04-13 襲撃を受けました
メッセージを送り終えたアイネが、表情を曇らせる。
「どう……しますか?」
そんなアイネに、ハヤテは笑みを浮かべる。普段なら、明るい笑顔を見せるハヤテだが……今、その笑みに力は無かった。
「ジン兄達は、きっと来てくれる。それまで、何とか耐え凌ごう。大丈夫……何とかなるッスよ」
最後は、いつもの口調に戻ったハヤテ。しかしその声には力強さも、いつもの明るさも感じられない。
「ハヤテさんは強いですね……」
アイネからしてみれば、ハヤテの言葉は前向きな物に聞こえた。
なにせ今、自分達は追い詰められている状態なのだ。その上、仲間達が合流するにも時間がかかる。それまでの間、二人で凌ぐしかない。それでも耐え抜いて、ジン達の到着を待てば何とかなる。ハヤテの言葉には、そんな思いが込められていると思ったから。
しかし、その言葉は今のハヤテにとっては皮肉に聞こえてしまった。
「強くなんてないよ……」
その言葉は、いつになく弱々しい声だった。
「俺、ジン兄が憧れの人だったんだ……本当に、昔からずっとさ」
懐かしむように、ハヤテは視線を虚空に固定しながら呟く。
「ジン兄は、陸上界の期待の新星なんて呼ばれててさ。大会でも優勝して、学生のうちにオリンピック選手になるのも夢じゃないって言われてたんだ」
ジンの足の事は教えられていたし、陸上選手だとも聞いていた。しかしアイネは、そこまで凄い選手だったとは知らされていなかった。
「でも、去年……ジン兄は事故に遭った。それで、もう右足は思い通りには動かなくなって……陸上を諦めたんだ」
「はい……」
曇った表情で、アイネは相槌を打つ。反対に、ハヤテは自嘲気味の笑みを浮かべた。
「そんな従兄弟を持つ俺はさ、昔から両親にジン兄と比較されたんだよね。何やっても長続きしないし、そこそこまでやってやめちゃったんだ。飽きっぽいのかもね」
そんなハヤテの言葉に、アイネは何も返せずに黙ってしまう。もしかしたら、ハヤテはジンの事が好ましくないのではないか? と。当然、そんな事はないのだが。
「だから、陸上選手やってる時のジン兄が格好良く見えた。キラキラしてて、好きな事に打ち込んでるんだなって、尊敬してた……うん、過去形じゃ無いな。今も尊敬してるし。大好きな、自慢の従兄弟なんだ」
その言葉を口にした時、ハヤテは嬉しそうに……誇らしそうに話していた。アイネには、それが確かに伝わった。
しかし次の瞬間、ハヤテの表情がこれまでで一番曇った。
「なのに……俺はジン兄が事故に遭った時……一瞬だけ、これでジン兄に追い付けるかも、なんて考えてしまったんだ……」
その声は、最後には泣きそうな声になっていた。それでも、ハヤテの本心の吐露は止まらない。それはまるで、懺悔の様にも聞こえた。
「夢を絶たれた、大好きなジン兄が……ジン兄が、一番苦しい時に!!」
そう叫んで、ハヤテは壁を素手で殴る。VRだから痛みは無いし、拳が傷つく事もない。しかしハヤテは痛みに顔を歪ませ、傷付いていた。
過去の、自分の心に去来した感情故に……心が傷付き、痛みを訴えていた。
「何にも無いんだ、俺はさ……だから、これだってモノがあるジン兄を妬んでたんだよ、きっと……胸を張って、自慢の従兄弟、なんて言っておいてさ……」
そこまで言って、ハヤテは笑った。
「だからさ、このゲームでジン兄と遊べるのが嬉しかったけど……申し訳なくて。でも、だからこそ……ジン兄の為に何かしたくて。だからさ……その為なら、何だってしてやるって……そう決めたんだ」
ハヤテは、アイネの目を見てハッキリと口にする。
「大丈夫。アイネさんは、必ず守る。俺があいつらを、食い止める。ジン兄が、皆が来るまではここに隠れててよ」
それは、自分を犠牲にしてアイネを守る……という事だ。それは、アイネにも解った。
ハヤテの心にあるのは、贖罪の念だ。だから何も無い自分より、何かを持つジン達を優先すべきだと。その思いは、アイネに対しても向けられていた。
アイネには薙刀を習っていた、下地がある。彼女の技術ならば、ジン達の様なスタープレイヤーになるのも夢ではないだろう。
自分はその為に、礎となればいい。彼女を守る為の、盾になれば良い。
……
そんなハヤテの顔をジッと見て、アイネは何を告げたらいいのか解らなかった。ただハヤテとアイネは今、同じ時間を同じ場所で過ごしている。同じギルドに所属し、同じ仲間に恵まれた。
それは、縁だ。アイネはそう感じていた。
そして二人は今、同じ危地に立たされている。それなのに、自分だけ生かされるのか? 彼を犠牲にして、生き残っていいのか?
