追手
集落を抜け來と黄泉は無言で歩く。
「…………」
黄泉が隣を歩く來に視線を向ける。來の腹部から血が流れ、彼が歩く度に地面が鮮やかな赤で彩られていく。
「來。少し休憩しましょう」
黄泉がそう呼び掛けたが、來はその言葉を無視して歩き続ける。その姿に黄泉は苛立ちが募る。
「來っ!! このままじゃ貴方死んでしまうわ。せめて気休めかもしれないけど、回復魔法を掛けさせてっ」
必死に訴える黄泉の言葉に來は足を止め振り返る。普段より血色の悪い來顔を見て驚く黄泉。
「だめだ……っ。敵が、来るかもしれ、ない」
喋るのもやっとという感じで息も絶え絶えに來が言う。
(どうしてそこまでするのよ?)
黄泉は來の行動に戸惑う。何故幼馴染とはいえ他人である自分の為にそこまで命を掛けられるのか。不思議だと黄泉は感じる。
「どうして……?」
黄泉のその言葉に來は苦痛で歪んでいた顔を無理やり笑わせる。
「どうしてって……決まってんだろ?」
そう言って來は黄泉の頭を優しく小突く。
「黄泉様が俺を変えてくれた。だからその恩返しの為だよ」
「え……そんな事私した覚えないわ」
「そりゃそうだろうよ。だって……っ、黄泉様っ!!」
來は黄泉の腕を引っ張り後方へ移動させると同時に剣を一閃。
「へぇ、拳から出した衝撃波を斬り伏せるとはな」
「どこにいやがるっ!!」
來は剣を構え周りに目を向ける。だが何処を見ても敵の姿が認められない。
「っ、そこかああぁぁっっ!!」
來はそう言うと後ろを振り向き黄泉の身体を自分に引き寄せると剣を斜めに振るう。すると何もない空間からいきなり男の姿が現れる。來の剣は男の手鋼に防がれていた。
「チッ、思ったよりやるなぁ……。まさか俺の速さに付いてこられるなんてなあ!!」
男はそう言うと來に向け拳を振るい、防がれると後方へ飛び退る。
「身体強化してんのか?」
來は男の離れた距離を見て驚愕する。
普段相手にしている兵士達と違い男は50メートルもの距離を目にも留まらぬ速さで移動したのだ。
「明らかに格上の相手だな。厄介だぜ」
來はそう言いながら、腹部に手を当てる。
「ん? なんだ手負いか? 俺の精神上そんな相手とは戦いたくねえんだけど、恨むんなら真華国の王を恨んでくれ」
來はその言葉を聞いて胸に黒い焔が灯るのを感じる。
「その真華国の王とやらに何を命令された?」
男はニヤリと笑い拳を前に突き出す。
「テメエ、來ってんだろ? そこの青髪の女と一緒にいるから間違いねえと思うけどな」
「あぁ、俺は來だがそれがどうした?」
すると遠くにいた男の姿が消えたかと思うと目の前になんの前触れもなく現れ拳が振るわれる。拳の先には鉤爪が付いていた。
「……っ。フッ」
來はすんでの所で躱すと後ろを振り向き、黄泉を抱き上げ跳躍する。
「アハハッ、お前面白えなっ!! 魔力を一切感じねえってのに俺の動きに付いてこれるなんてな」
「チッ、魔力感知も出来んのかよ。って事は相当な強者みてぇだな」
來の言葉に不敵な笑みを浮かべる男。
「で、王になんて命令を受けた? 後アンタの名は?」
「王には、お前を殺すように命令を受けた。そして俺の名前は靭だ」
來はその名前を聞いて驚く。
「まさか、仲間殺しの罪で今も尚投獄されている筈の靭かっ!?」
「へえ~、俺も結構有名人なのか? まさかお前みたいなガキにまで知られてるとはな」
「師匠……慙から聞いた。投獄されたが強くてとても頼りになる奴だったって」
靭はその言葉を聞いてキョトン顔になる。
「慙のおっさんに弟子がいたのか? それもこんなガキで魔力もない奴が?」
「そうだ。俺は慙の1番弟子、來だっ!!」
靭はニタニタと厭らしい笑みを浮かべる。
「ならおっさんの弟子かどうか試してやるよっ!!」
「黄泉ねえ、ごめんっ」
來は黄泉を突き飛ばす。
それと同時に背後に靭の姿が現れる。
「余所見してんじゃねえよっ!!」
靭が來の後頭部に向け拳を振るう。それを來は姿勢を低くして躱し、その姿勢から靭の顎目掛け足を高々と上に突き上げる。
「グッ」
見事に上に突き上げた足は靭の顎に入る。だがすぐさま態勢を立て直し後方へ飛び退り來から距離を取る靭。
