06-12 お付き合い始めました~ハヤテとアイネの場合~
偶然の邂逅と、隼の告白。そんな出来事があって、一夜が明けた朝。アイネこと巡音愛は、最寄り駅で隼を待っていた。
つまるところ待ち合わせ中なのだが……愛は虚空を見つめている。美少女が虚ろな目で、無心で宙を見つめている……そんな光景に、周囲の人々は引き気味だ。
隼の告白に対して、一晩考えさせて欲しい……動揺のあまりそんな返事をしてしまった愛。しかし律義な彼女は、ちゃんと一晩考えた。元々、返事は決まり切っているのだが。
そうして愛は、今朝になってようやく隼にメッセージを送る事に成功した。
メッセージの内容は「会って話がしたい」という旨を、丁寧な文章でしたためたものだ。勿論、愛の目的は告白の返事。メッセージではなく、直接会って話をしたかった。それ故に、彼女は隼と会う事を選んだのだ。
それから数分後、ようやく待ち人が姿を見せた。駅の改札を出た隼は、愛の姿を確認して慌てて走り出した。
「お待たせ、愛さん! 待たせてゴメン!」
慌てて駆け寄って来た隼は、愛の前で立ち止まると肩で息をする様にしていた。そんな呼吸を必死に整えようとする隼を認識する事に成功した愛は、その頬を紅潮させていく。
「い、いえ! 私も丁度来た所ですから!」
嘘である。彼女はかれこれ三十分程、この場所で虚空を見つめていたのだ。そもそも待ち合わせの時間は午前十時であり、まだ今は九時半……三十分も早いのだ。
ようやく全力疾走で息切れしそうだった状況を脱した隼と、何を言えば良いのか解らなくて固まってしまう愛が見つめ合う。
「……えぇと」
「……はい」
何を言えば良いのか解らない二人は、見つめ合って黙り込んでしまう。そんな異様な雰囲気の二人に、周囲の人々は不思議そうな表情である。
――告白の件は……蒸し返さない方が良いのかな……。
勇気を振り絞った告白に対する愛の返答は、一晩考えさせてくれというものだった。それがOKになるのか、それともNOになるのか……今日、その返事が来るのだろうか。そんな不安で、胸がいっぱいだった。
しかし自分の方から、愛を急かす様な真似はしてはいけない……隼はそう判断して、愛に普段通りに接する事を心に決めた。
一方、愛も昨日の告白の件について考えていた。
隼からのアクションは既に起こされており、残るは愛からのアクションのみ。しかしながら、意外とテンパってしまう愛である。中々、思う様に一歩を踏み出せずにいた。
――あぁ、落ち着かないと……ちゃんと言わないと……。
ともあれ、このまま固まっていても仕方がない。それはお互いに解っていた。第一、とても目立っている。周囲の視線が気になる。
「えーと、今日は暑いしどっか入るッスか?」
意を決してそう提案した隼に、愛はハッとした表情で返事をする。
「そ、そうですね! 隼さんも走って来て、汗かいたでしょうし! 涼しい所に入りましょうか! はい、それが良いですねっ!」
捲し立てるように、返事をする愛。その勢いに隼は一瞬驚いてしまうが、肯定の意味合いを汲み取る。
「愛さん、どこが良いとかある? 好きな所で良いよ」
「好き!?」
テンパった状態の愛は、隼が口にした”好き”という言葉に過剰に反応してしまった。これがアニメーションや漫画ならば、おめめはグルグルしているだろう。
そんな愛の反応に、隼は状況を察したが……ここで自分が慌ててしまったら、何かがまずい予感がした。照れや不安は心の奥底に押し込んで、努めて自然体を意識して愛に再度声を掛けた。
「そう、どっかお気に入りの店とかあれば教えて欲しいし。この辺りは、俺もあんまり来た事がないッスから」
そんな自然な様子の隼を見て、愛もようやく自分が混乱してしまっていた事に気付く。
「す、すみません……取り乱してしまって……」
「大丈夫だよ、気にしないでオッケーオッケー! さ、行こっか!」
落ち着きを取り戻す事が出来た愛は、隼が自分を気遣って振る舞ってくれている事に気付く。
――あぁ、もう……情けないなぁ……。
そんな隼の気配りが嬉しい反面、気を遣わせてしまった事で自己嫌悪に陥り掛ける。愛は落ち始めたら、そのままズブズブと沈んで行ってしまう……そんなタイプの女の子だった。
「それで、どっかオススメのお店とかある?」
「え? あ、はい! それなら、少し歩きますけど……大丈夫ですか?」
「全然! 俺なら大丈夫ッス!」
それを知ってか知らずか、隼は愛が沈まない様に明るく振る舞ってみせた。彼女が落ち着けるように、努めて普段通りの接し方だ。そんな隼の対応は正解だったようで、愛もしっかりと受け答え出来るまでに落ち着きを取り戻す事が出来た。
――本当に……優しいなぁ。
そんな隼の気配りは、愛にも伝わっていた。自分を気遣ってくれる隼の優しさに触れて、愛は改めて隼の事が好きなのだと再認識する。
そこまでいけば、愛の覚悟も徐々に定まっていく。
――今日こそちゃんと伝えよう……隼さんに、返事をするんだ。私も、隼さんが好きですって……!!
