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51森の熊さん

 ーーーこの辺に出てくる角が生えたデカい熊はオオツノヒグマっていう魔物だ。おっかない見た目に反して臆病だから、滅多に人前には出て来ない。だけどあっちの縄張りに近付いたら容赦なく攻撃して来るから、絶対森に入らない様に。もしも遭遇したら……



 ヒナタからの忠告を思い出したマリーローズは目の前のオオツノヒグマから視線を逸らさずに徐に後退りした。決して背中を見せず、怯まず、こちらの方が強いと思わせながら距離を取って行く。


 昔社交界で侮られぬように背筋を伸ばし、凛とした表情を崩さない。そんな経験が今生かされるなんて、人生何があるか分からないものだと心の中で自嘲しつつ、マリーローズは後退を続ける。


「あっ…」


 振り向かず退がっていた弊害でマリーローズは木にぶつかってしまい体勢を崩して尻もちを突いてしまった。動揺を気取られてしまい、オオツノヒグマが雄叫びを上げて襲いかかってきた。


 こんな所で終わってしまうなんて。まだやりたい事が沢山残っているのに、ヒナタに想いを告げていないのに……悔しさに顔を歪め、痛みに耐えるべく目を強く瞑った。


 もう一度オオツノヒグマの雄叫びが耳を劈くも、痛みは起きない。それなのに生臭い血の匂いが漂う。マリーローズは鼻と口を手で覆いながら、これだけ出血したら最早痛覚がなくなるのかと、他人事の様に分析していた。


「マリー!」


 今際の際はサービス満点のようだ。最後に聞きたかった声が聞こえてきて、マリーローズは目の奥が熱くなった。


「ヒナタ……大好きでした…」


 幻でもいい。この世への未練を断ち切る様にマリーローズは秘めたる胸の想いを打ち明けた。


「なんで過去形?俺マリーに嫌われる様なことしたかな…もしかしてパンケーキ食べに行くの断ったから?」


 困惑気味に返事が返ってきて、違和感を覚えたマリーローズが徐に目を開けると、オオツノヒグマの姿は無く、武器を持ったヒナタが視界の中心にいた。どうやら2回目の雄叫びは断末魔だった様だ。


「どうして……?」


 彼は朝から村を出ているはずなのに、マリーローズの頭の中は疑問符でいっぱいだった。目が点になっているマリーローズにヒナタは陽気に笑いかけしゃがみ込んで、いつもの様に彼女の頭を撫でた。


「港町から目的地に向かう途中で、今日マリーがひとりで留守番してるって気付いたから、魔物退治は父さんと母さんに任せて戻ってきたんだ」

「そう…だったのね」

「ああ、そんで戻ってきたら、診療所の前に例のおぼっちゃんがいて、マリーが走って逃げたっていうから足跡を辿って探してたら…全く、無茶するなよ」

「ごめんなさい」


 単独で外を出歩かない。毎日口酸っぱく言われ続けていた約束を破ってしまったマリーローズは反省するように俯く。


「何はともあれ無事でよかった」


 叱るのはここまでにしてくれたヒナタに抱き寄せられ、マリーローズは今自分が生きている実感がじわじわと湧いてきた。


 いつまでも魔物達の縄張りにいるわけにもいかず、マリーローズは名残惜しげにヒナタの胸から離れて診療所に戻る。あれだけがむしゃらに走ったのに、歩いてわずか10分で辿り着いたので、随分無駄な動きをしていたようだ。


「ああマリーローズ!臆病な僕を許しておくれ!」


 出来れば立ち去っていることを願っていたが、ユーリはまだ診療所前にいた。しかし今はヒナタが一緒だから怖くない。マリーローズは目の前の変人と向き合う事にした。

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