04-14 激怒しました
ハヤテとアイネを襲った、PKerの集まったギルド【漆黒の旅団】。狭い洞窟で、挟み撃ちの憂き目にあった彼等の命運は尽きた。
これが、一般的なプレイヤーならば問題は無かっただろう。その数は奥に四人、手前に六人なのだから。
強引に押し通れば、突破が可能な人数差であった。
しかし、残念ながら相手は一般的なプレイヤーではない。
ユニークスキル【九尾の狐】の力を持つ忍者プレイヤー、ジンが小太刀を構える。その表情は険しい。
「【狐風】!!」
ジンの小太刀から放たれるカマイタチが、二人の男を切り裂いた。
「く、くそぉっ!!」
「この……っ!!」
既にハヤテとアイネの攻撃で、未知の攻撃に耐性が付いていた。故に、残り少ないHPでも果敢に攻め立てようとする。無理やり押し切れば、ジンを倒せる……そう思った。
しかし、それはできない相談である。何故ならば、彼の傍らに立つ少女……【八岐大蛇】の姫巫女・ヒメノがその腰に差した脇差を抜いているのだ。
「【蛇腹剣】」
ヒメノが分割された刀を振るえば、男達のHPが一瞬で全損する。彼女のSTRの前では、彼等の蛮勇など意味を成さない。
「【一閃】!!」
洞窟内が狭い為、ヒイロは取り回しの良い小太刀で男達を圧倒する。時と場所に応じて最善な武器を使い分ける事の出来るユニークスキル【千変万化】。その真価がここで発揮される。
両手から放たれる【一閃】は、男達のHPを余さず刈り尽くしてしまう。
「【シールドバッシュ】」
そんなヒイロを襲おうとする者達に、シオンは大盾で強打する。ユニークスキル【酒呑童子】と共に手に入れた、鬼をも殺すという名を持つ大盾。もしかしたらこの撲殺が、その名前の由来なのかもしれない。
入口側の前衛二人、ヒイロとシオン。いつも以上にその技が、攻撃が冴え渡る。それも致し方あるまい……彼等は仲間を襲われたのだ。
このギルド【七色の橋】は、仲の良いメンバーで結成したギルドである。そんな中に、新メンバーとして迎えた二人。彼等との間に、線引きなど無い。大切に思う気持ちは、既存メンバーと大差ないのだ。
そんなヒイロも、シオンも、仲間を傷付けられて怒り心頭の状態なのである。
それは、【神獣・麒麟】の所有者であるレンにも言える事であった。
「外に出て、体勢を立て直すぞぉ!!」
「突破しろぉ!!」
それでも男達は、劣勢を引っ繰り返そうと躍起になる。そんな男達が向かって来ても、レンは平然としていた。
「そんな事、私が許しません……【サンダーウォール】」
レンが発動した【サンダーウォール】。それを見た男達は、一か八かに賭けた。
「麻痺になるのは確率だ!! 突っ切れ!!」
彼等は知らない。レンの……最高峰のINTの持ち主の使用する【サンダーウォール】に突っ込むと、どうなるのか。
【サンダーウォール】に触れた瞬間、その込められたINTの高さによって致命傷を喰らうのだ。確率で麻痺? そんな生易しいものではない。高圧電線に濡れた身体で突っ込むのと、同義である。
「くそっ!! 早くあいつらを回復するぞ!!」
「世話が焼けるぜ!!」
そう言って、二人の男が駆け出した。その背後に迫るのは、黒髪のくノ一と和装執事。
「「【一閃】」」
その首を斬り付けられた男達は、襲撃者に振り返って剣を振るう。
「やってやらぁぁっ!! 【スラッシュ】!!」
しかし、その攻撃は空を切る。何故ならば相手は……最速忍者を主とするくノ一は、彼のAGIを遥かに凌駕している。
「な……っ!?」
「【デュアルスライサー】」
無慈悲に振るわれた小太刀が、男のHPを削っていく。
「なんだテメェは!! 【スラスト】ォッ!!」
短槍を突き出すも、相手はその攻撃を難なく避ける。
「失礼致します……【ショット】」
それは、袖口に隠された≪仕込み機弓≫による一射。喉元に刺さったそれは不快感を与えると同時に、状態変化を引き起こす。
「ユージン様特製、≪ポイズンポーション≫を塗った矢で御座います」
まるでディナーのメインディッシュを、懇切丁寧に説明する様な口調だった。この暗殺執事、相当に仕上がっている。
そんなPAC二人がPKer達を引き付ける間に、ヒメノは≪桜吹雪≫を装備。更にレンも、≪鳳雛扇≫と≪伏龍扇≫を広げて詠唱を続けて行く。
「お、おい! やべぇぞ!」
「あいつらを止めろぉっ!!」
