出会い
あっしに仕事を依頼して娑婆へ生まれ変わろうとなさる方の理由は様々。
やり残したことがある、男はもうこりごりだからから今度は女、その反対に女はもう嫌つぎは男がいい、もう一度あの地に行きたい、会いたい人がいる、どうしてもこの国で暮らしてみたい……etc
あ、ですが、一万回の旦那のように、やらかした悪行の精算のために強制的にと言うのもございますよ。
それと、なんか面白そうだから、と、特に理由もなく降りて行かれる方もいらっしゃいます。あっしなんかはあの重くてまだるっこしい娑婆なんぞ、何が面白いのかてんでわかりやせんがね。
そんな中で、今回ご依頼を受けるのがもう何回目になるでしょうか。その方は、必ず同じ条件をおつけになります。
「あの者がいるところへ」
今回は、そんなお方のお話です。
大士は悩んでいた。
小さい頃から利発で、神童と呼ばれたこともあった。
難しい本がすらすらと頭に入ってきて、深いところまで理解できるので、大人相手に講師を務めるほどの子どもだった。ただ、こましゃくれていて可愛げはなかっただろうが。
けれどその頃は何もかもが新鮮で楽しくて、自分の解釈に大人が舌を巻くのが、ある意味爽快だった。
ただし、それもある程度の年齢まで。成長するにつれて周りがどんどん偉くなって行く。と、それは本人が思っているだけで、同じ年頃の若者たちが努力を重ねて広い知恵を得て、大きく羽ばたくときが来ただけだ。
自分はそれが少し早かっただけなのだろう、と思うようにしてはいるが。
二十歳過ぎればただの人。
遠い昔から言い習わされている言葉を、これほど身近に、惨めに感じるときが来ようとは。
「神童」をいつまで引きずってるんだ、と、友人の一人がからかうように言うのは、ここのところかなりやさぐれている自分を心配してくれているのだとわかる。
わかっている、わかっているんだが。
それに素直に答えられない自分がまた嫌になりやさぐれる。悪循環とはこういうものなのだろう。
「あ~俺はなんて情けないやつなんだ。これくらいの事を同時にこなせないなんて! もっと、もっと頑張らねば! ああ、けどもう限界だ、なんだこの頭はこの身体は! くそお、役に立たないこの頭め! 身体め!」
と、自分の頭をポカポカと叩き始める。
大士の悩みはそうとう深いようだ(笑)
「大士のやつ、またひねくれちゃった」
「ほっとけほっとけ、そのうちすっかり元通りになるさ」
「あんなに優秀なのに、なにを悩むことがある」
「だよなあ、その上性格もいいし、面倒見も良いし」
「自分に厳しすぎるんだよ」
「だよな」
友人たちの言葉の通り、大士は、二十歳過ぎたらただの人どころか、二十歳過ぎても超優秀のままなのだ。おまけに性格も良い。まさに非の打ち所がないと言うのは彼のためにあるような言葉だった。
ただ友人の言葉通り、自分にはたいそう厳しくて人が良いのが彼の弱点だ。
面倒見が良いのはいいが、抱えきれないほどの相談事を受けて、それが解決できないのは自分の能力が低いからだとか。
無能なのに偉そうにしている奴らが、面倒だからと押しつけてくる取るに足らない仕事(計算ごとや文章の清書や、そのほかにもわんさとある雑用だ)を超スピードで真面目にこなすものだから、もっと押しつけられてアップアップしたり。それもまた自分の能力が低いせいだと悩んだり。
見かねた友人たちが、際限なく悩み相談をする後輩たちに「自分で考えろ!」と活を入れたり、偉そうな奴らには「こんなアホみたいな仕事、自分でしろこのくそ親父!」と、心の内で思いつつ、「大士が寝込みました」と嘘をついて突き返したり。
彼の友人たちもまた、彼に対してはかなり人が良いのだった。
そんなある日のこと。
大士は上司の一人、時醍に呼び出される。
彼は宮の中でも大士がかなり信頼を寄せ、また彼の方も大士をたいそう信頼してくれている人物だ。
「失礼します」
「来たか、大士。そこへ座りなさい」
「はい」
応接用に置かれたテーブルとソファ。その1つに腰掛けて、時醍の入れてくれた、ものすごく美味しいお茶を味わう。彼も自分でお茶を飲んで「ふう」と一息つくと、
「さて」
と、あらためて背筋を伸ばすような仕草をした。
「君に話があるんだ」
「はい」
ここへ呼び出すと言うことは、なにがしかの話があるからに決まっている。
けれど話がある、と言ってから、時醍はなかなか本題に入ろうとしない。
なんだろう、話をしにくいこと?
