黄泉姫(挿絵あり)
訓練所を出て渡り廊下を歩く慙と慙に手を引かれている來。
「ふぅ……そろそろ止めて欲しいんだけどな」
來は肩を竦める。
「……何をだ」
慙はつまらなそうに聞く。
「俺は平民の出の、いち兵士だ。出世も見込めないような奴だぞ。
なのに、これじゃあ特別扱いを受けてるみたいじゃないかっ!!」
來は鬱憤を晴らすかのように力の限り声を張り上げる。実際軍に入ってまだ間もないが、1日に必ず一回はこうしてお呼ばれしている。
「周りが、俺の事を影でコソコソ言ってる。だからこういうのは困る」と弱々しく告げる來。そんな來の態度を見てクカカッと笑い飛ばす慙。
「姫様と幼馴染になってしまった自分を恨む事だな」
來は頭を抱える。ここ真華王国に来た時もう既に慙は、軍の隊長とまではいかないが、師団長にまで上り詰めていた。
だから国王……空と、その娘……黄泉とも会う機会があった。だが、來は子供で真華王国の兵士でもなんでもない。
(あの時は、王宮をブラブラしている時に声を掛けられたんだったな)
來がその時の事に思いを馳せる。今もそうだが來は常に仏頂面でいた。その表情のまま王宮内を散策していると
「そこの貴方」と声をかけられる。
声のする方へ顔を向けると來より背の高い青くて長い髪が特徴的の少女が仁王立ちで來を凝視していた。來も彼女の顔を見つめる。顔立ちは見事なまでに整っている。
長いまつ毛にパッチリと開いた円な瞳……スっと通った鼻筋。ぷっくらと膨らんだ唇……來は彼女の顔から視線を逸らす。
「貴方見ない顔ね……名前は何というのかしら?」
その物言いは落ち着いていて來より年上である事が伺える。
「人に名前を尋ねる時は自分からって教わらなかったのか」
來が不躾にそう言うと少女は暫し固まった後腹を抱えて盛大に笑い出す。突然の事に來は呆気に取られる。
「面白いわね……貴方、そうね。確かに失礼だったわ。私はこの真華王国の空国王の娘にして第一王女の黄泉よ」と、少女は胸を張って名乗りあげる。
(あれが、俺と黄泉ねえの初めての出会いだったんだよな)
來の中で懐かしい気持ちと時が経つのは早いな……という寂しい気持ちが生まれる。
「着いたぞ」
慙の言葉に我に返り前方を見ると国王陛下の謁見広間の前に立っていた。
「おい待て師匠……まさか国王陛下も一緒とか言わねぇよなっ」
「何を云うておる……今回は大事な話だと言った。当然空国王陛下も来ているに決まってるだろう」
慙の言葉に頭を抱える來。
「すげぇ面倒くさい事を頼まれそうな気がする」
弱々しくそう告げる來。
「嫌なら断われば良いだけだろ」簡単に言う慙を來は睨みつける。
「そんな事出来るんだったら最初からやってるわ」
來は声を張り上げる。平民である來が国王陛下である空のお願いを断れる筈がない。
「国王陛下と姫様の御前だ……くれぐれも粗相のないようにな」
來はその言葉に顔を顰める。
「俺がいつ粗相を起こしたってんだよ」
「師匠である私にタメ口を聞いてることだっ……行くぞ」
慙はそう言うと大きな二枚扉を開けた。中は豪華な装飾がなされ、來はあまりに周りがキラキラしていたので一瞬気を失いかける。
「遅かったわね、來」
勝気そうな声が謁見の間に響き渡る。部屋の中央に玉座が2つ置かれていてそこに二人の人物が座っている。
一人は恰幅の良さそうな体型で顔つきもだらしのない中年の男。そしてもう一人は、來が考えていた少女……黄泉。
