転生管理局第三課B班の日常
「あーテステス、こちらは転生管理局第三課、イトウ捜査官。不正転生を行った君の身柄っつーか魂を確保しに来ましたー。抵抗は無駄なので、速やかに投降しやがれー」
安いメガホンを使ったような半割れ声での、投げやり気味な投降勧告。
薄暗い樹海の中、廃城に向かい語りかけているのは拡声器を持った年若い女性だった。
しかし廃城から返事の気配はない。
イトウは軽く苛立ちながら、再度拡声器のスイッチを入れた。
「繰り返す、隠れてないでとっとと投降しやがれー。こちとら急いでるんでね。はよ行かなきゃ映画に間に合わなくなるんですケド」
腕時計をコツコツと拡声器に当てるイトウ。
はたから見ても投降を呼びかけている奴を急かしているのが分かる。
「出てくる気がないなら、こちらにも相応の準備があるぞー。三つ数えるうちに出てこなかったら、速やかに君を……抹殺してやるぞっ」
にこやかに告げたイトウ。
しかし目が笑っていない。
「さーん、にーぃ、いー……うわっと!?」
突如、イトウを狙い廃城の中から光線が放たれた。
ひょいと避けたイトウだったが、彼女の背後にあった木々は根こそぎ地面ごと抉られていた。
「おやまぁ、殺人未遂に環境破壊とは感心しないねぇ。ここにいるのは『勇者』として転生した奴だって聞いてたけど。その辺の心構えはどうなのよ?」
「殺すとまで言われれば、この程度正当防衛じゃないのかい?」
いけしゃあしゃあと尋ねたイトウに、殺人未遂と環境破壊をかました下手人こと勇者が廃城の門を蹴破って現れた。
勇者の肩には日の光を浴びてきらりと輝く長剣が担がれている。
「なるほど、それがこの世界の聖剣ってワケ。しっかし聖剣ってどうしてどの世界でも光線撃てるとんでも兵器なんだろ。お姉さん不思議ダワー。異世界七不思議って感じダワー」
「どこの世界……? さっき名乗られた転生管理局といい、一体何の話をしている。なんの恨みを持って僕のところへやってきた?」
適当な物言いのイトウに、勇者が聖剣を構えて尋ねる。
その瞬間……勇者の体が蹴りで真横に吹っ飛んだ。
「ぶ……っ!?」
あまりの衝撃に転げる勇者。
また、勇者が立っていた場所には長身の男が代わりに姿を見せていた。
「やーん、遅いわよタケウチ。もうちょっとでやられちゃうところだったっじゃない」
「うるせーよこの独断潜行女。お前がどっか行ったせいで俺もイガラシも探すの面倒だったじゃねーか」
甘いマスクの割に毒舌なタケウチ。
彼もまた、イトウと同じ転生管理局の仲間だった。
「んで、今蹴り転がしたあいつが今回のターゲットだな?」
タケウチは勇者を見下ろしながら声音を低くしていたが、
「何言ってんの、違うよ」
イトウの放った衝撃的な一言に、タケウチ素っ頓狂な声を上げた。
「んえっ!? ウッソだろやべぇもしや罪なき一般人!?」
「うん、もちろんウッソー」
「お前も蹴り転がされたいかこのアマ」
半ギレになったタケウチに、イトウはテヘヘ、と舌を出した。
美少女がやればそこそこ可愛くて許せるかもしれないが、あいにくとイトウはそんな年でもなかった。
「……くっ、何だ、何なんだお前たちは!? 僕には転生特典である聖剣の『加護』がかかっていて、魔力のこもっていない物理攻撃は半減される! その僕が、こんな……!?」
よろよろと立ち上がった勇者に、タケウチは気だるげに言い放った。
「加護だか何だか世界によって言い方違うけど、そんな偽神からタダでもらった特典なんざアテにすんなよ。この通り、俺たち天使には意味ないから」
「……はっ? お前らが天使? スーツ姿なのに?」
目を丸くする勇者を見て、イトウが吹き出した。
「あんた、天使って裸で羽生えてて輪っかがあるぷっくりした男の子〜、とか想像してた? 冷静になりなよ、裸で働くのはバカと変態とタケウチだけだよ?」
