19-33 情報を取り纏めました
第五回イベントの舞台となる、四方に用意された[試練の塔]。その最上階である七百階層に再び挑み、ジン達は念願のスピード・アタック・ボーナスの報酬を手に入れた。
その報酬は二つあり、一つは≪踏破者の証明≫というアイテム。これは所持しているだけで効果を発揮するらしく、[試練の塔]のボスフロア以外をスキップする事が出来るというものだ。
つまり百階層まで到達していれば、次は一気に百十階層のボス戦に挑めるというものである。これは、かなり大きな特典だろう。
「これの存在を最初から知っていれば、一つの塔の攻略に集中したのに……」
「まぁまぁ。そういうのを見つけ出すのも、VRMMOの攻略の醍醐味だしさ」
「ま、それはそうよね。最初から解っていたら、プレイヤーが色々な方角に行かなくなりそうだし」
そして、もう一つの報酬……それは、ジン達としても予想外のものだった。
「天使シリーズかと思ったけど……」
「違ったな。まさか、新しいチケットが出て来るとは」
ジンとヒイロがそう言って、視線をシステム・ウィンドウに落とす。そこには≪ミスリルチケット≫と名付けられた、新しいチケットが一枚収められていた。
「十連ガチャチケット……それも一つはSR以上確定とは、予想外ッスね」
「まさかのって感じだよねぇ」
これまで登場した各種チケットは、それぞれ特徴があるものだ。
まずスキルとアイテムを、ランダムで一つ手に入れる≪ブロンズチケット≫。アイテム限定チケットとなる、≪シルバーチケット≫。そしてスキル限定チケットの、≪ゴールドチケット≫。
この三種類は、課金で容易に手に入る。それ以外のチケットは、イベント報酬としてしか手に入らない。
最初は第一回イベントで初めて報酬として登場した、≪プラチナチケット≫。これはリスト内のアイテムを、どれでも一つ選んで入手する事が出来るというものだ。
そして第二回イベント、決勝トーナメントで登場した≪オリハルコンチケット≫。内容は≪プラチナチケット≫とほぼ同じだが、それに加えて”NPCと即座にPAC契約を交わせる”という特典が付与されている。
次に第三回イベント報酬、≪魔札≫だ。こちらはランダムであるものの、武装スキルを手に入れる事が出来る貴重なチケットである。
「第四回では新しいチケットは無く、代わりに≪ギルドフラッグ≫や【土地拡張権】だったからね。僕としても予想外だった」
そう言って、チケットをヒラヒラさせるユージン。
「全ての[試練の塔]を攻略すれば、最大四十連か。珍しく、ゲーム的な面を出して来たものだね」
「言われてみれば、今まで十連ガチャといった要素はこれまでありませんでしたね」
アナスタシアがそう言って、手にしたチケットに視線を落とす。その事から、彼女達も無事にSAB達成が出来たのが解る。
「……まぁ、もしかしたら”このチケットで更に力を付けて、他の[試練の塔]に挑んで下さい”っていう事かもしれないわね?」
「成程……七百階層のボスとの戦いにおいて、新たな切り札は大きな力になり得ます。ジェミー殿の見解は、的を射ているかと」
「確かに。だからこそ、この≪踏破者の証明≫なんだろうね」
そんなこんなで今夜までの攻略情報を取り纏めたジン達は、確度の高い情報を公式サイトの掲示板に公開する事にした。特に七百階層の攻略法は、難儀している勢力が居てもおかしくはないだろう。
勿論この情報公開は、ある種の印象操作の側面が強い。共有して然るべきである情報を秘匿しない、クリーンなクランである事のアピールだ。しかし同時に、この情報が苦戦しているプレイヤー達の助けになれば……そういった思惑があるのも、事実その通りである。
「ん-、書き込みを見る限りでは……まだ七百階層に到達してないプレイヤーも、結構いそうですよね?」
「あぁ、そうだろうね。となると公開する情報は、どんなボスが現れるのか。これは、やはり重要だろうね」
