再びの逃避行
話し合いを終え、來と黄泉はその部屋で仮眠を取ることにした。だが、來はただその場に腰掛けるだけで眠りはしなかった。いつ何が起きるか分からないので番をしていた。目の前では黄泉が無防備な寝顔を晒して横になっている。
「何無防備に寝てんだよ……」
來は横になっている黄泉の傍へ行き、彼女の寝顔を見て小声で呟く。そして彼女の綺麗な青髪に触ろうと手を伸ばすが、すんでの所で止める。
(馬鹿か……、俺は黄泉ねえの想い人でもねえのに)
來は目を瞑る。來の心の中で今なら黄泉ねえを自分の好きなように出来るぞと呟いているもう一人の自分がいた。來は頭を振る。
(お前……、決めただろうが? 黄泉ねえが幸せならそれで良いって)
來はこういう風に考えている。今の黄泉の幸せは真華国を取り戻して王女としての地位を取り戻し、そして……。來は横になっている黄泉の髪に留められている簪に目を向ける。
(俺は黄泉ねえ……、アンタの想い人を殺す)
この事態を引き起こした元凶……光を來は真華国から逃げ出す時に心に決めていた。勿論、それを手助けした慙も同様だ。
(縉……)
來は相棒である縉の顔を思い浮かべる。村人の話では縉が死んだなどという話は出ていなかったが、相手はあの慙だ……。無事な筈がない事は來が一番良く分かっていた。干渉に浸ろうとした時に外が騒がしい事に來は気が付く。
「……? なんだ?」
來は扉へ静かに近付きそっと開けて外を覗き込む。すると目の前の光景に驚き慄く。……なんと、真華国の兵士に取り囲まれる寸前ではないか。
「くそっ、誰かが真華国に情報を流しやがったなっ!!」
來は横になっている黄泉に駆け寄り強引に揺する。
「うー、なによぉ〜來〜」
眠たい目をこすりながら黄泉が問いかけてくる。
「真華国の兵士に取り囲まれたっ!!」
來の言葉を聞き、黄泉の顔が一気に緊張で硬い表情になる。
「……それは本当?」
「あぁ……。この目で見た。誰かが情報を流しやがったんだ」
來は光が王になった事を伝えに来た青年……犁の事を思い返す。來と黄泉がこの家に入る時に青年は來達を見てニヤリとしていた。
「……アイツッ!!」
來はそこまで口にしてから頭を振る。
(……今はそんな事を考えてる場合じゃない)
そう、今來達は真華国の兵士に取り囲まれようとしている。
來の見えた範囲で、ざっと20人……もしかするともっといるかも知れない。
來は考える。この窮地を脱する方法を……。
(正面突破か……。でも、黄泉ねえを守りながらとなると……)
到底難しい……。だが、どんなに考えても正面突破以外の道が見当たらない。
「どうするの……來?」
不安そうな黄泉の瞳が來に向けられる。來はその瞳を見て覚悟を決める。
「……仕方ねえか。黄泉ねえ、これから戦う事になるけど俺が良いと言うまで動くんじゃねぇぞっ」
來はそう言って腰に挿してある双剣の内の1本を引き抜くと扉を勢いよく蹴る。
蹴られた扉が勢いよく前方へ飛び、外で待ち構えていた兵士に当たりその兵士が倒れ伏す。
「そんじゃまあっ、いっちょオッパじめるとするかっ!!」
そう言って、來は外へ飛び出し剣を斜に構えてその場から一歩も動かない。それを見て、兵士達は薄ら笑いを浮かべ皆一斉に同じ言葉を唱える。
「我、疾く雷の肉体を得たりっ!!」
黄泉はその呪文に目を見開く。真華国で一日一回……、魔法の稽古がある時に指南役の男が使っていた。その呪文は肉体強化の一種だが通常の肉体強化とは違い、俊敏性が文字通り雷のように速く、通り抜けた後には雷撃の残痕が残っていた。
黄泉は來を見つめる。いくら強いといえ身体強化を施したあれだけの人数……來には勝ち目がない……とそう思っていた。だが
