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忍者ムーブ始めました  作者: 大和・J・カナタ
第二十章 第四エリアを目指しました

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20-45 お返しでした

 ホワイトデー当日の夜、普段よりも少し早めにログインしたジンとヒメノは、早速ある事に精を出していた。正確にはせっせと動いているジンを、ヒメノが手伝う形だ。

「ルーさん、シンラさん、クロードさん、ハルさん、アイテルさん、シアさん、ナイルさん、トロさん、エルリアさん、フィオレさん、ステラさん、エリザさん、リーパーさん、クーラさん……よし、クラン外の人はこれでオーケーかな」

 ゲームでしかやり取りの無い、クラン外の知り合い。バレンタインにチョコを贈ってくれた面々へのお返しを、プレゼント機能で贈る。ジンがログインして最初に実行するタスクが、これだった。


 ラッピングしたお返しを、プレゼント機能用のシステム・ウィンドウに添付。そこからジンらしい丁寧な挨拶文を、一人一人に向けて手打ちで綴った。

 これだけならばそこまで大変ではない……と考える人もいるかもしれないが、なにせ人数が多い。十四人それぞれにメッセージを考えて入力するのは、大仕事と称して差し支えないだろう。

 ジンはタイピングが得意という程ではないが、苦手という訳でもない。それでも、流石に骨が折れた様だ。


「改めて見ると、沢山貰いましたね?」

「そうだね、ありがたいことに。義理とはいえ、こんなに貰ったのは正直初めてだったよ。まぁ一番記憶に残ったのは、大本命を婚約者から貰った事だけど」

 万が一にも嫉妬などされないように、一番はヒメノだと断言するジン。そんな彼の言葉に、ヒメノも「それは……そうじゃなきゃ、困っちゃいます」と照れ笑いする。

 ジンとしても、心の中で思うだけでも伝わるといった、甘えや自惚れは無い。言うべき気持ちはしっかり伝える……そんなスタンスも、二人の仲が良好な理由の一つだろう。


「プレゼント機能でのお返しは、これでオーケーだし……後は、クランメンバーに渡す分だね」

「……何と言うか、凄い数ですよね」

 ジンとヒメノの視線の先には、山積みになったホワイトデーのお返しがあった。全てプレゼント用の袋で、個包装された品々だ。勿論、これは全てクランメンバーの女性陣に手渡しする為のものである。


「まぁ、うちのクランって女性陣の数が多い方だもんね」

「えーと、男性が五十人くらい? で、女性が六十人くらいでしたっけ……確かに、他の所は男性の方が多いイメージですね」

 実際には、男性四十八名に対して女性六十四名。PACパックは男性十二名、女性二十一名という比率だ。女性のみで構成されるギルド【ラピュセル】の存在を考慮の外に置いた場合でも、女性の方が人数が多い。

 そんな訳でクラン【十人十色ヴェリアスカラー】は、女性の人数が多い珍しいクランだったりする。

 他のクランは、基本的に男性の方が圧倒的に多いらしい。平均的には、男女比が7対3くらいなのだとか。


「そういえば、皆さんへのお返しは何にしたんですか?」

「うん。クラン外の人にはクッキーで、クラン内の人にはマドレーヌにしたよ。ユージンさんお勧めのお店で買ったんだ、始まりの町[バース]にある[Camulodunumカムロドゥノン]っていう喫茶店」

 ユージンが勧めたのは、ご存知の通りセスの経営する喫茶店だ。その理由は、彼の技量を評価したから……のはずだ。決して仕事を増やしてやろうという、パワハラじみた理由ではない……と思う。


「確か姫も、クランメンバー全員に渡したんだよね?」

「そうですね。簡単な物ですけど、日頃からお世話になっているお礼として義理チョコを。というか、うちのギルドは全員そうしてますね」

 実際にはバレンタイン当日の大雪で、ログインできなかった女性陣以外は全員がクランメンバー男性陣にチョコを渡している。当日に渡せなかった女性陣は、翌日以降に渡した形である。

 そんな訳でホワイトデー当日の今夜、クラン拠点に向った後は男性陣からのお返し祭りになるだろう。


……


 そして、現実時間で二十時半になった頃。

「あれ? ここ拠点だよね? コミケ会場?」

 クランホームである[十色城]にある、大会議室へ向かったテオドラは……目の前の光景に、そう呟いた。

 大会議室の扉を開けると、男性陣がホワイトデーのお返しを渡す為に机を並べて立っていた。一人一人の前にある机には、勿論積まれたお返しの山がある。

 一列ではなく、複数列を成している。そして女性陣が一つ一つの列で、男性陣からお返しを受け取って行っている。この様子を見ると確かに、ブースの様に見えるかもしれない。ある意味で、イベント会場。


