焔
「……っ」
來は失意に暮れる黄泉を連れて真華国を出て林に入ると何故か來は何かを感じ取ったかのように身震いすると背後を振り返る。真華国は明かりが一切灯っておらず暗いままだ。
來は頭を振る。今は黄泉を守る事だけに集中しろとそう言い聞かすと真華国とは反対の方へ振り返り走り出す。それと同時に今手を引いて共に走っている黄泉の様子を伺う。
(なんて顔してやがるんだよ……)
來は心の中でそう呟く。彼女の顔は満身創痍といった感じで瞳は虚ろで何を映しているのか分からないといった印象を受けた。
來は黄泉の事を心配した。事が事なだけに黄泉の心はひどく傷付いていて、今の黄泉の姿は生きる屍そのモノだ。
(なにか……黄泉様の生きる活力に繋がる物はないかっ!!)
来がそう思った瞬間、チャリリンッと地面に何かが落ちた音が來の耳に木霊する。するといきなり黄泉が立ち止まる。突然の事に來は目を見張った。
黄泉が立ち止まったかと思うとすぐ様音のした方へ振り返り向かう。そして地面にその落ちたと思われる何かを探し始めた。暫くして黄泉の探していた手が止まり、大事そうにそのようやく見つけた何かを大事そうに抱えながら立ち上がる。
(……これはっ!?)
來は黄泉が大事そうに両手で抱えている小さな物を見て驚く。なんとそれは光が黄泉に贈った薔薇の簪だった。
「黄泉様……アンタ」
來はその先を口にしようとするが喉に何か支えたかのように何も言えなくなる。來は黄泉が生きる活力となる物を見つけた。しかしそれは皮肉にも黄泉の父……。空国王を殺した男、光が黄泉に贈った物だった。來は簪を大事に持つ黄泉を見て思案する。
(試してみるか……)
來は林を暫く真っ直ぐに進み視界の開けた場所へ出ると
「よし、黄泉様……少し休憩にしよう」と來はそう言うとその場に座り込む。
だが黄泉はその場に座らずただ呆然と立ち尽くしたままの状態でいる。來は立ち上がり黄泉の近くへ行くといきなり黄泉の両手で持っている簪を奪い取る。
「……っ」
黄泉は來のいきなりの行動に驚きながらもすぐ様來の簪を奪い取った右手の腕を掴み取る。その光景を見て來は確信する。この簪が今の黄泉の生きる原動力になる物であるということを。そしてもう一つ、來は確信する。
(黄泉様……アンタまだ光の事を――)
……そう、黄泉がまだ自分の父を殺した光の事を思っているという事を。來は彼女の身体を抱きしめた。抱きしめた理由は來はよく分からなかった。ただ、黄泉が不憫に思えて仕方なかった。黄泉も來も一度に全てを失った。
來にとって尊敬していた人物であり黄泉の父である空国王。そして今まで育ってきた真華王国。そしてなにより――。
來は黄泉の背中に回している自分の右手に収められている薔薇の簪を見つめる。
(なんで光……。こんな事をしでかしたんだよっ!!)
そう、二人にとっての幼馴染の光の裏切り……。これだけの事があれば黄泉が満身創痍になるのも無理はない。だがそんな中でまだ生きる原動力となっているのが空国王を殺した光の贈り物である薔薇の簪と光に対しての恋慕なのだということを。
(例えそうだとしても今はなんでもいい……。それがアンタが生きる事に繋がるんならっ)
來は黄泉を抱きしめる腕に力を込める。今來の胸中には3つの思いが芽生えていた。1つは、国王を失ったことへの悲しみ……。1つは今こうして抱きしめている黄泉が今もまだ光の事を好いている事で來が黄泉に今何もしてやれない事への歯痒さ。そして最後の1つは……。
來の眼光が鋭いモノへと研ぎ澄まされ、來の顔が怒りの色へと染まっていく。その様は、これから獲物を狩りに行く獣そのモノ。
(許さねえっ……光っ!! 師匠、いや……慙っ!!)
今回の件で來は黄泉に比べて失った物が1つだけ多かった。彼の師匠に当たる慙……。慙は今回の騒動を知っていた。知っててなにもしなかった。その事実が來の胸を締め付けると同時に苛立たせた。
來は復讐に駆られる頭の中で先程の光……そして慙との戦いを振り返る。光との戦いでは來は勝つことが出来た。……が來は知っている。
それは魔法で身体強化を施していない状態での話だという事を。実際に光が魔法を使った時凄まじい威力だった。身体強化を施した上での戦いだったら來が負けていたのは必須だった筈だ。
來は次に慙との戦いを思い返す。慙との戦いは一言で言って相手にされていなかったと言える。元々、來に戦う為の術を全て叩き込んだのは慙だ。しかも魔力のない來と違い慙は魔力を有していた。
(全く歯が立たなかった…)
來は悔しさから歯を強く噛みしめる。だが、無理もない話だ。何故なら慙は來が戦災孤児となった原因となる戦での大英雄なのだから。
魔力を体に通さない状態でのあの戦闘力……。そしてなんと言っても、慙が愛用している大刀……無牙。あの大刀はただの攻撃力の強い武器というだけでなく、ありとあらゆる魔法による攻撃を断ち切る代物だ。
ひとたび敵を見つければ即座に対処しに駆け出す姿は獅子のようだと周りが揶揄し、その戦での英雄になった時に彼はこう呼ばれる……獅子神と。
そんな大英雄を相手に勝てる通りなどある筈がない。だが來は自分の胸に込み上げる復讐という名の焔を目に湛えながら
(もっと……もっと、強くならねえとっ!! 黄泉様を守る為にっ!!)
來は光と慙をいつか殺す為に強くなる事を決意するのだった――。




