囚人
「光様っ……本当にあのような野蛮な人間を使うつもりなのですかっ!?」
ここは、真華国の王城の地下にある牢屋。
一階や二階のように日は差さず、常に暗く薄気味悪い場所だ。牢屋の至るところから囚人の呪いに満ちたうめき声が聞こえる。
その中で羽が光に抗議の声を上げる。
「はい、そのつもりですよ」
「ですが、相手は仲間を平気で切り捨てるような奴ですぞっ!?」
キッパリと断言した光に羽は目を剥きながら怒鳴る。
「今の真華国にはそんな最低な人間の力が必要なんです……それは羽、貴方が一番理解している筈でしょう?」
羽は光の言葉に目を伏せる。
二人はそれから無言で暫く歩くと二重に鍵が掛けられている鉄格子の前で止まる。
鉄格子の奥では椅子に縛らりつけられている赤い髪を短くしている男がグッタリといった感じで座っていた。
「……羽」
光が告げると羽が懐から鍵を取り出す。
「どうなっても知りませぬぞ」
そう言って羽は鍵を開けていく。
2つの鍵を解錠して扉を開けて入る二人。
椅子に縛りつけられている男がビクッと体を揺らす。
「へ〜っ、こんな所に人が来るなんてなっ」
男がニヤリと妖しい笑みを浮かべながら言う。
「釈放の時です。……靭」
光がそう告げるのと同時に靭と呼ばれた男は声を上げて笑う。
「貴様っ、国王陛下の前で無礼だぞっ!!」
羽の言葉を聞いて靭の笑い声がピタリと止まる。
「国王陛下? 空じゃねえのか?」
神妙な顔で光と羽を交互に見て問いかける。
「空は私が殺しました」
「お前が……?」
靭の言葉に光は頷く。するとまたしても靭は盛大に笑う。
「アハハハッ、こいつは面白えっ……で? アンタはどこのどいつだ?」
靭の問いかけに光は口の中に溜まっていた唾を飲み込む。そして靭の目を真っ直ぐに捉え
「僕……私は、先々代の国王。海の息子、光だっ!!」
光の力強い声を聞き靭は啞然とする。
「なに海(海)様の息子……だと?」
靭は光の頭から足先まで何度も視線を逡巡させる。
「言われてみれば確かに……面影があるな」
靭はそう言うと不敵に笑う。
「そうか。で俺は何をすればいい?」
光はその言葉に柔らかな笑みを浮かべながら
「この国には今力が必要だ。その力を私の為に貸してもらいたい」
「フッ。良いだろう……力を貸してやる」
光は靭の言葉に頷くと羽に縄を解くよう命令させる。そして羽が靭の縄を解き終えた瞬間
「グハッ」
靭は羽の顔を殴りつけると光の元へと突進して腹部目掛けて蹴りを放つ。
「……っ」
だが光はその蹴りを両腕でブロックすると、即座にその足を掴み取る。これで靭は身動きが取れなくなった。
「へぇ〜、今のを止めるか」
楽しそうな顔で告げる靭。
「……どういうつもりですか?」
光の冷たい瞳が靭に向けられる。
表情からは怒りの色が見受けられた。
「なに……。俺に命令をするんだ。どれ程の力を持っているのか確かめたくてなっ!!」
そう言って靭は掴まれてる足とは逆の足で跳び上がると空中でその足で蹴りを放つ。
光はすぐさま掴んでいた足を離し、後方へ飛ぶ事によりその攻撃を回避する。
「なるほどっ。確かに海様の息子だ。初見で今のを避けたのはあのお方だけだからな」
そう言って靭は声を上げて笑い出す。
「狂ってる。流石は仲間を殺すという大罪を犯した人間の事はありますね」
光の言葉に笑い声がピタリと止まる。
そして靭は光を見る。その瞳は怒りと憎悪の色が見て取れた。
「……っ」
光はその瞳から発される闘気に押し潰されそうになる。
「光っつたっけか? 今お前は俺を怒らせた……。ここまで身体強化、魔術を使ってなかったがいいだろう。本気で相手をしてやるよ」
そう言い終わると同時に目の前の靭の姿が消える。
「どこに……っ」
消えた靭を探すために周りに目を向けた光の腹部に強烈な痛みが走る。なんと目の前で靭が拳を叩き入れているではないか。すぐさま光も身体強化を使ってその場から離れる。
(くっ、今の速さは慙と同等かそれ以上じゃっ)
光は一旦離れた場所で態勢を立て直す。
そして靭に目を向けるとこれ以上ないくらいに満面の笑みを浮かべていた。
「まさかこれで終わりとか言わねえよな? 今の一撃を受けて倒れなかったのは褒めてやるけどよ」
また靭の姿がその場から消える。
光は当てもなくその場から駆け出した。
「ハハッ、なるほどなっ!!」
その声と同時に光目の前に突如靭の姿が現れる。
「狙われるのはその場でジッとしているから。その考え方は正しい……ならっ!!」
靭は拳を構える。
「真剣に殺り合うとすっか!!」
そう言い放つと同時に拳を前に向かって放つ。
前に突き出される直前に靭の拳が赤く光った。
「……っ。まさかっ!!」
光は横に倒れ込むように飛び込む。すると光の頬を熱が掠めていく。すぐさま起き上がり先程自分のいた方へ目を向けると、その場は炎で包み込まれていた。
「今のも避けるかよ」
「靭。貴方は魔法闘士だったのですか?」
その言葉にニヤリと妖しい笑みを浮かべる靭。
「あぁ、俺の場合はこの拳……だけどな」
真華国では魔法を使った戦闘スタイルが2つ存在する。
1つは魔法をそのまま詠唱して使う、魔導士。そしてもう1つはその魔法を詠唱なしで己の体術や剣術などに織り交ぜて戦う魔闘士。
「慙と同じか」
「なんだよ。まだ慙のおっさん渋とく生きてんのかよ?」
「えぇ、この真華国の隊長です」
その言葉を聞いて靭は盛大に笑う。
「あのおっさんが隊長っ!? アハハハ、こりゃ傑作だっ!! いいだろう……。アンタの実力も分かったし、とりあえずは従ってやるよ」
「随分見限られたものですね」
冷たく言い放つ光に靭はチッチッと舌を鳴らす。
「俺は全て理解してるぜ? まだ奥の手を隠してやがるだろ?」
光はその言葉に目を見開く。この短い間にそこまで見通した靭に驚く。
「アンタに付いていきゃ、とりあえずは楽しめそうだからな」
「では靭。早速ですが命令です」
「おう。何をすればいいんだ?」
ニッコリと微笑む靭に光は冷たく言い放つ。
「この国の反逆者である來という男を殺しなさい」
光の言葉に不敵な笑みを浮かべると同時にその場から消える。光は目を閉じこう祈った。
早く邪魔者を消してくれ。と――。




