20-50 騒動を収めました
ギルド【摩天楼】の面々が、アンヘルだと思い込んでいた女性……それは、ケリィだった。予想外のプレイヤーの姿に、【摩天楼】の面々は絶句している。
そんな彼等は置いておき、比較的冷静さを保っていたノーリスがジン達に問い掛ける。
「まさか、あなた方だったとは……ですが、皆さんは何故ここへ?」
他のクランの拠点に、変装して訪れる……まさか【騎士団連盟】の、情報収集か何かだろうか? と、ノーリスは疑惑の視線を向ける。彼等の事は好ましく思っているが、それはそれ、これはこれだ。
そんなノーリスの質問に、ケリィがふわりと微笑んで答える。
「ふふっ、そう警戒しないで下さい。今回この拠点に伺ったのは、市場調査の為なんです」
その言葉に、ノーリスは一瞬何のことか? と疑問に思い……数時間前の、運営ミーティングの内容を思い出した。
「あ、もしかしてオークションの……?」
「はい。ご存知の通り、夫……ユージンは、生産職人ですから。彼は既に、オークションに向けて生産に励んでいます。折角ならばより良い品を出品したいのだそうですが、そうなると最前線の需要を把握する必要があります」
「成程~! それではケリィさんが、代わりに市場調査に?」
「そんなところです。内助の功を気取る訳ではありませんが……あの人をサポートするのが私の務めであり、そして喜びですから」
夫を支える、良き妻。そんなケリィの説明に、ノーリスは「おぉ……」と感動している様だった。
「……成程。我々【騎士団連盟】は、攻略最前線の一角。ここで販売されている商品を見て、オークションに出す武器や防具の性能の指標に……という事でしたか」
「そーゆーこと。まぁ堂々と来ちまうと、色々勘繰られそうだしな。だから、こうして変装をってワケだ」
納得するディレックの言葉に、ヒューゴが補足する。それに対するディレックの反応は、「さもありなん、だな」と理解を示していた。
「それじゃあ、貴方も生産の為に?」
「いんや、俺は[アージェント平原]来た事無かったからさ。これ幸いって感じで、付いて来たんだよ。ギルド入る前は、俺も【聖光】に入れればな~とか思ってたクチだし。気になって、夜しか眠れなくなっちまってさ」
「……それは、健康的で良い事ですね。いや、昼の仮眠は大切か」
適当な所でヒューゴとの会話を切り上げたディレックが、他の面々に視線を向ける。そんな彼の視線に、他の面々も「まぁ、そうなるよね」といった様子で口を開いた。
「私はヒューゴさんと同じで、観光目的ね。最前線クランの拠点開発、どんな風なのか気になったから」
「とまぁ、ストイックな方々はそれとして。拙者は単に運が良ければ、友人に会えないかと思った次第でゴザル」
「私は頭領様の付き人として、ご同行しました。ギルド内のジャンケン大会で、勝利を収めた故……熾烈な戦いでした」
「で、こうなった以上は【ラピュセル】からも誰か同行してみようという事になったんです。それで丁度予定も無くて、身体が空いていた私が同行した感じですね~」
「めっちゃエンジョイしてるんですね、本当に」
「確かに。まぁ、皆さんが楽しそうで何よりです」
内容も理に適ったものだし、そもそも彼等に対する信頼度はそんじょそこらのギルドよりも格段に高い。そんな訳で、【騎士団連盟】の面々はジン達の言葉を信じたのだった。
そうして【十人十色】側の事情を把握したディレックが、次に視線を向けるのは【摩天楼】の面々だ。変装していたとはいえ、無関係のプレイヤーを一方的に包囲して、詰問したのだ……お咎めなしにするわけにはいくまい。
そんな【摩天楼】だが、ディレックの視線にはまだ気付いていない……予想外の正体に驚愕していた彼等は、すぐに判断ミスをしたヴィッツに詰め寄っていたのだ。
「おい、アンヘルじゃねーじゃねーか!!」
「ヴィッツ!! お前、恥かかせやがって……」
仲間達に叱責されるヴィッツは、思わず焦って思っている事を口にしてしまう。