「そりゃそうっスね。あー、六百五十階層のデータを参照するのは、教えるッスか?」
「もう終盤だし、公開できるものは公開しても良いんじゃないかしら」
「後は≪踏破者の証明≫については、情報公開しておくべきだろうな」
「そうだな……それを優先してゲットすれば、他の塔の攻略時間が大幅に短縮できる。攻略を進めたい連中からしたら、是が非でも欲しい情報だろうな」
「そうしたら報酬系も、一通り公開で良いのではないでしょうか。実力さえあれば、誰でも手に入るものになりますし」
そうしてクランの知恵者達が話し合い、公開する文面を代表としてケインが入力し、一通り確認してクランの名前で公開する。
その書き込みに対して、すぐに多くのプレイヤーからのコメントが書き込まれていった。
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342 クラン【十人十色】
現在開催中の第五回イベントの攻略情報を公開します
七百階層のボスは五体の天使で、プレイヤーのステータス・装備・スキルをコピーする難敵です
名前はケルビム・エクスシーア・デュナメイス・スローンズ・キュリオテテス
検証の結果、天使達がコピーするのは六百五十階層の戦闘時の情報だと判明
スピード・アタック・ボーナス取得の制限時間は、三十分です
通常報酬はプレイヤーレベルの経験値、ゴールドコイン、強化素材アイテム≪天使の涙≫
初回討伐報酬はスキル限界突破アイテム≪天理の指南書≫
スピード・アタック・ボーナスはSR一つが確定となる十連ガチャチケット≪ミスリルチケット≫
完全踏破報酬として、探索フロアスキップアイテム≪踏破者の証明≫
この情報が役に立つ事と共に、皆さんの健闘を祈ります
343 コレイ
>342
情報ありがとうございます!!
344 ディボン
最上階は七百階層なのか……
ってか、天使の名前がめっちゃダブ●オー
345 モラクス
>342
情報提供に感謝!!
346 マスト
>342
詳細な情報を頂けて、とてもありがたいです
【十人十色】の皆さんに、心からの感謝を
347 クラン【騎士団連盟】
一歩遅かったですが、我々【騎士団連盟】も最上階の踏破に成功しました
【十人十色】の情報を拝見し、我々も同じ考えとなります
348 ローラ
情報が裏付けられた
349 クラン【開拓者の精神】
考える事は同じだった様ですね
我々【開拓者の精神】も、【騎士団連盟】同様に【十人十色】の情報と同じ見解となりました
皆様のお役に立ちますように
350 クロロホルム
Σ( ゜Д゜)!?
ここのトップ層ってほんとに良い連中だよなぁ……
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それぞれの報告が終われば、今夜の活動は終了。後は、思い思いの時間を過ごす。
ちなみに半分以上のパーティが、SABをゲットする事に成功していた。惜しくもSABを逃した面々は翌日、改めて七百階層に挑戦する事になる。
そんな惜しくもSABを逃したパーティである、アゲハとカスミが率いる【忍者ふぁんくらぶ】限定チーム。彼等は真剣に、五天使をどう打倒するかについて相談していた。
「やはり、火力が足りないのが大きいねぇ……」
「私の≪薙刀≫とゴエモンの≪打刀≫が、一番威力が高いという状態だものね」
アゲハとカスミがそう言うと、申し訳なさそうにするのは大学生くらいの青年二人。
「くっ、面目ねぇ……」
「俺達が、もっと戦えればな……」
ディルクとヘルマーの言葉に、ゴエモンが苦笑しながら首を横に振る。
「アイテム投げたり、≪クロスボウ≫で援護射撃してくれてるだけでも十分助かってますよ」
実際に火力を出す為に≪爆裂玉≫を投げたりして、ボス攻略に貢献出来ているのだ。彼等も、全く戦えないという訳では無いのである。
「となると、やっぱりPAC契約を進めるくらいしか……」
