20-02 パーティーの支度をしました
済みません、1時間遅刻しましたorz
三月三日は、平日の火曜日だ。大イベントが夜に待ち構えていようと、学生である仁達が学校に登校するのは至極当然である。
いつも通りに登校した仁と英雄だが、今日はちょっとばかり空気が重い。
「……なぁ、英雄? 体調でも悪いのか?」
「朝から、元気が無い様に見えるけど……」
いつも朗らかな、クラス……いや、学年……もしかしたら、校内一の美少年。そんな評価を受ける英雄が、朝から真顔でちっとも笑顔を見せないのだ。そのせいか、訝し気にしていた女子達からの接触も本日は控えめである。
そんな重い雰囲気の中、流石に心配になったのだろう……人志と明人が心配そうに声を掛けるが、英雄の表情は変わらず硬い。
「体調は特に、問題はない……ただ、ちょっと精神的な方でね……」
英雄の様子がおかしい理由を唯一知っている仁は、苦笑しつつ小声で二人にだけ聞こえる様に事情を話す。
「今日、恋さんの家の誕生日パーティーに出席するんだよ。だから、緊張しているみたい」
恋の家と聞いたならば、事情を知らない場合は「あぁ、彼女の家族と顔を合わせるのが緊張するのか」と思われるだろう。しかし人志と明人は、恋の家がどういう家なのかを一応は聞いている。
——大財閥の家で開かれるパーティーとか、そりゃあ緊張するわ。
初音財閥は、日本で五本の指に入る大財閥だ。その娘の誕生日を祝うパーティーとなれば、各界隈の著名人が出席してもおかしくはない。そんなパーティーにおいて、本日の主役の隣に立つのが英雄なのだ。
しかもそれだけではなく、婚約者としてである。これまで存在すら認識されていなかった少年が、婚約申し込みが殺到していた恋の隣に居る。恐らく好意的ではない内心を押し隠した男達から、社交界の洗礼を浴びせられる可能性まであるのである。それを考えれば、今から緊張していても不思議でも何でも無いだろう。
そんな訳で、顔が強張っている英雄に人志と明人は何も言えない。ただ、その横で苦笑しているもう一人の親友……その少年に視線を向けると、英雄を励ますように肩を軽く叩いていた。
「あー……仁は、出席するの?」
「まぁね。姫と一緒に、相棒のオアシス役を務めるよ」
恋の誕生日を祝うのも大事だが、英雄の心の支えが必要だろう。恋もそれを解っているからこそ、仁達に声を掛けたのだ。
同時に仁は陸上競技選手時代に、オフィシャルな場への出席経験がある。そのお陰で、そこまで緊張はしていない様だ。そんな仁の様子に、英雄も何とか冷静でいられる様だ。
「そりゃ心強いだろうな」
「情けないけど、マジで心強い」
ようやく口を開いた英雄だが、やはり表情は若干曇っていた。仁や姫乃、仲間達の存在はありがたい事この上ないが、緊張を吹き飛ばすには至らないらしい。
結局、放課後まで英雄の表情から、硬さが抜ける事は無かった。
……
放課後を迎えた仁と英雄は、学校から少し離れた場所へ向かう。事前に伝えていたその場所まで迎えに来たのは、初音家の車だ。諸々の準備に時間が掛かる事もあり、放課後にそのまま初音家へと送り届けられる手筈になっているのだった。
「お待ちしておりました、星波様、寺野様。お荷物を御預かり致します」
「ど、どうも……」
「迎えに来て頂いたのは、御田代さんだったんですね……今回も、お世話になります」
ちなみに迎えに来たのは、英雄も顔見知りの御田代さんだった。英雄としては、日頃から接する機会がある人物が来てくれた事で少し安心する。
「星波様、寺野様。本日は私共も全力でサポートさせて頂きますので、どうかご安心を」
特に英雄に安心して貰おうとしているのか、御田代さんは柔らかな笑みを浮かべて穏やかな声色でそう言った。
「ありがとうございます……御田代さん」
「僕からも、ありがとうございます。お手数をお掛けしますが、宜しくお願いします」
「手数だなどと思う者はおりませんよ、寺野様。本日お側に居る我々は、進んでサポート役に志願させて頂いたのですから」
英雄には真守、恋には鳴子が付き添うのが確定。そして仁と姫乃、隼と愛、千夜と音也、優と拓真……この面々には、それぞれ初音家の使用人が一人ずつサポートとして側に居てくれるらしい。