 既にジン達も女性陣と一旦分かれて、男性陣と共に列を形成していた。

「あ、テオドラさん。バレンタインチョコ、ありがとうございました。これはお礼になります」

「こっちは、僕からです。バレンタインチョコありがとうございました」

「おー……ありがとヒイロ君、ジン君。あ、こうして受け取って行ってねって事ね?」


「現実でこんなに食べたら、間違いなく太るわね……」

「まぁ、そこはゲームだし良いんじゃない? おっ、これ美味しそう」

「どれどれ……あっ、これ一口サイズの羊羹だったんだ!? ん? ホワイトデーに羊羹……?」

「羊羹を贈る時は、『末長い関係』とか『健康を祈る』って意味があるそうですよ? ただ、切るタイプだと『縁を切る』になるそうですが……」

「あぁ、だから一口サイズなのね。ってか、これ誰の……やっぱり、コタロウさんだったか!」


 ちなみにこのメンバーの中には、【天使の抱擁】とヴィクトも同席している。バレンタインの時はそこまで関わりの無かった面々だが、【天使の抱擁】の女性三人も配布列に連行されていた。

「……私達まで、貰っても良いのかな?」

「バレンタイン、チョコも何も渡していないんだけど……」

「うーん、アンヘルさんやソラネコさんの言う通りなんだけど……」

 戸惑うアンヘル・ソラネコ・ミシェルだが、そんな彼女達を引っ張って行くのは、チナリとマール、ヴィヴィアンだった。

「良いの良いの! 細かい事は、気にしなーい!」

「そうそう、折角のイベントなんだから、一緒に楽しむのが吉よ?」

「は、はい……! 私達は仲間なんだから、その方が良いと思うので!」

 そういう事らしい。


 さて、現在【天使の抱擁】は[十色城]に居るのだが……彼等の表情に、危機感や焦燥感といったものは無い。むしろ、リラックスした様子である。その理由は、この場所……[十色城]の大会議室そのものにある。

「しかし、驚いたな……本当にインスタンスマップになっている……」

「あぁ、本当にな。フレリスでも、所在地不明になってるし。流石、ユージンさんだぜ……!!」

 この大会議室は、ユージンによってインスタンスマップに改装されたのである。それも、たった一晩でだ。ジェ〇ンニかな?

 勿論彼一人で全てを実行に移した訳ではない、PACパックや応援NPC達が手伝ってくれたおかげでもある。


「ちなみにギルドやパーティ毎に会議室を使いたい時、同じタイミングで同時に使う事が出来るよ。まぁ、使う機会はそんなに多くないとは思うけど」

 そう言って笑うユージンは、自身の功績を誇る事なく普段通りである。

 しかしながら、インスタンスマップをプレイヤーが作成するには三つの素材が必要らしい。それはどれもレア素材で、取引掲示板でもあまり出品されないし、出たとしても値段がとんでもなく高い。

 そんな稀少な品をポンと用意したのは、勿論ユージンである。何でも、以前たまたま採取した物を死蔵していたのだとか。


「本当に良かったんですか、ユージンさん……めちゃくちゃ貴重なアイテムを……」

「そうですよ! 使わなくても、売ったり出来たはずなのに……」

 ハイドとエミールが申し訳なさそうにしているが、ユージンは笑い声を上げながら手を軽く振る。

「いやいや、本当にたまたま持っていて、しかも存在を忘れていた素材だったんだ。自分の工房も、インスタンスマップの部屋なんて必要ないからね。必要な所に必要な物を使った、それだけのことさ」

 そう言って笑うユージンに、もう誰も何も言えない。この生産大好きおじさんは、相変わらず身内に非常に甘いらしい。


「しかも、何という事でしょう。大会議室の入口にはポータル・オブジェクトが用意されています。これは【天使の抱擁】がオブジェクト登録をしておく事で、彼等がギルドホームから直接ここに転移出来るようにしたのです。これは【摩天楼】の様な勢力に、彼等の存在を最大限察知されないように……という、匠の細やかな心配りが伺えます」

