(3)code writer
しかし、その時はまだ自分の置かれている状況をよく理解していなかった。
護身用の拳銃をフォルスターから引き抜いて、初弾を弾倉に送り込んで、銃身を俺自身のこめかみに当てていた。
そして、それを全て自分自身の意思で行っていた。
その時まで、俺はそう思っていた。
(一体何をやっているんだ、俺は)
とりあえずこめかみから銃身を逸らそうと、銃を握っている右手をひき離そうとした。ところが、パテで固めたように右手はそこから1ミリも動こうとはしなかった。
頭を逸らそうと振ってみたが、それすらもかなわなかった。
この俺の身体に、全く自分の意思が通わない。身体が勝手に破滅的な行為を始めた。その異常さにようやく気がついたとき、急に俺の全身から脂汗が流れ始めた。
しかし脂汗を流しながら、心のどこかでなんとかしたら、まだなんとかなるんじゃないかと軽く考えていた。これは俺自身の身体なのだから。
ご丁寧に、傘の柄は左手に持ち替えていた。その傘の下で脂汗を流し続ける俺に、その少女は顔を寄せてこう言った。
「あんた・・・あたしのこと知ってる?」
(くそっ、お前なんか知るもんか)
だが、舌の根がくっついて何も言葉にできなかった。
少女はニヤリと嫌な笑みを浮かべて、
「名前くらいは聞いたことないの?あたしは『コードライター』と呼ばれてるんだよ」
俺はそれどころじゃなかった。
小娘の戯言に構っている場合なんかじゃない。
少女は小首を傾げながら、
「あれ、おかしいなあ。舌はちゃんと動くようにしてあるのに」と言った。
(こいつ、ふざけるな!人を木偶みたいに嬲りやがって)
睨みつけた俺の目に、少女まっすぐ視線を合わせると、
「おじさん、なんであんたの身体が思い通り動かないのかおかしいと思わない?それはね、あたしが書きこんだコードのようにしか動かないからだよ」
その時、急に動くようになった舌から俺の怒りが溢れ出した。
「あっちへいけ!このクソガキ!どうせおかしなヤツだと思っているのだろう。誰が好きでこんなことをやっているものか!」
少女は残酷な笑みにそのあどけない顔を引きつらせて言った。
「『コードライター』はあんたたちのお仲間の送り名でね、本当の名前は『レイン』。雨を使って、周りの人間にコードを書き込むことができるんだよ。そして、コードを書き込まれたら最後、あたしの決めた通りの終わり方をする。ふふ、だけど、あたしのことも知らないなんて、あんた余程の小物なのね。まあ、構わないわ。それでも、ちゃんとあたしたちのメッセンジャーは務めてよね」
そして、死刑執行人のような冷たい顔で、
「笑いなよ。嬉しそうに。頭に弾丸を打ち込むまで、ゲラゲラ笑って死ぬんだよ」と言った。
すると、俺の口は急に、
「あははははははははは」と嬉しそうに笑い声を上げ始めた。
(やめてくれ!気が狂いそうだ!)
人差し指にわずかな力が加わるのを感じた。
(くそっ!笑うな!笑うのをやめやがれ!)
心の中で毒づいたが、耳障りな俺の笑い声はますます気違いじみて雨の中に響いた。
そして、代わりに目から涙があふれてきた。
(くそお、こんなこと聞いてないぞ。なんで、こんなことで死ななきゃならないんだ。死ぬか!死ぬものか!くそお、この銃弾は俺の頭ではなく、嫌なガキにくれてやるんだ!)
その時、不意に右手の自由が効いて、こめかみから銃身が離れた。そしてそのまま少女に向けて、右手の人差し指に力を込めて引き金を引いた。
だが、その時、俺の世界は
真っ赤に破裂した。
(な、なぜだ・・・)
闇に呑みこまれてゆく意識の中で、俺は、自分をレインと名乗った少女の声を聞いた。
「少しだけいい夢を見せてあげたのよ。あはは。だから、感謝して死んでね」