07-01 夏休みに突入しました
10月に夏休みの話を投稿する、実にチグハグだね。
季節感をリンクさせられないのは、私の責任だ。
だが私は謝らない。嘘です、ごめんなさい。(土下座)
イベントの予告が出た十日後の、八月一日。
既に夏休みに突入したジン達【七色の橋】は、AWOでの活動を活性化させていた。学校の課題も既に済ませた為、思う存分プレイ出来る。
それぞれデートをしたり、皆で集まったりしながら夏を謳歌し……そして、ゲームも全力で満喫している。
そんな彼等は現在、とあるダンジョンのボスモンスターに挑んでいた。
「よっ! ほっ!」
軽やかなステップで、モンスターの攻撃を回避するジン。彼に攻撃を加えようとしているのは、大きな獣型のモンスターだ。
「あと一息……だな。皆、準備はどうだい?」
ジンの回避行動を見守るヒイロは、待機している仲間達に声を掛けた。それに力強く頷き返す【七色の橋】の面々。
「よし……もう一度だ。ジンッ!!」
良く通るヒイロの声は、しっかりとジンの耳に届いた。その言葉に一つ頷いて返すと、ジンは愛刀を握る手に力を込める。そして飛び掛かって来たモンスターの攻撃を、大きく跳んで躱し……天井に向けて≪大狐丸≫を掲げた。
「【狐雨】!!」
魔技発動の宣言と同時に、ジンの≪大狐丸≫を中心とした半径五メートル程の光が広がる。そこから降り注ぐのは、デバフ効果を接触した敵に与える雨だ。
ここへ来るまで、モンスターの動きは素早く中々攻撃が当たらなかった。しかしジンは何度かの攻防を経て、その速さに順応して見せた。特定の攻撃行動を行った後、数秒の隙がある事を見抜き……そして今、それに合わせて【狐雨】を発動した。
そんなジンの狙いは無事に成功し、降り注ぐ【狐雨】を食らったモンスター。すると頭上に、デバフ効果が発動した事を示すアイコンがポップアップする。その種類は……毒と鈍足効果である。
「大当たりでゴザルッ!!」
四回目のトライでようやく、待ち望んでいた効果が発動した。ジン達が待っていたのは、モンスターに鈍足効果が発動する瞬間だった。
動きが速過ぎて、攻撃が当てられなかった獣型のモンスター。しかし今は、鈍足効果によって通常モンスターよりも少し早い程度のスピードしかない。
「【シューティングスター】!!」
これまでの鬱憤を晴らすかの様に、弓を構えていたヒメノが最大威力の武技を放つ。弓から放たれた矢の流星群は、モンスターに殺到しそのライフを奪っていく。
「【シャイニングスパーク】!!」
魔扇を構えていたレンも、【光陣】と【雷陣】で強化された合成魔法を放つ。白い光の柱が水平に放たれ、モンスターのHPをゴリゴリと削っていく。
「【フェイタルバレット】!!」
FAL型≪アサルトライフル≫を構え、モンスターの急所を撃ち抜いていくのはハヤテだ。ハヤテは銃という武器の特性もあり、何とか攻撃を当てていたのだが……やはり高速移動する的を狙うのは、難しかったのだった。
そんな後衛組の射線に入らない様にしながら、前衛組が一気に距離を詰める。
「【幽鬼】【一閃】!!」
鬼神を召喚すると同時に、ヒイロは【一閃】を放つ。彼の一撃目が命中すると、その後を追う様に鬼神が【一閃】。更にヒイロの逆側の太刀から二段目の【一閃】が繰り出され、鬼神がそれに続く。
「【展鬼】、【バーサーク】!!」
天井に向けて掲げられた大太刀≪鬼斬り≫。その刀身が分割され、オーラで構成された巨大な太刀へと変貌する。
「【クラッシュインパクト】!!」
渾身の力を込めて振り下ろされる、巨大な太刀。その一撃で、モンスターのHPバーがガクンと減っていく。
「私に皆さん程の力はありませんが……【一閃】!!」
構えた薙刀を振り上げるアイネは、タイミングを見計らう。薙刀を振り切った瞬間に刀身を翻し、更なる追撃。
「【スラスト】!! 【デュアルスラスト】!!」
彼女が放ったそれは、システム外スキル【チェインアーツ】。ジンやヒイロからアドバイスを受け、修練の末にモノにした連続武技攻撃だ。
「【一閃】……【スライサー】……【デュアルスライサー】……」
モンスターに接近し、アイネ同様に【チェインアーツ】を放っているのはジンのPACであるリン。彼女も【スピードスター】のスキルレベルを上げ、ジンの根気強い指導によって【チェインアーツ】を使いこなせるまでに成長していた。
「【セイクリッドピラー】!!」
≪聖女の杖≫を掲げて聖属性魔法を放つ、ヒナ。彼女も単なる回復役とは呼べない、攻撃と回復を両方こなせるだけの力を身に着けて来た。回復役として、各メンバーがクエスト等に同行させて来たのが大きな要因だろう。