何よりも……ハヤテは間違っている。アイネはそう思う。
年上の彼に、こんな事を言って良いものかと迷いがある……しかし、言わずにはいられない。
「ハヤテさん、貴方は間違っています」
それは、自分でも驚く程に落ち着いた声だった。
アイネの言葉に、ハヤテは驚いて……そして、自嘲した。
「解っているよ、そんな事をしても自己満足だって……でも、俺は……」
自分の言葉を、別のニュアンスで捉えている。アイネは「そうじゃない」と言おうとして……しかし、本当に告げたい言葉は別だと踏み止まった。
どれから言えば良い? どう言えば良い? 考える時間は、一瞬だった。
「ハヤテさん。私、一人にされるのは嫌です」
それが、アイネからハヤテに一番に伝えたい言葉だった。
その言葉に、ハヤテは面食らった。何を言われたのか? と、不思議そうにアイネを見ている。
「一人で生き残るの、嫌です。一人で死ぬのも嫌です。ハヤテさんが一人で死ぬのは尚更嫌です」
まるで駄々っ子みたいだと、アイネは思った。しかし、ここまで来てしまえば言うしかない……心の赴くままに、自分の気持ちをハヤテにぶつけてしまおう。そんなアイネ、半ばやけっぱちだった。
「何も無いなんて嘘ですよ。だってハヤテさんのお陰で、私は今もこうして此処にいるんですから」
ハヤテが止めなければ、ディグルに斬り掛かっていた。そのまま、伏兵に襲われてジ・エンドだったろう。洞窟に逃げ込まなければ、ポイズンポーションで足止めしなければ……そもそも、ハヤテがPKerに気付かなければ、アイネは今頃襲われていた。
「ハヤテさんが居なかったら、きっと私は殺されてます。そして、強制転移させられて……ログアウトして、VRドライバーを投げ出して、怖くて震えて泣いてしまうでしょう。そうしたら、二度とこのゲームに来られなくなっていたかもしれません」
それはアイネにとって、本当に有り得る事だと自覚していた。それだけ、リアリティの高いVRゲームは心に影響を及ぼす。
「ハヤテさんが助けてくれたんです。そんなハヤテさんが居なくなるのは嫌です」
「……アイネさん」
「一人は、嫌です。一緒に戦いましょう? それで、一緒に生き残りましょう。それが無理なら……」
もしも、二人でも抗いようが無いならば。もしくは、耐え凌いでもジン達が間に合わないのならば。
「無理だった時は、一緒に死にましょう」
ゲームの中とは言えど、中学二年生とは思えない壮絶な台詞である。しかしアイネは、大真面目で……ハヤテも、真面目にその言葉を受け止めた。
そんな中、唐突にメッセージとは異なる音が響く。
「……ジン、兄?」
それはハヤテに宛てた、ある贈り物。それを見たハヤテの表情が、歪む。
「……ハヤテさん?」
泣きそうで、笑い出しそうで、辛そうで、嬉しそうな……様々な感情が綯い交ぜになった、複雑な顔。
「ジン兄、ありがとう……」
一度目を閉じ、ハヤテは立ち上がる。
「ありがと、アイネさん。まだ、自分を肯定できないかもしれないけどさ……君の言う通りだ。最後まで、一緒に戦おう」
その表情は、先程までとは違った。強い意志を宿した、戦う男の表情である。
「……その顔のハヤテさんの方が、私は好きです。それより、ジンさんからは何を……?」
自分の言葉で復活した訳ではない。そう思ったアイネは、少し拗ね気味だ。しかし、ハヤテはそんなアイネの心情を知ってか知らずか、システム・ウィンドウを操作する。
「うん……”やっちゃえ”ってさ」
************************************************************
ポイズンポーションの効果が切れ、ディグルとその配下達が洞窟内に足を踏み入れた。