「い、いや!! さっき見た時は、間違いなくアンジェリカだったはずなんだって!! 胸はアンジェリカの方がちょっとでかくて、腰はあの人の方が少しだけ細いんだよ!! 足だってアンジェリカはもっとムチッとしてたし、尻だってちょっと大きかったんだ!! 見間違えじゃない、絶対にさっきはアンジェリカだったはずだ!!」
その発言に、その場の空気は一気に冷めていった。
ギルド【摩天楼】の面々は、ヤバいぞコイツ……という、性犯罪者を見る様な視線になった。
ディレック達【騎士団連盟】も、危険人物を発見したとばかりに警戒している。
そしてジン達は、ケリィにコイツを近付けたらいけない! といった表情だ。彼女の姿をディレックから隠すべく、庇う様にして構える。
そして騒動に気付いたプレイヤー達は、遠巻きに見ていたのだが……ヴィッツの発言を聞いて、ヤベー奴発見とばかりに小声で会話している。システム・ウィンドウを使って、スクリーンショットを撮影する者達まで居る。
そんな周囲の様子で、ヴィッツも自分の失言……というか、あまりにもアレな発言に気付いた。しかし、時既に遅し……この凍り付いた空気感を払拭する術を、彼は持ってはいなかった。
「ち、違う……!! さ、さっきは本当に、アンジェリカだったんだ……!! う、嘘じゃあ無いんだ……!!」
************************************************************
自らの失言で勝手に追い詰められているヴィッツだが、実際に彼の口にしている事は正解である。食堂に入った時、六人組の内二人はアンヘルとヴィクトだったのだから。
入れ替わったのはアンヘル達が食堂に入り、ジンとケリィが後から続いて入店した直後。
まず変装したジンとケリィが合流し、【カレイドスタイル】にアンヘルとヴィクトの変装用の装備と同じ物を登録。入店した直後に早着替えをして、ミリア達に合流し入店の受付をして席へ。
その際にアンヘルとヴィクトはパーティを抜けて、二人で個室席へ向かった。
ちなみにジンとケリィが選ばれたのは、それぞれがアンヘル・ヴィクトと最も体型が似ているからである。
とはいえ、ヴィッツの目利き通り……一番近いが、全く同じではない。もっともそれを見抜けるのはアンジェリカの病的なファンか、ヴィッツの様な観察眼に下心を搭載した者だけだろう。
これはコンとホリィの脚力を頼って[アージェント平原]に急行した、ヒメノ・リリィ・コヨミの三人の仕込みがあってのことである。実は彼女達が先行して、他の客が居ない店を選定しておいたのだ。
変装したヒメノ達は、安全に入れ替わる事が可能な店に誘導。あとは気付かれない様に、食堂で大人しく食事をしているだけで良い。
つまりアンヘルとヴィクトは、ヒメノ達と共にまだ件の食堂に居るのだった。そして今、彼女達はこのシナリオを用意した面々と連絡を取り合っていた。
……
「ん、OKッスね! はぁ、アホ集団で助かった~」
「じゃあ、そろそろ良い頃合いだね」
「えぇ……あっちに考える隙は与えない様に、畳み掛けるわよ」
「了解っと。さーて【摩天楼】の諸君は、想定外の事態にどこまで対応出来んのかな~?」
ハヤテとナタク、フレイヤにビィト。クラン【十人十色】でも、特にオンラインやVRMMOに慣れ親しんでいる面々だ。
彼等はアンヘルの再出発を達成するのに併せて、もう【摩天楼】を彼女に近付けさせないつもりである。
************************************************************
街の入口付近で起きた騒動によって、多くのプレイヤーが集まっている。ディレック達は早々に、この騒動を収めなければ……と考えた。
「仕方がないな、君達……ギルド【摩天楼】だったか、場所を変えて話を聞こう。ここでは、他のプレイヤーの迷惑になる」
言い方はマイルドだが、その意味するところは連行する……というものだ。彼等にしてみれば、自分達の拠点で騒動を起こされたのだ。それくらいの措置も、当然だろう。
そんなディレックの言葉に続いて、ノーリスがジン達に歩み寄る。