「ビフォー〇フターのナレーション!?」

「ケリィさん、めっちゃ上手いな!?」

「あら、本当ですか? ふふっ、忘れた頃にでも、また披露してみましょうか」

 少しお茶目っぽく笑うケリィに、コイルとジョーズが言葉を失って見惚れてしまう。アンヘル達で美人には慣れているはずなのだが、それでも耐性は十分ではなかったらしい。


……


 そうして穏やかな雰囲気のままに、ホワイトデーの贈り物手渡しイベントが落ち着きをみせる。時刻も現実世界で二十一時頃となり、そろそろ今夜の活動を開始する頃合いである。

 最初に話を切り出すのは、ギルドマスターを務める中で年長者であるケインだった。

「さて、それじゃあそろそろ攻略の話をしよう。三日目の配置換えで、一部のメンバーは攻略未完了のダンジョンがある。そして【天使の抱擁】も東側の攻略が未完了だ」

 三日目の配置換え……それはジン達から【天使の抱擁】とヴィクトの件を聞いて、【桃園の誓い】【ラピュセル】【忍者ふぁんくらぶ】のトップ達が実行に移したサプライズだ。

 その結果、一部のメンバーが予定外の攻略に臨む事になったのだが……こうしてアンヘル達と屈託のないやり取りが出来ているのだから、悪くない選択だったとケイン達は考えている。


 そんなケインの言葉に、ジェミーとアナスタシアが頷いて言葉を引き継ぐ。

「明日は、運営ミーティングが予定されているものね」

「つまり今夜の内に、全員がエリアボス攻略を完了させる……という事ですね?」

 ジェミーとアナスタシアは、どちらもギルドマスターを務める女子大学生だ。そんなシンパシーもあってか、日頃からやり取りが増えて随分親しくなった様である。そのお陰か、こういった話し合いの場でも息が合う様子を見る事が増えていた。

「あぁ、二人の言う通りだ。今回の運営ミーティングは、AWO一周年に関わって来そうだしね。初動で後れを取らない為にも、今夜でカタを付けてしまいたい」

 そんなケインの言葉に、反対意見は無い……ここに集まった誰もが、彼と同じ気持ちだった。


―――――――――――――――――――――――――――――――

 東側エリアボス未討伐

 ギルド【桃園の誓い】ケイン・イリス・ダイス

 ギルド【ラピュセル】アナスタシア・アシュリィ・アリッサ

 ギルド【天使の抱擁】全メンバー

 ヴィクト=コン


 北側エリアボス未討伐

 ギルド【忍者ふぁんくらぶ】アヤメ・コタロウ


 西側エリアボス未討伐

 ギルド【七色の橋】センヤ・ネオン・ヒビキ・ナタク・イカヅチ

 ギルド【魔弾の射手】ルナ・シャイン・ディーゴ・ビィト・クラウド

―――――――――――――――――――――――――――――――


「このメンバーに、他のメンバーを割り振る形で良いのかな」

「そうですね。割り振りですが……一番手っ取り早い形だと、元々のレイドパーティでの攻略ですね?」

「それはそう。でも……んー、ちょっと寂しい気もするのよねぇ」

「攻略が終わっているメンバーは、自由に配置できますからね。ギルド単一である必要性も、大分薄いかな?」

 ひとまず配置決めは、もう一つの議題について話し合った後に詰める事にした。


 決めておくべき問題点……それは、アンヘルについてだ。正確にはアンジェリカとしての、最後の動画をいつ投稿するか? そのタイミングについて、話し合うのだった。

 動画は昨夜の内に撮影済みで、カイルやアクアも確認を終えている。つまり、既にいつでも投稿できる状態だ。

 それぞれが意見を出し合った結果、明日の運営ミーティングが終わった後……日付が変わるタイミングで、アンジェリカ最後の動画を投稿する事になった。


「後は、【摩天楼】の件かしら」 

「恐らく今夜もフレンドリストを監視して、アンヘルさんを見付けようとしているでしょうね……」

 ジェミーとアナスタシアの言葉に頷いて、ヒイロがアンヘルに視線を向ける。

「昨日は[オーア山地]に居るのを確認させて、その前がこの[ウィスタリア森林]……となれば今日と明日は、[アジュール湖畔]か[アージェント平原]が良いですね」

 ヒイロがそう切り出すと、アンヘルはコクリと頷く。自分の為だけではなく、付いて来てくれるギルドメンバーの為でもある。それを理解している今、アンヘルに迷いは無い様だった。