「も~いい~かい?」
それは、おどけた様子で。しかし、明確な殺意を宿した声色だった。
ディグルは、簡単な狩りだと確信している。何せ相手は、無名のプレイヤーだ。
イベントの動画を見れば、ジン達が尋常ならざるスキルを持つのは明白。しかし、情報を元に探し当てたジン達の拠点に居たハヤテとアイネ……二人は普通に狩りをしていた。
同じ和装でも、ジン達の様な異常性能は持たない。そして、ジン達に限りなく近しい存在。標的には、最適だ。
だから、予想だにしていなかった。
「あぁ……もう良いよ?」
そんな返答をされるとは、思ってもみなかったのだ。
視線を向ければ、盾を前面に構えたハヤテ。そして、その背後で薙刀を構えるアイネの姿だ。
「フン、もうちょい命乞いとか、そういうのはねぇのか? ”俺は良いからこの娘だけは〜”とかよ」
そんなディグルの言葉を、ハヤテは鼻で笑って一蹴した。
「なんでそっちのリクエストに応える必要がある?」
ハヤテの強気な台詞に、ディグルは表情を顰める。
「へっ、そこのメスガキを守る為か? クソガキが……お前らが特別じゃないのは、解ってんだよ」
そう、ハヤテとアイネは特別な力を持つプレイヤーではない。ディグルはそれを理解していた。それを見越して、二人を狙ったのだ。
そんなディグルの台詞に、ハヤテが意地の悪い笑みを浮かべた。
「ふーん、つまりアンタらは、ジン兄達にビビったわけだ。だから確実にPK出来る俺達を狙って来たって? って事は、俺達を陰でコソコソ隠れ見ていたんだ? 俺達、特別じゃない二人が孤立するのを狙ってたって訳だね。それで俺達をPKして、してやった気になって自分を慰めたいってか?」
捲し立てる様な挑発的な言葉に、ディグルや取り巻き達の表情に変化が起こった。怒りの形相……薄暗い洞窟でも、それはハッキリと解った。
「……遊びは終わりだ、そろそろ死ね」
そう言って、ディグルの取り巻き達が一歩踏み出す。その数は、二十九人……ディグルを含めて三十人という事だ。実はこの一団、PKギルドとしてはAWO最大規模の集団である。
ハヤテは、特別な何かを持つプレイヤーではない……少なくとも、数分前までは。しかし、今は違う。
「それじゃあやるよ、アイネさん」
「ハヤテさん、行きましょう!」
アイネの返答と同時、ハヤテはラウンドシールドの陰から手にした得物を男達に向けた。
「……何っ!?」
乾いた音が洞窟内に響き渡り、最も前に居た男の眉間に赤いダメージ痕が発生する。
「悪いけど、俺は剣や盾よりこっちの方が得意なんだ」
ジンからハヤテに贈られたのは、彼等にとって切り札となるアイテム。第一回イベントで、レーナというプレイヤーが使用していた特殊な武器。
FPSゲームで優秀な成績を収めた、ハヤテなら使いこなせるだろう。そう考えたジンはプレゼント機能を使い、自分の《オートマチックピストル》をハヤテに贈ったのである。
「銃だと!?」
「何でアイツがそれを持ってんだ!?」
男達が驚いている隙に、アイネが薙刀を振り上げた。
「【一閃】!!」
それは、躊躇の無い見事な一撃。男の首に向けられた【一閃】で、その男のHPを根こそぎ奪われる。
――賞金首プレイヤー相手なら、思ったよりも心に波風が立たないですね……。
それは、彼女がまだ中学生だからなのも理由の一つだ。VR技術は五感を再現するが、感覚にもフィルターがかけられている。十五歳未満のプレイヤーは残酷な描写、リアルな感覚を一部省かれるのだ。
そんなアイネに、一人の男が接近して剣を振り上げる。
