回復魔法を使える治癒師だ。とはいえ、メディ。お前の腕を見込んで雇ったのは事実だ。この一年間、信頼して仕事を任せていたのだぞ」

「信じてください! あの毒は明らかに外部から持ち込まれたものです! なんで私が患者さんを殺さなきゃいけないんですか!」

「イラーザ、話せ」


 邪悪な笑みを浮かべた中年治癒師のイラーザが、怖気づいたメディに詰め寄った。


「メディ、あなたは誰も見ていないと思ってこっそりあの毒を仕込んだわね。私はしっかり見ていたのよ」

「私がいつそんな事を!」

「クルエ! 言ってやりなさい」

「はい、イラーザさん」


 出番が来たかのように看護師クルエがイラーザの隣に立つ。


「私、聞いてしまったんです。メディは日頃から待遇への不満を漏らしていました。治癒師以下の給料だとかブツブツ言いながら、その目は虚ろでした……」

「デ、デタラメです!」

「メディさん。デタラメかどうかはこの子達の証言をもって明らかになるわ」

「この子達って……」


 看護師達が口々にメディの犯行を裏付ける証言を始める。

 メディが怪しげな薬を持ち歩いていた、話しかけたら狼狽えた。食事はいつも質素、金がないという状況を裏付ける発言まで出た。

 挙句の果てには寮の自室のドアを乱暴に閉めたなど、些細なものでも積もれば山となる。

 ある事ない事を告げる彼女達に、メディは怒りが湧き上がった。


「いい加減にしてください! そんなの……」

「見苦しいわね、メディ。彼女達の証言を抜きにしてもね。薬師なら当然、手元が狂うなんてこともあるでしょう?」

「ありませんっ!」

「いい加減にしなさいッ!」


 イラーザの平手打ちだ。メディが涙を滲ませる。


「目撃者がいるのよ! あなたも医療の現場に携わる人間ならきちんと詫びなさい! それが誠意よ!」

「う、うぅっ……!」

「早く!」

「いや、です……」

「は?」

「自分の仕事……薬に関しては嘘をつきたくありません」

 

 イラーザがフンと鼻を鳴らす。


「恩を仇で返しておきながら、どうしようもない子ね」

「まったくです、イラーザさん」

 