「【十人十色】の皆さんは、どうしますか? 皆さんはあらぬ疑いを掛けられた側ですので、無理にお付き合い頂かなくても構いません。勿論、彼等からの誠意ある謝罪に関しては、我々【騎士団連盟】側からも徹底させます」
マナー違反の為をされ、一方的なイチャモンを付けられただけ。この場において【十人十色】の面々は被害者側だと、誰もが考えている。
しかし往生際の悪いヴィッツは、ジン達に向けて声を荒げた。
「しょ、食堂だ!! さっきの食堂に、まだアンヘルが居るんだろ!! そこの女と、あそこで入れ替わったんだ!! そうに決まってる!!」
自分の観察眼(下心)に余程の自信があるのか、それとも自分が間違っている事を受け入れられないのか……ヴィッツは、食堂を確認すれば自分の考えが間違っていないと証明できる……そう考えて、【騎士団連盟】側に訴える。
しかしディレックは、呆れ顔を浮かべて首を横に振る。
「はぁ……君の言う事は、支離滅裂じゃあないか。相手が誰だか、理解しているのか? 【十人十色】は彼女と【禁断の果実】の被害者であり、その策略を阻止したんだ。君はそんな彼等が、アンジェリカを擁護していると言うんだな?」
「うっ……そ、それは……」
アンヘルの”真実”を知らない彼等は、彼女と【十人十色】が行動を共にするはずが無いと考えている。それがこの事態において、ジン達のアドバンテージなのだ。
ちなみにジン達は、一言も「入れ替わりなんてしていない」とは言っていない。可能な限り、嘘を言わずにこの場を潜り抜ける……というのが、【十人十色】側の方針である。
だからジン達がそれぞれここに来た理由は、完全に嘘という訳では無い。本当の事を言いつつ、隠し事は口にしない……ただ、それだけだ。
そんな中、街の入口側で驚きの声が上がった。それは【十人十色】でも【騎士団連盟】でも、【摩天楼】でもない……野次馬をしていたプレイヤー達のものだ。
「えっ……う、嘘だろ!?」
「何で、ここに……いや、当たり前……なのか!?」
モーゼの海割りの様に人垣が割れて、その向こう側から歩いて来るプレイヤー達の姿が見える様になった。
「あ、あれは……!!」
ギルド【桃園の誓い】のギルドマスター・ケインと、サブマスター・イリス。
ギルド【魔弾の射手】のギルドマスター・ジェミーと、サブマスターであるミリアの代わりにレーナ。
ギルド【忍者ふぁんくらぶ】会長・アヤメと、副会長・コタロウ。
ギルド【ラピュセル】ギルドマスター・アナスタシアと、サブマスター・アシュリィとアリッサ。
フリーランス枠からは、有名な生産職人として名を馳せるユージン。
そしてギルド【七色の橋】のギルドマスター・ヒイロと、サブマスター・レン、その従者であるシオン。
このタイミングで現れたのは、【十人十色】を構成するギルドのトップ達だった。
彼等は道を開けてくれたプレイヤー達に軽く会釈をして、ジン達の方へ歩み寄る。その様子は堂々としたもので、後ろ暗い事など無いとアピールするかの様だ。
「やぁ、皆。トラブルと聞いて、飛んで来たんだが……」
まずはケインがジン達に声を掛けて、そしてその視線を【摩天楼】に向ける。
「【摩天楼】の、エディミオンさんだったね。もしかして、我々の仲間とトラブルを起こしたのは……君達なのかな?」
最後の一言を口にすると同時に、すっと目を細めるケイン。その声色は、ジン達に向けたものよりも冷めたものだ。
普段は穏やかで優しい印象を与える彼のそれに、エディミオン達もケインが静かに怒りを燃やしているのを察した。
「い、いや……こ、これはだな……アンヘルを追い詰める為に、仕方が無く……」
しどろもどろになって、言い訳を始めるエディミオン。だが、そんな彼の言葉を耳にして、ヒイロは冷静に言葉を投げ掛けた。
「そもそも、何故彼女を追う必要があるのかが解らないですね。あなた達は【禁断の果実】に、どんな実害を与えられたんですか?」
冷たいその言葉に、エディミオンは口を噤んだ。