「ブッ殺すぞ!!」
暴力的な言葉に見合った、殺意に満ちた顔を浮かべる男。その右目に向けてハヤテが発砲する。
「ぬわぁっ!?」
例えリアルに死ぬ事はなくとも、視覚的に何かが迫れば大抵の人間は驚愕し、恐怖感を覚える。
右目を潰されたプレイヤーがたたらを踏むと、アイネは残った左目目掛けて薙刀を振るった。
「くそっ……見えねぇ!!」
「邪魔だ、どいてろ!!」
「俺が殺る!!」
同時に二人の男が、両目を失った男を押し退けて迫る。
「複数の相手が来るのも、慣れっこなの」
落ち着いた様子のハヤテは、片方の男に二連射。防御力を無視した固定ダメージで、男のHPを一気に削る。
「な……っ!?」
撃たれた男は、防御力には自信があったのだろう。しかし、みるみる内に減少していくHPを見て危機感を覚える。
それは絶好の隙だ。ここは彼等の狩場ではなく、二人と多人数の戦場。
「隙ありです」
美しさを感じさせるフォームで、アイネが男に迫る。
「【一閃】!!」
これで、二人目だ。
アイネが片方の男に接近している間に、もう片方の男がアイネを斬り付けようと剣を振り上げる。
「させないって」
振り上げた腕の一点……剣を握る部分へ銃弾を撃ち込み、その動きを止めるハヤテ。
その射撃の腕、そして瞬時にどこを狙うべきかを決断する判断力。
ハヤテにはまだ、自覚がない。それは彼が、ゲーム世界で必死に学び、実践し、身に着けて来た彼自身の技術。ジンから贈られた銃が、その技術を活かしただけ。
「この……っ!!」
「はい、お疲れさん」
眉間への一撃。
「【一閃】!!」
更に、アイネの薙刀がその頭を捉える。頬骨の辺りを通り過ぎた薙刀が、そのHPをゼロにした。
銃を駆使したハヤテと、それに合わせて薙刀を振るうアイネ。何度かの攻防を繰り返す内、弾を撃ち尽くしたハヤテは一歩下がる。
「少しだけ、お願い!」
「はい、任せて下さい!」
アイネに一声かけながらシステム・ウィンドウを操作するハヤテ。アイネはそれにハッキリとした返事を返し、ハヤテを守る様に立つ。
「今だ! 押し込めテメェら!!」
ディグルの怒声に、男達が駆け出す。
「おい、もっとそっちに……」
「テメェこそ……っ!!」
ハヤテが逃亡先に選んだ、洞窟という地形が生きた。同時に通れるのは、二人が限度なこの洞窟の狭さ。これならアイネ単独でも、捌く事が出来る。
「はっ!! やぁっ!!」
堂に入った薙刀捌きと、威勢の良い掛け声。男達がその剣筋に足を止め、防御態勢を取る。
その様子を見たアイネは、冷静に型をなぞる。
「ふっ!! はぁっ!!」
男達の攻撃を押し留める、薙刀の刃が作り出す結界。その間に、ハヤテのリロードも完了する。
「サンキュ、お待たせ!!」
「はいっ!!」
リロードを終えたハヤテが、男達に向けて発砲。ダメージを受けて動揺した所へ、アイネが【一閃】を繰り出す。
……
そうして、倒されていく男達。しかし、その数に変化は無い。何故ならば、これはゲームだから。HPが尽きても、復活する手段があるのである。
「チッ……おら、早く回復させろ!」
手下達に、戦闘不能になった男達の回復を指示する。HPがゼロになっても、規定時間内に仲間が回復させれば復帰できる……それが、AWOの仕様なのだ。
「弾を変えてるって事は、無限じゃねぇ……弾切れになったら、後はもう打つ手はねぇだろ!」
その予測は正しい。弾が切れれば、ハヤテは剣と盾を装備するしか戦う術はない。ハヤテの剣と盾は、人並み程度の腕前だ。アイネの様な下地も無い。
戦闘はハヤテとアイネの方が優勢に見えるが、限界はすぐそこまで迫っていた。