そこで、一人の少年が歩み寄って来た。
「あー、済まねえ……今、ちょっとだけ良いか?」
茶髪の少年はぞんざいな口調で、見た目も若干不良に見える。しかし申し訳なさそうな表情であり、人の好さが滲み出ていた。
あとその少年は仲間の義兄であり、崇拝する御方のイトコ。なので【忍者ふぁんくらぶ】的には、身内同然の存在と考えられている。
「イカヅチ殿、いかがなさいました?」
「ゴエモンに、ちょっとだけ確認させて貰いたい事があってな……」
「お、なんですかアニキ?」
「アニキはやめろっての……明日の四限の調理実習、俺は何持ってくんだっけか」
両手を合わせて、申し訳なさそうに質問するイカヅチ。そんなイカヅチに、ゴエモンは苦笑して頷いた。
「絹豆腐を一丁ですね」
「そうか、やっぱ絹だったか……間違えて、木綿豆腐を買っちまったな。朝、コンビニで買ってから行くかぁ」
「あー……でも作るのは麻婆豆腐ですし、木綿豆腐でも良い気がしますよ?」
実に、学生らしいやり取りだ。そんなイカヅチとゴエモンの会話に、他の面々もニッコリである。
と、そこへやって来るのはイカヅチのパーティメンバー。となると、あの人達が居る訳で。
「イカヅチ、どうしたでゴザルか?」
「あ? 明日の確認だよ、学校の方のな」
はい、頭領様のお出ましですね。その姿を確認した五人は、一斉に並んで膝を付く。
「「「「「お疲れ様です、頭領様!!」」」」」
「……おい、ジン」
「いや、僕に言わないで……あの、楽にしてくれませんか?」
ジンが居心地悪そうにそう言えば、五人はスクッと立ち上がってみせた。忠実過ぎて、逆に居た堪れない。
「あー、相談中にすみません。七百階層の件でしょうか?」
忍者ムーブはスイッチ・オフ。素の口調で問い掛けると、アゲハが苦笑して頷いてみせた。
「頭領様の仰る通りです。攻略自体は出来たのですが、SABに一歩届かずどうしたものかと……」
お恥ずかしい限りです、と付け加えたアゲハに、他の四人も似た様な表情だ。
現状で火力不足ならば、編成を変えるしか手は無い。火力を出せる応援者と、誰かがPAC契約をすれば……そう考えているのだろう。
しかし契約直後のPACではレベル、そして連携面での不安要素はある。だからこそ彼等も、決断に踏み切れないのだろう。
そこで、ジンはある事に思い至った。PAC契約をせずとも、PACを連れて行く手段があるではないかと。
「ふむ……姫?」
「はい、ジンくん!」
ヒメノも、ジンが言わんとする事を理解していた。二人は同行する三人……イカヅチ・イナズマ・ハヅキに視線を向ける。彼等も二人の考えに気付いたらしく、笑みを浮かべて頷いてくれた。
「うん、それじゃあ……リンとヒナ、明日は皆さんの攻略の手伝いを頼めるかな?」
「二人ならきっと、皆さんのお役に立てると思うんです。どうですか?」
「かしこまりました、主様、奥方様。万事お任せ下さい」
「はい、お姉ちゃん、お兄ちゃん! 私も頑張りますね!」
その言葉に、アゲハ達が目を丸くしてしまう。確かにクランメンバー同士ならば、PACの貸し借りが可能だ。しかしそれでは、ジン達の戦力が不足するのでは?……と考えて、そうでもない事に気付いた。
ジンとヒメノが居て、イカヅチとイナズマが居て、ハヅキが居る。最速忍者・絶対破壊姫・スーパースターアニキ・忍者随一の火力娘に、発明少女である。火力は十分な上に、瞬間最大火力はボスをあっさり倒せるレベルなのだ。
「よ、宜しい……のですか……?」
カスミが恐る恐る、そう問い掛ける。実際にそうして貰えるならば助かるのだが、本当に良いのか? と一抹の不安を感じている様だ。見れば、他の四人も戸惑った様子である。
ジンはそんなカスミ達に向き直ると、微笑みを浮かべながら頷いて答える。
「仲間同士、助け合いでしょう?」
そんなジンの言葉を受けて、アゲハ達はまた一斉に跪く。
