20-08 精霊に会いました
クラン【無限の可能性】と【ルーチェ&オンブラ】との会話を済ませた後、ジン達は浄化されたマップを探索していた。目的は勿論、[精霊郷]の入口となる≪精霊の座≫の捜索だ。幸いな事に≪精霊の座≫は、すぐに発見する事ができた。属性は、やはり事前予想に違わぬ火属性だ。
「うんうん、すぐに見付かって良かったね」
「そうですね。既に一時間は経っていますし、早々に[精霊郷]へ向かいましょう。ルナさん、お願い出来ますか?」
「うん、勿論! 私に任せて」
ルナは狙撃銃を持つまでは、魔法職を専門にしていた。今でも魔法スキルの育成は進めているので、魔法職として活動する事も可能なのだ。そんな彼女が火属性魔法を放ち≪精霊の座≫に光を灯すと、すぐに[精霊郷]に通じるゲートが開いた。
「感謝するでゴザル、ルナ殿」
「ふふっ、役に立てて嬉しいよ。それじゃあ行こっか?」
ルナがそう促すと、パーティメンバーはそれに頷きで応え歩を進めた。
ゲートを潜ると、眼前には[精霊郷]が広がっている。その光景は、[ウィスタリア森林]から向かった時とそう変わらない。
「火の精霊は、やっぱり【サラマンダー】でしたね?」
「【WC】と【L&O】の話によると、そうみたいね。火の精霊だから、もっとこう……炎があちこちで燃え盛っていたりするのかと思ったけど、そうでもないのねぇ」
アリッサとマールが言う通り、二つのクランから得た情報ではこの付近にいる精霊は火の精霊・サラマンダーだという。
既に浄化が完了している他のマップに関連する精霊の情報は、各クランから情報が共有されている。
ジン達と関りのある樹の精霊・ドライアド。
クラン【騎士団連盟】がエクストラクエストを受領した精霊は、雷の精霊【ライディーン】。
【開拓者の精神】が出会ったのは、水の精霊【ウンディーネ】らしい。
そして【導きの足跡】は、サラマンダーやウンディーネ同様に”四大精霊”とされる地の精霊【ノーム】である。
早速サラマンダーに会う為に、[精霊郷]を歩き始めるジン達。すると少し歩いた所で、その辺りで戯れていた妖精達がその姿に気付いて集まって来た。
「あれ、異邦人だ!」
「どうかしたのかな」
「[ギュールズ高原]を見に来たのかな?」
賑やかな妖精達はジン達に聞こえる様に、その周囲を浮遊しながら話している。こちらに話し掛けて来ないのは、話し掛けられるのを待っているからだろう。
というのもAWOにおいては基本的に、NPC側から自発的に話し掛ける事は無い。NPCから話し掛けるのは、特定の条件を満たしたプレイヤーに対してのみなのだ。
つまり彼等と話をしたい場合は、こちらから話し掛ける必要がある。
「こんにちは、妖精さん」
「こんにちは~!」
「お話しよ~!」
「遊ぼ~!」
ヒメノが微笑みかけると、妖精達はそれに応えて挨拶をする。その様子を見るジンは、思わずその光景に笑みを零してしまう。
と言うのも、整った容姿を持つヒメノの周りを小さな妖精達が飛んで微笑んでいる光景は実に映えるのだ。
「お話や遊ぶのは、今度お願いしても良いですか? 妖精さん、私達は火の精霊さんに会いたいんです。どこに行けば会えますか?」
「精霊様? いいよ、付いて来て!」
「案内するよ!」
「おいで! こっち~!」
ヒメノの言葉を受けて、妖精達は一斉に火の精霊サラマンダーが居るであろう方角へと飛び始める。どうやら、道案内をしてくれるらしい。
「ナイス時短や、ヒメノさん」
「さ、探し回る……必要が、無いから……助かる、ね」
「然り! 流石です、姫様!」
妖精達にサラマンダーの下への道案内を頼んだヒメノを、パーティメンバーは絶賛する。そんな仲間達に、ヒメノは照れ笑いしつつジンと一緒に走り始める。
……
そうして移動する事数分で、サラマンダーが居るであろう場所に辿り着く。そこは篝火で照らされた円台になっており、その中央に厳めしい男性が腕を組みながら立っていた。その瞳は閉じられており、瞑想しているようにも見える。一番特徴的なのは、その頭部……髪がある部分に、赤い炎が揺らめいている事だろう。
