06-02 変わるものと変わらないものでした
アナザーワールド・オンライン……今日もその世界で、とある少年少女達の物語が幕を上げる。
まず最初にログインした、銀髪赤目の美少女。そして彼女に会いたいが故に、帰宅後にやるべき事をさっさと片付けてログインした少年。
「いやぁ、緊張した……でも、大将さんって凄く良いお父さんだね。聖さんも優しそうだし」
「はい! 自慢の両親です♪」
AWOでは最早知らぬ者はいないであろう、最速を誇る忍者プレイヤー・ジン。そしてその恋人にして、全プレイヤー中で最高のSTR値を持つ天使の様な巫女姫・ヒメノ。
つい数時間前も一緒に下校して、星波家でお茶を頂いた後に一緒に勉強をしていたというのに、二人はまだ話足りなかった。
ジンのマイルームに設えられたベッドに並んで座り、肩をピッタリくっ付けて見つめ合いながら会話を楽しんでいた。
こうして二人で会話しているだけでも、これ以上なく幸せなのだが……しかし、今日のヒメノちゃんは一味違う。
――今日はジンさんに、デートのお誘いを……!!
休みの日は、学校は休みだ……当たり前の事である。しかし、そうなるとジンに会えるのはAWOの中のみとなってしまう。それはヒメノとしては、ちょっと寂しい。いや、物凄く寂しいのだ。
休みの時にも会いたい。それ故の、デートのお誘いだ。
心の中で、むん! と気合いを入れ、いよいよデートの話を! そう思っていたのだが、彼女の恋人は普通とはちょっと違う。そう、最高最速の忍者なのである。最もそれは、これから口にする台詞との関係は特に無い。
「そうだ、ヒメ。土日って何か予定はある?」
貴方とデートする為に予定を空けています。流石に、そんな事は言えないが。
「土曜日は、午前中は学校です……日曜日は今のところ……何も」
ヒメノがそう答えると、ジンはニコッと微笑んだ。そしてヒメノの手の甲に、自分の掌を重ねる。
「じゃあ日曜日、一緒に出掛けない? その……僕とデートしてくれないかな」
……
二人のデートは、恙無く決まった。嘘である、ちょっとすったもんだした。
「うぅ……済みません……」
「いや、大丈夫……泣くほど喜んでくれて、嬉しいし」
そう、ヒメノはジンからの誘いが嬉しくて、感極まって泣いてしまったのだ。泣いてしまったヒメノに、ジンは当然ながら大慌て。何とか泣きやませ、泣いていた理由を聞いてホッと胸を撫で下ろしたのであった。
「それじゃあ……ジンさん、私をデートに連れて行って下さい」
「うん……喜んで」
ジンの肩に頭を寄せて、寄り掛かるヒメノ。これまでに無い甘え方に、ジンも照れ臭そうにしてしまう。
そんな中、視界の端にある変化が起きた。仲間の内、最後の一人がログインしたのだ。これで全員が揃うのだから、二人きりの時間はここまでである。
「それじゃあ、ヒメ?」
「そうですね……そろそろ」
恋人としての時間を過ごすのも大切だが、二人が大切にしているのはそれだけではない。仲間達との冒険が、今日も待っているのだ。
二人は手を繋いで、マイルームを後にした。
ジンとヒメノが姿を見せれば、仲間達が笑顔を向けて出迎えた。一週間経っても初々しさを損なわないカップルを見て、微笑ましそうである。
「いやぁ、やっと色々済ませたッス! 待たせて申し訳無いッス!」
「受験生ですもの、仕方がありません。ともあれ、これで全員揃いましたね」
ハヤテが面目なさそうにそう言い、レンが満足そうに頷いた。
さて、全員が揃えばまず話し合うのは、本日の予定。ここはやはり、付き人でメイドなあの人の出番だ。
「ユージン様からメッセージが届いております。本日はいつでも時間が空いているそうですので、依頼品の受取りから先に済ませては如何かと」
メイドらしく、テキパキと今日の予定を説明するシオン。安定の頼もしさである。
そんないつも通りの仲間達に、ジンとヒメノも笑顔を浮かべた。二人きりの時間も大切だが、このメンバーで集まった時の安心感……それにワクワクする感覚は、決して蔑ろに出来ない尊いものだった。
「たまには、ユージンさんの工房に顔を出す?」
仲間達に提案するジンの言葉に、アイネとハヤテが笑顔で首肯した。
「そうですね、最近は来て頂いてばかりでしたから」