実際に【摩天楼】は、【禁断の果実】のスパイが入り込んだギルドではない。彼等と対峙した訳でもないし、アンジェリカと接点があったのもヴィッツだけだ。
しかし、そこで助太刀だとばかりに口を開いたのはアドニスだ。
「彼女は既に、AWO全体に被害を出しただろう? そしてコソコソ隠れて、あちらこちらのクラン拠点を回ってるんだ。また何か、良からぬ事を企んでいるに違いない。そう思うのは、当然だろう?」
「……もしかして、それだけですか?」
「それだけ? それだけだって!? それ以外に、何がある!? 君達だって、過去に……!!」
「別にギルド内にスパイが居た訳でも、攻撃された訳でも無いと。だとしたら、話にならない」
「な……っ!?」
絶句するアドニスと話していても、時間の無駄。そう判断したヒイロは、ディレック達に視線を向ける。
「【聖光】のディレックさんとノーリスさん、先日ぶりです。こんな状況でなければ、素直にまたお会い出来て嬉しい、と言えたんですけどね」
「同感です、ヒイロさん。それに、他の皆さんも……簡単ではありますが、自分から今解っている状況をご説明いたしますが、よろしいですか?」
そう言ったディレックに、ヒイロ達は「お願いします」と頷いた。その返答を聞いた彼は背筋を伸ばし、胸に手を当てて報告を始める。その様子は本当に、騎士らしい仕草だった。
「今回の件はギルド【摩天楼】曰く、アンジェリカを探す最中に起きた出来事とのことです。彼等はアンジェリカことアンヘルが、この[アージェント平原]に居る事を知り、彼女を追い詰めようと捜索をしていた模様です。そこで彼等が目を付けた六人のプレイヤーを集団で包囲し、詰問している所に我々が駆け付け事情を聞いていた次第です。しかし実際に詰問されていたのはアンヘルとその仲間ではなく、変装した【十人十色】の皆さんでした」
彼の説明は、要点を纏めた簡潔なものだった。言葉選びも適切で、【十人十色】側にも【摩天楼】側にも私情を挟まない、客観的な事実だけを述べたものだ。
そんなディレックに、アナスタシアが声を掛ける。
「ご説明に感謝します。彼等が[アージェント平原]を訪れた事情については、もうご存知で?」
「はい。先に控えるオークションに向けた市場調査と、開発が進んだ当拠点の観光が目的だと伺っています。その目的や行動には問題は見受けられず、我々としては来訪を歓迎しております」
「良かったです、ご理解頂けている様で安心しました。ありがとうございます、ディレックさん」
そう言ってアナスタシアは笑みを浮かべ、軽く一礼して場を譲る。その態度には後ろめたさなどなく、仲間達が誤解されていない事に安心したトップとして映る。
そのタイミングで、ヴィッツはある事に気が付いた。
「な……っ!? 無いっ!! 無いぞっ!! 何で!? 消えた!? 何でだァッ!!」
自分のシステム・ウィンドウを凝視して、突然騒ぎ出すヴィッツ。彼は表情を歪めて、ウィンドウを操作して何かを探している様子だ。
「おいぃっ!! また名前を変えたのか!! アンヘルが居ないっ!! どこだ!? どこだ!? どうしてッ!? いない!! いない!! 何で!?」
そう喚き立てるヴィッツに、エディミオン達は何が起きたのかを察した。アンヘルが、ヴィッツとのフレンド登録を切ったのだ。
その様子を白けた様子で見ていたヒイロは、一つ溜息を吐いてディレック達に視線を向けた。
「どうやら騒ぎに気付いた彼女が、彼とのフレンド登録を切ったんでしょうね……まぁ、これだけ目立っていれば、当然か」
「その様です……恐らく他のフレンドも同じ様に解除されているでしょう。彼女が何をするつもりかは解りませんが」
そう口にしたディレックは、どことなく苦々しい思いを吐き出すのを堪えている様子だった。そんなディレックを見て、ジンは改めて不思議に思う。
――さっきはアンヘルさんを追い詰めるにしても、それが正当な行為なのかを突き詰めている様子だった……しかし心情的には、アンヘルさんを疑ってはいるらしいな。彼は何故、そんなにアンヘルさんや【天使の抱擁】を……?