ヒメノとレンに向けて、投げナイフや鉄球等の投擲アイテムが投げられる。弓矢や魔法は、狙いを付けているか詠唱している間にダメージを受けると中断される。これを俗に、ヒットストップという。PKer達の狙いは、ヒメノとレンにとっては効果的だ。
しかし、その攻撃は通らない。
「させないさ」
「通しません」
ヒイロとシオンの構える大盾が、その攻撃を全て受け止め切る。シオンの≪鬼殺し≫を模したヒイロの大盾により、和風の堅固そうな大盾二枚がPKer達の視線を集める。
それが、決定的な隙になるとも知らずに。
「【狐雷】!!」
地を駆け巡る電撃。それに触れたPKer達が、麻痺状態を引き起こす。これで、彼等は逃げられない……【七色の橋】が誇る、二人の主砲の攻撃から。
「果てなさい……【シャイニングスパーク】」
「撃ちます……発射!!」
放たれた光と雷の合成魔法。そして二門大砲からの砲弾。光と爆炎に飲み込まれ、PKer達のHPが一斉に消し飛ばされる。
そんな苛烈な攻撃は、殲滅だけが目的ではない。PKer達の注意を引き付けている間に、一人の少女がハヤテとアイネに駆け寄っていた。
「【ヒール】!!」
傷付いたハヤテとアイネを癒してみせるのは、【七色の橋】が誇る回復役PAC。
「怪我しても、私が治しちゃいますよ!!」
ギルド最高の癒しキャラにして、最高の癒し性能を誇る聖女である。ハヤテとアイネのHPは、たちまち全快まで回復した。
「ありがとうッス、ヒナちゃん!!」
「助かりました!!」
ヒナの回復で復活した二人は、首謀者であるディグルに向けて走る。
「さぁて、俺らもやるッス!!」
「ええ、御礼参りというものですよね!!」
「えぇと、そんな感じのあれッス!!」
周囲の手下達は、ジン達への対応で手が回るまい。そう判断したディグルは、シミターを抜いて構えた。
「図に乗るなよ、ガキ共ォッ!!」
劣勢を覆す事は無理でも、二人を道連れに……そんな破れかぶれの考えで、ディグルがハヤテとアイネに迫る。つまる所、ディグルは追い詰められている事を理解していた。
「死ねぇっ!!」
「甘いっ!!」
シミターを振り下ろすディグルだったが、その剣の腹にアイネの薙刀がぶつかる。数の暴力さえ無ければ、アイネの薙刀術が十全に力を発揮する。軌道を変えられたシミターは宙を切り、ディグルは無防備な姿を晒してしまう。
「この……っ!!」
そんなディグルの左胸に、ハヤテが放った弾丸が撃ち込まれる。HPが減少し、ディグルの心に焦りが生まれた。
「ちぃっ!!」
ディグルは再びシミターを振ろうとするが、ハヤテによって肩を撃たれる。それによって動きを阻害され、足を止めてしまった。そこへ、アイネが踏み込む。
「ふっ!!」
腹を斬られ、ディグルのHPが更に減少する。
減っていく体力と、迫ってくる結末に苛立ちと焦燥を感じるディグル。
「舐めるなぁっ!!」
目を血走らせたディグル、肩からのタックルでアイネを突き飛ばそうとする。しかし、ハヤテがそれを許すはずもない。
「もう指一本触れさせない」
ディグルの左足を撃てば、バランスを崩したディグルが転倒した。
アイネはバックステップで一歩下がり、薙刀を構える。その横で、ハヤテが銃を構えてディグルを睨む。
ディグルは忌々しそうに、二人を睨み付けた。
「二対一は卑怯じゃねぇか?」
そんなピントのずれた言葉を、ハヤテが鼻で笑って一蹴する。
「三十対二の方が卑怯だろう」
その言葉を吐いた直後、ハヤテは情け容赦無く引き金を引いた。ディグルの眉間に弾丸が命中し、そのHPがゼロになる。
もう既に、ディグルを回復する者はいない。できる者は居ないのだ。
「殲滅完了だ」
ヒイロの言葉通り、既に【漆黒の旅団】のメンバーは全員地に伏している。激怒したジン達は、容赦なくPKer達のHPを刈り取り尽くした。
……
彼等は全員が賞金首プレイヤーである。復活させる者が居ない今、その末路は強制ログアウトと、一日のログイン不可。そして手に入れた物全てを、ドロップによりロストする。
蘇生可能時間である三十秒が経過して、アバターが消滅していく男達。ジン達はそれに視線も向けず、ただハヤテとアイネの元へと歩み寄る。
このまま蘇生猶予の制限時間が過ぎれば、ディグルも同じ結末を辿る。ただし、普通のプレイヤーと犯罪者のデスペナルティは違う。
あと二十数秒で、ディグルはレベル以外の全てを失うのだ。
更に、それだけではない。
「悪質なPK行為、未成年者への脅迫行為……運営への通報、滞り無く完了致しました」
シオンが涼しい声で、その言葉を告げる。