「ジン様のお陰で、狙いが付けやすくなりました……【ラピッドショット】で御座います」
最早”機矢”とは呼べない程に改良された≪仕込み機矢≫から、ロータスが放つのは針の様な細く小さい矢……その数は十本。それに塗りたくられているのは、鈍足効果を相手に与える≪ディレイポーション≫だ。それにより、効果時間が切れそうだった鈍足効果が延長される。
「いざ……っ!! 【疾きこと風の如く】!!」
ジンがある武技の発動キーワードを口にすると、その身体が紫色のオーラに包まれた。
先程までよりも、更に加速してモンスターに迫るジン。それに続くのは、ジンの姿を再現したNPC分身体だ。
【分身】のスキルレベルは現在、8。故に分身体は四体。本体と共に攻撃する姿は、正に忍者そのものだ。
「【一閃】!! 【スライサー】!! 【一閃】!! 【デュアルスライサー】!! ……」
第一回イベントでユアンが繰り出した【チェインアーツ】を参考にし、ジンは武技の合間にクールタイムを終えた【一閃】を挟んでいく。
さて、ジンの身体を包む紫色のオーラ。そのオーラは特徴的で、ジンの身体を取り巻いているオーラ……そして、尻尾のように生えるオーラの二種類である。
これはユニークスキル【九尾の狐】が、レベル10になった際に会得出来る武技だ。その効果は、回避型の軽戦士といったプレイヤーならば誰もが欲する効果である。
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武技【九尾の狐Lv1】
効果:攻撃を連続で回避する度にステータスが1%上昇。最大で100%まで上昇。ダメージを受けると効果はリセットされる。
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回避すれば回避する程に、ジンのステータスは上昇していく。百パーセントまで回避ポイントを溜めれば、単純に全ステータスが二倍になるという驚異的な性能なのだ。
勿論、ダメージを喰らうと効果は解除される。それが例え、一ポイントでも……だ。しかしながら、そんなのはささやかなデメリット。それを補って余りある性能なのである。
現在のジンは、ノーダメージで回避回数は七十回。それに伴い、ステータスも七割増しである。ちなみに外観でもそれが解る……何故なら、七本のオーラの尾を発生させている状態なのだ。
そんなジンの七割増しの攻撃。【チェインアーツ】による連続武技攻撃。その上、分身体が四体である。激しい攻めによって、モンスターのHPが急速に減少して……ついにはゼロになる。
が、モンスターは大きく跳び退いて体勢を立て直そうとする。それは、とある特殊なクエストのボスに共通する挙動だ。
その鋭い眼光は、ジンに向けられていた。九本の尾を持った狐型モンスターは、鋭い牙でジンに噛み付こうと駆け出す。
「【クイックステップ】!!」
しかしながら、今のジンにとってはそんなものは悪足掻きに他ならない。【クイックステップ】で一気に距離を詰め、手にした小太刀をクロスさせて構える。そして、擦れ違うその瞬間……。
「【一閃】!!」
激しいヒットエフェクトと同時、クリティカルヒットを示すエフェクトが発生。その一撃を受けたモンスター……【アンコクキュウビ】は、力なく膝を折り……そして、倒れ伏した。
『エクストラクエスト【再臨の九尾】をクリアしました』
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エクストラクエストをクリアした【七色の橋】は、ボス部屋で話し合っていた。ボス部屋はインスタンス・マップに該当するので、他のプレイヤーが入って来る事は無い……つまり、内緒話にはもってこいの場所なのである。
「これで俺の【千変万化】以外のユニークスキルが、ランクアップした訳だな」
ヒイロの言葉通りヒメノの【八岐大蛇】とレンの【神獣・麒麟】、シオンの【酒呑童子】はランクアップ済み……そして今回の攻略で、ジンの【九尾の狐】も無事にランクアップを果たした。
「第一エリアの【アンコクキュウビ】は南側のダンジョンだったから、そっちかと思っていたでゴザルが……全然違ったでゴザルな」
「ハヤテが前もって、ダンジョンの情報を集めてくれたのが大きいな。ありがとうハヤテ、とても助かったよ」
「こういう調査は得意分野ッスから……まぁ、お役に立てて嬉しいッス!」
