20-09 第三エリアボスの情報でした
恋の誕生日から三日後、三月六日の夜。クラン【十人十色】の面々は、[十色城]に集まっていた。その目的はこの三日の間に行った探索で得られた、それぞれの収穫について話し合う為である。
「やはり町民や村人は相変わらずでしたが、領主や兵士から情報が得られましたね。精霊の情報通り、地底の奥深くには強大なモンスターが封じられている……」
「この情報を得る為には、該当地域における現地人からの信頼度が関係しているみたいですね」
各地域で受注する事が出来るクエストをクリアする事で、現地の領主や兵士達の信頼を得る事が出来る。この信頼度は目視する事が出来ないので、これまでプレイヤー達がその要素を意識する事はなかった。
実際に領主や兵士に話を切り出しても、すんなりと情報を得られないという事も実際にあった。
例えば【ラピュセル】は少人数のギルドであり、クラン加入までは基本的に二パーティでの活動が常だった。そういった事情もあり、四つの地域全てを満遍なく攻略とはいかなかったのだ。故に南側と西側は信頼度が足りず、情報を得るには至らなかったのである。
「成程……信頼度を上げるには、クエストを完了させて貢献度を稼ぐんですね」
「あぁ、その通りだよ。折角だし、第四エリアに挑む前に各クエストをクリアしておくのはどうかな?」
「そうですね。地底のダンジョンに挑むまで、準備期間もありますから」
アナスタシアが納得した顔をしていると、ケインとヒイロがクエストへの挑戦を勧める。実際に第四エリアに到達すれば、そちらの探索に集中する事になる。となれば、やり残したクエスト等を回収する方が良いだろう。
「そうですね。未達成があるのもむず痒いでしょうし、そうしようと思います」
ちなみにこのクエストで得られる信頼度は、ギルド単位で共有されるらしい事が判明した。【桃園の誓い】は初期メンバーと追加メンバーで二手に分かれて、これらのクエストを消化していた。どちらかのパーティがクエストをクリアした状態でも、同じギルドメンバーであれば信頼度は得られているらしい。
そして問題の、地底ダンジョン。その入口は領主の命令で兵士が厳重に警戒しており、許可が無いと立ち入る事が出来ないらしい。次のエリアに進みたいならば、第三エリアをある程度攻略しろ……という運営の意図が感じられる。
「ちなみに今回のダンジョンアタックは、パーティ五組のレイドだね」
「五レイドかぁ……過去最高の難易度ってことかなぁ?」
これまでAWOをプレイして来て、五パーティでダンジョンを攻略する事は無かった。それを考慮すると、エリアボス戦が高い難易度となるのは予想できる。
「まぁ、エクストラクエスト程ではないと思うッスけどね。あくまで、エリアボスなわけッスし」
ハヤテがそう言うと、センヤとネオンが顔を見合わせる。
「エリア……ボスかぁ……」
「あー……第一エリアも第二エリアも、エリアボスは難敵だった……ねぇ?」
これまでの【七色の橋】による、エリアボス戦。それを思い返した二人は、苦笑してしまう。
第一エリア、四属性のドラゴン。基本的に一パーティでフルボッコ。しかもその内一体は、センヤとネオンがボス戦を見てみたいと言うから「丁度良いのがいるな」という感覚でボコられた。ちなみにその後、ドレゴン達は腕試し用のサンドバッグと化した。
第二エリア、フェンリル・クラーケン・ワーム・ミノタウロス。大規模PKで出鼻を挫かれるも、三ギルド+αによるレイドパーティで難なく攻略……加えて言うならば同日に連戦、つまりハシゴで。勿論その後、彼等もサンドバッグに就任。新装備の試し切りや、VR授業参観に貢献してくれていた。
……思い返してみれば、エリアボス達の扱いがあんまりにもあんまりだった。
とはいえ他のギルドも、程度の差はあれど同じ様な感じらしい。
「第一エリアのドラゴンは、動きが全部共通でしたよね?」
「あー、それは確かに。属性が違うだけでしたよね」
「最初のエリアボスで、いきなりドラゴンかよ! って思ったけどな」
「動きに慣れれば、一パーティでも余裕をもって倒せる様になりましたね」
やはり序盤のエリアボスでいきなりドラゴンが登場したので、各ギルドも困惑したらしい。しかしながら、やはりポジションは序盤のボス。属性以外の動きは同じで、攻略の仕方が解れば問題無く突破できるレベルだった様だ。
「【ラピュセル】の皆さんは、第二エリアのボスはどうでしたか?」
「そうですね……各ダンジョンのボスより、少し強い程度という印象でした」
「まぁ劇的に強いかって言われると、そんなにって感じだったもんね」