つまり確定済みの英雄・恋以外に、必要とされているのは四人。その四つの席を、初音家の使用人達が全力で勝ち取りにいこうとしたそうな。ちなみにこの御田代さんは、仁と姫乃の側付き役である。
「皆様のご支度が済みましたら、私共より本日の段取りについてご説明させて頂きます。また今回のパーティーは席が決まっており、挨拶以外で他の来賓の方と長々と会話する事は無い様になっております」
つまる所、挨拶に訪れた来賓者と会話する事はあっても、その人物が同じテーブルにずっと居る様な展開にはならないという事だ。
これは英雄としてもありがたい事で、顔に出ない様にしつつもホッとした雰囲気を醸し出していた。
勿論、人の心の機微に聡い仁……そして初音家の使用人として、長年の経験を積んでいる御田代さんも察していた。しかしそれを指摘する様な、野暮な事はしない。英雄のメンタルケアが、今この時すべき重要案件なのだ。
「姉さんと紀子さんは難しいけど、数満も来られたら良かったんだけどね」
仁がそう言って苦笑すると、英雄は「まぁ、仕方ないだろ」と言葉を返した。
同じギルドに所属し、仁のイトコである数満にも勿論お誘いの声が掛かったのだ。しかし数満は、熟考の末にそのお誘いを辞退したのである。
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そんな、お誘いを辞退した数満はというと……学校から帰宅したら、同じく帰宅済みの心愛と那都代のお相手を務めていた。
「今頃、頭領様達はパーティーの準備かな」
そう言ってやや不満そうな表情を浮かべる心愛に、数満は「かもしれねぇな」と返した。
恋と英雄から、数満もパーティーに参加しないか? と誘われた時……数満も、内心では嬉しく思っていた。勿論その誘いには心愛や、その親友である那都代へを誘う意図も込められていた。
何でも無い知人であれば、二人はそんな風に誘いはしなかっただろう。自分が誘われたのは仁のイトコであるというだけではなく、ちゃんと自分の事も仲間だと認めてくれているからこそだと感じていた。
しかし数満はまだ、その誘いに応じる訳にはいかないかった。申し訳ない気持ちを抱きつつも、丁重に誘いを辞退したのだ。
「済まねぇ、心愛達には悪いなと思ったんだけどよ……他の奴等と違って、まだ俺は出会って日も浅ェからよ。同レベルとまではいかなくても、もうちょい信頼関係を築いてからじゃねーといけないんじゃねーかって思ったんだ」
誘って来た相手が大財閥のご令嬢でも、関係ない。むしろ、だからこそ今回は断るべきだと数満は思った。
仁達は決して、恋の家の財力や権力に頓着していない。それは彼等と恋の間に、揺らぐ事のない信頼関係が構築されているからである。例え恋が大富豪の娘でなくても、仁達は変わらない態度で彼女と接するだろう。
それに対し数満は、新入りである自分がそこまでの信頼関係を築けているか? と思ったのだ。
勿論恋の事は仲間だと思っているし、自分達のギルドを率いるサブマスターとして信頼している。人間的にも好ましいし、決して初音家の次女だからという考えは無い。他の仲間と同じ、共に歩む仲間だと思って接している。
しかしながら他の面々と違い、自分は新参者だ。現実で接するのはもう少しだけ早いと思ってしまった。積み重ねが足りないと、思ってしまったのだ。
「ちゃんと、お互いが納得した上でねーとダメだと思ったんだよ。あっちは俺を信頼してくれてんのは、解ってんだ。俺が、その信頼に応えれるレベルじゃねーって思ったんだよ」
そんな数満の言葉に、心愛と那都代は「考え過ぎだ」とは言えなかった。自分達がそう言っても、数満自身が納得しないだろう事が解ったのだ。
数満は単純に、相手からの信頼に応えられる自分では無いと判断した。その原因は自分自身にあり、相手がどうこう考えてはいない。
そんな数満の考えを聞いた二人は、ある印象を抱いてしまう。
――そのストイックさ……頭領様に、似ているなぁ……。
相手に対しては寛容で、自分に対しては厳しい。その考えや在り方は、仁に通じるものがある。心愛と那都代はそう感じて、顔を見合わせ……そして、笑みを零す。
「来年は参加したいね、兄さん?」
