05-09 招かれざる客が来ました
千夜と優のVR体験ツアーの次の日、ギルド【七色の橋】のホーム。今日も今日とて、メンバー達は異世界オンラインにログインする事になっていた。
まず最初にログインするのは、決まって星波姫乃である。
寺野仁と星波英雄は課題を済ませるべく、学習机に向かってからログインする。
相田隼も同様……彼は中学三年生、受験生なのだ。とはいえ隼は成績優秀で、志望校も定まっている。勉強を程々に済ませてからVRオンラインをプレイできる程度には、慌てる必要が無いレベルであった。彼の両親が何の文句も言わない辺り、その優秀さが窺い知れる。
巡音愛は家の手伝い等を済ませて、それからログインする。
最も遅くログインするのは、初音恋と土出鳴子だ。恋はいくつかの習い事をしている為、それらが終わってからのログインなのだ。
とはいえ、以前と比べてAWOに対する比重が変わっている。親友達や友人……そして想い人に会うべく、精力的に習い事に取り組んでいた。
ともあれ、他のメンバーがログインするのはまだ先。ヒメノはギルドホームでのんびりと待つ事にする。
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「ヒナちゃんやリンちゃんも、髪飾りとかあると良いですよね」
「お姉ちゃんの髪飾りみたいな物ですか?」
「そうそう! 今度、良いのを探しますね!」
「お姉ちゃん、ありがとうございます!」
「光栄です、ヒメノ様」
仲間達を待つ間、ヒメノはPAC達と会話して時間を潰す。
そんな風にのんびりと過ごしているヒメノに、レンのPACであるロータスが声を掛けた。
「ヒメノ様、来客で御座います」
ロータスの言葉に、ヒメノは内心で首を傾げる。この【七色の橋】のギルドホームを知るのは、ひと握りのプレイヤーだけである。
【七色の橋】のメンバーを除くと、ギルド【桃園の誓い】のメンバーとレーナ達……そしてユージンとリリィくらいだ。
尚、例外として一人……昨夜ここを訪れた【聖光の騎士団】の斥候である、ヴェインが居る。しかしヒメノの記憶から、その事は抜け落ちていた。
――もしかして、ユージンさんでしょうか?
そう思い立って、ヒメノは立ち上がる。
「皆は待っていて下さいね」
そう一声かけて、ヒメノはギルドホームの入口へと向かった。
……
和風庭園を歩いて、来客を迎えようとするヒメノ。彼女を待ち受けていたのはアロハシャツを着込んだ、胡散臭いけど人の好い生産職人ではなかった。
「ヒメノ!!」
自分の姿を見て、名前を呼んだのは白銀装備を身に纏った大柄な男性。
――どこかで見た覚えが……誰でしたっけ? あ、そっか……【聖光の騎士団】の人かな?
ここでようやく、昨夜ここを訪れたヴェインの事を思い出す。その後でジンがヴェインを宥め、今夜来るかもしれないと言っていた。
レンが「上の人間を連れて来い」と言っていたので、幹部メンバーが来たと思ったのだ。
「こんばんは。ギル……」
ギルドマスターは、まだログインしていません……そう伝えようとしたのだが、ヒメノの言葉は大男の言葉に遮られた。
「ヒメノ、何故【聖光の騎士団】に来なかった!!」
そんな責めるような言葉……そして、一方的で的外れな言葉を受けて、ヒメノは面食らう。
何故、自分が【聖光の騎士団】に行かなければならないのか? 何故、責められなければならないのか? そもそも、この大男は誰なのか?