「うん、俺も賛成ッス!」
第一回イベントでの活躍によって、ジン達【七色の橋】はAWOでは注目の的。正に、AWO界隈における有名プレイヤーに数えられているのだ。その為、最近はプレイヤーが集中する始まりの町を避けていた。
しかし、それで毎回ユージンを呼び立てるのも申し訳無い。
という訳で今回は多少何かがあっても、ユージン工房を訪ねる事に決定したのだった。
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始まりの町が近付くと、プレイヤーの姿がちらほらと見える。始まりの町に向けて歩く【七色の橋】に気付いたプレイヤー達は、遠目にジン達を見ているのだった。徐ろに話し掛ける勇者は、そうそう居まい。
尚、ポータルを使用しないのは目立つのを避ける為だけではない。北門から入ってしまった方が、ユージンの工房が近いのである。その為【七色の橋】は、フィールドを歩いて始まりの町に入ったのだった。
「いやぁ、見られてるでゴザルな」
「この感覚、久し振りですね」
特に視線を集めているのは、外であっても手を離さないカップルのせいかもしれない。
「仲が良くて、羨ましい限りだ」
微笑ましく思いながら軽口を叩くのは、先頭を歩くギルドマスターのヒイロ。その横を歩くサブマスターのレンが、その言葉を聞き止めて小悪魔の笑みを浮かべる。
「私の手で宜しければ、握っても良いですよ?」
悪戯っぽい口調で、レンがそんな事をヒイロに囁く。
ヒイロとしては、そういった悪戯好きな小悪魔レン様も好きなポイントなのであるが……。
「そう? なら、後でお願いしようかな」
最近は、こうしてやり返す事を覚えたのである。ジンとヒメノに触発された部分も、なきにしもあらず。
さて、するとレンは目を見開いて……頬を赤く染めると、ぷいっとそっぽを向いた。やるのは得意でも、やられるのはまだまだ耐性不足である。
そんなレンを可愛らしいなぁ、なんて思ってしまうのだから、ヒイロもベタ惚れである。
それに対し、歩く度に徐々に距離を詰めていくレン。無意識下の行動なのか、それとも意図的なのか。どちらにせよ、可愛い。
そして、その後ろ……ジンとヒメノの後ろを歩く、ハヤテとアイネ。二人は前を歩く二組のカップル……一組はカップル成立し、ラブラブが過ぎる。そしてもう一組は、時間の問題。今が一番美味しい時期かもしれない。
そんなカップル達を見て、少しあてられていた。
「いや、本当に仲がいいッスね」
「はい、何か今日は気温が高い気もしてきました」
そんな事を言いつつ、二人は内心で思ってしまう……いいなぁ、と。
そして、内心で憎からず思っている隣の人物に、意識が向いてしまう。ジン達に輪を掛けて初々しい二人は、当たり障りの無い会話をしながら歩く。
――そろそろ、俺も勇気を出した方が……。
――私から言った方が良いのかな、それともハヤテさんを待つべきかな……。
そんな二人の心の声から、この先の展開を予測するのは簡単だろう。ヒイロとレンが秒読み段階なのに対し、ハヤテとアイネは数秒だけ遅れている程度の差しか無い。本人達に自覚は無いのだが。
つまるところ、この二人も既に出来上がっている。良い感じに仕上がっているのだ。
唯一の問題としてヒイロにレン、そしてハヤテとアイネ……既に相思相愛だという事に気付いていないのである。それも致し方あるまい……四人はまだ、恋愛経験に乏しいのだ。
ヒイロは妹を守る為に恋愛事情など二の次だったし、レンは幼い頃から女子校通いで異性との接触は少なかった。ハヤテはゲームに傾倒していたし、アイネも薙刀の稽古で恋愛に重きを置いていなかったのだ。
そんな訳で、自分の気持ちを自覚できたとしても……相手の気持ちが自分に向いているという、自信が持てないでいるのである。
こんな空気を振り撒いていたら、それは目立ちに目立ってしまう。久方振り始まりの町に現れた和装集団に、注目度は倍ドンだった。
そんな中、唯一の大人であるシオンさん。無言です。
――はぁ、誰か良い人は居ないかしら……。
切実に今、出会いが欲しい。心の底から、欲している。
しかしながら彼女は初音家の使用人にして、最硬の盾職な和風メイド。
