3愛し合う2人の行方
「この役立たずがっ!」
事態を知った父アンスリウム公爵は開口一番にマリーローズを罵り、頬を平手で打った。母は傍で止めどなく涙を流している。アンスリウム家はこれまでレイナルド派として幅を利かせていたが、彼が王太子の座を剥奪された今後は威光を失うのは目に見えていた。
「お前が殿下の御心を掴んでおかなかった所為でこんな事が起きたのだぞ!」
父からの叱責にマリーローズは目の前が真っ暗になってしまった。思えばマリーローズは妃教育に集中してしまい、レイナルドとの交流を疎かにしていた。学園では同じクラスだったにもかかわらず、誘われていないからと行動を共にする事は無かった。
勿論誕生日や夜会では婚約者としての務めは怠らなかった。思えばレイナルドとの接触を全て務めとして過ごして来た。レイナルドも言っていたし、自身も非は無いと疑わなかったが、それが自分の罪だと気付くと、マリーローズは全身の体温が一気に奪われる様な錯覚に陥った。
その夜はマリーローズは自責の念に囚われて、一睡もできぬまま過ごした。
翌日マリーローズは1人王宮に呼び出された。一晩経っても消えなかった頬の腫れを厚化粧で誤魔化して貰い、マリーローズは登城した。
「此度はすまなかった」
「いえ、殿下を止めるどころか婚約破棄を認めてしまった私にも非があります。どの様な処罰もお受けする覚悟がございます」
レイナルドとレティシアの愛に感動し後先考えず婚約破棄をして、王太子妃の未来が絶たれた今、マリーローズの立場は危ういものだった。ならば国王陛下に決めてもらった方が後々楽だろうと感じていた。
「そなたを罰するつもりはない。全ては我が愚息の責任だ。縁談についてはこちらが尽力しよう」
「お気遣いに感謝します」
「うむ、してレイナルドとファレノプシス男爵令嬢の処遇について意見を聞きたい」
どうやらこちらの方が本題のようだ。だからこそマリーローズだけを城に呼んだのだろう。
「陛下はどの様なお考えですか?」
「余としてはレイナルドを王家が所有する罪人の塔に幽閉、レティシア嬢は孤島の修道院で悔い改めるよう考えておる」
想像より厳しい処罰にマリーローズは胸が痛む。このままだと2人は二度と会えなくなってしまう。
「不敬を承知で申し上げます。その様な処遇を私は望みません。ファレノプシス家は長年に渡り鉄道事業に深く関わり貢献し、我が国に大いなる利をもたらしました。それにレティシア様は一人娘ですから、婿を取らねばなりません。ならばレイナルド殿下を臣籍降下とし、レティシア様とご結婚されてファレノプシス男爵家に婿入りするというのは如何でしょう?」
これがマリーローズの考える愛し合う2人にとって一番のハッピーエンドだ。恋愛感情は無かったが、レイナルドを尊敬していたし、あまり交流は無かったが、レティシアはレイナルドと噂されだしてからもマリーローズに対して礼儀正しく、一度だってこちらに敵意を向ける事は無く、寧ろ敬意を払ってくれていた。
だからこそレイナルドとレティシアが不幸になる姿は見たくなかった。
「お人好しが過ぎる様だな。そなたの父と大違いだ。今回あれを呼ばなかった理由でもあるがな」
アンスリウム公爵は野心家で有名だ。国王陛下の妹であるマリーローズの母を娶り、出世の為にライバルを蹴散らし、娘を駒として扱い、王太子の婚約者にまで捩じ込んだ手腕は周囲を畏れさせていた。
「王太子の婚約者としては失格かもしれませんが、最早私はただの令嬢ですので、お人好しと言われても構いません。陛下、どうかレイナルド殿下とレティシア様に温情をお願い致します」
真摯に頭を下げるマリーローズに国王陛下は唸り、しばし沈黙する。果たしてどの様な決断をするのか、周囲に緊張感が走る。
「面を上げよ。マリーローズ・アンスリウム嬢、そなたの意見を採用しよう」
「ありがとうございます!」
「礼を言うのはこちらの方だ。これまで大義であった。あとは余に任せよ。悪くはしない」
これでレイナルドとレティシアは離れ離れになる事はない。今後自分はどうなるか分からない。しかし今は2人の幸せを喜ぶ事にした。