ヒメノにとっては、意味不明過ぎて言葉を返せなかった。
そんなヒメノの様子を見ても、大男……マリウスは止まらない。
「イベントの時に言っただろう、【聖光の騎士団】に来いと!!」
ここでようやく、第一回イベントの時の会話について思い出すヒメノ。そういえば、こんな感じのプレイヤーにスカウトされた……程度の記憶だが。
その時ヒメノは一言も、【聖光の騎士団】に行くだなんて言ってはいない。パーティメンバーと相談してみないと、なんとも……とは言ったが。
だから、マリウスが勘違いをしているのだろうと、ヒメノは思い至る。自分は既に【七色の橋】のメンバー。【聖光の騎士団】に加入する意志はない。
「……私は【七色の橋】のメンバーです。だから、【聖光の騎士団】には……」
「ハアァ? 【七色の橋】? ハッ、聞いた事の無い名前だな!! どうせ、大したギルドじゃあないだろう? そんなギルドに居ても、時間の無駄だッ!!」
ヒメノの言葉を遮って、マリウスは鼻で笑った。それがヒメノの顰蹙を買うと気付けずに。
ヒメノにとって【七色の橋】は、掛け替えのない存在だ。親友であるレンとアイネ、そして頼れるお姉さん的存在のシオンや、気の良いお兄さん的存在のハヤテ……なにより大好きな兄であるヒイロと、最愛の存在であるジン……皆で立ち上げたギルドなのである。
ギルド設立に関わったユージン、【桃園の誓い】の面々や、レーナ達、リリィ……多くの仲間に祝福されて、歩み始めたギルドなのだ。
それを貶したマリウスに対し、不快感を感じるのは当然であった。
しかし、マリウスはそんなヒメノの内心に気付かない。何故ならば、ヒメノの気持ちを一切考慮していないのだ。
強力なプレイヤーであり、可憐な少女であるヒメノ。そんな彼女に、マリウスは一目で心を奪われた。
ちなみにマリウスは、ヒメノを高校生から大学生くらいだと勘違いしている……その理由は、初対面の際に彼女が一緒に行動していたのが、見た目で大学生くらいだと解るルナとシャインだった事が一要因となっていた。
ともあれ彼女を自分の手許に置き、自分のパートナーとして……恋人としてしまいたい。その為に、アーク達よりも先にヒメノを連れ出したかったのである。
それは自分がアーク達幹部メンバーに劣っているという自覚の表れでもあり、アーク達を出し抜きたいという虚栄心の発露でもあった。
アーク達が来る前に……そんな焦りもあって、マリウスは強硬手段を取る事にした。
「お前の力を生かすのは、俺……【聖光の騎士団】意外に有り得ない!! さぁ、来い!! 今ならまだアーク達より……」
ヒメノの腕を掴んで、強引に連れて行こうとするマリウス。それに、ヒメノは驚いてしまう。
「ちょ……止めて下さい!!」
「ワガママを言うな!! 良いから来い、お前の為なんだ!!」
お前の為……そんな事を口にするが、全ては自分の為である。しかしマリウスは根拠のない確信を抱いていた……ヒメノにとって一番良いのは、自分の側に居る事であると。
無論、ヒメノがそんなマリウスの独り善がりな意思に従う義理は無い。だから、精一杯の抵抗を試みる。
「放して下さい!!」
そんなヒメノの眼前に、システム・ウィンドウがポップアップする。
『登録外のプレイヤーから接触を受けました。【ハラスメントセキュリティ】を発動しますか?』
システム・ウィンドウに記された一文に、ヒメノは困惑する。それはプレイヤーを保護する為のセキュリティシステムで、他のプレイヤーから身体に接触された際に起動するモノだ。
これを発動すると、対象プレイヤーを弾き飛ばす事が出来る……しかし同時に、相手にペナルティを課す……軽犯罪者プレイヤーのレッテルを貼る事になるのである。
実はこの【ハラスメントセキュリティ】は、ヒメノの眼前にポップアップするのは初めてではない。なにせ、さんざん彼女を抱っこして疾走する忍者さんが居る。
とはいえ、それも一度だけ。最初にポップアップした際に、ヒメノはジンを【ハラスメントセキュリティ】の対象外プレイヤーに設定したのだ。それは主に恋人や、システム的に結婚したプレイヤーを対象にするものなのであるが。
それはジンにも伝えられている。その際、ジンがドキマギしてしまったのも無理は無いだろう……なにせ、それは「自分に触れて良いですよ」と言われているのと同義なのだから。
そんなラブコメ回想はさて置き、これがレンやアイネ、シオンならば躊躇なく【YES】を選択しただろう。しかし、お人好しなヒメノはそれを躊躇ってしまう。
相手を弾き飛ばすだけならまだしも、軽犯罪者にしてしまうのだ。それは可哀想だ……そんな考えが頭に浮かんでしまうのだ。
「は、放して下さい!! 【セキュリティ】が発動しますよ!!」
だから、警告する事にした。【ハラスメントセキュリティ】が発動する事の意味を、マリウスも知っているだろうと思ったのだ。
勿論マリウスも、そのシステムの事は知っている。知っているからこそ……彼は激昂した。
「この俺に【セキュリティ】を発動する気か!? お前、自分が何を言っているのか解っているのか!? 俺は【聖光】のメンバーで、イベントランカーだぞ!? 俺は選ばれたプレイヤーなんだ!! 解っているのかッ!?」
その怒声と表情に、ヒメノは肩を震わせる。マリウスはもう、外面を取り繕う事もしていない。彼の心の赴くまま……ヒメノを己の物にする為に手段を選ばないという、強引かつ独り善がりな意志が表情に出ているのだった。
――怖い……!!