ジンがそんな事を考えていると、ヴィッツは騎士達を押し退けながら駆け出した。
「食堂だ!! 食堂にまだ!! まだ絶対に居る!! 居るんだっ!! 絶対に、俺は間違ってないっ!! 逃がさねぇ……逃がさねぇぞアンジェリカァッ!!」
狂った様に喚き散らしながら、全力で駆けていくヴィッツ。入れ替わったのは食堂に入ってからであり、まだ今ならアンヘルが居ると考えたのだろう。
しかし、もうアンヘル達はそこには居ない。ヒイロ達がこの地に到着した時点で、アンヘルとヴィクトは[ウィスタリア森林]に帰還している事をジン達は知っていた。
フレンドリストでヒイロ達の現在地を確認し、それが[アージェント平原]になった瞬間にアンヘルはフレンド登録を一斉解除した。彼等の到着は、アンヘル達に対する”合図”だったのだ。
同時にそれは自分達に視線を引き付け、フレンドリストの確認を遅らせる為の目くらましでもある。だからこそ、クランのトップ層が総出で駆け付けるという演出を敢行したのである。
ちなみにフレンド登録を全て解除してしまうと、フレンド限定で入場可能な[十色城]には立ち入る事が出来ない。それは【天使の抱擁】用に設置されている、≪ポータル・オブジェクト≫への転移も同様だ。
しかし、その場にはヒメノ達が居る。アンヘルは即座に彼女達とフレンド登録して、そのまま一旦ログアウトした。
リスポーン地点は勿論、[ウィスタリア森林]……[十色城]の≪ポータル・オブジェクト≫だ。
駆け出して行ったヴィッツを、【摩天楼】の面々が……そして、逃がさないとばかりに【騎士団連盟】のメンバー達が追い掛ける。その場に残ったのは、【十人十色】のメンバーとディレック・ノーリスだけである。
「……災難でしたね、皆さん。彼等の処遇は、私達にお任せ頂けますか」
ディレックはそう言って、ジン達に真っ直ぐに向き合う。その眼差しを見たジンは、やはり彼が悪い人間だとは思えない。
だから、つい思わず聞いてしまった。
「ディレック殿は、アンジェリカ殿や【禁断の果実】……そして【天使の抱擁】に対して、良い感情を抱いていないと聞いていたでゴザルが……それでも【摩天楼】は、間違っていると考えるのでゴザルか?」
そんなジンの言葉に、ディレックは少しだけ表情を強張らせた。しかしすぐに気を引き締め直して、彼はハッキリとした口調で告げる。
「スパイ行為を実際に行っていた、【禁断の果実】に対しては言うまでも無いでしょう。そのスパイの中には、俺にとって……大切な人も居ました。彼女は俺の目の前で、狂った様に笑いながら自爆したんです」
そんなディレックの言葉を聞いて、ジン達は眉を顰めた。あの時はジン達も現場に居たので、それがどんな阿鼻叫喚だったかは記憶に残っている。
ジンは口元を覆っていた≪飾り布≫を下げ、口元を露わにしてディレックに向き直る。
「ディレックさん。不躾な質問をしてしまいました、申し訳ありません」
そう言って頭を下げるジン。そんなジンの姿を見て、ディレックは表情を緩めた。
「良いんだ、ジンさん。君達が動いてくれたお陰で、【禁断の果実】の企みは白日の下に晒された……それで良かったと、今はハッキリと言えるからね」
ディレックはそう言って、次の瞬間には表情を顰めた。
「問題なのは、アンジェリカだ……【禁断の果実】はゲームから排除され、司法の裁きを受けていると聞く。しかし彼女は何の説明もなく、行方を晦ませてそれっきりだ」
ディレックが言及したのは、アンジェリカに対してだった。彼もまた、彼女が何かを企んでいる……そう考えているのだろう。ジン達はそう思ったが、すぐに続けられた彼の言葉は予想外のものだった。
「少なくとも彼女を応援していたファン達に対して、言える範囲でも良いから説明するべきじゃあないのか? それをしない以上、まだ何かを企んでいると思われても仕方が無いはずだ!」
その言葉を聞いて、ジン達は「おや?」と内心で首を傾げた。そんなジン達に気付いた様子もなく、ディレックは更にボルテージを上げていく。
「彼女も彼女なら、【天使の抱擁】も似た様なものだ……!! 彼等こそ、アンジェリカに対して説明する様に働き掛けるべきじゃあないか!! だというのに、彼等は未だにコソコソしてばかり……!! 過ちを犯したアンジェリカに擦り寄るのには、何か利益があるからだと言っているようなものじゃあないか!! 後ろ暗い事が無いのならば、ハッキリ言えばいいはずだ!!」
どうやらディレックは、アンジェリカと【天使の抱擁】が何の行動も起こしていないのが気に入らなかったらしい。要するに、筋を通せ……という事なのだろう。
