20-40 幕間・とある青年の遭遇
一人の青年が、ソロでフィールドマップを歩いていた。仲間達がログインするまでの、暇潰しが目的だ。そして彼は、一匹のモンスターと遭遇した。あぁ、雑魚モンスターとの戦闘か。そう思った彼は、背負った剣に手を伸ばそうとして……その手を止めた。
「……? アクティブになってないな? 俺の事を、警戒してはいるみてぇだが……」
青年がそう呟く声を聞き咎めたのか、彼を睨み付けて威嚇し始めるモンスター。だがそのモンスターが、攻撃に転じる様子は見受けられない。
普通のモンスターならば、プレイヤーが一定範囲内に入ればアクティブになる。つまり戦闘行動に入るのだが、このモンスターは違う様だ。
すると、そのモンスターの背後から弱々しい鳴き声が聞こえた。
「……ん?」
モンスターが自分の体躯を駆使して隠れさせているのは、同種のモンスター。そのサイズは警戒するモンスターよりも小さく、痩せ細っているように見えた。
「……コイツ、仲間を守ってるのか」
普通のモンスターは、仲間を守るといった行動は見せない。少なくとも、現段階ではそのはずである。だとすれば、目の前のモンスターはそんじょそこらのモンスターとは異なる個体かもしれない……青年は、そう考えた。
そこで脳裏に浮かぶのは、あるプレイヤーと……彼が連れているのであろう、モンスターらしき狐の姿だ。クリスマスイヴの日、パーティーの会場でプレイヤー達に愛嬌を振り撒いたその姿を思い浮かべる。
「ジン君と契約した、コン君……もしかしたらお前達も、そういうモンスターなのか?」
自分達が浄化したマップの一角には、戦闘行動に入らないモンスターが居る。浄化マップ内では、そういったモンスターにエサをやったり、回復してやったり出来るらしい。
その内、テイム出来るのではないか? なんて話もある。ちなみに現状、そういった情報は出回っていないが……もしかしたら、秘匿されているだけかもしれない。
そしてよくよく観察すると、二匹のモンスターはガリガリの状態だ。そこから導き出されるのは、ある可能性であった。
「……なぁ、もしかして腹減ってんのか?」
問い掛けるが、返答は無い。未だモンスターは、彼に対して警戒を続けているだけだ。
「確か、収納に……あったあった、ほれ。これ食うか?」
取り出したのは、肉である。モンスターを倒した際にドロップする肉だが、その中で彼は肉食系モンスターではなく草食系モンスターの肉を選んだ。
目の前のモンスターは明らかに肉食系だし、それならば草食系モンスターの肉の方が好みだと思ったのだ。
しかし彼の言葉に対する返答は、無い。今もまだ、睨み付けて来るだけだ。ただ、青年が持っている肉に時折チラッと視線を向けてはいる。
「うーん……まぁ、ものは試しか」
彼は一歩踏み出して、モンスターとの距離を詰める。モンスターは警戒を強めて、低く唸った。
「安心しろ、攻撃したりしない。これなら信用するか?」
彼は自分の武器をその場に置いて、もう一歩踏み出した。モンスターは警戒しつつも、武器を置くのを見て困惑している様子だ。
そうしてモンスターと距離を詰めていって、互いに手が届く程の距離。彼はモンスターの目の前に、肉を置いてやれば良いだろうと考えた。
そうして地面に肉を置こうとした瞬間、モンスターが彼の腕にその大きな口を開いて噛み付いてくる。
「……っ!!」
ゲームだから血は出ないし、肉に牙が食い込む激痛も走りはしない。だが、攻撃されたのは事実だ。ここから戦闘に入るのか? 自分は何か、失敗したのだろうか? と青年は思ったが、どうやらそうでもなさそうだ。
なにせモンスターの噛み付きは、大したダメージではなかった。もし部位欠損があるシステムだったとしても、腕を喰い千切る程では無いだろう。
「攻撃しようとしてるのか、それともそんな元気が無いのか……心配すんな、ちゃんとこの肉はやるって。少なくとも、俺の腕よりは美味いはずだぞ」
彼はもう片方の手に肉を移して、それをモンスターの前に置く。モンスターはそれを横目で見て、噛む力を緩めた。
しばらくそのまま、睨み合いの状態が続く。先に根負けしたのは、モンスターの方だった。