ヒメノ……星波姫乃はこれまで、ひたすら真っすぐに生きてきた。全盲という障害を嘆く事はあれど、VR技術や家族の支えがあった。お陰でその心は真っすぐに成長し、愛情と善意に囲まれて生きてきた。
姫乃自身も周囲の人の優しさに応えようと、自分に出来る事を頑張って恩を返そうと努力していた。誰からも愛されている姫乃という少女は、そうやって歩んで来たのだ。
だからこそ、悪意を……それも己を穢そうとする醜悪な悪意を向けられる事には、ちっとも慣れてはいなかった。
慣れない悪意への恐怖から、ヒメノの表情が歪む。そして……。
「うっ……ひっく……」
顔を伏せ、涙を零して嗚咽を漏らす事しか出来なかった。
STRに全てのステータスポイントを振り、全プレイヤー中最高の攻撃力を誇ろうとも、彼女は中学二年生の少女。全盲である事を除けば、ただの普通の少女なのだ。
意味の解らない大男に迫られる恐怖を考えれば、ここまでよく耐えたと言って良いだろう。
そんなヒメノの様子に、マリウスはクールダウンした。流石に強引過ぎたし、怒鳴り散らしたのは失敗だったと反省出来たのだ。
「済まない、ヒメノ……怒鳴ってしまって悪かった。怖かったよな……しかし解ってくれ、お前の為を思っての事だったんだ」
反省していない、これっぽっちも反省していなかった。相変わらず、ヒメノの事情など一切考慮していない。
「不安に思うのも無理は無い。だが、大丈夫だ……俺がお前を支えてみせる。だから安心して、俺に身を委ねて良いんだ……」
そう言って、マリウスはヒメノの肩に手を添える。
そして、彼は今日最大の暴挙に出た。ヒメノの顎に手を添え、その顔を上げさせたマリウスは……その唇を奪おうと、顔を近付けたのだ。
その行動を目の当たりにしたヒメノの背筋を、悪寒が駆け抜ける。
厳めしい面構えの大男が目を閉じ、唇を尖らせて自分に顔を近付けて来るのだ。若干頬を染め、鼻息がやたらと荒いのが尚更気色悪い。
ヒメノはその光景を前に、本能的に行動を起こした。自己防衛本能がしっかりと仕事をした。
「嫌っ!!」
拒絶の言葉と同時に、ヒメノは【ハラスメントセキュリティ】の【YES】ボタンを凝視した。これは手で触れずとも、システムが作動するという運営の配慮によるものである。手足を拘束されても、【ハラスメントセキュリティ】が機能する様に設定していたのだ。これに関して運営は実にGJ、良い仕事である。
瞬間、マリウスの身体に衝撃が走る。
「ぬおぁぁっ!?」
間の抜けた叫び声を上げて、マリウスが五メートル程の距離を吹っ飛ぶ。その頭上のカラーカーソルが黄色に染まる。
地面を転がって行くマリウスの姿に、ヒメノは涙を零しながら体を震わせて見つめるしか出来なかった。
自分の身を護れた安堵感と同時に、彼を吹き飛ばし軽犯罪者にしてしまった罪悪感が襲い掛かる。
「……あ、あぁ……」
【ハラスメントセキュリティ】によって麻痺したマリウスの眼が、ヒメノを射抜く。その視線には、怒りや憎しみの色が浮かんでいた。
――逃げなきゃ……!!
