07-04 初めての鍛冶体験でした
ミモリとカノンをスカウトし、返事が保留になった後。ギルドホームを辞したユージンを見送って、【七色の橋】はレベリングに精を出した。二十三時を回るまでフィールドでモンスターを討伐し続け、そこそこの成果を得られたのでその日のプレイは終了。
仁がAWOからログアウトし、VRドライバーのシートから起き上がる。ふと視線を机に向けると、携帯端末のLEDライトが青く点滅していた。これはRAINの通知に設定している色だ。
携帯端末を手に取った仁が差出人を確認すると、相手は従姉弟である和美だった。
――少し、電話出来ないかな? 相談したい事があるんだ。
そんなメッセージを見た仁は、相談内容におおよその見当が付いた。恐らくは、カノンの事だろう。
和美の反応を見た感じでは、彼女はギルド加入に前向きな姿勢を見せていた。しかしその場で加入するとは明言せず、カノンにどうするか? と問い掛けていたのだ。その事から、友人であるカノンの隣を離れて【七色の橋】に加入する気は無いのだろう。
とりあえず、仁は和美に電話を掛けることにする。幸い、今はもう夏休み。明日の予定は特に無いので、多少は夜更かししても問題はない。
携帯端末を操作し、発信。コール音が二度鳴ると、通話が繋がった。
『もしもし、仁君?』
電話口の声は、申し訳なさそうな……しかし、どことなく嬉しそうな声色だった。数時間前に仮想空間で会った相手の声は、やはり電話越しだと少し違った印象を覚える。
「こんばんは、和美姉さん」
『ふふ、こんばんは。さっきぶり』
思えば和美とこうして通話するのは、仁が事故に遭った後……心配して、連絡をして来た時以来である。あの頃は陸上生命が断たれた直後という事もあり、仁は当たり障りのない会話しかしていなかった。
『何だか、久し振りだね……こうして話すのも』
どうやら、和美も同じ事を考えていたらしい。
「もうすぐ、一年が経つんだね。あの時は、心配かけてごめんね……姉さん」
そんな仁の言葉に、和美は嬉しそうに返事をする。
『ううん、こっちこそ。会いに行けなくてごめんね』
大学受験を控えた和美が、九州から関東へ来るのは相当な負担だろう。だから、仁はその点については全く気にしていない。
「その気持ちだけで、僕は凄く嬉しいよ。ありがとう」
『ふふっ……仁君、ちょっと大人っぽくなっちゃったね?』
そんな茶化す様な言葉ですら、何故だか心地良く思えてしまう。
さて、久方振りの会話に興じるのも吝かではないが、本題は別にある。若干の名残惜しさを覚えつつ、仁は話を切り出す。
「姉さん、相談っていうのはカノンさんの事だよね?」
ジンの問い掛けに、和美は幾分沈んだ声で肯定する。
『カノンね、まぁ見ての通りの人見知りなんだけど……』
それは、あの様子を見ていれば解る。全く話せない訳ではないのだが、言葉の所々でつっかえていた。
『でもね、あれでも結構話せてたの。多分、【七色の橋】とユージンさんだったから……だと思うのよね』
聞けば、普段の生産活動……公共スペースを利用してのそれでは、全くの無口らしい。周囲のプレイヤーに声を掛けられても、何も返事できずに固まってしまうか……相手によっては、逃げてしまうのだそうだ。
『で、その後ひたすらに自己嫌悪するの。見ていて、痛々しいくらい』
思いの外、重症らしい。それでよくVRMMOをやる気になったものだ。
「もしかして、VRMMOをやっているのは……」
『リハビリね』
「あー、やっぱり?」
……
和美は、カノン……梶代紀子の事を、仁に語って聞かせる。仁はただただ、和美の話を聞いていた。
和美と紀子が出会ったのは、高校時代。同じクラスの、隣の席になった事がきっかけだった。
社交的な和美は、隣の席になった紀子に声を掛けるようになった。しかしその時には既に人見知りだった紀子とは、中々会話が続かなかったと言う。
そんな中、ふとしたきっかけが訪れた。いつもの様に話し掛けた際、びっくりした紀子が持っていた本を落としたのだ。固まってしまった紀子に代わり、その本を拾った和美はタイトルに気付いた。
「あ! この本、私も持ってるわ。面白いわよね」
そんな和美の言葉に、目を丸くして……そして、コクコクと頷いた紀子。その時の顔はいつもの陰鬱そうな表情ではなく、驚きと喜びがミックスされた様な顔だったそうだ。
それ以来二人は、本を貸し借りする仲になった。最初は辿々しい会話だったが、二年生に進級する頃にはだいぶ打ち解ける事が出来たそうだ。