「皆様、間も無く始まりの町に入ります。先日の、汚物の様なプレイヤーが居ないとも限りません。十分に注意する様に致しましょう」
鉄壁の精神で、レンを始めとする少年少女達を見守り支えるのだった。ちなみにマリウス、彼女の中では完全に汚物扱いである。
……
プレイヤー達の視線を感じながら、ジン達はユージン工房へ到着した。
扉を開けると、お馴染みのカウベルが建物の中に鳴り渡る。そうすると、工房の奥に続く扉が開いた。そこからは、いつもの生産大好きおじさんが出迎える。
「やぁ、待っていた……よ……?」
穏やかに微笑みながら、ユージンがジン達に笑顔を向け……そして、ジンとヒメノの手に視線を向けた。
「……Yeah」
グッと拳を握り、小さくガッツポーズをするユージン。二人が結ばれた事を察し、喜んでいるのだろう。
「あー、ユージンさん? えぇと……僕とヒメは……」
ユージンに報告を……そう思ってジンが説明をしようとするが、ユージンはそれを笑顔で制止した。
「いや待てジン君、皆まで言わなくても良い」
ユージンは真剣な面持ちで二人の前に近付き、その肩に手を置いた。
「ジン君、ヒメノ君……おめでとう」
そう言って穏やかに微笑むユージンに、二人は笑みを浮かべる。
思えば、自分達の為に様々な仕事を請け負ってくれたユージン。【七色の橋】のメンバー以外で、誰よりも彼等の事を知る存在と言っていいだろう。
そんなユージンの祝福を受け、ジンとヒメノは互いの手を強く握る。ジンはヒメノを、ヒメノはジンを好きだという……そんな確かな気持ちを込めて。
「ふむ……君達が幸せそうだと、何だかこっちまで幸せな気分になって来たよ。今日の予定は、何かあるのかな?」
ヒイロ達に視線を向けると、シオンが一歩前に出る。
「本日はユージン様にお会いした後、第二エリアの探索を進めるつもりで御座います」
北と東の第二エリアに進出したジン達は、その先にあるマップを目指して攻略をちょこちょこと進めていたのだ。
「成程ね……それが終わったら、また寄る事は出来そうかな? お祝いに何か作らせて貰いたいんだけど」
ジンとヒメノへのお祝いに、ユージンは何かを振る舞いたいらしい。相変わらずの生産大好きおじさんだが、二人にとってはその気持ちが嬉しいものである。
申し訳ない……そう言って固辞しようとすれば、何かしらの理由を付けてそっちの方向に持って行かれるだろう。これだけ付き合いが長くなれば、その行動パターンも理解出来ていた。
「良いかな? ヒイロ」
ユージンの気持ちを汲んで、ヒイロに伺いを立てるジン。当然ながら、ヒイロの返答は決まっている。それにジンの横で、ヒメノもソワソワしているし。
「勿論。ユージンさん、21時くらいでも大丈夫でしょうか?」
「あぁ、勿論だ。楽しみにしていてくれていいよ?」
いつもながら人の良さそうな笑顔で頷くユージンに、ヒイロ達も笑顔で頷いてみせた。
「おっと! おめでたい話で本題を忘れる所だった! 依頼の品、出来ているよー」
ユージンの言葉に、【七色の橋】メンバーもその事をやっと思い出した。そもそも今回はウォータードラゴンの素材である≪水竜の髭≫を使って製作し、ハリケーンドラゴンの≪風竜の鬣≫を使って強化したアイテムの受け取りに来ていたのだ。
一人一人がユージンとトレードを行い、完成したアクセサリーを受け取る。代金は大半を前払いしてあるので、トレード時に残りの金額を支払って取引は完了だ。
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装飾品≪ユージンの付け髪≫
効果:HP+100、MP+100
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「これは、エクステですか?」
エクステ……それはヘアーエクステの略で、髪の毛に直接付ける毛束の事だ。その名前の通り髪の毛の長さを毛束によって長く見せたり、色を意図的に変えてファッションとして見せる事も出来る。
「それなら嵩張らないだろう? あと、純粋に作ってみたかった」
建前と本音を同時に話すユージンに、シオンは苦笑せざるを得ない。毎度の事ながら、ユージンは正直過ぎるのだ。
