17同じ目線で
西の集落の学校見学以降、マリーローズは他の集落の学校もヒナタ共に見学した。先日の件もあり移動は馬車を用意してもらった。
どの学校の生徒達も真面目に授業をしていてマリーローズは元気と意欲を貰った。進学を考えている生徒と話をする事も出来て、塾が出来たら是非通いたいと好感触を得た。
先人に話も聞いた。受験を受ける為の勉強は港町でテキストを購入して学び、分からない所は先生に休み時間や放課後に教えてもらって、休日や長期休暇には港町まで降りて塾の短期講習を受けたらしい。
「マリーローズ先生、参考になるか分からないが…これは風の神子奨学基金の記録だ。近年の受験前の希望者数と受験後合格し奨学金を受給した人数の記録を運営している我が許嫁がまとめくれた」
塾開校の作戦会議にて、円卓に置かれた資料にマリーローズは瞬きをした。サクヤの許嫁という存在と奨学基金制度について初耳だったのだ。
「進学を希望する者の中には経済的な問題で諦める者も少なくない。そこで先々代の風の神子が奨学基金を設立し、今代の風の神子である我が許嫁が引き継いでいるのだ」
「素晴らしい行いですね」
「うむ、ここ10年で村人達の進学率も上がり、村で問題となっていた教師不足と医療従事者不足も解消されつつある」
誇らしげに胸を張るサクヤの姿から彼が許嫁を大切にしている様子が目に浮かんで、マリーローズはふとかつての婚約者であるレイナルドを思い出した。彼は妃教育に奮闘する自分に対して労いの言葉を掛けることはあっても、それ以上の言葉は無かった。そう思うと少し羨ましくなった。
とはいえ自分もレイナルドに社交辞令以外の言葉をかけた記憶が無かった。だから婚約破棄になったんだろうなと腹の中で自嘲しながら、マリーローズは資料に目を通す。年々希望者は増えている様だが、合格者は横ばいのようだ。
「現在各学校の協力を要請して奨学金を利用せず進学した人数も調査してもらっているが、恐らくこの資料より人数は少ないだろう」
「村人の経済状況はあまり良くないのですか?」
マリーローズの問い掛けにヒナタは短く唸り、自身の口に手を添え考え込む。
「普通に暮らす分には問題ないけど、子供を進学させる学費を貯めるとなると厳しいかもな。休日に家族で冒険者ギルドでコツコツ小銭を稼ぐ感じでようやくだ。港町は依頼の競争率が高いし、ランクが高くないと報酬も低い」
「奨学金無しだと、資金調達と学力上昇の両立が難しいのが現状か」
「闇の神子の言う通り。資金調達の件は奨学基金がクリアしてくれてるけど、学力上昇についてはこれから俺たちが築き上げていく事になるってわけだ」
こんな重大な事業に抜擢されたのか。マリーローズは実情を知る度に痛感した。そして改めてこの村の力になりたいと決意に燃えた。
「あの、無理を承知でお願いがあります」
「申してみよ」
「折角神殿に住まいを用意していただいたのに大変申し訳ありませんが、少しでも村の人達と同じ目線で生活する為に神殿の外で暮らしたいんです」
神殿での暮らしに不自由は無い。しかし肝心の子供達を知る機会が少なかった。その後学校見学を経てマリーローズはもっとこの村の人達を知りたい、仲良くなりたいと思ったのだ。
「うーん、村で暮らすって言うけど…マリーは炊事洗濯とか出来ないよね?」
「で、出来る様にします!」
「買い物も商店が少ないから大変だよ?道には魔物が出る事もあるし…」
「買い物も出来るようになりますし、魔物も倒せるようになってみせます!」
これまでだって出来ない事は努力でカバーしてきた。マリーローズは鼻息荒く心配するヒナタの意見を突っぱねる。
「…神官ヒナタよ。下宿という手段はないか?」
「下宿…ね。あるとしても食堂の下働きとかじゃないかな。でもそしたら本来の仕事が疎かになる」
「そなたの家に空き部屋はないか?」
サクヤの提案にマリーローズの心臓が跳ね上がった。ヒナタと一つ屋根の下で暮らす…つまりおはようからおやすみまでずっと一緒になる。それではまるで夫婦だ。マリーローズは妄想をかき消すように頭を左右に振った。
「いやーありませんね。俺が弟と同じ部屋で寝るという手段があるけど、絶対嫌がられる」
「ならば致しかねるか…とりあえず下宿させてもらえそうな家庭がないか探してみよう」
「そうですね。知り合いで、俺が朝晩送り迎え出来る範囲の家で当たってみます」
「よ、よろしくお願いします。わがまま言ってごめんなさい」
「こんなのわがままに入らないよ。だってマリーが村の為を思って言ってくれた事なんだから」
「うむ、生徒の生活環境に馴染もうと考える姿勢、天晴だ」
笑顔で肯定してくれるヒナタとサクヤにマリーローズは自己肯定感が満たされて、ここにきて良かったと心から思えた。