再び本能に従って、ヒメノは立ち上がる。駆け出したヒメノの行き先は、当然背後のギルドホームだ。ホームに入ってしまえば、許可の無いマリウスは追い掛けては来られない。
しかし、運が悪い。ヒメノのAGIはマリウスを下回っている。そして、マリウスは麻痺が解けて立ち上がっていた。
「【クイックステップ】!!」
マリウスはあっという間にヒメノに追い付き、その肩を掴む。そしてそのまま引き留めると、その首に腕を回した。
後ろから抱き締めるなどと言う優し気なものではない。これが現実ならば、首を絞めて苦しめる事になる。
「お前……お前、俺に……!! 俺を、よくも……!! このアマッ……!! お前ぇっ!!」
興奮状態のマリウスは、ヒメノの首を絞める腕に力を込める。
VRだから窒息したり、首の骨が折れたりする事は無い……しかし、精神的な負荷は現実と相違無い。
――誰か……誰か……っ!!
恐怖のあまり、ヒメノは目を閉じて歯を食いしばる事しか出来ない。ただひたすらに、誰かが助けに来てくれないかと願うばかり。
「許さないぞ……!! お前、俺を!! お前は、俺のモノだっ!! なのに、こんな……っ!!」
完全に頭に血が上ったマリウスは、意味をなさない言葉をひたすらに喚き散らす。
そんな恐怖に、瞳を閉じて耐えるヒメノ。その脳裏に、一人の少年の顔が浮かぶ。
彼はいつだって優しく、そして自分を守ってくれる存在だった。誰よりも早く駆け付けて、いつだってヒメノを抱き上げてくれた。その腕の中が心地良くて、安心できる場所だった。
VR世界で出会った、彼女のヒーロー。白馬に乗った王子様よりも頼りになる、全く忍ばない最速の忍者。
「ジンさん……っ!!」
その名を呼んだ、その時……彼女の声に応える様に、黒と紫を纏う風が疾った。
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ジンがログインした時、ギルドホームにはまだ誰も居なかった……それを不自然に感じたのは、日頃行動を共にしているからだろう。
ギルドホームが完成して以降、ジンは以前にも増して課題をすぐに片付けるようにしていた。それはやはり、愛しいと感じる少女に早く会いたいが故に。
そんな愛しい少女は、今日は姿が見えなかった。彼女が契約したPACであるヒナと、マイルームで過ごしているのか? とも思ったが、当のヒナはすぐ目の前に居る。
「ヒメノさんは、まだ居ないのかな?」
三人のPACに問い掛けると、ロータスが代表して返事をした。
「ヒメノ様は、入口までお客様をお出迎えしております」
客……と聞いて、昨夜の【聖光の騎士団】の事が思い浮かぶ。
「じゃあ、僕も手助けして来るね」
「かしこまりました」
ヒメノ一人では大変じゃないか? そう思い至ったジンは、急ぎ足でエントランスを出た。
そこで目にしたのは、どこかで見覚えのある大男。そして、その大男に拘束されているヒメノの姿だった。
目に飛び込んで来た情報に、ジンの頭が混乱する。何がどうしてそうなっている? 大男は何をしている? ヒメノは何故、大男に襲われている?