「チッ、何故だっ!? 速さじゃこっちが上の筈なのに何故付いてこれるっ!?」
「殺気が丸分かりなんだよ」
速さだけなら來は靭には勝てないだろう。だが元々魔力を持たない來は慙に拾われる切っ掛けとなった戦で、沢山の兵士相手に戦ってきた。そこで相手の殺気というものを感じ取れるようになった。
だから魔力を持つ兵士とも渡り合えるようになり、今では慙に鍛えられた事により強靭な肉体と力を手にした。なので相手が身体強化をしてもなんとか食らい付く事が出来ている。
「ハハハッ、面白え……。あまり、力を借りたくなかったんだけどな。頼むぜお前ら」
「……っ」
來の周りに突如として現れた3人の黒衣に身を包む者。顔は布で覆い隠されてる為、男なのか女なのかは分からない。
來は集落のある方角に目を向ける。
(チッ、なんとかして集落から離れた方がいいな。下手をしたら巻き込んじまう)
來はそう判断すると、迷いなく倒れ伏したままでいる黄泉の元へ一直線に駆け出し彼女の元に着くとそのまま抱き上げ走り出す。
黒衣に身を包む者達はそれぞれ剣や拳、蹴りなどを放ってくるが來はそれを難なく交わして、集落とは反対方向に走り続ける。
「待ちやがれよっ!!」
いつの間にか目の前に現れた靭が放った蹴りが横っ腹に当たり吹き飛ばされる。肩に抱き上げていた黄泉を前に来させるとそのまま抱え込む。
「……っ」 「チッ」
地面に何回か飛んでは落ちを繰り返してようやく着地する。
來の肩や口、膝から綺麗な赤い血が流れ出す。
「アハハッ、これで終わりだな」
ニコニコと微笑みながら歩み寄ってくる靭。その後ろから3人の黒衣に身を包んだ者達がぞろぞろと付いてくる。
「くそっ」
なんとか立ち上がろうと身体に力を入れようとする來だが、上手く力が入らない。
(俺は無力だ……。こんなんじゃ慙になんて勝てねえ。光なんて夢のまた夢だっ!!)
來は自分を恥じた。魔力を持っていない自分は確かに兵士と渡り合えると完全に信じ切っていた。だが、1対1ならともかく複数の人間……。それも彼の師匠、慙に匹敵する人間が4人もいて勝ち目が無い事を悟る來。全てを諦めかけようと目を閉じかけた瞬間。
「……來に手は出させないっ!!」
來は目を開けると顔を上げ驚愕する。
目の前で黄泉が両手を広げ、靭と対峙していたからだ。
「なに……っ、やってんだよ?」
痛みを堪え、なんとか口にする來。
「なにって……、來を守るためだよっ!!」
「ふざけんなっ!! 戦う力を何1つ持ってねえアンタが勝てる訳ねえ……とっとと逃げろっ!!」
痛みで意識が朦朧とする中叫びながらなんとか來はこの状況を打開出来ないかと模索する。周りは集落からかなり離れた場所で右手に山、左手にさっきまでいた集落、そして背後に河があった。この河は怒涛の河と言われ、流れが急で1度落ちると助からないと言われている。
(どうせ助かる憂き目がねえんだ。掛けてみるかっ。まだ保ってくれよ、俺の身体っ!!)
來は痛みを無視してその場から無理やり立ち上がり黄泉の元へ駆け出す。
「なっ、チッ」
その姿を見た靭が目の前にいる黄泉の顔面目掛け拳を振るう。
「黄泉ねえ伏せろっ!!」
來がそう叫ぶと同時に黄泉がその場に伏せる。すると來は靭の拳目掛け飛び蹴りをする。
「があぁっ」
靭の拳から骨が何本か砕ける音が響き拳に手鋼に付いていた鉤爪が1本残らず圧し折られる。靭は骨の痛みに耐えかねて声を上げ、苦痛に顔を歪ませる。そしてその場に跪き右手で骨が砕けた自身の左手を抑え込む。來は当たった反動で黄泉の後ろで着地する。
來は靭が蹲っているその隙に目の前で伏せている黄泉を前に抱き上げると背後の河が見える崖目掛け走り出す。
「……ぐぁっ」
背中になにかが突き刺さる。
來は背中に突き刺さった物を無視して尚も走り続ける。
「ウオオォォォッッッ!!!」
そして來はその崖まで来ると走った勢いそのままに飛び込む。空中にいる間になんとか姿勢を変え、河面に背中が来るようにする。
(俺の上に黄泉ねえがいる。これで少しは負担が軽減される筈……)
そこまで考えると來は重くなっていた瞼を下ろし、闇の中へ落ちていった――。




