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39ふわふわのホイップクリーム

「元気がないように見えますか?」

「見える」


 問いかけに断言するヒナタにマリーローズは困ったように笑う。心当たりはある。しかしそれを話せば更に心配させてしまうので、ひとまず言い訳を考える。


「睦さん以降、新しい生徒が増えないから焦っているのかも。塾長にもっと相談しなきゃね」


 これは悩みの一つなので嘘はついていない。しかしヒナタは肩肘を突いて溜め息を吐いた。


「俺ってそんなに頼りにならない?」

「いえ、そんな事ありません!ヒナタにはいつもお世話になっています」


 これは自分自身の問題だ。しかし納得がいかない様子のヒナタはここで引き下がらないだろう。マリーローズは意を決して深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。


「本当に大したことではないのですが…」


 自分にバリアを張るように前置きしてから、マリーローズは目を伏せて頭の中で言葉をまとめる。その様子にヒナタは姿勢を正して耳を傾ける。


「先日父から手紙が届きました」


 マリーローズがレイナルドと婚約破棄した事でアンスリウム家の立場は揺らいでしまい、他の貴族達に弱味を見せる結果になった。


 結果的には婚約破棄はレイナルド側に非があったので、国王陛下はアンスリウム家に便宜を取り測ってくれたが、王太子妃の生家には二度となれない。それが父のプライドを大きく傷つける形となり、マリーローズとの間に深い溝が出来てしまった。


「先日父は宰相の座に就いたそうです。元々仕事のできる方でしたが、それに加えて陛下は王家の都合で婚約破棄された上に、辺境の村で先生をして完全に婚期を逃した私に対する引け目から任命したのでしょう」


 村に来てからは縁談の続報も無く、父も国王陛下も匙を投げてしまっているのは予想出来る。だからこそ父に詫びとして宰相に就任させた。そして父はこの待遇にいたく満足しているようだ。


「念願の宰相になれて、後継の兄には男の子が生まれて…アンスリウム家は順風満帆と言っても過言ではない。だから…」


 目の奥から熱いものが込み上げて来るも、拳を強く握り耐える。口にしたら現実だと認める事になるだろう。


「私の事は全てを捨てて、辺境の村で先生をして社会貢献をする事を選んだ公爵令嬢だと美談として語り継ぐから、二度と王都には帰って来るな。と手紙に書かれてました」


 事実上の絶縁宣言にマリーローズは動揺を隠せていなかったようだ。ヒナタが気付いたということは、光達も気付いているのかもしれない。そう思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「大丈夫です。べ、別に村での生活は充実しているし、仕事にもやりがいを感じているので、言われなくても帰りませんよーって思っているのですよ?」


 精一杯の強がりを言って気を紛らわして、ヒナタの様子を窺う。いつもの明るい顔はなりを潜め、険しい表情をしている。


「俺だったら、マリーと一生会えないなんて絶対耐えられない」


 真っ直ぐと情熱的な言葉をぶつけられたマリーローズは息をするのを忘れてしまいそうなくらいヒナタの赤い瞳に釘付けになって逸らすことができず、しばし見つめ合っていた。



「お待たせしましたー!厚切りベーコンと目玉焼きの3段パンケーキとオレンジジュースと風の神子のお気に入りとホットアップルティーでーす」


 空気を読まず無邪気にウエイトレスがパンケーキを持って来た。我に帰ったマリーローズはパンケーキに注目する。風の神子お気に入りはパンケーキが見えない位ホイップクリームが盛られ、その上からラズベリーソースがかかっている。そして周囲には苺とブルーベリーが添えられていた。


「これが風の神子のお気に入り…」

「あの子大の甘党らしいよ。両親は辛党なんだけどね」


 ホイップクリームの山に呆然とするマリーローズにヒナタは風の神子の嗜好について説明する。その顔に険しさはもうない。


 食事の挨拶をして早速パンケーキにナイフで一口大に切り取る。ホイップクリームがたっぷり乗っているのでボリューム満点である。それをいつものように上品に口に運ぶ。ふわふわのパンケーキとベリーソースのおかげで見た目より甘さがスッキリとしたホイップクリームがマッチしていてマリーローズは至福に目を細めた。


「この甘さ、疲れた時にピッタリですわ」

「気に入ってもらえてよかったよ」


 ヒナタはご機嫌に小さなミルクピッチャーに入った琥珀色の液体をパンケーキに回しかける。


「何をかけたの?」

「メイプルシロップ。これが最高に美味いんだよ」


 ベーコンエッグとパンケーキにメイプルシロップ。甘さとしょっぱさという禁断の掛け合わせである。今度来た時挑戦しよう。マリーローズはブルーベリーを沈めたホイップクリームをパンケーキにたっぷり乗せた物を食んで計画を立てた。


「あ、クリームついてるよ」


 言葉と同時にヒナタの武骨な指がマリーローズの滑らかな頬に触れてホイップクリームを拭った。そしてヒナタは指についたホイップクリームを躊躇うことなく舐め取った。



 どうしてこの人は恥ずかしげもなくこんな事が出来るの?



 マリーローズは全身の血が沸騰するような錯覚に陥る。きっと弟や従兄弟にも同じ事をしているに違いない。彼は自分を姉か妹だと思っているんだ。


 いつもの呪文を頭の中で唱えて、今度は顔にクリームを着けないように一口より小さいサイズにパンケーキをカットする。その頃には父からの手紙がどうでもよくなっていた。

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