「……フゴッ」
「……ウッ」
來は攻撃を仕掛けてきた2人の速い斬撃を容易く躱し相手等の腹部に斬撃を食らわす。
男達の腹部から赤い鮮血が飛び散り、來の服がその血で汚れ倒れた男達の周囲もその鮮血で赤く染まっていた。
黄泉は驚く。あの雷と化した男2人を斬った事もそうだが、來はその場から一歩も動かなかったのだ。ただ上体を上下させただけ……。たったそれだけで相手の斬撃を躱し斬り殺したのだ。
『來はこの真華国で魔力の無い人間の中で間違いなく……、最強ですよ』
前に光が來の事をそう言っていたのを思い出す。実際目にしてみて納得せざるを得なくなる。
(知らなかった……、魔力を持っていない來がこんなに強いだなんて)
目の前では來が四方八方に囲まれ斬りかかられるが、その目にも止まらぬ速さの斬撃を次々に躱し1人、また1人と討ち取っていく。その様は一心不乱に噛み付く狼のように黄泉には見えた。
気付けば20人以上いた兵士が残り5人になっていた。兵士達は今片手で剣を構えている來を恐怖が伴った眼差しで見つめる。
「そろそろ……終わらせるか?」
そう言った瞬間……、來は兵士達の元へ駆け寄る。遠目から見ていた黄泉は來が一瞬消えたように見えた。……それ程までに速いのだ。身体強化をしているという訳でもないのに。
凄まじい速さで懐に飛び込んだ來は剣を横に一閃し、1人の首を掻き斬る。その姿を見た残りの兵士達が顔を青ざめさせる。來はそれで固まった兵士達に容赦なく剣を振るう。
1人、2人、3人と瞬く間に斬り殺し気付けば残り1人になっていた。來がゆっくりと足を男の元へ一歩ずつ踏みしめると男は「ヒィっ」と短い悲鳴を上げる。
「悪いな……。アンタに恨みはねえんだけどよ」
そう言って剣を構える來。
「俺からは攻めねえ……。自由に斬りかかってこいよっ!! 但し、逃げたら速攻で殺すっ!!」
そう言い終わった瞬間、男が踵を返す。
「……グァっ」
男の背中に剣が突き立てられそのまま貫かれる。
「言っただろ、逃げたら殺すって」
冷たい声音で來は言う。
「な、何故……かふっ……身体強化も……して、ないのにっ」
男が息も絶え絶えに言う。
「なんで反応出来るのかって? 簡単だ……、感じてんだよ。殺気をな」
そう、來は魔力を持っていない。故に彼が魔力を持っている人間に対抗する手立ては何一つない……はずだった。
だが彼は幼い頃戦を生き抜き魔力を有した人間を斬り続けた。それは何故か……。それは彼が感じ取ることが出来たからだ。……殺気を。
人を殺す為の行動を行う時、人間は感情を全面的に押し出す。それが殺気というものであり、顔の強張り具合から呼吸のリズムなど様々な変化を示す。來はその変化を戦の中で感じ取っていった。相手が逃げ出そうとすれば斬り殺し、掛かってくる奴がいればその攻撃を交わし殺した。……ただそれだけの事。
「そ、そんなことが……ウッ」
來は突き刺していた剣を強引に引き抜いた事によって男はそこで事切れる。またその場に鮮血が凄まじい勢いで飛び散り、地面そして來の衣服を赤で染める。來は剣を横に勢い良く振って刀に付着した血を落とすと鞘に戻し黄泉の元へ向かう。
「大丈夫ですか? 黄泉ねえ……」
「え、えぇ」
黄泉は猛烈な吐き気を感じた。目の前にいる來の衣服が血で真っ赤に染まり異臭を放っていたからだ。そんな状態だというのに普通に喋ってる來を見て、黄泉は恐怖を抱く。
「……取り敢えず、ここに居たら危険だ。さっさとこの村から出るぞ」
來が黄泉の手を掴んだ瞬間……。
「っ!?」
一本の矢が來達の元へ放たれる。來は黄泉ごと横に倒れ込む事でその矢を躱す。
「ちっ……やっぱテメェかっ」
來は矢が放たれた方角を見ると、先程の青年が矢を構えていた。