「「「「「ご厚情賜り、感謝致します頭領様、姫様!!」」」」」
一糸乱れぬ動きと謝意の言葉は、あまりにも動きがシンクロしていた。打合せとか、練習でもしてたんか? と勘繰りたくなる程に。
「あの、本当に普通で良いんで……」
そしてそんなやり取りを見ていたクランメンバー達は、SAB未達成のパーティにPACを貸し出す方針を固めた。
「俺達の明日の予定は、他の[試練の塔]の中層くらいからの攻略だからね」
「あぁ、自分のPACを応援に派遣しても、攻略に支障は出ないだろう」
「では、こちらのパーティには……リューシャ、お願い出来ますか?」
「はい、マスター! お任せ下さい」
「うわぁん、ありがとうございますぅ!!」
「魔法職足りてないんスよね? カゲッちゃん、頼める?」
「くふふ、よかろう。主がそこまで言うならば、妾に任せておくがよい」
「マジで!? めちゃくちゃありがたいです!!」
PAC達も特に難色を示す事無く、契約者の指示に素直に応じていく。これはやはりプレイヤー・PAC問わず、このクランのメンバー同士が強い信頼関係を築いてきた事が大きな要因と言えるだろう。
「宜しくお願い致しますリン様、ヒナ様!!」
「……リンとヒナも、様付けなんだ」
「はい!! リン様は頭領様のPAC……つまり頭領様の側近!!」
「その通りです!!」
「我々からしたら、先輩と言っても過言ではありませんから!!」
「過言じゃないかな……」
どうやら【忍者ふぁんくらぶ】的に、リンは先輩扱いらしい。ちなみにヒナはヒメノの妹という事で、妹姫様な訳だ。となれば、やはり様付けがしっくりくるそうな。
……
そうしてクランホーム[十色城]からマイルームに帰還したジンとヒメノは、寝る前の挨拶を交わす。
「えへへ、明日は楽しみにしていてくださいねジンくん!」
ヒメノがそう言って、ジンにぎゅっと抱き着いた。今日は日曜日で、明日は月曜日……学校がある日だ。そして明日は、ヒメノからの誕生日プレゼント……ジンの為の、愛妻弁当の初日である。
「うん、楽しみにしてる。でも無理はしないようにね?」
「ふふっ、大丈夫ですよ。これからずっと作るんですから、ちゃんと考えてあります」
ヒメノも無理をするつもりは無いらしく、普通のお弁当を作るつもりらしい。
「明日のお弁当のメニューは、もう決まっているんですけど……ジンくんが食べたいものがあれば、リクエストも受け付けますよ?」
「えー、姫の作った料理は本当に美味しいから……うーん、悩むなぁ」
実際にこれまで、ヒメノが作った料理を食べさせて貰ってきたジンだ。その料理の腕前は母・聖が認めるレベルであり、本当に美味しいのである。
「あ、この前作ってくれた挽肉の中に具材が入っているやつ……あれはまた食べたいかも」
「ふふっ、気に入って貰えて嬉しいです! また作りますね♪ ジンくんの好みだと、さっぱり系ですよね。うーん、鶏挽肉が良いでしょうか」
ヒメノは真剣な表情で、今度作るおかずについて考えているらしい。しかしこのままでは、ログアウトする時間を超えてしまいそうだ。
「姫、そろそろ寝ないと」
「ふぇ? あ、そうですね……それじゃあ、ジンくん」
満面の笑みを浮かべて、ヒメノはジンの懐に滑り込む。そうしてジンに向けて唇を突き出して、おねだりモードに入る。
「ん~」
可愛らしい仕草をするヒメノに笑みを浮かべながら、ジンは彼女の唇に自分の唇を重ねる。ヒメノはすぐにジンの唇に吸い付く様にして、キスに応じた。
そうして二人は口付けを交わしていたが、スッとヒメノが身を引いた。
「……名残惜しいですけど、明日の為にも早めに寝ないとですね?」
そう言うヒメノの表情は、本当に名残惜しそうだ。しかしそれも自分の為だと解っているので、ジンは微笑んで彼女の頭を撫でた。
「そうだね……名残惜しいけど、明日の為にも寝ようか」
二人はそれから少しだけ触れ合う時間を堪能して、同時にログアウトしていった。