もしかして、きちんと仕事をこなせない俺をクビにしろと上司の上司のそのまた上司が言ってきて、それを伝える役目が彼に回ってきたとか。
そうか、だからこんなに話しにくそうなんだ。
今日も恋愛相談を3つ、アルバイトの相談を2つ、嫌な上司の愚痴を数え切れないほど聞いたあとだったので、頭がパニックになっているようだ。
「あの!」
「実は……」
たまりかねた大士が声を出したと同時に、時醍も口を開いた。
「ん? なにかね?」
「いえ、時醍から先に」
「遠慮しなくて良いんだよ」
「遠慮なんてしてません」
どうせクビになるなら早いほうが良い。
「そうか、では俺からだ。実は、君に侍者をつけろと上からお達しがあってね」
「じしゃ? じしゃく?」
「いやいや、おつきの者だよ。君は、本来の仕事がおろそかになるほど人のためにばかり時間を使っている、このままでは彼が病気になってしまうのではないか、どうか彼のために何か策を練ってほしいと、君の友人たちから嘆願の署名が出ているんだ」
「は?」
「君がきちんと自分の仕事をしてくれないと、彼らの仕事もはかどらないんだそうだ」
それもそのはず、大士は王帝からの信頼も厚く、政をスムーズにこなすための相談、人々の生活の平和と安寧の相談から、諸外国との折衝まで。本当に身体がいくつあっても足りないほどの仕事をこなしつつ、他のしょうもない相談事までも引き受けていたのだ。
友人たちは、本当にいつ大士が倒れるかと日々ハラハラしているそうだ。
「あ……」
「だから、君の補佐として優秀な侍者を選定させてもらった」
言いながらにっこりうなずく時醍の言葉は、本当に嬉しかった。友人たちの気遣いも涙が出るほどありがたかった。
「ありがとうございます。良い友人を持って俺は本当に幸せ者です。あーですが、従者という言い方は、その……」
「その呼び名が気に入らなければ、君は使わなければ良い。けれど周りに対しての発表は侍者で通させてもらうよ」
「はい」
しぶしぶと言う感じで了解する大士にうんうんと頷くと、時醍は立ち上がって外へつながるドアとはまた別のドアを開く。
「入りなさい」
大士が開かれたドアに注目していると、侍者になるはずの者はなんの躊躇も動揺も見せず、スッと部屋へ入ってきた。
そしてソファに座る大士の方を見る。
その遠慮のないまっすぐな視線に、思わず立ち上がる大士。
年の頃は10代半ばから後半と言う感じで、染めているのか、光が当たるとプリズムのように虹色に色を変える美しい黒い髪。
大きな黒目がちの瞳。
鼻筋がすうと通り、頬は綺麗に朱く、同じく唇もつややかに朱く、とても整った顔立ちだ。
けれど整いすぎて性別がわからない。
「は、初めまして、大士と申します」
「はじめまして。私は……」
心持ち顔を傾けた侍者は、時醍の方を向いた。
「ああ、名前をつけていなかった。うん、とりあえずそれは大士に任せるとして、今は侍者と呼ぼう」
「侍者と申します」
大士の方に顔を戻した侍者が自己紹介をした。
名前をつけていなかった?
