43王都からの訪問客
夏の暑さも落ち着き、朝の冷え込みが強くなり季節は秋へと移り変わっていった。いつものように授業の準備を行うマリーローズに一通の手紙が届けられた。
封蝋にはアンスリウム家の印章が刻まれている。急ぎの用事もないしマリーローズは手紙を開封して便箋を広げる。差出人は兄のニールのようだ。
手紙によると、来週港町に視察に行くので、ついでに水鏡族の村を観光するとの事だった。久しぶりに兄と会える。マリーローズは嬉しさに頬を緩めた。
「あ、この日は確か…」
兄が訪問する日はちょうど神殿で年に一度の精霊祭が催される。マリーローズも今年の主催である西の集落の住人としてバザーのお手伝いをする予定である。到着は昼頃なので店番は午前中に引き受けて、空いた時間に兄を案内しよう。そう決めてから便箋を畳み封筒に戻すと、授業の準備を再開した。
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「お久しぶりですお兄様」
「ああ、元気そうだな」
「お陰様で楽しく暮らしています」
およそ1年ぶりに会った兄は父親になった影響か、以前より頼もしく威厳を感じ取れた。
「これが精霊祭か。なかなか賑やかだ。マリーが着ているのは民族衣装か?」
「はい、今年は下宿先の西の集落が主催ですので、私も参加しているんです」
水鏡族ではないのにいいのだろうか。マリーローズは民族衣装の袖を通す事に躊躇いがあったが、昔光の神子が水鏡族ではない男性と結婚したのをキッカケに、徐々に受け入れられる様になったと聞いて着用を決めた。
マリーローズの民族衣装は白を基調とした膝下丈のワンピースで襟元と袖と裾とウエストの切り替え部分に独特な模様の刺繍が施されている。これをプレゼントしてくれたのはヒナタだった。一体どんな気持ちで用意してくれたのか、聞きたいけど聞く勇気がなくて聞かずじまいである。
「まずはマリーが世話になっている方々に挨拶をしたいのだが」
「でしたら私が下宿でお世話になっている方から紹介するわ」
今日が精霊祭でなければ、お茶を楽しみながら話が出来たのだが仕方がない。マリーローズはニールをバザー会場へと案内する。会場では各家庭で眠っていたであろう不要品や手作りの雑貨やお菓子が所狭しと並んでいた。そんな中で売り子をしていた光と命が手際良く接客していた。
客がはけたタイミングでマリーローズは兄と共に彼女達に近寄り、互いを紹介した。
「マリーローズお嬢様のお陰で母も生活にハリが出て、前より元気になっているんですよ。娘として本当に感謝しております」
「そうですか。皆さんのお役に立てているのですね。妹は温室育ちなので、心配していたのですよ」
和やかに会話をする兄と命に挟まれて、なんだかむず痒い気持ちになる。これはそうだ家庭教師と両親が普段の様子を話すような、そんな光景と似ていると顧みながら、恥ずかしい過去をバラされないか戦々恐々していた。
「ところで私、女優のカトリーヌの大ファンでして。彼女水鏡族でしょう?だから一度村に訪れたいと思っていたのですよ!」
昔からニールは歌謡劇が大好きで、よく王都の劇場で観賞している。家では女優のブロマイドを眺めては妻に呆れられていた。はしゃぐ兄を前にマリーローズは今回の訪問はこっちが本命だったのではと疑ってしまった。
「流石大スターの故郷だけあって、村の女性は美しい方ばかりですね。思わず見惚れてしまいました」
これにはマリーローズも同意する様に頷いた。精霊の血が流れていると言っても疑わないくらい水鏡族の女性達は美しく、肌が陶器のように滑らかだった。
一方で男性は基本顔立ちは整っているように見受けられたが、中性的な美貌か筋肉隆々の大男の両極端な印象を受けた。割合としては後者が多く、以前食堂に立ち寄った際にたまたま男性神官が多かった時はむさ苦しくて、その夜夢でうなされる程だった。
「この後お茶でもご一緒しませんか?」
「遠慮させて頂きます」
食い気味に両手を握ってくるニールに命は笑顔で即答する。これは完全にハメを外している。マリーローズは兄を責めるように咳払いをした。
「お兄様、鼻の下が伸びていましてよ?それに命さんは既婚者ですわ。アンスリウム家の次期当主が道理に外れる様な真似をされないでくださいまし」
「おっと、確かに結婚指輪をしているね。失礼マダム」
マリーローズの叱責にニールは慌てたように命から手を離して、バツが悪そうに視線を空に向けた。
「この件はお義姉様に報告させて頂きますからね」
「それだけは勘弁してくれ!」
呆れを声にこめて白い目を向ければ、ニールは焦りを隠さず縋り付いた。久々の兄とのやり取りにマリーローズは懐かしさにこっそり胸を熱くさせた。