「事前準備さえしっかりしておけば、倒せない相手じゃないわよね」
「いやいやいや! それはアナさん達が、しっかり情報収集してくれたからですよ?」
第二エリアでは、各方角にそれぞれ違うタイプのボスが配置されていた。全く戦い方が異なるボスが相手であり、その対策もそれぞれ違う。事前の調査や準備期間に時間を取られる……と思うだろう。
これに関しては現地人から情報を集める事が出来れば、ボスの要注意攻撃や耐性……そして弱点属性等を事前に知る事が出来る。そこに気付ければ、後はそこまで難しくはない。しっかりとレベリングをし、ボス対策を準備して挑めば、そうそう遅れは取らない様になっているのだ。
……
「後は、えーと……第三エリアの、ボス……の、情報……だよね?」
「これまた、定番のモンスターが揃ってるわよねぇ」
そう、領主や兵士からの情報収集によって、第三エリアのボスの名前は既に判明している。それもファンタジー界隈では、中々に有名どころの名前である。
東側エリアボス【デュラハン】。
西側エリアボス【マンティコア】。
南側エリアボス【スキュラ】。
北側エリアボス【オルトロス】。
「まぁ今のレベル帯だと、それなりの強敵だと仮定して……組み分けをどうするか、考えないといけないな」
今回のエリアボス戦は、五レイド……十人パーティが五組まで参加する事が出来る、大規模な戦闘になる。それを考えるとパーティの編成、そしてどのパーティがどのレイドパーティに加わるかは重要になってくるだろう。
そこで、レンが挙手して意見を口にする。
「エリアボス戦になりますし、≪ギルドフラッグ≫の効果を最大限生かせる編成が望ましいでしょうね」
第四回イベントランカーの報酬である、≪ギルドフラッグ≫。クラン【十人十色】を構成するギルドは全て、これを保有している。つまり前提となるのは、ギルド単位での攻略だ。
まず【七色の橋】はプレイヤー十四人に、PACが十二人。生産職であるメーテル・カーム・ボイドを除けば、参戦メンバーは二十三人となる。
ギルド【桃園の誓い】はプレイヤー十四人、PAC五人で、計十九人。
ギルド【魔弾の射手】は現状プレイヤーのみで、今は不在だがカイル・アクア・アウスを含め十三人。
ギルド【忍者ふぁんくらぶ】はPACを除けば、プレイヤー五十人で丁度レイドパーティの人数となる。
ギルド【ラピュセル】はプレイヤー十五人に、PACが六人となり二十一人。
そしてギルドに所属しないユージン・リリィ・クベラ・コヨミ・ケリィ・ネコヒメ。リリィとコヨミのPACであるスピカとリゲルを含めると、八人だ。
「今回のエリアボス戦は、我等はギルドメンバーのみとなる形でしょうね」
「ふむ……まぁ致し方あるまい。エリアボスの強さが不明な以上、≪ギルドフラッグ≫で戦力の底上げは必須になってくるはず」
「【桃園】と【ラピュセル】で組むと、丁度四十人になるんじゃないかな?」
「四レイドでの挑戦ですか……不特定多数の相手ならば不安でしょうが、同じクランの皆さんとなら行けそうですね。皆はどうかしら?」
「良いと思うわ」
「異議無しで~す!」
女性限定ギルドである【ラピュセル】だが、これまでの交流でクラン内のギルドならば男性が居ても忌避感は無いらしい。特に【七色の橋】と【桃園の誓い】は、既に相手が居る男性が多いのも大きな要因だろう。
「そうなると、【魔弾】と【七色】で組む感じかしら?」
「となると、三十六人ですかね。で、クベラさん含めて三十七人」
「まぁ、カノンちゃんが居るもんねぇ」
「せ、せやな……!!」
「……あぅ」
カノンが居る以上、クベラが【七色の橋】と組むのは確定。これについては、誰も異論を口にする事は無い。ちなみに「じゃあ、おまけで僕達も」と宣うので、ユージン&ケリィも参戦決定。これで三十九人だ。
「ヨミヨミとリリィちゃんは、どうする?」
「そだねぇ……これまで【七色の橋】と組む機会が多かったから、今回は【桃園】アンド【ラピュセル】組に参加させて貰おうかな?」
「そうですね、私もコヨミさんと一緒にそちらにしましょうか。ネコヒメさんも、来ますよね?」
「持ちのロン!!」
リリィとスピカ、コヨミとリゲル、そしてネコヒメが加わって、【桃園の誓い】【ラピュセル】組は四十五人となる。残り五人分の枠が勿体無いと思ったのか、数人がPAC契約を進めようかと真剣に検討し出していたりする。
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三組のレイドパーティが成立すれば、そこからはエリアボス戦に向けての情報収集。そして、事前対策の準備に勤しむ事になる。