事前知識が無ければ、まるで自分達を待ち構えるエリアボスじゃないか? と思わせる様な威容とロケーションだ。勿論そんな事は無いらしく、道案内をしていた妖精達が無邪気な様子でサラマンダーの方へと近付いていく。
「精霊様、お客さん~」
「案内したよ、偉い? 偉い?」
「異邦人だよ、精霊様~」
妖精達が呼び掛けると、サラマンダーは目を開けて口元を緩めた。
『そうかそうか。ご苦労だったな、妖精達よ』
低く渋い声色で、サラマンダーは妖精達を労う。次いで、その真紅の眼をジン達に向けて組んでいた腕を解いた。
『良くぞ参られた、異邦人達。我の名はサラマンダー、火を司る精霊である』
威厳たっぷりの自己紹介ながら、その眼差しは穏やかなものだ。
そんなサラマンダーに対し、代表して前に出るのはパーティリーダーの役割である。それは【忍者ふぁんくらぶ】のギルドマスターであるアヤメ……ではなく、やはりジンだった。理由? 勿論、アヤメとコタロウが「我等は頭領様に付き従います」とか言ってゴリ押しした結果だよ。
ちなみにジンがパーティリーダーを務める事に対し、誰からも反論が出なかった。どうやら誰も彼も、すっかり【忍者ふぁんくらぶ】に慣れ切ってしまったらしい。ジン以外。
「お初にお目に掛かる、サラマンダー殿。拙者はジンと申す者。我々は、クラン【十人十色】に属する異邦人でゴザル」
『ふむ……先に訪れた者達とは、別の異邦人達か』
「【無限の可能性】と【ルーチェ&オンブラ】の方々でゴザルな。彼等とは競い合う間柄ではあるものの、友好的な関係性を築けていると思うでゴザルよ」
『それは重畳。健全な競争は、互いを高め合うのに必要不可欠だからな』
やはりサラマンダーは友好的であり、返って来る言葉も実に穏やかなものだ。
これならば、第四エリアへのヒントを聞けるかもしれない……ジンがそう思った所で、サラマンダーがジンではなく別のメンバーに視線を向けていた。その視線の先に居るのは、ヒメノである。
『……そこの娘よ。お主から、強い火の魔力を感じるな』
そう言われたヒメノは、サラマンダーの視線に物怖じする事はなかった。しかし何の話だろうか? と首を傾げている。
そんなヒメノに、ジンは苦笑しつつ彼女が保有するユニークスキルについて言及した。
「姫、恐らく【八岐大蛇】の事だと思うでゴザルよ」
「あっ……成程、そういう事ですね」
そんなジンとヒメノの会話に、サラマンダーは「やはりそうであったか」と頷いていた。
『となれば、あの大蛇を打ち負かしたという事か。そういう事であれば、お主の武を称えるべきであろうな』
サラマンダーはそう言うと、右手を天に掲げる。するとその掌の上に火が点り、徐々に火は大きくなり炎となった。そんなサラマンダーの動作に呼応する様に、円台を囲む篝火が更に勢いよく燃え盛る。
やがてサラマンダーの炎は収束していき、燃えるような光を放つ球体……オーブに変化した。
『これは褒美だ、受け取るが良い』
彼がそう言うと同時に、オーブはヒメノの方へと浮遊しながら移動。ヒメノがオーブに手を伸ばし、両手で包み込む様に触れた瞬間アナウンスが発生した。
『炎の精霊【サラマンダー】の秘技【炎転化】を取得しました』
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秘技【炎転化】
効果1:MPを消費し、火属性魔法または魔技を強化。
効果2:MPを消費し、物理攻撃に火属性を付与及び強化。
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「これって、秘技……?」
「「「「えっ……!?」」」」
「わぁ、ありがとうございますサラマンダーさん!」
『うむ。それは我が力の一端に過ぎぬが、お主の旅の助けとなろう』
サラマンダーへの感謝の言葉を口にするヒメノだが、その言葉の内容にジン達は驚きを隠せない。まさか精霊から秘技を入手できるとは思っていなかったので、予想外と言うしかなかった。
「だとすると、”風林火陰山雷”の秘技は精霊から手に入れられるのかな」
「これは驚きね……もしかしたら、うちのギルマスのユニークスキルも……? だとしたら、”林”だしドライアドかしら……」
「ふむ……コタロウ、やはり風の精霊の所在地捜索を優先して……」