その際、紀子が和美だけに明かした趣味……それが、VRMMOだ。とはいえ運動や戦闘が苦手な紀子は、生産活動をメインにしていると打ち明けた。
「……和美は、興味……無いかな……?」
その時の紀子は、仲間を求める小動物の様だった……とは、和美の弁。
結果として紀子がプレイしていたゲーム、DKCを和美がプレイする事は叶わなかった。VRドライバーを買う資金を貯めている間に、DKCがサービス終了を迎えたのだ。
しかしながら、しばらく後にAWOの製作が発表された。DKCよりも自由度の高いシステムに興味を抱き、二人はβテストから参加。その中で生産活動を共に行い、正式サービスでもコンビを組んで生産職としてプレイし始めたのだ。
……
『彼女もね、人見知りを何とかしたいとは思っているみたいなの。それで普段から一緒に居るようになって、ようやく気兼ねなく話せるようになったんだけど……』
「まだ、姉さん限定なわけだ」
人見知り改善までの道のりは、まだまだ道半ばといった所らしい。
『そうなのよー……でも、ね? 紀子が手裏剣を作ったじゃない?』
それは、昨夜の出来事だ。紀子が忍者なジンを見て製作した、オリジナル装備である≪カノンの手裏剣≫。和美は何やら、そこに注目しているらしい。
『自分から進んで作ったのって、私が知る限りでは初めてだったのよね。それに昨日、仁君達のホームから帰る時にね……』
ヒイロならばこんな武器が合いそうだ、ヒメノにはあんな装備はどうだろう。そんな言葉が、二人の間で交わされたというのだ。
『仁君達に、興味があるのは間違いないわ。だから……明日、カノンと会ってみてくれないかな』
そう告げる和美の声は、真剣そのものだ。友人を案じている、そんな彼女の想いがひしひしと伝わって来る。和美にとって、紀子はそれだけ大事な友達なのだろう。
そんな風に言われてしまったら、仁の返答は一つしかない。
「……解った、やるだけやってみるよ」
紀子……カノンが居るであろう場所や時間帯を聞き出して、その夜の通話は終わった。
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翌日、ジンは昼からAWOにログインしていた。普段のログインは、早くとも夕方から。しかし今日は、少しばかり特別な事情があるのだ。
和美から聞かされた、カノンのログイン時間。大学がない今日ならば、彼女は昼過ぎからログインしているという。
注目されないように、ジンは変装して始まりの町を歩く。
――公共スペース……あ、ここだな。
ジンにとって、公共スペースは初めて来る場所だ。建物の外からでは解らなかったが、公共スペースはそれなりに広かった。
いくつか区画分けされており、縫製職人のスペースには作業台……それに、型紙を作るのだろう製図机の様な物がある。木工職人スペースだと木材をカットする為の台や、木彫り用の机。最も、現在はそちらを使用しているプレイヤーは居なかった。
奥の方へ視線を向けると、鍛冶職プレイヤーが数名居た。皆が皆、せっせと鉄を鍛えている。火花が散り、激しい金属音が室内に響き渡る。
そこでふと、ジンは北側の第二エリアについて思い出した。北側第二エリアの最初の町は、鉱山町[ホルン]。プレイヤーが入山出来る鉱山もあり、鍛冶職人にはお誂え向きの場所ではないだろうか。
そんな事を考えて、視線を巡らせるジン。探し人は、鍛冶スペースの隅に居た。
鍛冶鎚を振り上げ、そして振り下ろす。甲高い金属音と同時に、激しい火花が散っている。彼女の視線は赤熱化した鉄塊に注がれており、ジンの来訪には気付いていない様だ。
その眼を見て、ジンは親近感を覚える。それはジンだからこそ気付けた、彼と彼女のとある共通点だった。もしかしたら、ミモリはそれを見越していたのかもしれない……そんな考えに至る。
鍛冶をしている時のカノンは、競技中のトップ争いを繰り広げるアスリート……そんな人種と同じ眼をしていた。好きな物に打ち込み、全神経を研ぎ澄ましているのが伝わって来るのだ。
ミモリに話をしてみて欲しいと言われたジンは、人見知りの彼女とどう接したら良いかと考えた。今日ここに来るまで、仲間達にも相談をして話題を考えて訪れた。
しかし今、鍛冶に打ち込むカノンの姿を見て考えを改める。上っ面だけの言葉では、彼女の心には響かないと感じるのだ。
……
カノンが一振りのロングソードを鍛えた所で、ジンは彼女に歩み寄った。
「こんにちは」
カノンに声を掛けると、彼女の肩がビクンッ!! と跳ねた。そして、恐る恐るといった様子で首だけ振り返り……目を見開く。
「え、あ……こん……えっ……」
