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エピローグ


「おかえりなさいまし」

 あっしが店を開けると、ふらりとそのお方が入ってこられました。

 何度目かの人生を終えられた大士さまです。

「ただいま」

 実は大士さまは、あのロボット、永愛を溺愛されておられます。はじめに出会ったときから、そりゃあもう愛しくて仕方がない。あまり言いたくありやせんが一種の執着です。

 なので娑婆に降りられるのは、永愛、あの98番がいる時間の、98番がいる場所を必ずお選びになります。

 ですがね、同じ方が全く同じ年代の全く同じ地域に降りていけるのは1回きり。

 なんでって? 

 何度も何度も同じ方が降りられると、そのあたりがすべて同じ方の魂で埋め尽くされちまうでしょ。だからです。

 あ、以前にあっしがシナリオを書かせて頂いた一万回の旦那の場合は、ほとんど同じ人生にしたときは、年代も地域もバラバラだったんですよ。だから大丈夫だったんです。

 そこで大士さまは年代を微妙にずらし、地域を少し外し、けれど必ず98番に会えるようにシナリオを書くんでやんす。

 大士さまはもうとうにこの中間世界を卒業できるほど素晴らしいお方なんですが、ただひとつ、98番への執着がネックになって、本人の強い拒否もあってここから離れようとされないのでございます。

 なんでって?

 ここを卒業してしまうと、もう身体を持って娑婆へは降りていけないからです。しかも重い娑婆では魂も数時間しかその場にとどまれません。

 98番に会いたい、身体を持って会いに行きたい。

 今の大士さまはその一心で生きておられると言っても過言ではありやせん。

 それにちょっと不可解なのですが、98番の方も、大士さまがおられる時とおられない時とでは、成長っていうんですかね、その度合いが全然違うんです。大士さまの見かけや性別はそのつど全然違うんでやんすよ。娑婆へ降りられるときは記憶も消えていますし。

 けれど98番にはその方が大士さまの生まれ変わりだとわかってしまうのでしょうか、本当に不思議な話です。

 不思議と言えばもうひとつ、お二人は出会われると必ず世界の平和と調和のために尽力されるんです。人様とからくり(ロボット)が力を合わせて平和な世を作ってほしいと天が思われるのか、ただの実験なのか、そのあたりはあっしなんかにゃ到底検討もつきやせんがね。


 ですが、とうとうそれも叶わなくなる日がやってきました。

 98番の耐用年数は人様よりもうんと長い。

 けれどそれにも限界ってもんがありやす。形あるものはすべて壊れていくのが娑婆の変えられない掟です。


 それを聞かれた大士さまは、98番の最後を看取りたいと、稼働が停止するその時期に合わせて娑婆へ降りて行かれました。

 あっしがシナリオを書かせて頂きました。あちこちにお願いして、きっちりと98番の停止に立ち会えるようにさせて頂きました。

 最後は大士さまの腕の中で、98番、いえ、永愛はその生涯を幸せに終えられたと思いやす。



 それからしばらくして。

「こんにちは」

「あ、大士さま。どうもお疲れ様でした」

 大士さまはあのあと、ようやくここを卒業なさる決心をされたようで、実はあっしが書いた最後のシナリオを終えて、娑婆から戻ってこられたばかりでした。

「最後のシナリオ、ありがとう。お礼を言ってから行こうと思ってね」

「ははあ、それはご丁寧に、こちらこそありがとうございやす」

 あっしはどうしても顔がにやけるのを抑えきれません。いやはや、どうにもあっしは隠し事ができない性分なんですね。

「どうしたんだい? えらくご機嫌だね」

「ええ、いや、はい」


 なんとか誤魔化していると、「邪魔するよ」と、お待ちかねの如来さまが来てくださいました。

「如来さま。これはこれは」

「お、グッドタイミング。今から行くんだね?」

 と、天井を指さします。あ、2階じゃなくて本当の天の事を言っておられるんですよ。

「はい」

「そうか、ではさっそく行きましょうか」

 そうおっしゃって、大士さまを店の外へとお連れしました。


 店の前では、ついさっき雇ったばかりの従業員があたりを綺麗に掃き清めております。

 振り向いたそのお顔をご覧になった大士さまが息をのむのが、店の中にまで聞こえてまいりやした。

「………永愛」

 絞り出すように呼ぶその名は、98番ではなく、やはり永愛。

「なぜ? なぜ?」

 あまりの驚きに立ちすくむ大士さまに、如来さまが説明なさいます。

「えーと、お前さんの溺愛ぶりに心打たれたシナリオ屋がね、最後のサービスに」

 と、98番の方へ歩み寄り、すっと胸のあたりに手をかざしますと、急に98番は動きを止めてしまいました。如来さまの手には何やら小さな四角い板があります。チップと言ってロボットを動かしているもの、言わば魂のようなもんですな。