「いつ裸で働いた!?」
突っ込むタケウチと面白がってにやけるイトウ。
タケウチはケッと吐き捨ててから、勇者に向き合った。
「ともかく、俺たちはボs……上司の神に付いてる天使だ。それでお前は、前世の記憶とこの世界のバランスを崩す力を持って違法に転生しやがったバランスブレイカー。俺たちの正体とお前を襲う理由、分かったか?」
勇者は腕を振って、タケウチたちに反駁した。
「分かるかよそんなの!! そもそもこの世界は永い間、魔王が人間を滅ぼそうとしている世界で、俺はその魔王を蹴散らすために転生したんだ! バランスブレイカー? それなら、歴代の魔王だって同じだろ!!」
「違うな。お前今『永い間』とか『歴代』とか言ってやがったが、魔王がバランスブレイカーならどうしてこの世界はまだ『永い間』存続している? 俺たちも現地調査をしてきたが、この世界の人間たちは大半が衣食住に困らん程度には栄えている。……なぜだ?」
「それは……!」
言い返せないでいる勇者に、タケウチはため息をついた。
「お前だって分かってるじゃねーか。歴代の魔王がいることで何かそこそこ良いバランスが取れてるから、この世界は『永い間』保たれているんだよ。そんでお前。今さっき樹海をなぎ払ったが、お前こそこの世界には邪魔だ。強いて言うなら外来種、ブラックバスだな」
タケウチは拳を構え、勇者に向かい合った。
「お前も構えろ、偽神に踊らされた勇者。お前も最近流行りの『勇者になろう』詐欺に遭った一般人に過ぎないが……それでも、無抵抗でもう一度あの世に送り返されるのは嫌だろう?」
「……当然ッ! 僕はこの世界で、今度こそ悔いのない人生を送るんだ。魔王を倒して……誰かの役に立てる人間になるんだ!」
「……はぁ。こういう根がそこそこまっすぐな奴を選ぶから、偽神どもはタチが悪い……」
ぼそりとタケウチが話した隙に、勇者が切りかかってきた。
閃光のような身のこなしに、聖剣があわやタケウチに届こうとした刹那。
「あ、もういいぞイガラシ」
「はいはーい」
勇者の真上の木から降ってきた少女が、拳で勇者の頭を捉えて地に伏せた。
ビシャリと飛び散ったピー(自主規制)に、タケウチは顔をしかめた。
「うっわ、相変わらずスプラッタねー。イガラシちゃんは」
「いやー、それほどでも」
「褒められてねーだろ」
あらかじめ待機していて木の上から降ってきたイガラシは、勇者をヤった後にも関わらず無邪気に笑っていた。
こいつ実は悪魔? とかタケウチは思った。
「んで、勇者はこの通り無事あの世に送り返したと。そんで聖剣は砕かず回収だ。鑑識に回してどこの偽神がやったのか確かめる」
「はいはーい」
イガラシは聖剣を担ぎ上げた。
それを見たイトウは拡声器をしまい、帰る準備を進めた。
「今回の仕事は早く死んで、じゃなくて済んでよかったわー。映画に間に合いそうで何より」
「お前も大概天使らしくねぇな」
「きゃっ、堕天使系ってこと?」
きゃぴっ、とポーズを取りやがったイトウをタケウチはスルー。
そのまま次元の裂け目を天使の力で作り出し、いそいそと帰ってしまった。
「あ、待って私も」
自分で次元の裂け目を作るのが面倒だった二人は、タケウチの作った通り道を使って帰った。
こうして……異世界転生局第三課のB班によるこの日の仕事は、終了したのだった。
***
翌日。
タケウチらB班は彼らのボスの前にやって来ていた。
……渋々。
「ボス、報告書は昨日出した筈ですが? 何か不備でも?」
「不ゥ備しかないわァァ!! こォンの愚か者どもがァァァァァ!!!」
某人型決戦兵器を有する特務機関の司令ポーズを崩して怒鳴り散らしたのは、グラサンをかけた白髪オールバックの老爺である。
金銀の刺繍で西洋の竜が描かれている着物も、地味に威圧的だった。
