4ハッピーエンドの裏で
マリーローズの温情により、レイナルドは臣籍降下になりレティシアと結婚してファレノプシス家に婿入りとなる事が決定した。
無論直ぐにとはならない。レイナルドはファレノプシス男爵の元で後継者になるべく鉄道会社の経営を学び、レティシアは花嫁修行に励んだ。2人の懸命な姿に醜聞は瞬く間に消えて、周囲は歓迎ムードとなった。
そして1年の時を経て2人は遂に結婚式を迎えた。マリーローズは友人として出席した。招待されたのもあるし、元婚約者の自分が祝福する事で、彼らの愛を堅固たるものにしたかったのだ。
王室の結婚式に比べたらささやかな式であったが、新郎新婦となったレイナルドとレティシアの幸せそうな笑顔を見たマリーローズが自分の選択が間違っていなかったと確信した。感極まって瞳を潤ませているとレイナルドとレティシアが歩み寄り、花嫁のブーケを託し感謝を伝えた。
「マリーローズ様、心より感謝しております」
「次は君が幸せになる番だよ」
「レイナルド様、レティシア様…ご結婚おめでとうございます。どうかどうか、末永くお幸せに!」
レティシアとレイナルドの言葉にマリーローズは感激して涙を流して彼らの幸せを心から祝福した。そして自分も幸せになって皆を安心させようと心に誓った。
***
まるで物語の様なレイナルドとレティシアの結婚に胸を温めたものの、マリーローズには悩みがあった。
レイナルドとの婚約破棄から1年経った今も新しい良縁に巡り会えないのだ。理由としてはマリーローズの家格が高過ぎる事と、父と国王陛下が選り好みしているからだ。
家格については同世代の公爵家の子息達は皆婚約か婚姻済みで、年齢差に目を瞑れば、後妻に収まる形となる。妥協して家格が下の者と婚約を結べばいいのだが、マリーローズの父のプライドが決して許さない。
国王陛下も苦心して他国の王族に打診するも、世界的に姫の方が多く、王子は売り切れだった。自国も同様で、王太子となった第二王子を始め、レイナルドの弟達には既に婚約者がいた。
非が無いのに婚約破棄された元王太子の婚約者に格下の縁談は不誠実だと感じているのだろうけど、マリーローズは事態が落ち着けばどうでもよかった。
気付けば社交界から遠ざかり、家族や使用人たちからは腫れ物に触るように接されて、マリーローズは居心地の悪い毎日を過ごしていた。
友人の令嬢達がたまに遊びに来てくれるが、彼女達は学園卒業後に結婚した影響で日に日に疎遠になっていった。
妃教育も無くなり、毎日本を読んで過ごす日々に飽きが来たある日の昼下がり、マリーローズに来客があった。
「マリーローズ!僕と結婚しよう!」
真っ赤な薔薇の花束を持って玄関ホールで突然求婚してきたのは、学生時代の同級生であるユーリ・ハルオチアだ。赤い髪の毛を横に流したキザったらしい面立ちは相変わらずだ。彼は学生時代何かとマリーローズに構ってくるので、日頃から鬱陶しいと感じる事が多々あったが、まさか求婚までしてくるとは思わなかった。
「お戯れを…ユーリ様、あなたにはシンシア様という素敵な婚約者がいらっしゃるではありませんか」
ハルオチア侯爵家の長男であるユーリには一歳年下のアスター伯爵家令嬢のシンシアと婚約していて、来年の春に結婚するはずだ。
マリーローズの指摘にユーリは鼻で笑う。何がおかしいのだろうか。
「シンシアとは婚約破棄した。時間が掛かってしまったが、これでようやく君と結ばれる!」
ユーリの発言にマリーローズは言葉を失った。シンシアとはお茶会で何度か顔を合わせた事があるが、ユーリの誕生日プレゼントにハンカチに刺繍しているとはにかみながら教えてくれたとても健気な少女だった。
「お断り致します。お引き取り下さいませ」
そんな一途な少女の気持ちを踏み躙ったユーリをマリーローズは到底受け入れる事なんて出来なかった。
「ふふ、照れなくてもいいんだよ。僕はいつだって君を受け入れる準備が出来ている」
「婚約破棄された私が、一方的にシンシア様に婚約破棄をする様なあなたの申し出を受け入れる訳がありません。お帰り下さい」
毅然たるマリーローズの態度にユーリは怯む様子は無く、ニヒルに笑い肩をすくめた。
「仕方ない。今回の所は帰るけど、僕は諦めない。また来るよ」
薔薇の花束を侍女に無理やり押し付けてから、ユーリは屋敷を去った。姿が見えなくなったのを確認したマリーローズは体の力が抜けてその場に座り込んでしまった。