「でも、流石に同じ手は気付かれる可能性がありますよね?」

「[オーア山地]は公式掲示板での書き込みで、話題性があったから人が多かったですものね」

イザベルとマリーナが、懸念事項を口にする。確かに昨夜は、掲示板の書き込みに惹かれて集まったプレイヤーの中に埋もれる事が出来た。

しかし何も無い状態で、普通に浄化マップに行けばどうなるか? クラン入りを目的とする勢力や、単純に利用目的のパーティも居るだろう。だが、その中に紛れるのは困難を極める。逆に、注目を集める可能性だってあるだろう。


 そこで、一人の少女が手を上げた。

「ちょっと良いですか? 一つ、提案があるんですが……!」


************************************************************


 それから、ゲーム内時間で一時間後。

「皆、こんばんはー! 今日はねー、まったり散策配信なんだけど……」

 少女……配信者であるコヨミが、配信端末に向けて話し掛けた。

 勿論、突然始まった配信だ。コヨミに気付かなかったプレイヤー達は、彼女の方に視線を向ける。


『ヨミヨミ、わこつー!』

『わこつ! ヨミヨミ、今どこにいるのー?』


「ガリさん、こっこさん、わこつありがとー! 今はね、前から要望を貰っていた[アジュール湖畔]に来てみたよー!」


『ヨミヨミやっほー! って、[アジュール湖畔]!? 【FS】の拠点やんけ!!』

『うん? ヨミヨミって【VC】でしょ、【FS】の拠点で配信してええんか?』

『【FS】は配信禁止とか、そんな事言ってないしいいんじゃね?』


「一応ね、許可は取ってあるんだよ! 【森羅万象】のシンラさんに、[アジュール湖畔]を紹介する配信しても良いですかーって」

 これは、事実である。クリスマスパーティーの時に、コヨミはシンラとフレンド登録済み。そして今回、クラン拠点の町を紹介する配信を行っても良いか? と事前に許可を取っており、シンラ含む【開拓者の精神フロンティア・スピリット】の上層部からオーケーを貰っていたのだ。


『マジか!?』

『え、ヨミヨミってシンラさんとフレしてたん? いつの間に……』

『大規模ギルドのギルマスなんですが?』

『それ言ったらヨミヨミはトップクランの一員ですしおすし』

『[アジュール湖畔]で配信だとぉ!? 笹食ってる場合じゃねぇ!!』

『おい、何かパンダが居るぞ』


「パンダ……あはは、ここに来るのかな? 一目見れるかもだね~。さてさて! 今回は折角なので、クラメンに来て貰ったんだ~」

 コヨミがそう言って視線を横に向けると、二人のプレイヤーが配信端末の撮影範囲内に移動した。

「皆さん、こんばんは! 今回コヨミちゃんと一緒に散策させて貰う、【桃園の誓い】のチナリです!」

「【魔弾の射手】所属、シャインです! コヨミに誘って貰って、お邪魔するですよ!」

 笑顔で、配信端末に呼び掛ける二人。一瞬コメントが止まるが、その空白は本当に僅かな時間だった。


『ファーーーーーーーwwwww』

『何だってー!?』

『チャイナお姉さんだあああああああ!!』

『【魔弾】の人!? マジで!?』

『第二回の試合で見た時から、シャインさんお人形さんみたいな美少女だと思ってたんだ。こうして改めて見て、お人形さんみたいとか失礼だった。ぐう美少女でした、本当にありがとうございます』

「この三人で散策だと!? どういう組み合わせなんだ!?』

『美少女ライバーに、チャイナ美女、金髪ロリ外人か……胸が熱くなるな』


「こらこら、シャインさんは私よりもお姉さんなんだから! 失礼な事言っちゃダメだよ!」

「あっはっは、背が低いのは自覚あるですから! 後で焼きドゲザで許すです!」

「シャインちゃん、それ全然許してなくない?」


『www』

『wwwww』

『草』


……


 配信が始まれば、通行人達もコヨミ達に意識を向けていた。その隙にアンヘルは、ユージン・ケリィと共に[アジュール湖畔]の町に入る。

 勿論、三人共変装した状態だ。アンヘルは、オーソドックスな魔法職の装い。ユージンは鎧と武骨な件、盾を携えた戦士姿。ケリィは弓と矢筒、そして短剣を装備した弓使い風のスタイルである。


「ふむ……コヨミ君も、すっかり人気配信者だね」

 ユージンがそう言うと、ケリィとアンヘルもコヨミ達の方に視線を向ける。コヨミ達の配信を生で見ようと、多くのプレイヤーが彼女達の方へ歩いていく。既にその人数は二桁を越え、、あっという間に人垣が出来上がっている。