「うむ。頭領様の【九尾の狐】、その秘技を得られるやもしれぬ」
思いがけないサプライズで、パーティメンバーが思い思いに会話をする。そんな面々にフッと口元を緩めたサラマンダーだが、彼はすぐに表情を元の真剣な表情に戻した。
『それにしてもお主達……異邦人達がこの世界に訪れてから、様々な事が起きるものだ。樹の精霊が復活した事も喜ばしいし、あの大蛇が討伐されたのも実に良い」
その視線がジン達に注がれ……そこに幾ばくかの、敬意に似た何かが伺えた。ドライアドの復活にジン達が関与した事を、もしかしたら察しているのかもしれない。
「我が領域にある[ギュールズ高原]の浄化も、異邦人達の協力によって成った。それに他の領域でも、要の地が浄化されている様だな』
サラマンダーが口にしたその言葉から、ジンは精霊達にある程度の繋がりがある事を悟った。
――要の地……それはやっぱり、[ウィスタリア森林]や他の浄化マップの事だろうな。どうやら精霊は、同じエクストラクエストを発注する他の精霊の動向……そしてマップ浄化の進捗も、把握できているらしい。
だとしたら、エリアボス等の情報も持っているのではないか? その可能性を考慮したジンは、改めて話を切り出す事にした。
「サラマンダー殿、質問をさせて頂いてもいいでゴザルか? 拙者達はあなたに伺いたい事があり、参った次第」
『ほう? まぁ、良かろう……今、我は気分が良い。して、聞きたい事とは?』
「拙者達はこの島、[アウルコア]の先にある他の大陸に行くつもりでゴザルよ。しかし海には大渦があり、先に進む事が出来ず……大渦を無くすか、乗り越える手段を探しているでゴザル。精霊であるあなたならば、何か知っているのではないかと思ったでゴザル」
いよいよ本題に入ったジン。仲間達も緊張の面持ちで、サラマンダーからの返答を待つ。
サラマンダーは、ジンの目を正面から見つめ……そして、一つ頷いてみせた。
「我が知っている事は、そう多くは無い。しかし大渦を起こしている元凶については、教えてやれるだろう」
大渦を起こす元凶……サラマンダーのその言葉で、ジン達は内心でガッツポーズ。これまで全く進展が無かった、新エリア到達への取っ掛かりを発見する事に成功したのだった。
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精霊達に話を聞きに行った面々が、クラン拠点[十色城]へと帰還。成果報告をすると、やはりサラマンダー以外の精霊達も同様に大渦を起こす元凶……エリアボスの情報と、その居場所について情報を得る事が出来た。
ちなみにライディーンとノームは男性タイプ、ウンディーネは女性タイプの精霊だったらしい。
「ライディーンの情報だと、東側の大渦はエリアボスを倒せば収まるらしい。そしてエリアボスが居るのは……」
「海底の更に深くに存在する、地底ダンジョン……シオンさんの予想が、まさか大当たりだったとは」
「私も正直、当たるとは思っておりませんでした」
ちなみに現時点で話を聞ける精霊全てが、同じ情報を教えてくれていた。これは恐らく[アウルコア]から四方に存在する全ての大陸に向かう為に、地底深くのダンジョンを踏破するというのが正規のルートなのだろう。
「ちなみにそのダンジョンの入口などは、気にしていなかったから解らないって話だったッスね」
「まぁ[精霊郷]に居る訳だし、こっち側の何もかもを知っているはずは無いって事みたいですね」
そう……精霊から聞けたのは大渦の原因と、その元凶が居る場所だけ。そこに至るまでの道は、プレイヤーが見付ける以外に無いのだ。
とはいえ、収穫が無かったわけではない。大渦の原因と、その元凶の居場所が解っただけでも儲け物。
そして更に、予想外の収穫があったのだ。
何故ならば今回の探索では、ヒイロパーティが[アージェント平原]のライディーンの下へ……そしてケインのパーティが、ホームグラウンドである[ウィスタリア森林]のドライアドの下へと向かった。
雷を司る精霊に、樹を司る精霊である。そこに”雷”のユニークスキルを持つレンと、”林”のユニークスキルを持つケインが向かった。つまり二人も、ヒメノ同様に秘技オーブを入手する事が出来たのだ。