……
二人がやって来たのは、先日とは別の喫茶店だ。
あいにく店内は込み合っていたのだが、テラス席は一組だけ空きがあった。今日は晴天で日差しも強いが、良い風が吹いている。テラス席にはパラソルもある為、その下ならば丁度良いくらいだろう。
愛に席取りを任せた隼が、購入して来たアイスコーヒーを持って戻って来た。
「お待たせ。はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます……」
アイスコーヒーを受け取った愛は、備え付けのガムシロップの容器に手を伸ばす。
「あ、隼さん……隼君、ガムシロップは……えっと、使う?」
「……!! あ、ええと俺ブラックで大丈夫だから。ありがとッス」
昨日や、待ち合わせ時よりも大分落ち着いた愛。更には、隼の呼び方を意図的に変えてみた。敬語も控えようと、意識しているようだ。それは隼にも伝わっていて、その表情が自然と綻ぶ。
そうすると愛も何だか気恥ずかしくもあり、嬉しくもあり……そんな内心が表情に表れ、口元が緩んでいた。
喫茶店まで、駅から歩いて十分弱。その道中は大して会話も盛り上がる事は無かった。
だが、その時間が功を奏した。隼と愛は、毎日の様に並んで歩いているのだ……仮想世界の中でハヤテ、アイネとして。そんないつも通りの行動は、二人の心を落ち着けるのに一役買ったのである。
「駅前は開発が進んでいる感じだけど、この辺りは緑も多いんッスね」
「そうね……もう少し離れると、森林公園もあるの。緑が多くて、木製のアスレチックなんかも置いてあって……」
「あー、良いッスね! 子供の頃は、仁兄や和姉とアスレチックで遊んだッス」
懐かしむ様な隼の言葉に、愛が一点引っ掛かりを覚える。
「和姉……?」
仁と隼が従兄弟なのは知っている。しかし、二人共に姉は居なかったと聞いていた愛である。初めて聞く固有名詞に、首を傾げる。
「あぁ、この話はしてなかったッスね。和美姉さんっていって、仁兄と俺にとってはもう一人のイトコなんスよ」
どうやら二人には、まだイトコがいたらしい。
更に話を聞くと、和美というのは母方のイトコなのだという。仁の母親が長女、隼の母親が次女、そして和美の母親が末っ子らしい。
そんな彼女は、関東ではなく九州に住んでいるそうだ。
「和姉は、俺の四つ上ッスね。今年から大学生ッス」
「隼君も、来年には高校生に……あれ?」
隼は高校受験を控えた、中学三年生である。エスカレーター式の学校というわけではないし、仁と英雄が通う高校を受験すると本人が話していたのは記憶に新しい。
その割には、彼は毎晩のようにAWOにログインしているが……。
そんな愛の懸念は、隼にも筒抜けである。カラカラと笑いながら、隼は自分の成績について話す。
「勉強はしているけど、そんなに慌てる事は無いッスよ。俺、これでも学年総合三位の成績優秀者ッスから」
「学年三位!? 本当に優秀!」
心から感心してしまう愛に、隼は照れ臭そうに笑った。
「勉強をちゃんとして、成績も良いならゲームしてても怒られないッスからねー。前はそんな捻くれた考えだったッス」
隼はそんな事を言うが、愛は真剣な表情で隼を見る。
「今は……違うの?」
その言葉の答えは、愛も解っていた。今、AWOにログインしている隼が何を思っているのかくらい解っているのだ。
でも、今は……もう一度、その言葉が聞きたい。最後の一歩を、踏み出すきっかけが欲しかったから。
「うん、会いたい人が居るからさ」
「……仁さん?」
解っているくせに、そう嘯く愛。そんな愛の言葉に、困ったような笑みを浮かべる隼は……もう一度、ハッキリと口に出す事に決めた。
「もう一人……いつでも、会いたい人がいる」
だからこそ、隼は受験する高校を決めたのだから。