「犁っ……黄泉様達に何ということをっ!!」
村長が犁と呼ばれた青年の元へ駆け寄る。
「うるさいっ!! あの二人を捕まえれば褒賞金が出るんだっ……。 これで、家族に楽をさせてやれんだよっ!!」
そう言って放たれた2射目の矢を來は手で掴み取ると
「……っ」
10メートル近くあった距離をあっという間に詰める。
犁はその場に尻餅をつく。
「……なんなんだよっ、魔力も持ってねえ……俺達平民より更に下の生きる価値もない人間のくせによっ!!」
來は剣を真上に掲げる。
「来っ」
黄泉は叫ぶ。
來がやろうとしている事は自国の……しかも無関係の人間、民に手を出そうとしているからだ。
「俺は確かに魔力を持ってねえ。けどな……戦う力ならある。そして、その力は俺の主人の為に振るう物だ。だからこのお方に危険を持ち込むなら容赦はしねえ」
そう言って来は剣を振り下ろす。
「……っ」
剣が、犁の身体に触れる直前……。來に向けて石が投げつけられる。
來はその石をすんでの所で受け止め、石が投げられた方へ目を向ける。
「……劉」
なんと石を投げつけたのは來が可愛がっていた少年、劉だった。劉は怒りに満ちた表情を浮かべている。
「なんで、なんでこんな事してんだよっ!!」
劉の怒りの怒号が辺りに響き渡る。
來は何も言わずにただ劉を見つめている。
「來にいちゃんは、民を守る正義の味方じゃねえのかよっ!!」
黄泉は劉の言葉に息を呑む。
この少年は來の背中を追おうとしているのだ。
來の強さ、弱者に不器用な優しさを向ける來に憧れて……。
「それは……、俺が真華国の兵士だった時の話だ。今は違う」
鋭い眼光を劉に向ける。
「ならっ、今の來にいちゃんはなんだっ!?」
劉の問いかけに來はほくそ笑む。
「今の俺は罪人で、そう遠くない未来に現国王……光を殺す男だ!!」
「うああァァァァァァァァッッッ!!!」
小刀を懐から取り出した劉が來に向かって突進する。
「來っ!!」
黄泉は驚いた。
子供である劉の攻撃を先の戦闘であれだけの力を見せた來ならば簡単に避けるだろうと。
だが違った……。
來はその攻撃を避けもせずに太腿に小刀を突き刺される。
太腿から大量の血が吹き出し、來の下衣と地面、そして劉の手をその鮮やかな赤い血が染め上げていく。
「な、なんで……避けないんだよ。來にいちゃんなら簡単に避けれるだろうっ!!」
「劉……。ありがとな」
満面の笑みで言う來にその場にいた全員が言葉を失う。
「怒りばかりが先行して、俺は真華国の兵士でもないただの一般人を殺すところだった。それを止めたのは……劉、お前だ」
そう言って、來は歩き出す。
刺された足を引きずるような形で。
「黄泉ねえ……行きましょう」
黄泉は來の後に付いていきながら、後ろを振り返る。
劉や村長、犁がなんとも言えない表情でこちらを見ている。
黄泉は再び來に目を向ける。
(劉の攻撃を避けなかったのは自分への戒めと優しさだったのかしら?)
來が行ったとおり、先程の彼は怒りで我を忘れているようだった。それを収めてくれたのが劉。
來は軍にも入っていない一般人をこの手に掛けようとした自分への戒めとして、あの攻撃を受けた。
それと同時にこれからの劉の事を思っての事だったのではないかと黄泉は思った。
これから來は罪人として真華国に追われ続ける。自分が可愛がっている劉とは暫く会えなくなる。
だから、強く生きて欲しいという意味も込めて來はあの攻撃を甘んじて受けたのだと黄泉はそう感じた。
そして黄泉はそんな決断をさせてしまった事に胸を痛める。
(來、ごめんなさい)
そんな事を思いながら、黄泉は來の後を付いていくのだった――。