ジン達は既に南と西のエリアボスの討伐を済ませ、第二エリアの攻略を進めていた。その際ハヤテがダンジョンの情報を、NPCや掲示板から集めては分析。エクストラクエストが隠されていそうなダンジョンを絞り込んだのである。
その分析によって、短期間でエクストラクエスト第二章攻略を達成できた……という訳だ。
「残りは【千変万化】ですね」
「引き続き、エクストラクエストの調査を進めましょう」
レンとシオンが今後について話していると、ヒメノは自分のPACであるヒナに歩み寄る。
「ヒナちゃん、お疲れ様です! よく頑張りました!」
「ありがとうございます、お姉ちゃん!」
ヒナは、ヒメノにそっくりな顔立ちのPACだ。そんな二人が仲睦まじく会話する姿は、双子の様にも見える。
「リンちゃんとロータスさんも、お疲れ様」
ヒメノに倣い、アイネもPAC二人に声を掛ける。高度なAIによって性格や言動が設定されているAWOのNPCは、会話によるコミュニケーションで好感度が上がるのだ。
最も、それを打算的に行うプレイヤーは【七色の橋】には居ないのだが。
「はい、アイネ様」
「労いのお言葉ありがたく頂戴致します」
「さて、と。それじゃあホームに戻ろうか?」
「そうですね。これから第二エリアに向かうのでは、満足のいく探索は出来ないでしょうし……」
夏休み中とはいえ、生活リズムを崩すのはよろしくない。【七色の橋】のメンバー九割は、規則正しい生活を心掛ける真面目な学生なのだ。
「ホームでのんびりしましょうか。あ、その前に一度離脱して、水分補給しませんか?」
「そうでゴザルな、アイネ殿に賛成でゴザル」
一時離脱とは、AWOに実装されているシステムである。このゲームでは、ログアウトするとその場でアバターが消滅する。ただし、ログアウトではなく一時離脱を使用すれば、アバターはその場に残った状態でVRドライバーを外す事が可能なのだ。
何故そんな機能があるかと言うと、プレイヤーに体調管理を促す為である。フルダイブ型VRゲームを連続でプレイし続け、脱水症状等を起こすという事例が過去にあったのだ。それを防止する為に、こういったシステムが採用されている。
しかしこの機能は、デメリットもある。当然、制限時間が設けられており、三十分以内に再接続しなければアバターは消滅してログアウトとなる。
そして、アバターは無敵状態になったりはしない。ダメージを受ければ、当たり前にHPが減るのだ。その為、一時離脱は安全地帯で行うのが望ましい。
パーティを組んでいるなら交代で一時離脱して、残っているプレイヤーは見張りをする……というのが、AWOでは主流である。
しかし、それにハヤテが待ったをかける。
「そのままホームに戻るんだし、ログアウトで良いと思うッスよ。ここでやる事は済ませている訳だし」
「それもそうか。再度ログインすれば、リスタート位置はホームになるからな」
ハヤテの意見が支持され、ジン達は一度ログアウトする事になった。
「じゃあ、十五分後にホームで!」
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仁は水分補給とトイレを済ませると、軽くストレッチを行って身体を解す。
――すっかり、ゲームに馴染んでいるなぁ。
AWOをプレイし始めて、仁を取り巻く環境は変わった。
姫乃という恋人ができ、その兄であるクラスメイトの英雄とは親友になった。恋・鳴子・愛と知り合い、仲間になった。従兄弟である隼とのやり取りも増え、より親密になった。【七色の橋】以外でも、多くのプレイヤーと知り合いになり、交友関係が広がった。
一言で表すならば、仁の世界は広がった。
あの日、VRドライバーとAWOのソフトを買って来てくれた父親に、仁は深い感謝の念を抱く。今度、父親の背中をマッサージでもしよう……なんて考えながら、仁はVRドライバーに身体を横たえる。
再度ログイン操作を行うと、排熱ファンの駆動音やエアコンの作動音が耳から遠ざかっていく。
電子音がすると視界が暗転。暗闇の中にAWOのアイコンがポップアップし、ジンの意識が引き寄せられて行く。最初はこの演出と感覚に驚いたのだったが、今ではこの演出で高揚感を感じている。
――もう、AWOは陸上の代わりなんかじゃないな……。
そんな事を考えながら、”仁”は”ジン”として仮想空間に広がる異世界に転移した。
……
ギルド【七色の橋】のホーム敷地内。復帰場所に登録されているポータル・オブジェクトが設置されているのは、その入口だ。光の粒子が集まってジンのアバターが構成され、ログインは完了である。