ジンが所有し、ハヤテに贈ったマガジンは全部で六つ。既に四つ使用して、今が五つ目である。
既に、ディグルと数名以外は一度は死んでいる。それ故に、銃や薙刀の攻撃に慣れが生まれる。死んでも回復してくれる仲間が居れば、生き返る事が出来る。だから、攻撃を喰らっても良い。
たちの悪い事に貴重な蘇生アイテムも、度重なるPK行為でプレイヤーから略奪して来た。手持ちのアイテムには、まだまだ余裕がある。
そんな考えから、攻め方も強引なモノになる。そうなると、ハヤテやアイネの被弾が出て来てしまうのだ。
「くそっ、厄介な……!!」
「オラオラ、こんなもんかぁ!? 銃も大した事ねぇなぁ!!」
「……負けないっ!!」
「威勢がいいな、お嬢ちゃん!! ベッドの上でもそうなのかい!?」
男達の台詞にも、嗜虐的なモノが混じる。下劣な表現に、アイネは眉間に皺を寄せた。
「く……っ!! 残りは一組か……!!」
それはハヤテの持つマガジンが、最後の一つとなる事を意味している。
「ハヤテさん、私が抑えますから!!」
「ごめん、頼む!!」
ハヤテが下がり、アイネが薙刀を激しく振り回して攻撃する。しかしその手段にも、欠点があった。
「オラァ!!」
斬り付けられながら、アイネの薙刀を掴む男。
「な……っ!?」
「アイネさん!!」
急いでマガジンを装填し直すが、そんなハヤテに一人の男が迫る。
「な……っ!!」
「覚悟は良いか、クソガキ!!」
男の剣が、ハヤテの腹に突き刺さった。
「ハヤテさん!?」
「余所見してていいのか、お嬢ちゃん?」
アイネは迫って来たもう一人の男に、蹴り倒された。
「きゃっ……!?」
そんなアイネの両腕を、二人の男が足で踏み付けた。VR故に痛みは然程感じないが、その状況による圧迫感は相当な物だ。
プレイヤー同士の接触には、ハラスメント行為を防止する為のシステムである”ハラスメントセキュリティ”が存在する。もし彼等が手でアイネを押えれば、ハラスメントセキュリティが作動していた。
しかし、靴越しに足で踏み付ける分には、ハラスメントセキュリティの対象外となってしまうのだ。それを見越しての行動であり、【漆黒の旅団】のギルドメンバーが他人を押え付ける事に慣れているのが良くわかる。
「ここまでだ、クソガキ共」
そう言って、歩み寄るのはディグルだ。
「散々舐めたマネしてくれたんだ、覚悟しろよ……?」
そう言うディグルの手には、シミターと呼ばれる剣が握られていた。
悔し気に顔を歪めていたアイネだが、ある事に気付き……抵抗する力が、抜けた。その様子に、ディグルが嗜虐的な笑みを深めた。
「あ? 何だ、観念するか?」
それに対するアイネの返答は、涼しげな声であった。
「えぇ、観念して下さいね?」
男達はアイネの態度にせせら笑う。どうせ自分達を通報するとか、そんな所だろうと思ったのだ。しかし、そんなのは痛くも痒くもない。
それならば通報される前にアイテム等を仲間達に預け、アカウントを削除して一から作り直すだけである。これまでそうして、男達は通報から逃れて来たのだ。
だが、男達は勘違いしていた。
アイネが脱力したのは、もう助からないと思ったからではなく……助かったと確信したからだ。彼女が持つスキル……【感知の心得】が報せてくれたからである。
それは、ハヤテにも解った。待ちに待ったその時が、ついに来たのだと確信したのだ。
「時間切れって事だ……ご愁傷様」
その言葉を聞いたディグルは、悪寒を感じた。
自分達は、何故この二人を狙った? 本当に苦しめたかった相手は、誰だ? 何の為に、この二人を追い詰めた?