「私も、御台様達から信頼して頂けるように頑張らないと……!!」
それは数満の意志を受け入れ、肯定するニュアンスが込められた言葉だった。敬愛する人の誕生日会に参加出来なくても、それこそ一生に一度参加できるかというレベルのパーティーに参加出来なくても……数満の考えは実に真っすぐで、彼らしい誠実さが感じられたから。そんな数満だからこそ、自分達もこうして側に居たいと思うから……二人は屈託のない笑みで、数満にそう言った。
「……あぁ、そん時は二人にも協力して貰いてぇ。俺ァ女子の誕プレ選びとか、苦手だからよ」
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『お待ちしておりました、星波様、寺野様』
仁と英雄が初音邸に到着すると、そこには初音家の使用人達……そして恋の父親であり、初音財閥を率いる秀頼の姿があった。
頭を下げる使用人達はさておき、初音家の当主である秀頼が居るのは予想外である。
普段この時間帯ならば、秀頼は普通に仕事をしているはずだ。そんな彼がここに居るという事は、娘の誕生日に合わせて休暇を取得したのだろう。
「いらっしゃい、二人共。待っていたよ、英雄君。仁君は久し振りだねぇ、元気にしていたかな?」
畏まった使用人達と、秀頼の温度差が非常に激しい。そんな彼の挨拶に、仁と英雄はそれぞれの温度感で返す。
「秀頼さん直々にお出迎え頂けるとは……お忙しい中、ありがとうございます」
「御無沙汰しています、秀頼さん。本日は、お世話になります」
丁寧な挨拶をする二人に「気楽にして構わないよ」と言って、秀頼は朗らかに笑う。
「恋達はもう到着して、支度を始めているよ。隼君と拓真君、音也君はもうすぐ到着するそうだ。さぁ、どうぞ入ってくれたまえ」
そう言って先を促す秀頼に従い、仁と英雄は初音邸へと入る。ちなみに英雄は何度か来訪しているが、仁は初めて初音邸を訪れた。
そんな仁が真っ先に感じたのは、見た目だけではない気品の良さだった。成金趣味とは違い、趣を感じさせる品性のある調度品。花瓶に生けられた花も瑞々しく、手入れの行き届いているエントランスホールだと思った。
「「お邪魔します」」
足を踏み入れて一礼する仁と英雄は、そのままパーティーの為の支度部屋へと通された。
……
支度部屋は一人一室となっており、仁は初音家の使用人達が用意したスーツに着替えて姿見の前に立つ。
日頃から身嗜みには気を付けているが、今日は初音家の使用人によるヘアメイクも施されている。そのお陰でいつもよりフォーマルな感じになっており、隣に居てくれるであろう姫乃に恥をかかせる事は無いだろうなんて事を考えてしまう。
ちなみに仁は自己評価が低いきらいがあり、スポーツマンらしい精悍さを感じさせる顔立ち……そして日頃から鍛えているお陰で、無駄な脂肪の無い鍛えられた身体つきをしている。それに加えて穏やかな笑顔と雰囲気により、実に魅力的な好青年である。
ちなみにその自己評価の低さは、隣に居るのが英雄や姫乃という美少年・美少女である事が大きな要因である。とはいえ二人の容姿がアイドル的な方向性であるならば、仁はやはりスポーツマン的な方向性で整っている。
そうこうしていると、支度部屋の扉がノックされた。着替えやヘアメイクの為に同席していた初音家の使用人が扉に歩み寄り、扉の向こう側に居る誰かと会話をして……そして、仁に向き直る。
「寺野様、星波姫乃様がお見えになっておりますが、お通しして構いませんでしょうか?」
どうやら身支度を終えた姫乃が、会いに来てくれたらしい。勿論彼女が来る事には何の不都合もないので「お願いします」と答えれば、使用人が姫乃を出迎えるべく扉の方へ向かう。
そうして扉が開かれたそこには、ドレスに身を包んだ絶世の美少女の姿があった。
「お疲れ様です、仁くん」
十四歳の少女としては、平均を上回るボディライン。その身体を包むドレスは淡い桃色の布地で、彼女のイメージにピッタリだ。
それでいてあどけなさを残す可憐な顔立ちは、ナチュラルメイクで彩られていた。元より整った顔立ちである為、過度なメイクはむしろ不要。