「私の秘技はヒメちゃんの【炎転化】と、少し似ているかもしれません。MP消費で雷属性を付与するか、雷属性魔法を強化する秘技……それが【御雷光】の性能ですね」
「俺はドライアドから、【樹林帯】という秘技を手に入れたよ」
そこで、ケインが不思議そうな表情で疑問点について言及する。
「しかし、どうしてこのタイミングだったのかは解らないね。俺も、ドライアドとは数回会った事があるんだが」
「それはそうね。初めて会ったから……って訳じゃ、無いもんねぇ」
ケインとイリスが不思議そうに首を傾げると、それについてレンが自分の推測を口にした。
「恐らくですが、条件があるのではないかと。今回の場合は、ユニークスキルの秘技スロットを開放していた事が条件ではないでしょうか?」
秘技スロットが開放されたのは、偶然の産物だった。イカヅチの思い付きをハヤテ達と検証し、そこでユニークスキルの秘技スロット開放手段が判明したのである。
そしてそれが判明したのは、第五回イベントの準備期間……イカヅチのブートキャンプ中である。ドライアドに会ったのはそれ以前の事で、それ以降はイベントやらPKKやらで多忙だったのだ。
「成程……確かに、その可能性は高いかもしれないな」
そこで、ユージンが首を傾げていた。彼にしては珍しい事であり、側に居たミモリがどうしたのかと声を掛ける。
「ユージンさん? 何かありました?」
「ん? あぁ、いや……既に三人が秘技を入手した以上、秘技の入手手段は間違いないと思うんだが……僕のユニークスキルの場合、水や氷とは縁が無さそうだと思ってね」
そう言われて、ミモリも一瞬考え……それはごもっともだと、頷いてみせた。
ユージンの保有するユニークスキルは、”陰”のユニークスキル【漆黒の竜】。水を司るウンディーネや、未だ存在を確認されていない氷の精霊と縁深いかと言われると……やはり、違うのではないかと思ってしまう。
そこで、ヴィヴィアンが手を挙げながら歩み寄った。
「精霊が、他にも居る……というのは考えられませんか? 魔法属性で言うなら……そうですね、”闇”の属性とか。実際に、ガチャ産で【光魔法の心得】がありますし」
「……成程、確かにそれは考えられそうだね。光と闇なんて、ファンタジーテイスト御用達で対になるものだ。いわば光の”カッコいいポーズ”に対して、闇の”グルグr”……「おっと、それ以上はいけない」……チッ、流石だねバヴェル」
「君へのツッコミに関しては、一家言あるからね」
マップ浄化が七つまでという考察は、あくまでプレイヤー間でされているもの。公式からは特にそれについての言及は無いし、精霊達も七つまでとは言っていない。もしマップ浄化クエストが七つ迄であっても、精霊が七柱までで確定しているという根拠も無い。
「ふむ……だとすると、逆に言えば水や氷に相応しいユニークスキルがある……という可能性も、あるでゴザルかな?」
「あ、それは確かにそうですね……後は属性だけじゃなくて、もしかしたら武器にちなんだ精霊さんとか!」
「……心得系統のスキルの数だけ、精霊が居てもおかしくはないのかな?」
マップ浄化イベントに意識を向けていたが、属性魔法スキルの分だけ精霊が存在していてもおかしくはない。ドライアドの復活と同時に【樹属性魔法の心得】が解禁されたのもその予測に拍車をかける要因だ。
そんなジン・ヒメノ・ヒイロのやり取りに、ユージンも笑顔を浮かべていた。
「まぁ精霊が七体だけとは、誰も言っていないからね。もしかしたら君達の言う通りという可能性もある。この世界の事を良く知るのは、やはりこの世界の人々……」
そこで、彼はある事に気付いた。
「……そうか。この世界の人々、か。皆、ちょっと良いかな?」
ユージンは皆に呼び掛けながら、自分の脳裏に浮かんだある考えに付いて説明をし始める。
「第三エリアには、これまでと違い”領主”が居るだろう? その辺りの村人は知らなくても、領内の事なら領主は知っているかもしれない。領主となる現地人が、地層深くにあるエリアボスのダンジョンについて知っている可能性は無いかな」
次回投稿予定日:2025年5月30日(本編)