腕に噛み付くのをやめたモンスターは、地面に置かれた肉の匂いを確認するように嗅ぎ始める。やがてモンスターは肉の端の方を齧り、前足を器用に使って喰い千切った。
「安心しろ、罠とかじゃないさ」
その言葉を理解しているのか、それともしていないのか。モンスターは咀嚼しながら、彼を見つめ続ける。
口の中の肉を嚥下したモンスターは、もう一度肉に口を寄せ……それを喰うのではなく、咥えて持ち上げた。そのままモンスターは、自分が背後に庇っている仲間にそれを差し出した。
「……そっか、仲間の為に警戒してたのか。って事は、それ一切れじゃ足りないよな」
彼はもう一度システム・ウィンドウを開いて、更に肉を取り出す。それを前に置いてやると、またモンスターは匂いを嗅ぎ始めた。
しばらく似た様なやり取りを続けていると、モンスターの警戒心も薄れたのか……背後にいた仲間と一緒に、彼が提供する肉を普通に食べ始める。
その間ずっとモンスター達の様子を見ていた彼は、警戒していたモンスターがかなり優しい性格なのでは? と考えた。
自分よりも仲間に多く肉を食べさせようと、自分は少し食べて残りを仲間に全て渡していく。痩せ細っている仲間が、本当に大切なのだろう。
「たまたま多めに持ってたのは、ラッキーだったな……そういやコン君も雑食って、ジン君とヒメノさんが言ってたっけか。お前ら、果物とかも好きか? ほら、美味しいリンゴがあるぞ」
リンゴを収納から取り出してやれば、二匹のモンスターはそれを美味しそうに食べる。どうやら、肉だけしか食べないという訳では無いらしい。
「おーおー、良い喰いっぷりだな。他には、そうだな……お前達は、何を喜ぶんだろうな?」
そんな事を口にしながら、彼は様々な食材を二匹のモンスターに食べさせていく。やはり一番食い付きが良いのは肉だが、果物やパン等もよく食べていた。
……
ようやく満腹になったのか、モンスター達の食事が止まる。よく見ると警戒していた方もだが、痩せ細っていた方も、大分肉付きが良くなった様に見える。実際にこんなに変わることは無いだろうし、そこはゲーム的なあれやそれだろう。
そうして今更ながらに解ったのは、二匹のモンスターはこの周辺で遭遇するものとは大きく異なることだった。
「狼のモンスター……だよな。体毛が汚れて茶色に見えていたけど……もしかして、白い狼か? いや……銀色?」
そんな事を青年が呟くと、二匹の狼モンスターは彼を挟む様に座り込む。
「おっ……? もしかして、敵じゃないって解ってくれたのか。ハハッ、そいつは何よりだな」
その瞬間、青年だけに聞こえる音声が流れ出す。それは、ゲームのアナウンス音声だった。
『エクストラクエスト【飢えた銀狼】を受領しました』
「……マジか」
青年が驚きでそう呟くと、二匹の狼は立ち上がって動き始める。そして少し進んだ先で、青年に向けて振り返った。それはまるで「付いて来い」と言っている様に見えた。
「エクストラクエストに、まさかこんな形で出会う事になるとはな……」
この機を逃せば、二度とお目に掛かれない可能性もある。ならば、行くしか無いだろう。
するとそのタイミングで、彼のシステム・ウィンドウにメッセージが送られた。それは自分が結成したギルドの、ギルドメンバー……いつも自分を気に掛けてくれる、ちょっと気になる女性からのメッセージだ。
『ヒューズさん、今どちらにいらっしゃいますか? そろそろギルメン集合しますよ!』
この先にどんな光景が待ち受けているのかは、行ってみないと解らない。そして、そういった未知との遭遇こそが、VR・MMO・RPGの醍醐味だ。
そして彼は、このチャンスを逃すなんて出来ない! と考えるタイプの、生粋のVRMMOプレイヤーである。
『すまん、今はエクストラクエストを攻略してるところだ。ついでに頼みなんだが、プレゼント機能で俺に食料アイテム送って欲しい。後で返すから、悪いけど頼む!』
アリアスからのメッセージに、手早く返信を送ったヒューズ。彼は口の端を吊り上げて、二匹の狼の後を追うのだった。
次回投稿予定日:2026/1/30(本編)
ヒューズさん、念願の狼と出会うの巻!