挙動不審な様子でわたわたし始めるカノンに、ジンは屈んで視線を同じ高さに合わせる。人見知りの相手を見下ろす形だと、威圧感を与えてしまうと思ったのだ。
「驚かせて済みません。今、お時間は大丈夫ですか?」
「あ……えっと……その……」
どもりながらも、何と返事をすれば良いかを考えているらしいカノン。そんな彼女を急かすのは、無体だろう。ジンは穏やかに微笑みながら、彼女の返答をただただ待つ。
「だ、だい……じょぶ、です……」
ようやく、カノンからの返答を得られたジン。笑顔でカノンに感謝の言葉を伝えると、彼女は緊張気味ながらも頷いた。
ジンは、カノンが鍛えたロングソードに視線を向ける。
「綺麗な剣ですね。売りに出すやつですか?」
「そ、そう……掲示板、で……」
少しずつ、カノンも会話に慣れつつある。これはジンが、彼女との会話を意識しているからだろう。一方的に捲し立てるような話し方や、相手の返答を急かすような態度はNG。自分が投げた言葉のボールを、返してくれるまでゆっくり待つ。要するに、言葉のキャッチボールである。
「剣を鍛えている時のカノンさん、凄く格好良かったです。全身全霊! って感じで」
ジンが率直な感想を伝えると、カノンは視線を右往左往させては赤面してしまう。そうして俯いたカノンに、ジンは苦笑しつつも問い掛けた。
「カノンさんは、鍛冶が好きなんですね」
俯いたままのカノンは、しばらくそのまま黙り込んで……そして、注視していなければ解らないくらいに、小さく頷いた。
「好きな事に、ひたすら打ち込む感じ。没入感、みたいなの……解りますよ」
ジンの言葉を耳にして、カノンがちょっぴりだが顔を上げる。上目遣いに視線をチラチラと向ける仕草は、年上の女性ながらも可愛いと感じさせる。
「カノンさんとはジャンルが違いますけど、僕も陸上に打ち込んでいたんで」
そんなジンの口にした過去に、カノンが視線を逸らした。彼女はどうやら、ミモリからジンの事を聞いているらしい。
「あ、大丈夫ですよ? 今はここで、全力疾走出来ていますから」
折角、ここまで会話が出来ているのだ。変に気遣わせて、妙な雰囲気になってしまうのは避けたい。
「それで、カノンさん……少し相談なんですが」
「……な、何……?」
カノンの緊張を解すのは、やはり鉄を鍛える事だろう。そして彼女と対話するのならば、共通の話題……特に彼女が好きな話題が一番だ。
そして、ジンは気になっている事があった……彼女を魅了して止まない、鍛冶の魅力についてだ。
「鍛冶って、僕にも出来ますかね?」
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それから二時間が経過した頃、ジンとカノンはひたすらに鉄を鍛えていた。
「そう、そうやって真っ直ぐ叩くんだよ。現実と違って火傷したりしないから、目を最後まで逸らさずにね」
「はい!」
製作しているのは、ちょっとしたアイテムだ。分類としては、消費アイテムになるだろう。
尚、鍛冶の基礎を教わる内にカノンの硬さが徐々に無くなり、鉄を鍛え始める頃には普通に会話が出来るまでになっていた。
「はい、冷めたら戻そうか」
「了解です!」
借り物の鍛冶鎚を振るい、鉄を鍛えていくジン。その姿を見守るカノンの表情は、真剣そのものだ。
そうして鉄を鍛え、刃を研いで完成したのは……手の平サイズの手裏剣だった。
「で、出来たぁ……!!」
「うん、お疲れ様。綺麗に出来たね、上出来だよ」
ジンが初めて鍛えた手裏剣は、カノンのアドバイスもあって中々の出来だ。
「鍛冶って大変ですね……でも、超楽しい!」
興奮気味に、完成させた手裏剣を見るジンの顔。その嬉しそうな表情に、カノンの口元が緩む。
「どれどれ……うん、品質は並以上。逆に投げてしまうと消費しちゃうから、勿体無いくらいかも」
カノンが鑑定で手裏剣の情報を確認すると、そんな事を言い出した。
「そっか、投げたら無くなるのか……一度きりの活躍になっちゃうのか、お前……」
心底残念そうな言葉を口にするジンに、カノンが苦笑する。
「解るよ、それ。普通の装備武器も、耐久限界が来たらロストしちゃうけど……投擲アイテムなんかは一度きりだからね。打ち上げ花火みたいな感じかな」
カノンの言葉は、言い得て妙だ。消費系のアイテムは、投げた時点でロストする事が確定する。ジンの身近な所だと、ヒメノの矢がそれにあたる。
「あー、なんて解りやすい。そして、その花火が綺麗に上がるかは……」
「プレイヤーの腕次第、だね」
「ですよねー……」
丹精込めて制作した物を、投げて失う……この仕様は、中々に辛い部分だ。