「コヨミの配信は、こうして見ているだけでも良いな、楽しいなって感じる。それはコヨミがゲームと、配信活動を心から楽しんでいるからだと思う」

 そう口にしたアンヘルの声には、少しばかりの未練を感じさせる。


 あの頃の彼女が考えていたのは、愛されたい……ただそれだけだった。配信はあくまで、愛される為の手段という認識でしかなかった。

 しかし彼女は今、本来の思考や感情を取り戻しつつある。そんなアンヘルにとって、コヨミの姿は眩しく輝いて見えた。


――失くして初めて解る……こういう事なんだろうな。


 思えばこの数カ月で、アンヘルは様々なものを失って来た。しかしその中でも、失くして一番後悔しているのは”人との繫がり”だ。

 自分を本当に応援してくれていたファン、そしてギルド【天使の抱擁】に加入してくれた仲間達。彼等が自分から離れて行った事は、とても寂しいし申し訳ないという思いが日に日に強くなっていく。


 その原因は自分にあり、彼等は裏切られたから離れて行った。それは自覚しているし、当たり前の事だと考えている。

 自分は、どうしていたら良かったのか……それを考えても、彼等が戻って来る事は無いだろう。それを考えると、心が沈むし胸は痛む。

 しかしアンヘルは、御影野美紀はそれで思考停止する女性ではなかった。


 今の自分は、何もかもを失った訳ではない。

 自分を想って寄り添ってくれる、【天使の抱擁】の仲間達が居る。

 同じく罪を償う為に、一緒に前に進もうとしているヴィクトが居る。

 そんな自分達を見捨てないとばかりに、手を差し伸べてくれるジン達が居る。

 それを考えれば、自分は恵まれていると改めてアンヘルは思っていた。


――私には、まだ……こうして支えてくれる、優しい人達が居る。だから、少しずつでも良い方向に変わらなくちゃ。そして皆に貰ったものを、返していかなくちゃいけないんだ。


 丁度その時、ケリィがアンヘルに小声で声を掛けた。

「アンさん、あちらに()()が居るみたいですよ」

 アンヘルと呼べば、周囲の人間にバレるかもしれない。だからユージン達は万が一に備えて、”アンヘル”ではなく”アン”と呼ぶことにしていた。

 三人が不自然にならない様に視線を外の方に向けると、[アジュール湖畔]に向けて移動して来る【摩天楼】の姿があった。


「……まだ、ここに居る?」

「あぁ、もう少しのんびりしようか。配信現場なんて、滅多に見る機会もないしね」

 ここでアンヘルが即座に移動したら、流石に【摩天楼】も自分達の動きを察知されていると気付くだろう。自分達が到着してすぐに、彼女が移動するのだから当然だ。

 万一、通りすがりのプレイヤーに会話を聞かれても良い様に、当たり障りのない言葉で意思疎通を図る。ちょっと、スパイっぽいのはご愛敬か。


 ちなみに【摩天楼】の面々は、町の入口から少し離れた所に形成されている人垣を見て「何事か?」と興味を示している。これは勿論、コヨミの狙い通りである。

 自分が配信をしていたら、少しは人が集まるはず。そうしたら、きっと【摩天楼】も足を止める。アンヘル達が、彼等の姿を確認しやすくなるという寸法だ。


「僕達も、少し配信を見ておこうか」

 そう告げたユージンは、小声で「他と違う行動は不自然になるしね」と付け加えた。

「そうですね。あぁ、あの辺り……階段で上がった通路なら、配信も彼等も見れるのでは?」

「うん、名案だと思う。お兄さん、お姉さん、行こう」

 ユージン・ケリィという名を出すと、それも騒動に発展する可能性がある。なのでアンヘルは、二人を一先ずお兄さん・お姉さんと呼ぶ事にした。外見的にそれで通じるのは、やはり大きい。


 そうして三人はコヨミ達の配信活動を見守った後、【摩天楼】の面々が散開し始めたのを確認したあたりで転移。そのまま【天使の抱擁】メンバーとヴィクトが先行している、東側の海底ダンジョンへ向かったのだった。

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― 新着の感想 ―
なんならアイドルのお渡し会っぽそうだなw 摩天楼くん、話題性のある配信でやらかすと村八分だぞ…?
ホワイトデーのお返し会場がコミケ会場に見えるwこれバレンタインで男女逆なら配給に見えてしまうのではw
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