一日のログイン不可能状態……そうなればアバターの再作成も出来ず、運営によってアカウント削除措置が取られるのは確実。
文字通り、彼等は全てを失うのだ。
「バケモン共め……!!」
ジン達を睨みながら、ディグルが負け惜しみを口にする。しかしジンはそれを受け流し、ディグルの目前にしゃがみ込むとその眼前の地面に《大狐丸》を突き刺した。
「ならばアンタは馬鹿者だ。僕達の仲間に手を出した、それがそもそもの敗因だよ」
いつになく鋭い視線で、ディグルを睨み付けるジン。
その隣に立つヒイロが、冷たい視線でディグルを見下ろしながら口を開く。
「また来るなら、次も潰す。何度でも、徹底的に潰してやる……覚えとけ」
それはジンやヒイロらしからぬ、挑発的な台詞。しかし驚く者は居ないし、止める者も居ない。
大切な仲間であるハヤテとアイネを傷付けられ、心底頭に来ているのだ。それは、ヒメノやレン、シオンも同様である。ディグル達を見る視線には、確かな怒りの炎が揺らめいて見える。
最も、彼等が再びジン達の前に立つ事は適わないだろう。アカウントを削除されれば、二度とこの世界にログインする事は出来ない。
「……ちっ、しくったぜ……」
それが、ディグルの最期の言葉だった。
六十秒というタイムリミットが過ぎ、そのアバターが消滅してしまう。既に部下たるPKer達は全員が消滅しており、それはギルド【漆黒の旅団】の集団が壊滅した事を意味する。
彼等が消滅したその場には大量のスキルオーブやアイテム、ゴールドコインがドロップしていた。
「すげぇ数ッスね」
「一体、どれだけのプレイヤーを傷付けて来たんでしょう……」
呆れ顔のハヤテに対し、アイネは心底不愉快そうに溜息を吐く。
AWOの正式サービスが始まってから、半年も経っていない。それでありながら、これだけの量の略奪品を溜め込んでいるのだ。
恐らくは、最初からPKが目的でゲームを始めたのだろう。
そんなドロップ品を回収していくジン達。略奪品を懐に入れるのは気が引けるが、彼等の犠牲者を探して回るのは困難だ。それに誰がどのアイテムを所持していたかなど、ジン達には分りようもない。
ちなみにドロップ品はとんでもない数ではあるが、大容量の《商人の鞄》が複数あった。お陰で容量的に不足するという事は無かった。
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ギルドホーム建設予定地に戻った、ジン達【七色の橋】。ハヤテとアイネを労い、他愛もない雑談をして過ごしていた。
これは、襲われた二人に対する配慮だ。残虐な男達に襲われ、気分も滅入っているだろう。そう考えたジン達は、今日はのんびり過ごす事を選んだのである。
そんなジン達の元に、訪ねて来る者達がいた。
「やぁ、皆」
「よっ。ここがホームか?」
「ふへぇ、良い場所だねぇ」
「中々にいい場所を見付けたな」
「ここなら、和風建築のホームも違和感が無いわね」
まず、ケイン達。ギルド【桃園の誓い】の五人である。
「おぉー、結構広いね!」
「林に囲まれているから、ちょっと隠れ家っぽいね」
「オー、ジャパニーズハウス作るですね!」
「町からも近過ぎず、遠過ぎず……確かに良いわね」
そしてレーナ達、女子大生四人組。この二組は元々、ここに訪問する予定だったのだ。
そして、もう二人。
「やぁ、こんばんは」
それは、ユージンである。彼は予定外の訪問だったのだが、ジンがユージンに依頼して来て貰った。その理由は……。
「ほら、ジン君。ご依頼の品だよ」
「ありがとうございます、ユージンさん! ってコレ、凄い量ですね……!?」
ユージン特製の料理が、これでもかと並べられる。簡素な木製のテーブルも一緒に持って来るあたり、流石はユージンと言うべきか。
「えぇと……ギルドの設立と、土地の購入おめでとうございます」
更に呼び出しを受けたリリィが、その輪に加わっていた。
予定外の訪問であるが、これはユージンが彼女と丁度、会っていたからだ。ここへ連れて来られたのは、依頼品の受け取りを兼ねてであった。そういった理由が無いのであれば、リリィは誘いを辞退していたかもしれない。
「それじゃあ、パーティーしよう!」
「え、聞いてないッスよ!?」
「さっき思い付いた!」
ジンの唐突な提案にハヤテとアイネ、ケイン達、リリィは混乱する。レーナ達は、パーティーと聞いて喜んでいる……彼女達が、パリピという訳では決してない。