「折角だし、付けてみようか」
「そうッスね!」
それぞれがシステム・ウィンドウを操作して、≪ユージンの付け髪≫を装備する。するとそれぞれの髪に変化があった。
「お……これは良いかも」
「付ける位置は任意で変えられるんだな」
「結構、オシャレな感じになりますね」
「これ、マフラーの色とリンクしていますね!」
アイネの言う通り、ユージンがそれぞれの為に製作したエクステは各々のマフラーと同色になっている。
ジンは茶髪に、紫のメッシュが入った感じだ。
ヒイロは金髪に藍色。ヒメノは銀髪に赤。
レンは青銀色の髪に、少し色が濃い青色。シオンは金髪に緑色。
ハヤテは赤髪にオレンジ色のメッシュ。アイネは黒髪に黄色のメッシュである。
PAC達の分もあり、こちらは契約者と同じ色になっている。
「気に入ってくれたかい? あ、ヒイロ君。センヤ君とネオン君の分を預けておくよ」
「解りました。二人がログインする機会があったら、渡しておきますね」
センヤとネオンは、ハリケーンドラゴン戦にしか参戦していない。その為、効果はHPとMPにプラス50と初期値である……最も、それすらも破格の効果なのだが。
ちなみにジン達は二箇所にエクステを付けられるのだが、センヤとネオンは一箇所である。これは、レア素材で強化を行っているか居ないかの違いだろう。
「二人がログイン出来た時にでも、色の希望を聞いてくれるとありがたいかな。染色用の素材はまだまだ在庫があるから、格安で好みの色にしてあげられるよ」
「あはは、了解です! いつもありがとうございます」
そんなヒイロの言葉に、ユージンは笑顔で応える。やはり【七色の橋】にとって、ユージンという存在は欠かせない職人である。
「それとハヤテ君、君の新装備も出来ているよ」
それはハリケーンドラゴンを討伐した際に得た、フィニッシュアタックボーナスのシルバーチケット……そのアイテムガチャで入手した、≪破損品≫シリーズを修復した物だ。
「ジン君から継承した≪オートマチックピストル≫は牽制用の性能だ、殺傷力はそこまで高くない。だから今回は、殺傷力と射程を考慮してコイツを製作してみたよ……FAL型≪アサルトライフル≫だ」
「おぉ……FALを製作するとは、流石ユージンさん。解ってるッスねぇ」
感心した様子のハヤテに、ジンが首を傾げる。
「ねぇ、ハヤテ。そのFALっていうのは、有名な銃なの?」
そんな素朴な質問に、ハヤテは笑みを零しながら解説をする。
「ジン兄がくれた銃と関連があるッスよ。そっちは≪Five-seveN≫っていう銃なんスけどね。で、≪FAL≫ってのは同じ銃器メーカーが製作したアサライなんッス」
つまり、ジンから継承した≪オートマチックピストル≫と関連性を持たせたという事だろう。そういった拘りも、ユージンらしさを感じる。
「ちなみにこの≪FAL≫も、世界四大アサルトライフルって呼ばれるくらい優秀なんッスよ。FPSゲーでトップランカーだったプレイヤーさんが、FALさんと57ちゃん使ってたくらいッス」
銃の事を聞かれ、ハヤテは嬉々として解説し出す。普段は自己主張をそこまでしない為、非常に珍しい。
しかし彼は何故に≪FAL≫をさん付けで呼び、≪Five-seveN≫を57ちゃんと呼ぶのか。もしかしたら彼は、かつてリリースされていた少女型戦闘人形が最前線で戦うアプリゲームをプレイしていたのかもしれない……今は20××年なので、40年近く前の作品である。復刻版だろうか。
「成程ね、これはハヤテも大幅戦力強化だな」
「そうだね。ハヤテ、頼りにしてるよー」
ヒイロとジンの言葉に、ハヤテは笑みを深める。敬愛する従兄弟と、その親友……二人から頼られるのが、嬉しくて仕方が無いらしい。
「お任せッス!!」
そんな風に胸を張るハヤテは、本当に良い表情をしていた。
「そうだ、ユージンさん。ちょいと相談なんスけど……」
「お、何かな?」
ユージンと真剣そうな表情で会話するハヤテを、アイネは優しい瞳で見つめている。慈しむ様に、そして愛おしげに見えるその表情は……どこからどう見ても、乙女の表情である。
そんなアイネの様子を見ていたヒメノとレンが、視線を交わした。
――これは、そういう事だよね?