――あー……まぁ、居るよね? そういう人……。
要するに、正論は正論なのだ。言いたい事は、理解できなくもない。
ただそこに、ほんの少しでも相手方に事情があるのではないか? という考えが浮かべば、もう少し落ち着けるのではないか。
ジンはそう思うものの、それは自分がアンヘル側の立場だから言える事だと考える。何も知らないプレイヤー達にとっては、彼女はまだ何も説明していない……今は、まだ。
だからジンは、ディレックに反論する様な事はしなかった。
実際に彼は口は出しても、手を出したり相手を包囲したりはしていない。超えてはならないラインは、ちゃんと守っていたのだから。
「ディレックさんの考えは、よく理解出来ました。ただ、それを踏まえても……やはり【摩天楼】のやり方は、看過できませんね」
誠意ある対応を求めるスタンスのディレックとは違い、【摩天楼】はやり過ぎだ。
――まぁ、僕達が声高に言える事では無いかもしれないけど。
過去に【禁断の果実】を止める為に、ジン達は多くのギルドと連携して彼等を追い詰めた事がある。
勿論それは不正騒動に始まり、仲間であるマキナを脅迫され、そしてスパイによってイベントを【天使の抱擁】有利な展開に誘導しようとしていたから、止める必要があった。
その点を考慮すると、【摩天楼】とは違うと言えるだろう。
それについては、ディレックも同意見だった様だ。
「コホン、失礼しました……えぇ、仰る通りです。たとえ相手が過去に過ちを犯した事があるプレイヤーであっても、付け狙い、囲んで、追い詰めることはルール上許されない。彼等は明確な証拠もなく、一方的な思い込みでプレイヤーを突け狙った。それも我々、【騎士団連盟】の管轄地で。当然、お咎めなしにするわけにはいきません」
真正面から【天使の抱擁】に食って掛かったのは、ディレックなりに筋を通した結果なのかもしれない。ちょっと融通が利かなずズレている気がしなくもないが、彼のスタンスは全く理解できないというものでは無かった。
そうこうしていると、ノーリスが苦笑しながら会話に割り込んで来た。
「そろそろ確認しに行きましょうか、ディレックさん? 【十人十色】の皆さんさえよろしければ、後の事は我々が請け負いましょう。もう結構な時間ですし、中高校生の皆さんはログアウトの時間も迫っているのでは?」
「あら、確かに。それもそうですね……」
今まで静観していたレンが、システム・ウィンドウで時刻を確認すればもう二十二時半だ。
「お手伝いできず心苦しいですが、お願いしてもよろしいでしょうか?」
そんなレンの言葉に、ディレックとノーリスは笑みを浮かべて頷いてみせる。
「勿論です。我々の拠点で起きた事ですので、後処理はお任せ下さい」
「結果につきましては、後日こちらからご報告させて頂きますね!」
そう言って一礼すると、二人は件の食堂の方へと駆けて行った。ジン達はそれを見送って、街の入口にある≪ポータル・オブジェクト≫から[十色城]へと転移するのだった。
************************************************************
ジン達が[十色城]に到着すると、既に他の面々も帰還していた。今は大広間で、アンヘルとの再フレンド登録に精を出している様だ。
「あ、皆さんお帰りなさい!」
真っ先にジン達の期間に気付いたヒメノが、満面の笑みで駆け寄る。
「ただいま、姫」
「お疲れ様、ヒメちゃん」
「色々ありがとう、ヒメ。お陰で無事に事態の収拾がついたよ」
すぐにリリィやコヨミにも感謝の言葉を伝えて、ジン達はようやくリラックスする事が出来た。
そんなジン達の所へ、アンヘル……いや、アンヘルだった彼女が歩み寄る。
「皆、今回の件……色々と、迷惑をかけてごめんなさい」
彼女は第四回イベントで対峙した時と違い、申し訳なさそうに眉尻を下げてそう言った。それだけの事でも、彼女がアンジェリカだったあの頃とは違うのだと感じる事が出来る。
「ごめんなさいより、ありがとうの方が良いと思うでゴザルよ」
ジンがそう言って笑ってみせると、彼女は驚いたように目を丸くして……そして、コクリと頷いて口元を緩めた。
「みんな、ありがとう……これから私は【フィリア】として、皆と一緒に頑張ります。改めて……よろしくお願いします」
次回投稿予定日:2026/3/20(第二十一章)
フィリアという名前には【友愛】【親愛】【愛着】とか、【損得抜きで互いを尊重し合う愛】を意味するそうです。
新しいスタートを切る彼女にとって、良い名前になったのではないかと思います。