そんな初めはちゃんと認識していた事柄が、頭からすっぽり抜け落ちていた。目の前の二人が、想定していた以上に抵抗してみせたからだ。
そのせいで、二人を蹂躙する事に意識を集中し……結果、会いたくなかった存在が接近しているのだという事に思い至った。
しかし、もう遅い。既に詰みの段階に入ったのだ。
「【狐雷】」
その声がすると同時に、地面を電撃が駆け廻る。
「ぬぁぁっ!?」
「これは……っ!!」
ギリギリの位置で、ハヤテとアイネが麻痺しないように放たれた【九尾の狐】の魔技。
男達が麻痺状態になっている間を、一陣の風が通り抜ける。そしてハヤテとアイネのすぐ側に……紫色のマフラーを靡かせる、忍者が立っていた。
そんな忍者に抱き上げられるのは、巫女服の可憐な少女だ。
「大丈夫ですか……?」
「二人とも……待たせてごめん」
忍者が抱き上げる可憐な少女が、アイネの腕を踏み付けているプレイヤーを睨む。忍者の腕から跳び降りると、手慣れた動作で刀を抜いた。接近戦の訓練を頑張った甲斐あって、スムーズな動作である。
「アイネちゃんから離れて下さい」
同様に忍者も、ハヤテの腹を突き刺している男に向けて刀を向ける。
「ハヤテに何しているんだ、お前……」
普段とは違う、氷点下の声色。内容された怒りの感情は、如何程か。
そして……。
「「【一閃】!!」」
二人を襲うプレイヤー達に、情け容赦無用の渾身の攻撃。その怒りの【一閃】によって、不埒者達はHPを一瞬で刈り取られた。
「ジン兄……!!」
「ヒメノちゃん!!」
拘束から解放された二人が、よろよろと立ち上がる。ジンとヒメノは、刀を手にしながら二人に頷いた。
「よく耐えたね、二人共……もう大丈夫」
「全員、やっつけちゃいますからね」
そんなジンとヒメノの登場に、ディグルが忌々し気に声を震わせる。
「忍者野郎ォ……!!」
しかし、相手はランカーといえど二人。そして手負いの二人を庇っての状況だ。冷静になったディグルは、男達に声を掛ける。
「……お前ら、ここなら忍者野郎も十分動けやしねぇ!! たかが四人だ、ブチ殺せ!!」
だが、それは勘違いというものである。
「いつから四人だと錯覚していた?」
声は、ディグル達の後ろ……洞窟の入口の方から聞こえた。
「十人だよ、賞金首。俺達の仲間に手を出したんだ……覚悟は良いな?」
立っていたのは、金髪の鎧武者。その傍らに青銀色の髪の巫女少女。そして、二人の少し前で盾を構えるは金髪の和風メイド。
その後ろに和装の三人……黒髪のくノ一、銅色髪の巫女少女、眼鏡をかけた和装執事が控える。
「貴方達は……絶対に許さない……」
「お嬢様の仰る通り。それではギルマス、ご指示を」
普段のクールな声色から、何段階も温度が下がった声で巫女服なお嬢様と、和装メイドが呟く。
鎧武者はそれを受けて、腰に差していた刀を抜いた。
「決まっている……殲滅だ!! 行けるな、ジン!!」
「あぁ……僕達の仲間に手を出した事、絶対に許さない!!」
怒り心頭のジンは、臨戦態勢にありながらも普段の口調でディグル達にそう宣言した。
そんな、頼れる仲間達の合流。そして、自分達を思って怒りを露わにする姿と声。満身創痍ながらも、ハヤテとアイネの胸に熱い物が込み上げ……そして、萎えかけた戦意が再び沸き上がる。
「もう一度言いますね、観念して下さい!!」
「そういう事……俺達の勝ちッスよ!!」
諦めずに抗った二人は、勝利を確信して構える。ここからは徹底抗戦では無く……討伐の時間だ。
ハヤテは躓きながら、足掻いて強くなるタイプのキャラクターです。
そんな面が出せていられたら、良いなぁ。
2020/8/10、一部の描写に多くの意見を頂き、修正を実施しております。
次回投稿予定日:2020/8/13