「98番の心を取り寄せてくれたんだよ。でね、」

 胸のあたりにそれを返すと、98番はまた目の輝きを取り戻しました。

「皆に協力してもらって、身体を再現したんだよ。もう、大変だったんだよ、細部まで再現するのはさ」

 ちょっと唇をとがらせて言う如来さまの言葉など、きっと耳に入っていないでしょう。

 大士さまはただただ、98番を穴の開くほど見つめておられます。

「大士さま。お久しぶりです。121年7ヶ月10日と98時間ぶりです」

 しかし98番は驚く様子もなく、いつもの無表情でただそんな機械のような事を言い出す始末。

 いえ、機械なんですがね。

「永愛!」

 すると、声を聞いてたまらなくなったのか、大士さまが98番、いえ、永愛さんをガバッと抱きしめられました。

「永愛……永愛……」

 大士さまは男泣きに泣きながら、ただそれを繰り返されるばかり。


 そんなご様子をやれやれという感じてご覧になっていた如来さまは、あっしと目を見交わすと、天を指さしながら恐ろしい事を言われました。

「これでまたあっちに行かないなんて言い出したら、お前さんをどうしてくれよう」

「!」

 ひええ、あっしは大いに青ざめましたが、そもそもこのサービスの事を言い出したのは、如来さまなんですよ! それを言い返そうと口を開いた途端、あっしは誰かにガバッと拉致されてしまいやした。

「ひええ! やめてください、おやめください、このサービスだって元はと言えば」

「ありがとう、ありがとう、シナリオ屋」

「も、元はと言えばにょらいさま……、え?」

 なんとあっしを拉致、いえ、抱きしめているのは大士さまでした。嬉しさのあまり、あっしにまでこんな事を。

「大士さま、おやめください」

「ああ……、これでいつでも永愛に会えるようになった」

 そう言うと、ようやく腕を放してくださいました。

「ここではお前が面倒を見てくれるのかい?」

「は、はい」

「では、私が時折来て色々永愛のことを教えよう」

「はい、ありがとうございやす」

 そのあとは、如来さまがご心配なさったようなこともなく、大士さまはすんなり天へとお昇りになりました。


「98……ああいや永愛。……永愛?」

 大士さまにちなんで、これからはあっしも永愛と呼ばせて頂きますが、お二人を見送っていた永愛の様子が少し変です。

「大士さま、本当は私も会いたかったのです……」

 なんと永愛は、二人が消えた天を見つめて、涙を流しているのでした。


 大士さまの深い愛情が、いつの間にか永愛に感情を芽生えさせていたのでしょうか。

 とにかく、めでたし、めでたし。




 あっしはしがないシナリオ屋。

 生まれ変わりにお困りなら、どうぞご相談ください。

 どんな人生もドキドキハラハラ、もちろんロボットと一緒の人生だってお任せあれ。思い切り楽しく送れるよう最高のシナリオを書かせて頂きやす。

 へい、まいどありい。



【おまけ】


「大士さま! 時折とは毎日のことなんですか? こう頻繁に来て軒先でいちゃいちゃされたんじゃ、うちの商売あがったりだ!」

「良いじゃないか、永愛も俺も幸せなんだから」

 あれから毎日のように大士がやってきて、シナリオ屋の店舗はしばらくの間、大変なことになったそうな。









ここまでお読み頂き、ありがとうございました。

久しぶりの、普通のシナリオ屋です。

今回は、筆者の大好きなロボットものです。ですが、もちろんバリバリのSFではありません。

永愛の製造番号98番と言うのは、古い大人の方は気づかれたかもしれませんが、筆者が最初に触ったパソコンが、伝説?の、NECパーソナルコンピュータ9800シリーズ、いわゆる98だったもので(て、どんだけ古い大人やねん!笑)まあ、それを使いたかったというわけです。

シナリオ屋の軒先は今は大変ですが、彼はまだまだこれからも皆様にシナリオを書いていくつもりでいるようですよ。

よろしければ、また遊びに来てやってください。


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