「可能な限り、各自の装備を強化しておかないとね。僕達の腕の見せ所だよ」
ユージンがそう言えば、各ギルドの生産担当メンバーが力強く頷いてみせる。
「頑張り、ます……!!」
「……おじいちゃんもいるし、頑張る」
「あはは、私はまだまだだと思いますけど……でも、皆の為ですしやってやりますよ~!」
「ラミィさんは十分、実力を付けていると思いますよ! 一緒に頑張りましょう!」
「ふふっ、皆さんと一緒に作業できるなんて光栄ですね。私も全力を尽くします!」
カノン・ラミィ・メイリア・ハヅキ・マルファ……各ギルドの鍛冶担当者は、気合い十分で作業に取り掛かる。
そして、作業を進めてしばらくすると……。
「ラミィちゃん、加熱時間が少し足りてないかな! もう三十秒くらい、全体を熱する感じでやってみて」
「は、はいっ!!」
「ハヅキちゃん、全体が均一になる様に打った方が性能が高くなるよ! 左右のバランスを意識してみて!」
「りょ、了解です!!」
「マルファさんはもう少し短い間隔で打とう! 冷える前に、一通り打たないと脆くなるよ!」
「解りました!!」
「ふむ……流石カノン君、的確なアドバイスだね。僕の出番あるかな?」
「おじいちゃん、数が多いから口より手を動かして……」
「アッハイ」
鍛冶に集中すると、カノンは普段の内気さが鳴りを潜めてハキハキとした態度と口調になる。そしてそのアドバイスは的確で、流石は鍛冶職人として広く名が知られたプレイヤーといえるだろう。
勿論ユージンやメイリアも同等の技量を有しているが、二人はアドバイス役をカノンに託して数をこなす方向で動いていた。
……
装備の強化に加えて、ボス戦で必要になってくるのは回復手段。回復役の負担を可能な限り軽減するならば、やはり必要になるのは《ポーション》類。
「という訳で、どんどん作っちゃいましょうね〜」
「量と質を両立するのは、良い素材と確かな手順なので!」
そう、性能の良い《ポーション》ね、こんなんなんぼあってもいいですからね。
調合で名を馳せるメンバーといえば、ミモリとヴィヴィアン。二人は同時に複数種類の《ポーション》を調合するという、とんでもない事を実行していた。
「あ、出来たかな? わぁ、性能高いねぇ」
「あの二人……元々凄かったけど、更に凄くなってないですか?」
ミモリとヴィヴィアンの《ポーション》を見て、のほほんと笑うルナ。その横で【ラピュセル】の調合担当であるメリダは、段違いの実力を目の当たりにして震えていた。
その震えは引いているとか、そういう訳ではない。
——流石、調合職人の中でも五本の指に入る二人……!! 私もいつか、ミモリさんやヴィヴィアンさん達みたいになるんだ……!! このクランに入れて、本当に良かった!!
はい、感動で震えていました。向上心は十分みたいですね、よろしくてよ。
「おぉ、ルナさんの《ポーション》も凄い……しかも、もうこんなに出来てるし。私、まだまだだなぁ……」
「そうかな? メリダさんの《ポーション》、凄く良いと思うよ。私のよりも回復量が高いし、費用対効果で考えたらこっちの方が良いんじゃないかな?」
「うんうん、ルナさんの言う通りです!メリダさんは素材を無駄にしないように、丁寧に作ってるのが見て解るので」
「一つ一つの手順が、丁寧で正確ですよね。だからこそ、より良い《ポーション》が出来ていると思います」
「ワァ……」
三人からの称賛を受けて、ちぃ○わみたいな反応で感激するメリダ。実に楽しそうである。
……
そうして生産メンバーが奮闘する傍らで、素材集めに勤しむ面々。モンスターのドロップ素材、採掘で手に入る鉱石、採取や伐採、釣りとその作業内容は様々だ。
その中で、ジンとヒメノは機動力と破壊力を生かした分野……モンスターからドロップする素材の確保を担当していた。
「ジンくん、これでポイズンスネークの素材は目標達成です!」
「了解でゴザル。このマップで欲しい素材は……あとは、クラッシュバイソンの角でゴザルな」
誰もが認めるAGIとSTRを誇る二人は、次々と必要な素材を確保していく。その速さはクラン内でも随一だ。
その上二人は夫婦専用スキル【比翼連理】で、互いのステータスを分け合っている状態である。
プレイヤー相手であれば更に最終武技か【変身】によるステータス強化が欲しい所だが、モブモンスター程度ならばそこまでする必要は無かった。その証拠に大抵のモンスターは一撃で倒され、その攻撃はジンやヒメノには掠りもしなかった。
そうして大量の素材をみるみる内に確保していく二人は、東側第三エリアの端である海岸付近まで進んでいた。
「む……もう、ここまで来ていたでゴザルか」