「愛さんが……好きな人が、あの世界に居るからだよ」
昨日、その言葉を聞いた時の愛は、動揺で気が動転してしまった。そのままテンパってしまい、思わず「一晩考えさせて」なんて口に出してしまった。
しかし今は、その言葉を自然に受け止める事が出来た。隼の二度目の告白は、愛の胸の奥まで染み渡る様に広がり……心の底から、温かい何かが湧き上がるような感覚を覚える。
愛は、テーブルの上に置かれた隼の手を見る。緊張しているのだろう、握り拳を作ったその手は若干震えている。
――待たせてしまって、ごめんなさい……。
しかし、それだけ真剣に想ってくれているのだと感じられて、嬉しくもあった。申し訳ないと思いつつも、嬉しいのだ。
だから愛は手を伸ばし、隼の拳を上から包むように置く。肌と肌が触れた瞬間、隼の拳が一瞬ピクリと反応したのが解った。
「一晩考えさせてなんて言って、ごめんなさい。私、動揺してしまって……」
「……うん」
愛の言葉に、隼は頷いて続きを待つ。
「本当は……前から返事は決まっていたの」
「……うん」
これから伝えられる言葉がどちらなのか? そんな緊張感から、隼は相槌を打つ事しか出来ない。
そんな隼の様子に、愛もいよいよ覚悟を決めた。
「不束者ですけど……末永くよろしくお願いします、隼君」
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喫茶店を出た二人は、町を歩く事にした。まだ昼前であり、今日という日はこれからが本番。そのまま、初デートに突入してしまおうという事になった。
喫茶店を出る前と変わったのは、その関係性だけではない。二人の手は、しっかりと握られていた。
「そういえば、仁さんとヒメちゃんも初デートだったはずね……」
「あー、確かに。これでヒイロさんとレンさんがデートしていたら、シオンさん以外全員デート中だよ」
昨夜のすったもんだを思い返した愛は、英雄と恋も今頃……と予想がつく。が、折角なのでネタバレは控える事にした。
「ねぇ、隼君……隼君は、私のどこを好きになってくれたの?」
話題を逸らすついでに、聞いてみたかった事を口にする。この優しくて思い遣りが深い少年は、自分のどんな所を選んでくれたのだろう、と。
そんな愛の言葉を受けた隼は、照れ臭そうに視線を泳がせながら口を開く。
「きっかけは、PK達の事件の時だったよ。愛さん……」
「愛、ね?」
晴れて想いが通じ合った際、愛から隼に一つ要望があった。それは、自分の事を呼び捨てにして欲しいというものだった。
「あ、うん……愛があの時、俺に言ってくれただろ? 俺に助けられたんだって」
「うん……」
「それから、愛の事をよく見るようになっていったんだ。ただ凛々しいだけの女の子じゃなくて、可愛い部分もある。気配り上手な所もあって、友達想いで……あぁ、そっか」
ポツリポツリと口にした隼は、何かに納得した様な素振りだ。それに、愛は顔を真っ赤にしながら様子を窺う。真っ赤になっている理由は、言うに及ばないだろう。
「愛の全部が、俺は好きみたいだね。何もかも、全部引っくるめて好きなんだ」
「う、うぁぁ……」
隼の言葉に、恥ずかしさが込み上げて俯き加減になってしまう愛。その口からは呻き声に似た何かが漏れてきた。
恥ずか死んでしまいそうな愛だが、繋いだ手は決して離さない。むしろ更に隼の手をギュッと握る。
「……俺も聞いても良い? 愛が俺を好きになってくれた、理由」
そんな隼の質問に、愛は更に頬を染める。しかし答えないのはフェアじゃないと、たどたどしくも口を開く。
「隼君はいつも、皆を明るい気持ちにしてくれるし……それにとても頼りになって、私達をいつも支えてくれて……」
愛は一度目を閉じて、頷いてみせる。目を開くと、愛は真っ直ぐに隼を見つめて思いの丈を打ち明ける。
