23流れ星に願いを込めて
体験入塾会を終えてほっと息をついたのも束の間、マリーローズは開校に向けて奮闘していた。
「マリー、飯食べるぞー!」
ヒナタの声にマリーローズが顔を上げて時計を見遣る。いつのまにか昼休憩時間を過ぎていた。
「ごめんなさい、あと少し作業をさせて」
「ダメ、勤務時間外労働を行わない。闇の神子と約束しただろう?」
それはマリーローズが神殿に来てまもない頃、張り切り過ぎて一切休まず夜遅くまで働いていたのを目撃したサクヤが決めたルールである。
「頑張りたい気持ちも分かるけど、マリーが体を壊したら元も子もないんだぞ。嫁入り前なんだからもっと自分を大事にしろ」
「くっ…分かりましたわ」
今は仕事に燃えてるし、恋人もいないし、縁談も無いので嫁入りする予定はないのだが、このまま抵抗するとヒナタに担がれて強制帰宅となりかねないので、マリーローズは大人しく従うことにした。
簡単に部屋を片付けて施錠して、マリーローズはヒナタと食堂を目指す。食堂は大繁盛で、神官達を中心に賑わっていた。トレーに乗せた料理を持って、ニ人は空いている席に座る。
「みんな流星群の話題で持ちきりね」
周囲から聞こえて来る会話は明日の流星群についてだった。皆どこで誰と見るか、観測中何を食べようかなどと盛り上がっていた。
「マリーは誰と見るんだ?」
「私は…」
問いかけられてマリーローズが真っ先に浮かんだのは目の前にいるヒナタと肩を寄せ合い夜空を見上げる光景だった。しかし彼はただの友人で同僚だ。マリーローズは自分の思いつきを否定して、眉尻を下げて笑った。
「今日帰ったら光さんを誘ってみようかしら」
「そっか、ばあちゃんが喜ぶよ。ありがとう」
「ヒナタは誰と見るの?」
予定がないなら友人として誘うのもいいかもしれない。マリーローズが聞くと、ヒナタはフッと暗い表情で嗤った。
「こないだ彼女が出来たと思ったら速攻でフラれてね…明日は独り者だから真夜中に神殿の警備をするんだ」
いつの間に恋人が出来て振られていたのか。マリーローズはヒナタの手の早さに目を丸くさせた。
「ええっと…その彼女はどんな方だったのですか?」
傷口に塩を塗るのは良くないと思いつつ、好奇心に勝てなかったマリーローズはヒナタの元恋人について尋ねた。
「休日にギルドの依頼帰りに酒場で飯食っていたら、冒険者やっている彼女に声を掛けられて、意気投合して…次の日一緒に依頼を受けに行ったら、俺のペースについて行けないとか言われてフラれた」
「ヒナタのペース?」
「まあ、体力とか戦闘能力とか…色々な所。あっちも水鏡族だったから何とかなると思ってたんだけどなあ…」
そう言ってヒナタは心底落ち込んだ様子でため息を吐いた。恋愛感情がないレイナルドとの婚約解消でさえ精神的ダメージがあったのだ。恋に落ちた相手なら更に計り知れないのかもしれないと、マリーローズはヒナタの心の傷を推し量った。
「あの…その、ヒナタはいい所が沢山あります。だからきっといい人に巡り会えるわ」
「マリー…ありがとう。なんか元気出た。よし、明日の警備はカップルの邪魔を頑張るよ!」
ヒナタに笑顔が戻った一方でマリーローズは何やら胸がチクチクしてきた。一体何故なのか考える気も起きず、スープを口に運んだ。
***
次の日は天気に恵まれた。このまま夜になれば最高の天体観測日和となるだろう。夕方になり、いつものようにヒナタと家路を歩む中でマリーローズは空を見上げた。
「あっ…」
よそ見していたせいでマリーローズはつまづいて転倒してしまった。
「大丈夫か?」
「いたた…」
昨日からどうしてこんなにモヤモヤしているのか。マリーローズは分からずにいた。
「膝を擦りむいているな。汚れを落とそう」
突然の怪我にも落ち着いた様子でヒナタは魔術で水を出してマリーローズの膝の汚れを洗い流す。擦り傷が滲みてマリーローズは顔を顰めた。
「帰ったら診療所で手当てしてもらおう」
「はい」
応急処置を終えて、差し伸べられたヒナタの手を取ったマリーローズはふと思いが溢れ出た。
「私、ヒナタと星が見たかったんだわ」
溢れた気持ちをそのままこぼしてしまったマリーローズは慌てて空いた手で口を塞ぐ。そんな彼女に対してヒナタは目を瞬いた後に破顔した。
「嬉しいな。じゃあ警備の時間まで、俺もマリー達と星を見ようかな?」
喜ぶヒナタの姿に恋人でなくても誘ってよかったのかと、マリーローズは安堵しつつも、変に意識してしまっているのは自分だけなのかもしれないと省みた。
帰宅して日が沈んでから、マリーローズはヒナタと光、そして彼女の義妹で隣の診療所で医師をしている桜と4人で天体観測に洒落込もうとした。
そして途中冷えるからと言い訳して家に戻った光と桜に気付かない位マリーローズはヒナタと満天に耀く夜空に夢中になり、流れ星を今か今かと待ち望んで過ごしたのだった。