「ええと、名前をつけていないって……」
しどもどする大士を見て、時醍が面白そうな情けなさそうな顔をしたが、そのあと、怖いほど真剣な顔になる。
「大士、よく聞いてくれ。今からこの者の事を説明するが、今からする話はこの部屋を出た途端、すっかり忘れること」
時醍はその台詞のあと、開け放っていた窓を厳重に閉め、外へ出るドアを開けて左右を十分確認し、きっちりとドアを閉め直すとご丁寧に鍵をかけた。
「あの……」
「君だから本当のことを言うんだ。もしこれが外に漏れたら君も私も、生きてはいられないだろう」
「え?!」
部屋のあちこちを丹念に見て回りながら、時醍は恐ろしいことを言う。大士は一瞬逃げ帰りたくなったが、時醍がそこまで信頼してくれているのなら、と、腹をくくった。いや、くくらざるを得ない。
ようやくソファに落ち着いた時醍が、向かいの席から乗り出してチョイチョイと手招きする。どうやら顔をつきあわせて、小声で話したいらしい。
ゴクン。
つばを飲み込み緊張して近くに寄ると、時醍は思いもよらない台詞を大士の耳に入れたのだった。
「実は、この侍者はな、からくりなんだ」
「は?」
からくり
それはからくり人形のこと。
今で言うロボットのことだ。
大士はあまりの驚きに、声も出せずにその場に固まる。しばらくして気持ちが落ち着くと、改めてまじまじと侍者を見てしまう。
「からくり……からくりって……、これが?」
「ああ、そうだ」
「どう見ても、人ですよ」
そう言う大士を、? の顔で見返す侍者。その表情は少し乏しく見えるが、人にもこのくらい無愛想な奴はごまんといる。
「いったい誰が、どのようにして……」
そして次に算術士〈現代で言うところの科学者〉としても活躍している大士の、その血がうずき出すのを感じていた。
どのようにして動いているのか、どうやって組み立ててあるのか。
ふらふらと立ち上がると侍者の前に行き、顔が顔にくっつくほど近づいてその表面を見る。けれど侍者はただ無表情に直立したままだ。
そのあと鼻に手をかざして「息をしてますよ!」と驚いて手を離し、腕を持って上げ下げしたり、心臓のあたりに手を当てて「動いている!」とまた驚き脈をとり。
「ええ?! だって、これは、え? 生きてますよ! え? え? からくり? なんなんだこれは! どう見ても人……」
そのあとは頭を抱えてうずくまる。
「まあ落ち着け大士。俺だって初めて聞かされたときは、天地が逆さまになるほど驚いた」
「落ち付けですって! これが落ち着いていられますか!」
ガバッと立ち上がり叫びだした大士の口を手で覆って、「シーッ」と時醍は大慌てだ。
「頼むから落ち着けって。よし、証拠を見せてやるよ」
そう言って侍者を呼び、服の前をはだけてみせる。けれどやはりどう見てもその肌は人そのものだ。
「開けてくれ」
そう言って胸のあたりをトンとつくと、侍者はこくんと頷いて、脇腹の近くに手を当てた。
すると。
スイ
音もなく皮膚に縦線が走り、スイと線からひき戸のように皮膚が開いたのだ!
目を見張る大士に「中を覗いていいぞ」と時醍が言うので、彼は恐る恐る近づいてみる。
中には当然、骨も内臓もなく、ただ訳のわからない線がぐねぐねと入り乱れてあった。時折ドクン、ドクン、とその線がかすかに動いているのがわかる。
見た事もないその「内臓」をまじまじと見つめるうちに、大士は気分が悪くなってきた。
「! …………、うぇっ」
思わずえずく大士に、時醍は大慌てだ。
「だ、だいじょうぶか?」
なんとかこらえながら頷く大士の背をさすりつつ、時醍は「閉じてくれ」と侍者に言っている。
またこくんと頷くと、スイと扉が閉じて皮膚は元通りになった。
そのあと、時醍はこのからくりが現れたいきさつを説明する。
「これは、もう幾百年も前からあったとされている。この事実を知るものはごくわずかしかいない。そしてこの事実は、代々決して口外せぬようにときつく言い渡され、信頼の置ける者に引き継がれてきたんだ」
けれど、なぜ現れたのか、何のために存在するのか、誰が作ったのか、誰がこの国に持ち込んだのか、それは誰にもわからないと言うことだった。
「そ、そんなものすごいものを、なぜ俺に」
「君だからだとさっき言っただろう。俺はこのからくりを預けられる者を探していたんだ。俺の中で大士ほど口が堅く誠実で信頼の置ける奴はいない。そして」
と、侍者を優しい目で見つめた時醍が言った。
「こいつの面倒をきちんと見てくれそうだったからだ」
「面倒を、見る……」
「そう、これを預かった者は必ず動かさなければならないという決まりはない。ただの人形のように飾っておくだけでも良いんだ。けれど、相性が良さそうな奴がいれば、時折は目覚めさせてやる方がいいらしい」
