6意外な特技
アンドレアナム家に滞在してからマリーローズは様々な学校の見学を行った。医療や薬学、経営学、法律、農業に建築、魔道具開発、被服や調理、演劇や芸術などと多岐に渡る学問に触れて見識を深めた。
しかし中々しっくり来るものが無く、頭を悩ませていた。自分には一体何が出来るのか。考えれば考える程行き詰まっていき、もしかしたら自分は中身のない人間なのかもしれないと気落ちしてしまった。
「マリー姉さま、お時間よろしければ勉強を教えて頂けませんか?明日の家庭教師までに予習をしているのですが、分からない所があるんです」
元気がないマリーローズを気遣ってなのか、ミゲルが参考書を手に声を掛けてきた。勉強熱心な未来の伯爵に感心し、どうせ暇だし役に立ちたいマリーローズは快よく引き受ける事にした。
ミゲルは来年王都の貴族学校に通うらしい。それまでに最低限の知識を学ぶのは良い心がけだ。貴族学校はマリーローズの母校でもあるので、勉強を教えるのは容易い事だった。
「2人とも何をしていたの?」
ひと段落ついた所でエミリアと彼女の父で先代アンドレアナム伯爵のヨーゼフが様子を見に来た。ティータイムのお誘いだろうかとマリーローズは顔を上げた。
「マリー姉さまに勉強を教わってました。とても分かりやすくて明日の予習があっという間に終わりました」
「まあ、ありがとうマリー。あなたは人に教えるのが上手なのね」
従姉妹に褒められてマリーローズは嬉しくなって頬を緩める。その姿を横目にヨーゼフは顎髭を撫でていた。
「もしかしたら君の力が必要かもしれない。ついて来てくれ」
言われるままにマリーローズは立ち上がり、歩き出したヨーゼフの背中を追う様にミゲルの部屋を後にした。向かっているのは応接間のようだ。確か今日は来客があると朝食時に聞いたが、その人物に合わせるつもりなのかもしれないとマリーローズは推測して、簡単に身なりを整えた。
「失礼する」
案の定ヨーゼフは応接間に入室した。マリーローズとエミリアも続く。応接間ではエミリアの夫で現アンドレアナム伯爵のクラークが客人と向かい合って座っていた。
エミリアに倣いマリーローズがお辞儀をして盗み見た所、客人は男性で随分とラフな格好をしていたので、貴族ではないのは確かだった。
「クラーク、マリーローズ嬢に今回の件を任せるのはどうかな?」
「マリーローズ嬢に?本気ですか義父上」
「名案ですわお父様!あなた、マリーは先程ミゲルに勉強を教えて好評でしたのよ」
「なるほどな。では話だけでも聞いてもらおうか」
短い間で話し合いを済ませると、クラークはソファから立って、マリーローズに座る様促した。隣にはエミリアが座る。指示に従いソファに座る前に一礼して、改めてアンドレアナム家の客人と対面した。
男性は殊の外若く、マリーローズと同年代に見えた。短く整えられた明るい灰色の髪の毛に切長の赤い瞳にスッキリ通った鼻筋と透き通る様な白い肌は美しく、左耳には青い水晶のピアスを付けていた。思わず見惚れてしまいそうになってしまったが、人の顔をじっと見つめるのは失礼だと自らを律した。
「初めまして、マリーローズ・アンスリウムと申します。私はエミリア様の従姉妹でございます」
「初めまして、私はヒナタと申します。平民なので苗字はありません。この度水鏡族の神殿の遣いとして参りました」
「まあ、水鏡族の…それは長旅でしたね」
水鏡族と言えば灰色の髪に赤い瞳が特徴の戦闘民族だと学んだ事がある。目の前にいるヒナタはまさにその姿だ。王都から遠く北の山奥、辺境の地に村がある為、滅多にお目にかかる事は出来ない。マリーローズも実物を見たのは数える程で、いずれもアンドレアナム家の屋敷だった。
アンドレアナム家と水鏡族は深い親交があるとマリーローズは幼い頃から聞いていた。エミリアの祖父が伯爵だった頃に村を訪れる際大怪我をした時に助けてもらったのがキッカケらしい。
以来アンドレアナム家は学園都市に進学する水鏡族を下宿先として屋敷に住まわせている。現在も1名下宿していて、空き時間は使用人として働いているが、手伝い扱いではなくしっかり給料を出すらしい。
ぱっと見た所ヒナタは下宿生では無さそうだが、一体何の目的でここに来たのか、マリーローズには予想がつかなかった。双方の事情を知っているエミリアは楽しそうに口元を緩めている。
「マリーローズ、あなた水鏡族の村で先生をやってみない?」
「えっ⁉︎」
状況を把握しきれてないにもかかわらず、突然のマリーローズの提案にマリーローズは貴族令嬢らしからぬ声を上げて驚嘆してしまった。
「美少女だと思って助けた美少年がスパダリになってしまった」←こちらにアンドレアナム家が少しだけ登場します。