ギルドホームの中でログアウトした際は、ログイン位置はマイルームになる。しかしギルドホームの外でログアウトすると、ログイン位置はポータルのある場所になるのだ。ジンはこの仕様を、外から帰ってきたという事を感じさせる為だと思っている。
そんな事を考えていると、ジンに歩み寄る少女が一人……無論、ジンの恋人であるヒメノだ。
「タイミング、ぴったりでした」
嬉しそうに表情を綻ばせながら、ジンの腕に手を絡める。
「ヒメも今だったの?」
「はい、ジンさんが来るならこのくらいのタイミングじゃないかって」
正にナイスタイミングだったらしい。そんなヒメノは、ふにゃりという擬音がぴったりな笑顔でジンを見つめる。それはジンにとって、一番好きなヒメノの表情だ。
視界の左上に表示されるパーティメンバーの一覧を見ると、まだ他のメンバーはログインしていない事が解る。そろそろログインして来るだろうが、このままここで待つのは憚られた。マリウスの事件を思い出してしまうからだ。
「ヒメ、中で待とうか」
「……はい♪」
ジンの考えは、ヒメノにも伝わっていた。そして自分を気遣ってくれている事が嬉しくて、ヒメノはジンの肩に頬を寄せる。
そんな中、ジンは背後から迫って来ている気配に気付く。マリウスの一件があった為、ジンは警戒心を強めた。
「ヒメ、誰か来る……念の為、いつでも動けるようにしておいて」
「……っ!? は、はい……!!」
ジンの言葉に、ヒメノも表情を引き締めた。あの事件の当事者であるヒメノからしたら、それは思い返したくもない記憶である。
――場合によっては、ヒメをホームに連れて……相手の出方次第か。ヒイロ達も、そろそろ来るだろうし。
思案を巡らせながら、ジンはフィールドの方向を警戒する。すると、林に立ち入って来るのは二人組の女性だった。
「……あぁ、居た居たー!」
その内の一人が、こちらを確認すると徐に距離を詰め……そして、ジンに抱き着いた。
「……えぇっ!?」
突然の出来事に、ジンは驚きの声を上げてしまう。一方、ヒメノは……突然、自分の恋人に抱き着かれた。そんな光景に、フリーズしてしまう。
「久し振りねぇ、仁君。元気だった?」
そんな事を言う女性だが、ジンは混乱状態で思考の整理が追い付かない。更には自分の胸元に押し当てられた柔らかいナニカが、思考能力を奪っていく。
「ちょ、ちょっと【ミモリ】……彼、混乱しているよ……ね、ねぇ?」
もう一人の女性が、ミモリと呼ばれた女性に声を掛ける……が、何故かジンとヒメノを交互に見て、プルプルと震えている。
「うん、大きくなったわねぇ。二年半振りくらいかな?」
抱き着いているミモリという女性は、相方の声が聞こえていないらしい。
そんな中、ポータルの周囲に光が発生。恐らくは【七色の橋】のメンバーがログインしているのだろう。
「ふぃー、他の皆は……あれ?」
ログインして来たのは、ハヤテだ。視線を巡らせて、ジンとヒメノ……そして謎の二人組の姿を確認する。
「……はぁっ!? カズ姉!?」
ジンに抱き着く女性……その顔を見て、ハヤテの表情が驚愕のそれへ変化する。そんなハヤテの声は耳に入ったのか、ミモリは顔をそちらに向け……。
「あれ!? 隼君も居るのね! 久し振りー!」
そう言って、ジンを抱き締めていた腕の片方を広げた。どうやら「抱きしめてあげるからおいでー」という事らしい。
「じゅ、隼? 今、カズ姉って言った……?」
ジンに名前を呼ばれた事で、ミモリがようやく顔を上げた。長いロングストレートの髪は鮮やかなエメラルドグリーンで、翡翠色の瞳は嬉しそうに細められている。そんな現実との変化はあるものの、その顔立ちはジンの記憶にある従姉弟……【麻守和美】のものだった。
「和美姉さん!?」
「はーい、そうよー。あ、でもゲーム内では本名を呼んじゃダメなんだよ?」
「アッハイ」
自分だってハヤテの事を隼って呼んだじゃん……と思いつつ、それは自分もかと口を噤む。
そんなジンに、ハヤテが焦った様子で声を掛ける。
「ジン兄!! ヒ、ヒメノさんが!!」
ヒメノの名前が耳に入り、ジンはハッとしてしまう。それは、可愛い恋人を放置する形になってしまったという焦りだったのだが……事態はその斜め上。
直立するヒメノは、目を開けてプルプルと震えていた。その目からはハイライトが消え掛けている。正直、かなり怖い。
「ね、姉さんちょっとゴメン!! ヒメ、ヒメッ!?」
「ジンさんが……ジンさんが……」
「あの姉さんはイトコ!! 僕のイトコなの!!」
結果、ヒメノが正気を取り戻したのは、それから数分後の事だった。