そしてユージンと、ヒイロ達は何も言わなかった。それがジンなりの、二人に対する思い遣りであると解っているからだ。
大変な思いをした二人の嫌な記憶を、皆で飲み食いして楽しい記憶で上書きしてしまおうという魂胆だ。
戦利品の確認? 明日できる事は、明日やればいいのである。戦利品はちゃんと、テントに保管します。
ジンは思い付いたそれを、ハヤテとアイネを除く仲間達に相談。当然ながら、満場一致で可決された。そして申し訳無いが、ユージンにもご足労願った次第である。ちなみにユージンも依頼品は全て完成させたらしく、二つ返事で引き受けてくれた。
……
突然始まったパーティーだったが、ハヤテとアイネもリラックスした様子でメンバーと会話を交わしている。
同時に行われるのは、新規作成した装備の受け渡しだ。
まずはリリィ。
「本当に出来てしまうなんて……凄いです」
手にしているのは、黒と白に色付けされた笛だ。神楽笛に良く似ている。
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≪魔楽器・笛≫
説明:遥か昔に製作された、魔力を蓄積できる楽器。その音色には魔法の力が籠められている。
効果:INT+15%、MND+15%、MP+15%。
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「お気に召したようで何よりだ。いやぁ、実に良い依頼だったよ! 楽器作り超楽しかった!」
リリィが満足げに笛を見ているので、ユージンも破顔一笑。普段と毛色の違う依頼だったからか、テンションアゲアゲであった。
ヒイロはそんなユージンに苦笑しつつ「ふむ……」と頷いてみせる。
「でも、使う時は目立ちそうですね。他に楽器持ってるプレイヤーは、居ないだろうなぁ」
「それは、私達も含めて今更ですよ。それにリリィさんは、現役のアイドルですからね。誰よりも、その装備が似合うプレイヤーではないでしょうか」
「そ、そうですか? レンさんにそう言って貰えて、嬉しいですね」
このメンバーにも慣れたのか、リリィは照れ照れしつつも嬉しそうに微笑んでいる。楽しそうに談笑している姿に、違和感は無い。ギルドに所属しない方針なのが、本当に残念であった。
次に、レーナ達四人の装備だ。
黒いタンクトップと、黒いショートパンツは全員共通。そこへ各自が要望を出した個別装備を加えて、差別化を図っているのだ。
レーナには腰に巻くマント状の装飾。
「おー、格好良い!」
ルナは袖の無いハーフコートだ。
「……うん、イメージ通り!」
前衛職のミリアとシャインには、特殊部隊が着ていそうなタクティカルベスト。ミリアの物の方が重装備で、シャインのベストは軽装備となっている。
「これは着心地も良いわね」
「ワォ! ピッタリですね!」
そしてレーナは、右太腿にホルスターが装備。そこに収められているのは、≪オートマチックピストル≫だ。更にレーナは≪アサルトライフル≫を背負っている。
ミリアは肩紐の付いた大型の≪ショットガン≫を、肩に掛けていた。
ルナは所謂≪マークスマンライフル≫を背負い、シャインは左腰に≪サブマシンガン≫を装備している。
四人が並んで会話していると、そこだけ別のゲームをプレイしている様に見えてしまう。
そして【桃園の誓い】に所属するダイスとフレイヤ。二人も先程、新たな装備を受け取った。
「おぉ……イイ……」
ダイスは濃紺のカンフー衣装(ケインやゼクスと同じ物)の上に、左右非対称の軽装鎧を装備している。メタリックブルーな色合いなので、ケインと並ぶと赤と青の鎧が揃った感じになる。
更にダイスは、突撃槍をユージンに強化して貰っていた。見た目は完全に青龍偃月刀である。
これはユージンの【合成鍛冶】によるもので、性能はそのままに見た目だけを移し替える事も可能だからだ。
「……何だか照れくさい感もあるけれど、良いかも……」
フレイヤは光沢のある黒のチャイナドレス。性能はイリスの物と全く同等の品である。
デザインも色と刺繍以外はイリスの物と似通っている。白と黒で、こちらもイリスと並ぶと揃い感があった。
「ゼクスは飾り布、どこに巻くの?」
「腰に巻くと、更にカンフーっぽくない?」
ゼクスが受け取ったのは、白い≪ユージンの飾り布≫。≪エルダートレントの樹液≫で染色したお陰で、通常品よりもHPとMPがプラス15となっている。プラス10だったはずが、5も増えているのは何故だろうか?