來より10センチ高い背丈。靭やかな肢体……そしてなんと言っても特徴的な青髪を肩まで伸ばしてストレートにおろしている。
彼女のブラウンの瞳に見つめられたら大概の男は落ちる事間違いないだろうと來は心の中で思う。
「よく来た……來。慙もご苦労だった」
慙は片膝を地面に付け跪く。
「勿体ないお言葉、私なぞに使わないでください」
(畏まっちゃって、まぁ)
普段の慙を知っている來は慙の態度を内心で馬鹿にする。
酒場でいつも散財して弟子である來にその尻拭いをさせるような人間だ。確かに空国王陛下の言葉は勿体ないなと感じた來。
「全く……相変わらずね。跪きなさいよ」
不服そうに口を尖らせて言う黄泉王女。
いつも、來が軍の中で一人で黙々と愚直に剣を振ってる事を知ってこうしてよく呼び立ててちょっかいを掛けている。
そのせいで來は軍の同僚、上司から妬まれているのを黄泉は知らない。
「生憎と今回の要件を聞いておりませんからね。聞かないことには、跪く事は出来ません」
淡々と告げる來。
「おい來っ、粗相を起こすなといった矢先で」
慙が來を怒鳴りつけようとするが、空国王が片手を上げてそれを止める。
「待て……。確かに來の言うとおりだ。黄泉、説明を」
空国王が黄泉に目を向けて促す。
玉座に座っていた黄泉が立ち上がると來の前へと移動する。そして來の顔を覗き込む。
「……?」
暫し見つめてくる黄泉を怪訝に思っていると頭にポンと手を置かれ
「背が低いのは相変わらずね」と満面の笑みで言う黄泉。
來はすぐさま自身の頭に置かれた手を振り払う。
「黄泉様……。貴方喧嘩売ってるんですか?」
笑顔で言う來。だがその瞳は笑っていない……爆発寸前だ。
「全く怒りっぽい人はモテないわよ」
「別にモテなくても良いですよ。それに、黄泉様が俺を侮辱しなければ怒らなくて済むのですがね」
二人は口論を始める。その光景を慙は呆れ顔。空国王は笑顔で見守っていた。
この二人のやり取りは初めてではない。7年も前から繰り広げられている光景で、空国王はいつも変わらない娘……黄泉と平民である來のやり取りを嬉しく思っていた。
「まぁ良いわ」
黄泉がやれやれといった様子で首を振りながら言ったあと
「來……貴方を私の専属従者に任命します」
「……は?」
來はその言葉に馬鹿丸出しの返事をする。
(今なんて、従者……俺が?)
黄泉の言葉に戸惑う來。今の状況でさえ常軌を逸しているというのに平民である來が黄泉の専属従者になったらと考えると……。
(めんどくせぇ)
頭を抱える來……。そして遠慮ガチに
「いや、あの……嬉しい申し出ですがお断りします」と答えると、真顔で黄泉が
「拒否権はないわ、決定事項よ」
「俺の意思はっ!?」
あまりの強引さに來はツッコミを入れる。
「大体……俺じゃなくて、光に頼めばいいじゃねえか」
来の言葉に顔を真っ赤にする黄泉。
「なっ……光は関係ないでしょっ」
そう言って数秒経った後笑顔になる。
「分かった〜。來、お姉さんにヤキモチ焼いてるんだ〜」
そう言って、再度來の頭に手を置き撫でる。來は撫でている黄泉の顔をジト目で睨んで
「誰がお姉さんだよ……。胸、まな板のくせに」
ボソリとそう呟く。撫でていた黄泉の手が止まる。
「な、何ですってっ!?」
そういうや否や、來の頭をボコスカ叩き始める。
「痛っ……おい、何すんだよっ!?」
「まな板って言った〜、私が一番気にしてる事なのに〜」
涙目で言いながら來の頭を叩き続ける黄泉を見て変わってないな、と内心で呟くと黄泉に気付かれないように微笑む來だった。




