06-06 幕間・姉妹の語らい
いつもの様に学校へ通い、親友達と別れて帰宅した初音恋。その右斜め後ろに鳴子が付いて歩くのも、またいつもの通りだ。
「鳴子さん、今日の習い事も……」
「はい、本日も早めに……ですね?」
ここの所、恋は帰宅後すぐに習い事に取り掛かる。その理由は当然、仲間達とAWOで冒険を謳歌する為だ。
「既に、講師の方へは連絡済みです。本日はピアノのレッスンのみとなります」
「解りました……いつもありがとうございます、鳴子さん」
振り返って柔らかく微笑む恋に、鳴子もクールな表情を崩して微笑む。
「いえ、お嬢様の為ですし……それに、私もお嬢様と一緒に楽しんでいるのですから」
「ふふっ、ですね」
そうして会話をしていると、一人の男性が歩み寄って来た。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
黒髪をきっちりと切り揃えた、男前。彼が着ているのは執事服であり、初音家の使用人である事が覗える。
「ただ今戻りました。三枝さんが居るという事は、お姉様がいらっしゃるんですか?」
鳴子と会話をしていた時の様子は何処へやら、恋は澄ました様子で問い掛ける。
「はい、お嬢様がお戻りになられましたら、私室へお連れするようにとの事です。土出君、本日のピアノのレッスンは延期となります。講師の方への連絡を」
「畏まりました」
恋の後ろに控えていた鳴子が、丁寧なお辞儀と共に応える。
恋と鳴子に異論が無い事を認めた執事は、恋を促す様に一礼した。
「では鳴子さん、後程」
「はい、私はお部屋の方を整えて参ります」
執事に連れられて歩いていく恋の背中が見えなくなるまで、鳴子はその場で恋を見送っていた。
……
「お帰りなさい、恋。いきなり呼び立ててごめんなさいね」
柔らかな微笑みを湛えて恋を出迎えたのは、長い黒髪の美女だ。その顔立ちは恋によく似ており、二人が実の姉妹であるとよく解る。
「では私はこれで」
「ええ、ご苦労様」
一礼して去っていく執事に一声掛けると、美女は恋に着席を促す。
「さ、座って。お茶にしましょう」
「はい、お姉様」
恋は大人しく席に座り、姉と向かい合う。
「今日は予定が急遽キャンセルになって、そのままお休みになったの。だから恋とお話したくてね」
「そうでしたか……あ、お義兄様もお休みに?」
新婚さんな姉夫婦である、この場に居ない義兄も休みになったのかと、恋は問い掛ける。しかし、その質問に姉の表情が沈む。
「旦那様はお仕事よ。今日は別々の予定だったから……今頃、机に向かっているんじゃないかしら?」
残念そうな姉の言葉に、恋は心中察すると言わんばかりの表情を浮かべた。二人の仲の良さは、初音家でも見せ付けられているのだ。
「まぁそれは仕方が無い事ね、仕事を放り出す人ではないし。それで恋、学校はどうかしら? 鳴子から、仲の良いお友達が出来たと聞いたけれど」
彼女はどうやら、姫乃達の事が聞きたかったらしい。
――まぁ、別段隠し立てするような事でもないわね。
恋は姫乃や愛の事、そして千夜や優の事について話していく。
彼女達はいつも昼食を一緒にとり、日頃から親しくしている。姫乃と千夜には恋人がいて、姫乃に至っては登下校に迎えに来ているラブラブっぷり。
話し始めたら、話題は尽きない。そんな妹の話を、姉は微笑ましそうに聞いていた。
「学園生活は順調そうね、恋。そういえば、例のゲームはやっている?」
分かり切っている事を聞く姉だが、妹は彼女が運営メンバーの一人とは知らない。なので、不満そうに口を尖らせる。
「お姉様こそ、本当にあのゲームをプレイしているんですか? ゲーム内でお姉様を見付けられたら、ご褒美をくれるというお話でしたのに。結構ログインしていますが、全然見付けられませんよ」
「そう簡単に見付かったら、ご褒美をいくつあげたら良いのか解らないわよ」
お嬢様な恋が、AWOをプレイし始めた理由。それは姉との約束の為であった。
――初音家も関わっている会社の新作ゲームで、鬼ごっこをしましょう。恋が私を捕まえられたなら、何でも一つ好きなご褒美をあげるわ。
当初は恋も、その約束を姉の戯れと思っていた。だが今は、そうではないと薄々気付いている。
恋は幼い頃に、誘拐事件に巻き込まれた。結果として無事に保護されたものの、家族以外には心を閉してしまったという過去がある。
初音家でも様々な対策を講じてみたのだが、それらは大した成果を挙げられず終い。恋は家族以外とは、最低限の会話しかしない様になっていった。そんな状況は、中等部に上がっても変わりはしなかった。
そんな恋を見兼ねた姉は、苦肉の策として先程の約束をしたのである。
幸いな事に、家族には心を閉ざさずに済んでいた恋。とりわけ姉にはよく懐いていた。そんな姉を見付けてみせようと、彼女はAWOを始めたのである。
これは多くの人と関わる事で、恋の人間不信を緩和させたいという意図があった。
鳴子を同行させたのはお目付け役と同時に、万が一に備えてだ。これ以上、人間不信になられては堪らない。大学時代の後輩であり、信頼の置ける鳴子ならば……という訳である。
そんな苦肉の策は、どうやら予想以上の成果を挙げたらしい。
可愛い妹に友人が出来、更には現実にも良い影響を齎している。それは家族として、諸手を上げて歓迎すべき事だ。
そんな訳で予定をキャンセルし、妹との時間を取る事にしたのだった。
「そうそう、恋? 私もあの動画を見たのよ……鳴子からも聞いたけど、ギルドに所属したんですって?」
「えぇ、まぁ……」
姉そっちのけで、仲間達と冒険をしている……そう思われたか? と、恋は顔を俯かせる。そんな可愛い妹の内心など、姉は手に取るように解っていた。
「ふふっ、素敵な仲間が出来たみたいじゃない。ねぇ、今度うちにお連れしたら? 私も恋の仲間に会ってみたいわ。頑張ってその日は、休みを取るわよ?」
妹を安心させようという意図もあり、同時に偽らざる本音でもある。その言葉に、恋は顔を上げた。
「……よろしいのですか?」
「恋のお友達を連れて来る、それだけの事よ? 良いに決まっているわ。あぁ、そろそろ夏休みが近いんじゃないかしら? もし何なら、うちの別荘に招待するのも良いんじゃないかしら」
最も、これは身辺調査が済んでいるのも理由の一つ。
誰がそんな事をしているのか? 当然、目の前の人物だ。最も彼女の後輩であり、恋の付き人であり、和装メイドなあの人も一枚噛んでいる。
全ては恋を守る為。これは、初音家の総意であった。
「ねぇ恋、あなたの仲間について聞かせてくれる? この少年は、どんな人なのかしら?」
「あ、その人は忍者です」
「そう……うん?」
お嬢様な恋が、AWOでレンとして活動しているルーツがこのお話になります。
レンはレンで、辛い過去があったのです。
その分、レンが家族やシオンに大切にされている事が伝われば良いな、という思いでこのお話を描きました。
そして、最後にやっぱり忍者。
次回投稿予定日:2020/9/20