そしてケインとゼクスは、それぞれあるアイテムを受け取った。
「うおぉ、本当に銃だ……」
「うわー、テンション上がるわー!!」
ケインはリボルバータイプの銃を、そしてゼクスはコンパクトなサブマシンガンを入手していた。二人がプラチナチケットを使って手に入れたのは、≪壊れた発射機構≫である。
「男の子って、ああいうの好きよねぇ……」
「まぁ、解らなくもないけれどね。ダイスは良かったのかしら?」
「俺はまぁ、この装備で満足しているからな。それに槍を使ってたら、両手塞がるんだよ」
新たに設立されたギルド【桃園の誓い】。元よりパーティを組んでいた三人と、顔見知りだった二人の計五人だ。以前から面識があった為、仲良くなるのに時間は掛からなかった。
そんな銃を嬉しそうに眺めている大人二人を見て、ハヤテは思い出した。ジンが貸してくれた銃を、返さなくてはならない。
「ジン兄、貸してくれた銃を返さなきゃッス……ほい」
ハヤテがトレード画面を開き、ジンにトレード申請を送る。それを見たジンは、ハヤテに視線を向け……そして、一つ頷いてトレード画面に手を伸ばす。
『トレード申請が拒否されました』
ハヤテのシステム・ウィンドウに、そんな表示が現れた。
「えっ……ジン兄?」
戸惑うハヤテに、ジンがニッコリと笑ってみせる。
「それ、あげるよ」
ジンの予想外の言葉に、ハヤテは目を丸くして絶句した。口をあんぐりと開けて、ただただジンを見つめてしまう。
そんなやり取りに、周囲の仲間達も言葉を失くしてしまう。それはそうだろう……銃はまだ広く出回っていない、レア中のレアアイテムである。
「ジ、ジン兄!? 正気!? だって、これ、激レア装備だよ!?」
「ハヤテ、銃のゲーム……FPS、だっけ? そういうのが得意だったんでしょ? なら僕よりも使いこなせるだろうしさ。ハヤテが持っていてよ」
そこまで言って、ジンはユージンに視線を向ける。
「折角、ユージンさんに作って貰ったのに、申し訳ないですけど……」
そんなジンに、ユージンは微笑んで応える。
「ジン君が、それが良いって思ったんだろう? それなら、僕から言う事は何も無いよ」
そう言うユージンの表情に、含みは感じられない。むしろ、その選択をしたジンに向ける瞳は優しいものだった。
そんなやり取りに、ハヤテは唇を震わせる。
「……本当に、いいの?」
欲しいという気持ちと、申し訳無いという気持ちがある。
それでもジンに甘えるのは悪いという気持ちが、否定の言葉を吐き出させようとする。
しかし、彼の敬愛する従兄弟は本当にお人好しで……そして同時に、ハヤテの事を大切に思っていた。
「良いよ。だからさ……そいつで、僕達を守ってくれる?」
屈託の無い笑みが、ハヤテに向けられる。その笑顔を向けられて、ハヤテは形容し難い感情が胸の奥底から湧き上がるのを感じる。
慣れ親しんだ、銃という武器。それを使いこなして見せる事で、ジン達の役に立てる。恩を返せる。それに……この力ならば、自分もジン達の横に並べる。
「うん……うん、ジン兄。ありがとう……」
ジンが託した銃を、大事そうに抱えるハヤテ。そんな二人を見て、他の面々は穏やかに微笑んでいた。
事件の記憶は、残るかもしれない。しかしそれでも……ハヤテとアイネは、仲間達と共に笑顔を浮かべているのだった。
ジンが≪壊れた発射機構≫を手に入れた時から、この展開が決定していました。
これで第四章は終わり、次から第五章が始まります。
第五章は「ギルド活動を満喫しました」というサブタイトル。
新キャラあり、進展ありの個人的に好きな章です。
そして今章はジンよりもヒイロ・ハヤテに比重が寄っていました。
その分、次章はジンのターンです!
次回投稿予定
2020/8/13 1:00(四章の登場人物紹介)
2020/8/15(本編五章)