「ですが俺など」
「いや、お前は間違いなくこいつの良い持ち主になるよ」
同じようにそちらに目を向けた大士と侍者の目が合った。
そのとき。
ふ
と、侍者が、笑ったような、気がした。
それから幾日も、大士は時醍の処へ通って侍者の「取り扱い」を教わっていた。
からくりには、食べ物も睡眠もいらないこと。
食べ物の代わりになるのが太陽の光。一日に1時間は外へ出てひなたぼっこをさせてあげること。1年365日、決して1日も欠かさずに。
そして自分が接した限りでは、このからくり、姿は人にそっくりだが、どうにも感情が乏しすぎて人らしくないこと。
「だから大士が感情を教えてやってくれ」
「ええ?! そんなの無理ですよ」
「大丈夫大丈夫。お前は人の相談事によく答えているじゃないか。人の心の機微にとても詳しそうだからな」
「そんな」
などと言いながらも、大士の本心は侍者に興味津々だった。
侍者ははじめ、何を考えているのか大士には皆目わからなかった。けれど幾日か行動を共にしていると、人と何百年も暮らしてきたと言うのに、なにかどこかがずれているのが見えてきた。
「ええと、何をしているのかな?」
「火をおこしています」
なんと侍者は、板とキリで火をおこしている。いったい以前はいつの時代に生きていたんだ。
またあるときは。
「ええと、何をしているのかな?」
「糸を紡いでいます」
なんと侍者は糸紡ぎを知っている。そんな時代を生きたのか。
かと思えば、昨日起こった、ほんの些細な事柄を時間順に正確に言ってのけたりする。
「そうだったかなあ」
「はい、私の記憶に間違いはありません」
そんなアンバランスな侍者といるうち、まだ名前もつけていないことに気がついた。
「そういえば、まだ君には名前がなかったね」
「侍者が私の名前です」
「いや、それは名前じゃなくてだな」
そんな会話をしているうちに、大士はあることに気がついた。
「そういえば、君を作った人は最初君をなんて呼んでいたの?」
すると侍者は間髪を入れず答えた。
「98番です」
「98番? それは名前じゃない」
「そうなのですか」
番号で呼ばれても何の感情も表さない侍者を、複雑な思いで見つめていた大士は、天を仰いで考えつつ言った。
「ああ、他に何か君を呼ぶ名前ないかなあ。それにしても、君はなんでそんなに何でも覚えていられるんだろう」
「人工知能だからです」
「人工知能?」
「A・I」
「えーあい?」
「English」
「はあ? イン? なんだそれ、異国の言葉か、えーと、えーあいね、えーあい、……、そうだ、君の名前を思いついたぞ! 永愛だ!」
「A・I?」
少し不思議そうなニュアンスを含んだ言い方をする侍者に、大士は笑って答える。
「永愛だよ、永遠の愛と書いて永愛。素敵な名前だろ」
そこらにあった紙に、筆記具で「永愛」と書いてみせる。
「永・愛」
つぶやく永愛は、初めてつけてもらった名前に、ほんの少し嬉しそうな表情を見せたような気がした。
「そうか、永愛か、良い名前だな」
大士が考えてつけた名前を時醍に教えると、彼はとても喜んでくれた。そしてその後でこう言った。
「名前がついたところで、ここももう卒業だな」
「え?」
「君と永愛はとても良い関係になったようだからな。そろそろ大士本来の仕事に戻ってもらわないと、王帝も諸外国も君の友人もてんやわんやのようだからな」
「あ、あはは」
永愛のことはまだまだわからない所が多いのだが、そう言えばそんなに仕事を休むわけにも行かないのもまた事実だ。乾いた笑いの後、大士は自信のない気持ちで永愛を振り向いた。
すると。
「私は卒業してもかまいません」
目が合ったとたん、永愛が少しも揺らがぬ瞳でそう宣言した。
大士はその強い光にほんのひとときたじろいだが、気持ちを立て直し永愛を見返す。
「わかったよ、永愛」
1つ頷くと時醍に向き直る。
「時醍、私たちは本日限りでここを卒業致します。色々ありがとうございました」
そうして、時醍にきちんと頭を下げた。
「ほら、永愛。きみもこうやってお礼を言わなくては」
「お礼……」
「世話になった人には、こうやって頭を下げてありがとうと言うんだよ」
「はい」
永愛は、隣の大士を真似てぎこちなく頭を下げる。
「ありがとう」
「ありがとうございました、だよ」
「ありがとうございました」
「よし! それでいいぞ」
「はい」
時醍は、そんな親子のような2人のやり取りを見て、やはり大士に永愛を任せて良かったと、改めて思うのだった。
ここまでお読み頂き、ありがとうございました。
久しぶりの、普通の?シナリオ屋です。
少し長くなってしまったので、何話かに分けることにしました。
さて、この二人はこれからどうなるのか、今しばらくお待ちください。