また、このヤ○ザの親玉じみた人物こそ、タケウチたちの上司にしてココ転生管理局の絶対強者。
要するに、神である。
「お前らァ!! 私が常日頃から口酸っぱくして何を言っていたか、今この場で復唱してみろォッ!!!」
タケウチ、サトウ、イガラシはことも無げに言い放った。
「タケウチの働きぶりがよくて昇進間近」
「サトウが有能すぎて次期神候補」
「イガラシちゃんが強すぎて有給申請し放題」
「貴様ら全員左遷してやろうか」
「「「嘘ですごめんなさい」」」
仲良く頭を下げた馬鹿三人組に神は深々とため息をついた。
「どうしてお前達はその仲良しこよしの連携っぷりを仕事で発揮できんのだ?」
「……? 俺たちいつから仲良しこよしになったんですか?」
三人が同時に首を傾げたのを見て、神は「そういうところだ愚か者ども」とため息をついた。
「それでボス、不備とは」
「お前達の行ってきた世界だが。他にも勇者いるみたいだぞ」
「「「……えっ???」」」
上ずった声を漏らした三人に、神は疲れ切った表情になった。
三人とも揃ってやらかしたくせに、完全に故意ではないときた。
怒る気も失せて疲れが出てこようというものである。
「だから常日頃から言っていただろう。その世界に『転生した魂の数』とお前達天使が殺し……『あの世に送り返した魂の数』が合っているか。その確認を怠るなと」
「おいサトウ、お前どうして確認しなかったんだ。俺は前衛だったしその手の雑務はお前の領分だろうがよ」
「えぇー。そういうのはいつも暇そうにしてるイガラシちゃんにお任せ〜」
「はいはーい、ボスボス! タケウチの奴、この前何もしなかったのであいつが悪いと思いますー!!」
「この愚か者どもやっぱ地獄に左遷してやろうか……!!!」
高速の責任転嫁を見せる三人に神の怒りのボルテージは最高潮になっていく。
それから一枚の紙切れを取り出した神は三人に突きつけた。
「お前たちィ! もう一回あの世界に行って残りの勇者をシメて来い! そしてこの始末書を書き上げろ!! それまで戻って来ることは許さんぞォ!!!」
「えー、まだ観たい映画あるのに」
「お前が映画を見る金は誰が握っているのかその豆粒くれぇの脳みそで考えろ」
「すんませんした」
恥も外見もなしに土下座を始めたサトウを、タケウチは冷ややかな目で見つめた。
神は思った。
タケウチお前も似たようなもんだと。
「というかボス。始末書ってこんな紙切れ一枚でいいんすか?」
「お前ら三馬鹿が揃っても三枚どころか二枚も書けんだろうという配慮だ」
「えっ……? 馬鹿なのは真横のマグロ二匹だけですよ??」
秒で言い返したタケウチに、神は遂に親指を下に向け「ケッ」と吐き捨てた。
「ちなみに今この瞬間お前の評価が地を突き抜けたぞこの魚類以下め」
「酷い!? 魚に失礼じゃないすかボス?」
「自覚があるだけなおタチが悪いわ!!!」
この魚類以下、外見はそこそこ良いくせに中身は何故こうなのか。
神は頭を抱えたくなった。
「ボスボス〜」
「……なんだ、イガラシ」
もう疲れたから横になりたい気分でいっぱいの神は、死んだマグロの眼でイガラシを見つめた。
イガラシは少女らしい無邪気な表情で言った。
「私、話長いからそろそろ帰りたいなーって」
「……。…………」
神はなんかもう突っ込む気になれなかった。
あーこの三馬鹿どーしてくれよう、もうそんなこと考えてるのが表情に出ていた。
それから神が片手を横に振ると、馬鹿三人の真下に黒い穴が生まれた。
その穴はそう、異世界行きの次元の切れ目だった。
「あっちょっ、ボs……」
タケウチが何か言うより先、馬鹿三匹は穴にシュゥゥゥゥゥゥっと吸い込まれて異世界へ再度向かわされた。
三馬鹿がいなくなった後、神は机に突っ伏した。
「……。…………。……神は死んだ」
死んだらしい。