――えぇ、そうね。間違い無いと思うわ。
何かを察し合った二人は、しっかりと頷き合う。これは翌日の昼食休憩、二人による事情聴取が発生するのは間違いないだろう。
ところでこのギルドのメンバーは、視線だけで語り合う人が多過ぎる。
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その後、ユージン工房を後にした【七色の橋】は始まりの町の中心にある噴水広場へ向かう。他のプレイヤーからの視線が集中するのは、もう諦めるほかない。
そんな中、ヒメノはとあるプレイヤーに気付いてジンに声を掛ける。
「あの、イベントの時にお世話になった方が居るんですが……ご挨拶して良いですか?」
「そうなの? ヒイロ!」
ジンから声を掛けられて、ヒイロは笑顔で頷く。二人の会話はバッチリ聞こえていたのだ。
「あぁ、構わないよ」
「はいっ!! 行きましょう、ジンさん!!」
「うん、行こう」
ジンを伴うのは、確定である。マリウスの様な存在が、他に居ても不思議ではない……警戒はして損は無い。同じ理由で、ヒイロ達も二人の後に続く。
そして、ヒメノが向かった先に立っていたのは……大盾を装備した厳めしい面構えの大男だ。
「こんにちは!!」
「あ……あぁ、こんにちは」
ニコニコ顔で挨拶をするヒメノに、大男は困惑してしまう。なにせ彼女はイベントで一躍有名になったスタープレイヤーなのだ。
最も彼も、貢献度ランキングのトップ50に名を連ねていたのだが。
「えぇと、ヒメノさんだったか? 何故、俺に声を……?」
「いえ、イベントの時にお世話になったので。それで、ご挨拶をって思ったんです! 確か、ゲイルさん……ですよね?」
大男……ゲイルは、今度こそ目を見開いた。まさか、名前まで覚えられているとは思わなかったのだ。
「あ、あぁ……イベントではありがとう、お陰で俺もしっかり仕事が出来た」
「いえ! ゲイルさん達が守ってくれていたので、私もいっぱい攻撃できました!」
困惑するゲイル、ニコニコ顔のヒメノ。そんな二人の会話の場に立たされたジン……彼は、朗らかに微笑んでいた。これは作り笑いではなく、本心からの笑みである。
ジン達が南門から西門に転移する際に、ゲイルは同行を申し出た。その際、ジンは思ったのだ……あ、この人良い人だ! と。その為、警戒心を抱くという事は無い。
「僕からも御礼を……ありがとうございます、ゲイルさん」
「あ、あぁ……ん?」
ゲイルは、ジンとヒメノの手がしっかりと繋がれている事に気付いた。これはつまり、そういう事だろう。いやはや、若いって良いね。
更に言えば、朱雀の攻撃に晒されたヒメノを救ったジンの姿……あれを思えば、二人の関係性は自明の理。幸いな事にゲイルは、ちゃんと空気が読める男だった。
「そうか、君の大切な人を守るのに一役買えたって訳だな。それなら、その言葉はありがたく受け取っとくよ」
強面にも関わらず、ゲイルは嬉しそうに笑ってみせる。その表情は、本心から嬉しそうに思えた。
「ゲイルさん、良かったらフレンド登録しませんか?」
「あ、良いですね! 私もお願いしたいです!」
そんな二人に、ゲイルは苦笑してしまう。自分が悪い人だったらどうするのだろうか、と。
警戒心皆無な二人の様子を後方で見守っている、ヒイロ達に視線を向ける。苦労しているんだろうな……でも、良い子達だな……そんな想いを込めて。
その視線の意図は、ヒイロにも通じたらしい。苦笑しつつも、ヒイロがゲイルに声を掛ける。
「ゲイルさん、迷惑じゃ無ければお願い出来ますか?」
ヒイロまでそんな事を言いだすので、もうゲイルに選択肢は残されていなかった。
「俺でよけりゃ、喜んで」
こうして、ゲイルは【七色の橋】全員とフレンド登録を交わしていく……周囲のプレイヤー達の視線に耐えつつ。
「ゲイルさんは、所属ギルドとかって決まっていますか?」
更に突っ込もうとするヒメノだが、それに対するゲイルの反応は申し訳なさそうな表情だった。
「あぁ……今度AWOを始める妹が、既にギルドに入るって約束しているらしい。俺も、そこに加入させて貰える事になっているんだよ」
「そうですか……残念です」
しょぼんとするヒメノに、ゲイルは苦笑する。そこまで懐かれる覚えは無いのだが、悪い気分では無い。
「ありがとな。まぁ、アレだ。もし壁役がもう一枚必要なら、呼んでくれ。頑丈さがウリなんだ、シオンさんにゃ劣るがね」
その後も少し談笑したジン達は、ゲイルと別れて噴水広場のポータルへと向かう。
「さて、それじゃあちゃっちゃとやろうか!」
ヒイロの号令と共に、ジン達は鉱山町[ホルン]へ転移して行く。
そんな光景と、手元のシステム・ウィンドウを見比べるプレイヤーの姿が何人も居たのは何故か? それについては、解説の必要は無い事だろう。
FALさんと57ちゃんの絵師さん好き。
そしてジンとヒメノのイチャラブ感を頑張っていきたい今日この頃。
次回投稿予定日:2020/9/8