「ジン君、それならこういうのはどうかな。その完成品を使って、型を作るの。その型を使って、手裏剣を鋳造すれば良いんじゃないかな」
カノンの言う方法ならば、ジンが初めて鍛えた手裏剣はロストせずに済む。手ずから鍛えた手裏剣に愛着を抱くジンにしてみれば、その言葉は渡りに船だった。
そのまま、二人で公共スペースに設置されている訓練場へ向かう。訓練場で試しに投げる分には、製作した手裏剣はロストせずに済むのだ。
的を狙って手裏剣を投げると、その投げ心地は十分実用に足るものだった。
「修正は要らないみたいだね、初めて作ったのに凄いよ」
「カノンさんのお陰ですよ。的確にアドバイスしてくれたお陰です」
「そうかな? それなら、良かったよ」
すっかり打ち解けた二人は、そのまま鋳造用の型造りに突入。型が完成する頃には、既に作業開始から三時間が経っていた。
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作業を終えた二人は、道具などを協力して片付けていた。AWOはリアル志向のゲームなので、生産道具などを使ったまま放置すると耐久の減りが加速するという仕様になっている。
この仕様は、プレイヤー内では賛否両論あるのだが……ジンとカノンは、こういった仕様に賛成派だった。
「ジン君……一つ、聞いても良い?」
「えぇ、もちろん」
カノンの言葉に、ジンは笑顔で頷く。しかし、対するカノンの表情は強張っていた。
「今日来たのは……ミモリに、言われたから……だよね? 一緒に鍛冶をしたのも、そうだよね?」
その言葉に、ジンはカノンの内心について思い当たった。
自分をギルドに勧誘する為に、まずは打ち解ける必要があるから。カノンがジンを信頼すれば、きっとカノンはギルドに加入するから。そんな打算があるのではないかと、考えても仕方はないだろう。
しかし、それは勘違いだ。
「まぁ、姉さんからはカノンさんと話してみて欲しいって言われましたけど……」
やっぱり、という表情になるカノン。
ミモリに気を遣わせ、ジンに気を遣わせ……そんな自分に、自己嫌悪して。気持ちが、暗くて淀んだ海底に沈む様な感覚を覚えて……しかしそんな彼女の心を、引き上げる言葉をジンが放つ。
「鍛冶を教えて欲しいって思ったのは、僕がそう思ったからですよ? 姉さんには何も言われてないし」
「……え?」
カノンは言葉の意図を汲み取れず、そんな言葉しか返せない。
「何ていうのかな……カノンさんが剣を鍛えている時の眼が、陸上競技をしている時の自分や、他の選手と似ていると思ったんですよ」
理解が及ばないジンの説明に、カノンは眉を顰める。
「……たかが、ゲームの事だよ?」
「大事なモノは人それぞれでしょ? 僕も今は、AWOに夢中ですよ」
カノンに向けたジンの表情は、曇りのない笑顔だ。
そして、ジンは片付けようとしていた鍛冶鎚を手に取る。
「カノンさんをそこまで惹き付ける、鍛冶ってどんなだろうって興味が湧いたんですよ。だから、僕もやってみたかったんです。そうしたら……」
カノンの目から見ても、ジンは本音で話している。そう信じられるだけの熱が、その言葉と視線に込められていた。
「……そうしたら?」
カノンは生唾を飲み込んで、ジンの返答を待つ。
「すっごく楽しかったです!」
それは純粋に鍛冶を楽しんでいたと、信じるに足る笑顔だった。
ジンの言葉は、その笑顔は本心からのもの。カノンは、不思議なまでにすんなりとそう受け止める事が出来た。
だから、カノンの口をついて出たのは……これからの事。
「……調合も、やるのかな? ミモリ、喜びそう」
「あ、それもやってみたいかも? ははっ、戦闘以外にも楽しい事があるんだって、教わっちゃいましたね」
AWOは、ただモンスターを倒して進むゲームじゃない。自分で何かを作ったり、鍛えたりする事も出来る。野菜や薬草、家畜を育てたりすら出来るのだ。
そして、それを売ったり買ったり……仮想現実の異世界は、正にもう一つの世界。第二の生活空間と言っても、差支えのない場所だ。今回の鍛冶で、ジンはそれを実感した。
楽しそうに笑うジンを見て、カノンは口を開こうとしては止め、開こうとして止めとし……ようやく、口を開いた。
「じゃ……じゃあ、その……レクチャーのお返しを、要求しても……良いかな?」
躊躇いがちにそんな事をいうカノンに、ジンは自然体で頷く。
「えぇ、何ですか?」
鍛冶の授業料だ、大抵の事ならば応じる腹積もり。
「フィールドに出て、戦ってみたい。ジン君達が楽しいって思う事を……私にも教えて欲しい、な」