 イラーザとクルエが勝ち誇っていた。

 恩を仇で返す、メディはロウメルに恩がある。どこの治療院でも、薬師は治癒師に劣るとされて雇ってもらえなかった。そんな中、ようやくメディを認めたのがロウメルなのだ。

 メディとしては何一つ不満がない日々だった。

 薬師のメディが来てからは患者の退院率が上がり、来院客の数も増えている。ロウメルもすっかりメディを気に入っていた。

 この一年間は順風満帆だったはずだと、メディは悔し涙を流した。ロウメルが彼女の前へ立つ。


「メディ、本来であれば衛兵へ突き出すところだ。しかし、今までの功績に免じて解雇で済ませよう」

「か、解雇……」

「私としても残念だよ。君は治癒師顔負けの腕を振るって当院に貢献してくれたのだからな」


 治癒師顔負けというロウメルの発言に、イラーザは歯ぎしりをする。

 彼女はメディを疎ましく思っていた。何せ魔法も使えない小娘が回復魔法以上の成果を上げているのだ。

 治療院の古株として君臨していたイラーザとしては面白くなかった。


「ロウメル院長。メディがやったことは明らかに殺人未遂です。甘すぎるのでは?」

「イラーザ。もっともだが、私はそれだけメディの功績を重く見ている」

「隠蔽になりますよ?」

「どう受け取ってもらっても構わない。もちろん私が責任をとる。さて、メディ」


 震えて涙を流すメディの肩にロウメルが手を置いた。


「今日中に荷物をまとめて出ていってほしい。これは少ないが生活資金にしてくれ。今までご苦労だった」

「こ、心づけ感謝します……。お世話になりました……それでは、し、失礼します。皆さんのご健康を、お、お祈りして……ます」


 メディが肩を落として姿を消した。渡された金額は決して少なくないものの、無罪を主張するメディにとっては慰めにもならない。

 メディの背中をロウメルは憂いを含んだ目で見送る。そんなロウメルをイラーザが凄まじい形相で睨みつけていた。


                * * *


 荷物をまとめながら、メディは自分の過去を振り返る。村で唯一の癒やし手だったメディの父も薬師だった。

 魔法が溢れる世の中において、薬師はすでに時代遅れ。それでも田舎では重宝されていた。

 最初こそ回復魔法を扱う治癒師に憧れたメディだったが、働く父の姿に胸を打たれるようになる。いつしか父の下で薬師の修業を始めた。


――メディ、誰かを助けることに快感を覚えたら一人前だ。

  俺達はどこまでいっても人間だ。嫌なことはやれねぇからな。

  だったら人間らしく快感を覚えりゃいいんだ。


 メディは父の言葉を心の中で反芻した。言われるまでもなく、メディはすでに目覚めている。

 助けたくて、薬を出したくて仕方ないのだ。しかし実家がある小さな村には父がいる。貧乏な実家の稼業として二人の治癒師は過剰だ。

 だからメディは村を出た。


「納得できないッ!」


 乱暴にカバンに荷物を詰め込みながら、村にいる父を思い出す。

 父を超えるのもメディの夢だ。今の自分は父の足元にも及ばない。だからこそ、今回の解雇はショックだった。

 父であれば、このような事態にならなかったのではないか。メディは己の未熟さを恥じていた。

 自分の腕ではイラーザとクルエの企みを覆すほどではなかったと、メディはどこまでも愚直だ。

 イラーザは三十年以上、治療院で働いている。大半の者が彼女の機嫌を損ねないように気を使っていた。クルエはその中でも露骨に媚びを売っている。

 対してメディは約一年、ロウメルがどちらを信じるかとなれば明白だった。

 警備隊に通報したところで逆転の芽があるとも思えず、メディは脱力して心機一転に努める。


「……諦めません。もっと多くの人を助けます。そうします」


 屋敷を出てから振り返った。ここに来てから約一年間の出来事が鮮明に蘇る。

 長年、入院した患者でもメディの薬にかかれば、たちまち完治に向かう。二度と退院できないと噂されていた老人が立ち上がり、病室で大声で歌えるほどになった。

 患者の体質を詳細に見抜いて、個人だけの薬を調合することでメディは難病すら完治させたのだ。元患者の誰もがメディに何度も感謝の言葉を口にする。手を握った時の温かみをメディは思い出せるほどだ。

 一方で同僚達が誰一人として、見送りに出てこない。寂しい気持ちはあったが、大切なのはこれからだ。そう考えることで、メディは心機一転した。


                * * *


「はてさて?」


 当然、悩む。ただしあくまで行先のみだ。メディはすでに疼いていた。


「どこに行けばお薬、出せますかねぇ。どこです? どこなのです?」


 屋敷を離れて、メディは町を歩いて魔導列車が到着する駅へと向かう。当てなどない。

 果たして、この町に自分を必要としている者がいるのかどうか。メディは考えた。


「お父さんは治癒師もいない田舎の村で薬師として働いてます。他にも、そういう場所があるはずです」


 メディは魔導列車の行先を確認する。選んだ最終目的地は辺境の地だった。魔導列車を乗り継いで、更に徒歩で数日かかる。

 そこならば薬師でも必要としてくれる人がいると、メディには自信があった。

大変、モチベーションに繋がりますのでどうか

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― 新着の感想 ―
[良い点] とても興味の掻き立てられる導入だと思います。 [気になる点] 特にありません。 [一言] とても気に入りました。 続きも拝読させていただきます。
[良い点] >――メディ、誰かを助けることに快感を覚えたら一人前だ。 >  俺達はどこまでいっても人間だ。嫌なことはやれねぇからな。 >  だったら人間らしく快感を覚えりゃいいんだ。 素敵な言葉…
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