「ふふっ、いっぱい走りましたからね」
そんな時、二人はある一団の姿に気付く。
「あれって、【天使の抱擁】の人達ですよね?」
「む、本当でゴザルな」
第四回イベントの初日の夜、スパイ集団【禁断の果実】の企みを阻止する際には顔を合わせただけ。そして最終日、最後の大乱戦では刃を交えた相手。ギルド【天使の抱擁】の面々の姿が、そこにあった。
その人数は一パーティの上限にも満たない、六人とPAC二人のみ。それがギルドマスターであるアンジェリカを除く、今のギルドメンバーの総数だ。もっともジンとヒメノは、その事を知らないが。
「ん? あれは……」
ジンとヒメノが足を止めて【天使の抱擁】の面々の様子を覗っていると、彼等も二人の存在に気付き顔色を変えた。その表情は友好的に見えるとか、敵対心を感じるといったレベルのものではなく……申し訳なさそうだったり、バツが悪そうな表情ばかりである。
その理由は言うに及ばず、アンジェリカに執着していた【禁断の果実】が起こした騒動。直接の被害者であり、その目論見を正面から退けたのが【七色の橋】だからだ。彼等がそれに関与した訳では無いが、それでも当事者の一人であるアンジェリカが設立したのがギルド【天使の抱擁】だ。そんなギルドのメンバーとしては、ジン達に対して罪悪感や気まずさを覚えるのも無理はないだろう。
そんな【天使の抱擁】の面々の心情を察したジンは、ヒメノに視線を向ける。ヒメノはジンの視線に気付くと、笑みを浮かべて一つ頷いた。
「じゃあ……」
「はい、ご挨拶しましょう!」
ヒメノはジンが何をしたいのか、どうするつもりなのかを察していた。これまで彼と共に歩み、そして心を通わせて来たから解るのだ。
歩み寄って来る二人の様子を見て、【天使の抱擁】の面々……特にギルマス代理としてメンバーを引っ張るハイド、その補佐となっているソラネコ・エミールの表情が強張る。
彼等からしてみれば、【七色の橋】の面々は【禁断の果実】の被害者だ。故に【禁断の果実】と関りのあったアンジェリカが設立したギルドである【天使の抱擁】は、好ましい存在では無いだろう事は察して余りある。
実際に【聖光の騎士団】のディレックの様に、【天使の抱擁】と知るや否や痛烈な言葉を浴びせて来るプレイヤーも少なくはないのだ。例え自分達が、その悪事に加担していなかったとしても……アンジェリカのギルドである【天使の抱擁】に自らの意志で留まっているのだ。直接の被害者である彼等からその様な言葉を向けられたら、何も言えずただ耐え忍ぶしか手は無いだろう。
勿論、それは無用な心配なのだが。
「確か、【天使の抱擁】のハイド殿でよろしかったでゴザルか? 第四回イベント以来でゴザル」
先に口火を切ったのはジンだったが、その表情は柔らかく……そして、言葉も丁寧で温和な印象を感じさせるものだった。
実際に最終局面で剣を交え、競い合ったハイドは「あ、あぁ……ご無沙汰しているね」としかいう事が出来なかった。
そんなハイドの返答と同時に、【天使の抱擁】の面々からは困惑気味の視線が投げ掛けられる。しかしジンはそれをあえて無視して、穏やかな雰囲気を崩す事なく言葉を続けた。
「こうして面と向き合って話すのは、初めてでゴザルな。あの時はGvGである上、最終日という状況下でゴザルし。改めて、【七色の橋】のジンでゴザル。どうぞ、宜しくお願い致す」
「同じく、【七色の橋】のヒメノです! 皆さん、宜しくお願いします!」
そんな二人の様子に、ハイドは自分が肩に力を込めていた事に気付き……意識的に、その込められていた力を抜く。
「えぇと、こちらこそ宜しく。俺は今、このギルドのトップ代理みたいな事をしているハイドだ。君達二人とこうして会えて……うん、心から光栄だよ」
そう言ってハイドは、苦笑気味に右手を差し出す。それは目の前に居る二人が、これまで自分達に罵声を浴びせて来たプレイヤー達とは……そう、根本的に違う存在なのだと感じ取る事が出来たからだ。
――彼等は決して、人を色眼鏡で見る様な存在ではない……それはそうだよな。考えてみれば、すぐわかる事だった。だからこそ彼等は、あの時も……ジェイクやカイト達の悪意を、正面から跳ね除ける事が出来たんだから。
ハイドがそう考えた通り、彼が手を差し出した事でジンとヒメノは嬉しそうに笑みを浮かべていた。そしてジンが前に出て、正面からハイドの手を取り優しく力を籠める。
「こちらこそ、光栄でゴザルよ。少なくとも拙者達は、あの時の事でどうこうというつもりは無い。折角こうして顔を突き合わせる機会に恵まれたので、少しお話でも出来ないかと思った次第でゴザル」