しかしそれでも、解る事がある……ヒメノの表情を見れば、やる事は一つだ。
「【クイックステップ】!!」
高速で移動しながら、腰の後ろに差した≪大狐丸≫を抜く。
ヒメノと大男の正面に立ち、ジンは≪大狐丸≫を男の顔に向けて突き出した。
「【狐雷】!!」
男の右目に≪大狐丸≫の切っ先が突き刺さると同時、その身体に電撃が奔る。
「うああぁぁぁぁっ!?」
痛みは無くとも、眼を突き刺される恐怖……そして全身を駆け巡る電撃により、マリウスは恐慌状態に陥った。身体が麻痺し、ヒメノの首を絞めていた腕が緩む。
幸いだったのは、マリウスが軽犯罪者プレイヤーになっていた事だった。彼がグリーンカーソルのままならば、軽犯罪者になっていたのはジンの方だった。
ジンはヒメノを左腕で抱き締め、大男を睨む。そんなジンの登場に、マリウスの顔が憎悪に歪んだ。
「忍……者……っ!! ま、た……邪魔を……っ!!」
そんな言葉を受け流し、ジンはマリウスに向けて右足を当てた。
「【ハイジャンプ】!!」
それはマリウスを足場にして発動した跳躍の武技。左足は地面を踏み締めている。となれば、どうなるか?
「ぬおおぉぉぉぉぉっ!?」
今日一番の絶叫。【ハラスメントセキュリティ】による衝撃を越える、十五メートル後方への水平移動。
ちなみに”高高度からの落下”によるダメージは存在する。高度耐性が無ければ、即死ダメージも当然あり得る。
しかし”水平移動を吹き飛んだ後の叩き付け”ならば、最初に受けたダメージを基に計算される。
だが今の攻撃は跳躍力を強化する性能しか有さない【ハイジャンプ】による吹き飛び。なので、ダメージはゼロだ。ただし、精神的な衝撃は甚大である。
「ジン……さん……っ!!」
嗚咽を漏らしながら、自分の名を呼ぶヒメノ。彼女を抱き締める手に、優しく力を込める。
「もう大丈夫……大丈夫だよ。僕が、君を守るから」
その力強い宣言に、ヒメノの身体から力が抜ける。
もう大丈夫、もう安心だという確信。そう確信させるだけの力が、この忍者……ジンにはあるのだから。
「忍者野郎ッ!! テメェ、邪魔しやがって!! ヒメノを寄こせっ!!」
大剣を抜き、眼を血走らせながら駆け寄るマリウス。その顔は醜く歪んでいる。
「貴様が何処の誰だろうが、何を目的としていようが……どうでも良い……」
ヒメノから腕を外し、ジンはマリウスに向き直る。普段の彼からは考えられないくらい、その視線は険しい。
それも無理はないだろう。彼にとってヒメノは愛しく、掛け替えのない存在。
「ヒメを泣かせたお前は、絶対に許さない……!!」
そんな存在を泣かせた男を、許せるジンではないのだから。
「ヒメノは俺のモノだあぁぁっ!!」
大剣を振り上げ喚き散らすマリウス。
その姿に臆することなく、ジンは首に巻いた≪闇狐の飾り布≫をグイッと上げて口元を隠す。それは彼が忍者ムーブに移行する合図。
ハヤテとアイネが襲われた時は、素の仁だった。
ならば何故、今は忍者ムーブをするのか? それは、彼女が最初にそれを願ったから。ジンにとって忍者ムーブは、最愛の少女からの初めてのおねだりだったからだ。
「ヒメの隣は誰にも譲らぬ!!」
両手に小太刀を構えた忍者が、裂帛の気合いと共にマリウスに迫る。
「死ねえぇぇっ!!」
振り下ろされた大剣。それを前にジンは歩みを止める。
「【アサシンカウンター】」
身を逸らした事で、マリウスの大剣は空を斬る。地面にめり込んだそれを再び振り上げるべく、マリウスは力を込めている……が、ジンは既に必殺の体勢に移行していた。
「【ラピッドスライサー】」
初撃が命中した後、タイミング通りに放てば追撃が繰り出せる短剣の武技。それが全て【アサシンカウンター】の効果によってクリティカルヒットを約束される。
左右双方による攻撃となる事で、難易度は跳ね上がる。だがしかし、繰り返し積み重ねて来た修練でタイミングをモノにしたジン。そんな彼が、タイミングを外すはずもない。
