覚悟
「貴様っ、どういうつもりだっ!!」
羽が慙に対して怒鳴り散らす。が、怒鳴られている慙はそれを全く意に返さない態度で大きな欠伸を羽に披露する。
「ふわーアァッ。……で、なんの話だ?」
「慙っ!! 貴様が取り逃がした弟子と黄泉の件だっ!!」
慙は顎に手を当て目を閉じて弟子……いや元弟子と言ったほうがいいか? の來との剣を交えた時の事を思い返す。お互い魔法で身体を強化していない状態とはいえ慙の斬撃を受けてほぼ無傷だった來。
(成長したな……だが)
慙は理解していた。まだ來が本気を出していない事を。來が本気に殺意の芽生えた状態になれば自分など簡単に倒されていただろうと慙は思っている。そう思うのは、來と初めて会った時の事が理由になっていた。慙は來と初めてあった日の事を思い返す。
8年前、戦が終わり荒れ果てた地を生き残りがいないか散策していた時のことだ。
「う、うわあぁぁああぁっっっっ!!!!」
荒れ果てた地に木霊する絶叫……。慙は一緒に散策をしていた仲間と顔を合わせるとお互い頷きあってから、声のした方へと駆け出す。
「……や、やめてくれっ!! お、俺達が悪かったっ……。い、命だけはっ!! ウッ、アアァァァアアッ!!!」
次第に遠くから聞こえていた声が近くに聞こえるようになる。そして声のする場に着き、慙はそこで見た光景に目を疑った。
なんと……、10歳にも満たない少年が体や顔全体血に塗れた状態で剣を片手に人を殺し回っているではないか。慙は殺し回っているではないか少年の顔を遠目から眺めた。
少年の顔は血だらけで顔の輪郭しか判別出来ない。だが血塗れの中から覗かせる瞳は慙を凍りつかせる程に冷たくて鋭い眼光を放っていた。そして次の瞬間……。
「我、何者の剣も通さない強靭な鋼の肉体なりっ!!」
なんと、少年に怯えていたのは魔法を使える真華国の兵士だった。身体強化が施された肉体ならば少年の剣は容易く通らない。だが――。
「……っ!!」
なんと少年の剣が身体強化を施した兵士の体を簡単に貫かれたのだ。慙はその光景に息を呑む。理由は2つ。
1つは少年の剣技だ。今の刺突は並大抵の努力では到達出来ない域のモノだ……。10歳にも満たない少年がこの域まで達するのにどれだけの時間、剣を振るってきたのか想像を絶するモノだという事が少年の今戦っている姿から窺えた。
そして2つ目これが慙が一番驚いた理由……。一流の兵士になると相手の魔力を感知する事が出来るようになる。当然この頃の慙も相手の魔力を読み取る事が出来た。が、遠くで血塗れになって戦ってる少年からは一切魔力を感じ取ることが出来ない。……そう、目の前に戦っている少年は魔力を有していなかったのだ。
そんな状態の少年が魔法で身体を強化した兵士の身体を剣で貫いた。しかも少年の身のこなしの速さは、まさに身体強化を施した並大抵の兵士の比ではなかった。慙はその少年の戦っている姿を見て胸が高鳴るのを感じた。
(強い……。磨けばきっと大物になるっ)
慙は少年にそんな予感を抱く。だからその場の戦いが終わった時に慙は偶然を装って少年に近づき、声をかけ今日の今日まで手塩にかけて育ててきた。
過去の回想を終え目を開ける慙。
(今となってはもう遅い……か)
もう賽は投げられた。光が空国王を亡き者にしたのだ……。慙には後に引く事が出来ない。だが、慙の胸中は焦りや不安よりも嬉しいという感情が湧いていた。
(我が弟子來よ……。もしかすると初めて出会った頃のお前と私は戦う事が出来るかも知れん)
慙は來に対して後悔の念を抱いていた。理由は初めて会った時、あの時に挑んでいればきっと楽しい殺し合いが出来ただろう……と。真華国に来た最初の内は來の心は冷酷な瞳、心を持っていた。だが、時が経つうちにその冷酷な瞳と心は氷解していった、
(原因は黄泉様か……)
來が黄泉に出会った事で閉ざされていた心が開いて慙が出会った冷酷な瞳を持った少年は成りを潜めた。だが、冷酷でなくとも來には武の才があった。教えた事はすぐに理解をし身体をその型通りに即座に対応していた。だから別段慙は退屈だったという訳ではない。
だが、あの時の相手を射殺す様な冷たい瞳と気迫。あれはまさしく慙としては一度真剣に殺り合いたいとそう思っていた。それをずっと思い続けて今この時、ひょっとすると叶うかもしれないのだ。慙としてはこんなに嬉しいことはない。
(後悔するとしたら最後までお前の事を面倒見てやれなかったことか……)
慙はいつかこうなるのを分かっていた。慙と來が出会った時……あの頃はまだ空の兄君である海がこの国を治めていた。海は戦争ばかりを考えているような男だったが、それはこの国をどこよりも強固な物にしようとそう思っていたからだ。それを慙は知っていたからその理念に共感し、戦ってきた。
だが海が死に空がこの国を治めるようになってからこの国は以前とは変わり果ててしまった。以前は高い税を民から徴収し良い武器を揃え力を他国に見せつけた。そうする事で真華国に安寧を与え続けていた。
だが、今は違う……。民に安い税を払わせ慙の所属する軍は弱体化していた。故に今回の事は慙は後悔していない。死んで当然だと心の底から思っている。
それでも慙は來に関してだけは後悔をしている。慙が下心で育てた以上に慙は來の事を実の息子のように思っていた。だが、今回の計画を話せば間違いなく空を取るだろうと予想がついていた。理由は黄泉だ。來は黄泉に惚れている。惚れた女の父親の命を奪おうという計画に來が素直に応じるわけがない。
(來……すまんな。そして、楽しみに待っているぞ……。本気のお前が私の元に現れるのをなっ)
慙は羽に口酸っぱく言われてる中不敵な笑みを浮かべて空の彼方を眺めるのであった――。




