8招かれざる客
「ああマリーローズ!もう大丈夫だ。この僕が助けに来たよ!」
嫌な予感が的中してしまった…ユーリの襲来に、出来れば二度と会いたくなかったとマリーローズは表情を固くさせた。しかしユーリが引き連れて来たゴロツキに暴力を受けている使用人や、壊された調度品を目にすると、恐怖よりも怒りが勝った。
「ユーリ様、何か勘違いをなさっているようですが、私は自分の意思でここにいます。どうか使用人への暴力と破壊活動をおやめ下さい」
「いいやこれは罰だよ。美しい君を鳥籠に閉じ込めた罰だ。さあ僕と自由な空へと羽ばたこう!」
まるで話が通じないユーリに頭を抱えながらも、マリーローズは彼を説得する術を頭の中で張り巡らさせる。
「この様な行為をなさるという事はハルオチア家はアンドレアナム家ならびにアンスリウム家を敵に回したと見做してもよろしいのですね?」
「元々アンドレアナム家もアンスリウム家も僕と君の愛を阻む敵だよ」
「私はアンスリウム家の令嬢です。つまりあなたにとって私は敵という事になりますが?」
「大丈夫、君は直ぐにマリーローズ・ハルオチアになるのだから。一緒に幸せになろう!」
何を言っても無駄だ。完全に頭がいかれている。マリーローズは説得を諦めたくなってしまった。しかしあと一つの解決策は大人しくユーリに従うだけだ。それだけはプライドが許さないし、生理的に受け付けない。だがアンドレアナム家の者達を守る為にはこれしかない。マリーローズは諦めた様に溜め息を吐いて喉の奥から絞り出す様に投降を申し出ようとした。
「何だこいつら?賊か」
じりじりと歩み寄って来るユーリの手が触れそうな瞬間、マリーローズの体はヒナタに抱き寄せられた。
「何だ貴様は⁉︎汚い手でマリーローズに触るな!」
「賊に名乗るつもりはないね。アンドレアナム伯爵!こいつら片付けてもいいですよね?」
助かったのはいいが、マリーローズは突然抱き寄せられたヒナタの逞しい腕と胸板に動揺した。しかもひとりでユーリとゴロツキ達を討伐するなんて無防備にも程がある。
「ええ、殺さない程度に懲らしめて下さい」
「了解!」
クラークの許可を得たヒナタは目の前にいたユーリを思いっきり蹴飛ばしてから、マリーローズを抱き上げて2階で様子を見ていたアンドレアナム伯爵夫妻に託した。
そしてヒナタはユーリが引き連れていたゴロツキ達を次々と倒していった。あまりの早さに何が起きたか分からずに、その場にいた全員が呆気に取られていた。
「調子に乗りやがって…」
最後の1人と思わしきゴロツキは筋肉隆々の大男で身の丈の戦斧を手に取り、ヒナタと対峙した。マリーローズはエミリアに抱き締められたまま行く末を見守る事しか出来なかった。
ヒナタもいつの間にか片手剣と盾を手にしていた。確か水鏡族は生まれる時に手に握っている水晶で魔術が使えたり、水晶を武器の形に変える事が出来ると聞いていたが、片手剣と盾がそれなのかもしれない。
「地獄に落ちろ!」
怒鳴りながら戦斧を振り翳して襲いかかるゴロツキにマリーローズは恐怖で強く目を瞑った。あんな物で攻撃されたらヒナタが生きていられる可能性がないだろう。
そして斧と剣がぶつかり合った後にどすんとした音が玄関ホールに響いた。ヒナタは無事なのか、マリーローズが恐る恐る目を開ければ、ゴロツキは見当たらず戦斧が落ちているだけだったので、周囲を見回すと、壁側で床に伏していた。
「誰か縄を持って来て下さい。ギッチギチに縛っちゃうんで」
肝心のヒナタは特に変わった様子はなく、気絶したユーリとゴロツキ達を淡々と一か所にまとめていた。
「流石は水鏡族ね。助かったわ!」
「お姉さま、一体何が起きたのですか?」
「あらマリーったら、見てなかったの?ヒナタさんが暴漢の戦斧を剣で弾いてから、盾で殴って吹き飛ばしたのよ」
通常なら盾で攻撃を受け止めて剣を攻撃するのではとマリーローズは首を傾げたが、多分クラークから言われた「殺さない程度」を考慮しての行動だったのかもしれないと推測した。
説明されても俄か信じがたく、こんな事なら恐くても目を開けて見守ればよかったと後悔しながら、マリーローズがヒナタを見遣ると目が合った。そしてヒナタは満面の笑みでピースサインをこちらに向けた。
その瞬間マリーローズは胸が熱くなり、何故か無意識に口を開いた。
「私!村で先生になります!」
突然の決意表明に一同は目を丸くした。しかし一番驚いたのは言った本人だった。
「よっしゃ!ありがとうございます!」
マリーローズは慌てて口を押さえて困った様に眉尻を下げたが、ヒナタの嬉しそうな笑顔を見たら撤回なんてできなかった。