全ての攻撃がマリウスに叩き込まれ、そのHPは全損した。
「くそがぁっ!! テメェ、クソッ……!! ヒメノ!! 俺を回復しろ!! 早くっ!!」
このまま30秒以内に回復されない場合、軽犯罪者となった彼は強制ログアウトとなる。
彼は必死にヒメノに回復する様に促すが、彼に対して嫌悪感と恐怖心を抱いたヒメノがそれに応じるはずもない。
だが、予想外の存在がその望みを叶えた。
「【ヒール】」
それは、年若い少年の声である。回復魔法を向けられたマリウスのHPがゼロから一気に上昇し、七割方回復した。それに気付き、立ち上がったマリウスはニヤニヤと嗤う。
「……!! ハハッ……覚悟しろよ忍者野郎、今度はこっちの番だ!!」
しかし、そんな彼の威勢もそこまでであった。
何故ならば、その首元に槍と大剣が添えられたから。
「品性の欠片も感じられないな……こんなのが、我がギルドに在籍しているとはね」
「おイタはそこまでだ、坊や。これ以上の勝手な振る舞いは、その首で支払って貰うよ」
それは白銀を身に纏った二人。その視線も、声色も、冷たく険しい。
「ギ、ギルバート……さん? シ、シルフィ……さんまで……?」
突然の事態に困惑するマリウス。しかしそんな彼の耳に、今最も聞きたくない相手の声が届いた。
「お前を回復したのは、事情を聞く為だ。それ以上の戦闘行為は、ギルドマスターとして許可できない」
その声に、マリウスの動きが止まる。恐る恐る背後に振り返って見せると、そこには彼の所属するギルドのメンバーが立っていた。それも、ただのメンバーではなく……最高峰の存在が。
「ア……アーク、さん……」
中心に立つはギルドマスターであるアーク。その右に並ぶ参謀役のライデン。アークの左手には新規参入メンバーながらも、既に幹部として登り詰めたベイル。その後ろで、案内役として先導して来たヴェインが苦々しい表情をしていた。
「俺は先方と話す。ギルバート達は、彼から事情を聞き出してくれ」
アークの指示に、ギルバートは内心で残念だと思った。こんな厳つい野郎の事情を聞くよりも、不安そうに怯えている美少女の心を癒してあげたいのだ。
しかし、そうは思いつつもギルバートは素直に従う。
「これ以上の礼を失するわけにはいかない……心得ているよ、アーク」
そう、今日は和装勢との対話の為に来たのである。そんな彼等の本拠地で、自分達のギルドの末端メンバーが先回りしていた。更に美少女は怯えているし、ジンは殺気立っている。
極めつけはマリウスのカラーカーソルが軽犯罪者を示すモノになっている。これは嫌な予感がビンビンするのだ。これで危機感を感じない程、ギルバートは馬鹿では無い。
「彼をそちらのホームに入れるのは、気分が優れないでしょう。我々は敷地の外で尋問します」
ライデンがアークやジン達に向けてそう言うと、マリウスに視線を向ける。
「さぁ、出ろ」
それまでの柔和な表情は消え去り、冷たい視線がマリウスの背筋を伸ばさせる。自分の分が悪い事を自覚しているマリウスは、すごすごと敷地外へ歩き出す事しか出来ない。
それを追って、ギルバート・ライデン・シルフィ・ベイル・ヴェインが続く……が、アークがその背中に声を掛けた。
「シルフィ。君は一緒に来てくれ……女性が一緒の方が、彼女も安心するかもしれない」
その言葉に、ジンがアークに視線を向ける。少なくともその眼からは、打算や下心が感じられない様に思う。純粋に、ヒメノの心情を慮ったのだろう。
「そうね……確かにそれが良いかもね。解ったよ、アーク」
「助かる」
歩み寄るシルフィに一つ頷き、アークがジンとヒメノに振り返る。
「本来、謝罪から始めるべき事態なのだろうが……申し訳ない事に状況が呑み込めていない。なので、先に事情だけでも聞かせて貰いたい」
ヒメノにとっては、トラウマになりかねないですね。
彼女はジンにたっぷりフォローしてもらうとして。
マリウス、終わったな……。
次回投稿予定日:2020/8/26