そして艶のある黒い髪も結い上げられた上、軽めにウェーブがかっている。いつものストレートも魅力的ではあるが、今の髪型も大人っぽさを感じさせて実に似合っていた。
総評としてはまるで花の妖精か、それとも精霊といったところか……美しさと可憐さを良い塩梅で混ぜ合わせて完成した様な、非の打ち所がない美貌である。
――天使かな? 天使だな? いや、むしろ女神様だよこれ。
脳内で姫乃を絶賛する仁に気付いてか気付かずか、姫乃は顔を緩ませて仁に歩み寄る。
「わぁ、やっぱり仁くんはスーツも似合っていますね。とっても素敵です♪」
自身の容姿よりも、真っ先に口に出すのは仁の事。ふにゃりとした笑みを浮かべる姫乃は、どことなくうっとりしている。口元を緩ませて仁に歩み寄ると、更に笑みを深めて仁を見上げた。
「本当に格好良いです、仁くん。えへへ♪」
そう言って姫乃は、蕩ける様な甘い甘い笑顔を仁に向ける。仁としては、自分にだけ向けられるその笑顔が愛おしくて溜まらない。
このまま抱き締めたいところであるが、そこは鋼の自制心が仕事をしてくれているので踏み止まれた。なにせ自分の支度を手伝ってくれた人と、姫乃の支度を手伝ってくれた女性が同席しているのだ。本人達は、気配を消してんのか? と言いたくなるくらいに存在感を感じさせない様にしているが。
ともあれ、このまま無言でいて良いはずもない。仁も様々な葛藤を呑み込んで、姫乃に向けて笑顔を浮かべる。
「ありがとう、姫。姫もとっても綺麗だよ……普段の格好も可愛いけど、今日は更に大人っぽさもあって、凄く素敵だね」
「……!! えへ、そうですか?」
「勿論。それに、髪型も素敵だね。こういう大人っぽいのも似合っているし、メイクも凄く良いね。いつもは可愛いって感じだけど、今日は綺麗っていう印象が強いかもしれないね」
「ふふっ、仁くんが褒めてくれて嬉しいですっ♪ でも、大人っぽいって言ったら仁くんもですよ? 普段の髪型も素敵ですけど、今日のセットした髪型も大人の男性って感じがします」
仁はそうだろうか? なんて思ってしまうものの、仁の胸元に手を添えて上目遣いで笑顔を浮かべる姫乃。潤んだ瞳を見る限り、これはお世辞でも何でもないのだろう。
だが、今日の主役はあくまで恋だ。自分達の役割は、主役の誕生日に花を添える事である。
「姫がそう言ってくれるなら、大丈夫そうかな。慣れないパーティーへの出席だけど、恋さんの為に一緒に頑張ろう」
「はい、恋ちゃんが最高のお誕生日だと思って貰えるように! 頑張りましょうね、仁くん♪」
やはり姫乃も、その辺りをしっかり考えていたのだろう。当然の様にそう言ってみせ、ガッツポーズをしてみせる。恰好や髪型、メイクはいつもと違うが、こういう所は……特に親友の事を大切に思う部分は、やはり変わらない。
そんな姫乃の様子に、仁も笑みを浮かべて頷いた。
「あとは、英雄のサポート役だね。恋さんは慣れてるだろうけど、英雄は初めてだし」
「そうですね、お兄ちゃんも緊張していたみたいですし」
やはり仲が良い星波兄妹だけあり、姫乃は英雄のサポートに意欲を見せる。
「出来るだけ側に居てあげたいですけど、今回のパーティーでそれは可能なんでしょうか?」
仁と姫乃が支度を手伝ってくれた初音家の使用人達に視線を向けると、二人は笑顔で首肯した。
「はい、姫乃様。本日のパーティーでは、恋お嬢様と英雄様のお席のすぐ側に皆様のお席が御座います。こちらに関しては、旦那様が取り計らっておられますね」
「この後パーティーの段取りのご説明がございますが、恋お嬢様も皆様と近い場所をご所望でしたので」
どうやら今回のパーティーは、恋の意向も反映した物らしい。そういう事ならば、英雄の精神的な負荷も最低限で済む事だろう……英雄を本気で愛している恋が、その辺りを考慮していないはずがないのだから。
「それでは早速、パーティーの段取りについての説明がございます。他の皆様もお支度が御済みの頃合いかと存じますので、ご案内させて頂いても宜しいでしょうか?」
「「はい、お願います」」
二人の使用人に案内して貰い、仁と姫乃は仲間達が待つであろう控室へと向かう。恋の誕生日パーティーが始まる時間まで、あと少し……。
次回投稿予定日:2025/4/10
姫乃ちゃんマジ天使。