「私も隼君の全部が……好きだよ」
そんな愛の言葉に、隼がその手に更に力を込める。それでも愛が痛くない様にと、加減しているのであろう。そんな気遣いは愛にも伝わり、これまで押し込めていた隼への想いが溢れて来る。
「言う方も、言われる方も照れるね、コレ」
「ふふっ、そうね……でも、嬉しい」
……
二人はそのまま、ショッピングモールへと向かった。ブラブラとウィンドウショッピングを楽しむつもりだ。雑貨屋で小物を見たり、ショップで洋服を見たりして歩く。
――愛は結構、可愛いモノが好きなんだな。意外……ではないか、ある意味納得。
――隼君の好みは、機能性重視……プレゼントなんかは、そういうものが良いわね。
お互いにまだ知らない部分も多い二人は、相手の趣味嗜好を知る良い機会と考えていた。脳内メモが凄いスピードで増えていく。
そうしてショップを冷やかしていると、一軒のアクセサリーショップがあった。
「アクセ、見る?」
「うん、隼君が良いなら見たいな」
隼がノーと言うはずもない。笑顔で頷いてみせた隼に、愛は一言礼を告げてアクセサリーショップへ歩を進める。
ブランド物ではなく、中高生が気軽に立ち寄れる様な雰囲気のアクセサリーショップ。陳列されたネックレスやブレスレット、リングが店内の演出照明の光を受けてキラキラと輝く。
「……あ、これ! ねぇ、隼君! これ絶対に仁さん向け!」
「え? あ、本当だ! 手裏剣のチャームかぁ」
チャームが、手裏剣の形をしたネックレスだ。二人にとって”仁・イコール・忍者”というより、”忍者・イコール・仁”になっている感がある。
「隼君なら、弾丸とかが良いのかな?」
「う……正直それは惹かれるかも」
そんなチャームがあれば、本気で欲しいと思ってしまう隼。そんな彼の様子に、愛は笑顔を浮かべている。
ニコニコしている愛の様子に、隼は思い付いた事を口にした。
「愛のイメージは薙刀か……椿かな?」
椿は、愛の軽装鎧にあしらわれた花の飾りだ。
「薙刀は望み薄ですね。それに嵩張りそうですし」
「だよね……あ、これ! 椿の花じゃない?」
隼が指し示したのは、椿の花をモチーフにした図柄のブレスレット。赤、白、ピンクと三色取り揃えている。。
「本当、これは素敵……」
隼は愛の様子を見て、チラリと視線を値札へ向ける。お値段は三千円と中々だ。アクセサリーとしては安いが、彼等はまだ中学生。アルバイトも出来ないので、お小遣いで遣り繰りする年頃だ。
その中から、隼は白い椿が描かれたブレスレットを手に取る。
「これなら、サイズ合うよね?」
「え? あ、はい……え、まさか隼君!? これ、そこそこ高め……!!」
「俺、あまり普段はお金使わないから。基本的に引き篭もりだし。愛なら……白の椿が良いと思う」
隼の言葉には、愛へのメッセージが込められているのだが……テンパっている愛は、まだそれに気付く事が出来ない。
「……もう、隼君って意外と強引なのね」
会計を済ませてしまった隼に、ブレスレットを手渡されてしまった愛。中学生視点では高額な贈り物、それをいきなりポンと渡されても戸惑いが勝ってしまった。
そんな愛に、隼は笑みを零す。拗ねた所も可愛らしい……と考えて、自分がバカップル脳になり始めているのに気付く。
「拗ねない拗ねない、折角の初デート記念だし……何か、思い出に残る物を渡したかったんだよ」
隼にそう言われて、愛はまだ拗ねた様な顔をしている……が、口元が緩み始めていた。
隼は愛がいつ、白い椿の花言葉に気付くか? そんな事を考えて、その手を握る。
その意味に愛が気付くのは夜、仮想世界でのことだった。
白いツバキの花言葉は「完全なる美しさ」「申し分のない魅力」「至上の愛らしさ」だそうです。
ところで体が砂糖になっちゃった。
次回投稿予定日:2020/10/3