19-24 平穏が戻りました
マッチングPKの阻止を目的とした、トップランカーによるPKK作戦から一夜が明けた二月十九日。仁達の通う[日野市高校]の二年の教室では、日頃から賑やかな生徒が更に賑やかだった。
「おいおい、映真!! パラちゃんとはどこまで行ったんだこの野郎!!」
「昨晩からずっとそればっかだな!! 普通にPKKしてたんだよ!! 戦闘しかしてねーっつの、くどいぞお前等!」
ギルド【絶対無敵騎士団】に所属するエムこと伊毛映真と、その愉快な仲間達。彼等五人は日頃からこうしてVR・MMO・RPGの話題を口にしているので、クラスメイト達からは「またか」といった顔をされている。
そんな五人を遠巻きに眺めるのは、【忍者ふぁんくらぶ】を代表する二人のプレイヤー……ココロこと来羅内夜宇と、イズナこと浦島伊栖那。そして二人とひょんなことから接点を持つ事になった、【桃園の誓い】所属のラミィこと名井家鏡美。
「あっちは相変わらずだね、昨日は結構な討伐戦だったのに」
鏡美がそう言うと、夜宇は苦笑して肩を竦める。
「もしかしたら、まだ興奮状態が続いているのかも」
そう言う夜宇はいつも通りの様子で、PKKに参戦した事は別段尾を引いていないらしい。このあたりはやはり、忍者的なあれやそれの結果なのかもしれない。
すると「にひひ」と可笑しそうに笑いながら、伊栖那が口を挟む。
「話を聞いていると、別の要因かもねー? 伊毛君が組んだパラちゃんって確かあだ名で、アバ名は【パーランド】っていう可愛い系の女の子らしいし。で、あの四人は多分……」
伊栖那の予想通り、四人は男同士で二人一組を組む羽目になっていた。唯一女の子と組んだ映真に対して、嫉妬の気持ちがあるのだろう。
「ま、無事に終わって何よりだね」
「そだね、これでやっとイベントに集中できるし」
「二日近く無駄にしたもんねぇ……それに、ビッグイベントが近いんでしょ? まぁ、私はそこまででもないけど」
鏡美が口にしたビッグイベント……それは目前に迫っている、ジンこと寺野仁の誕生日だ。彼のファンギルドである【忍者ふぁんくらぶ】にとって、決して疎かにしてはならない一日である。
とはいえ鏡美は、仁の所属する【七色の橋】と姉妹ギルドである【桃園の誓い】の一員だ。仁の誕生日にノータッチであるはずもなく、ギルドメンバー連名で一つのプレゼントを製作しているのだ。
「そっちも何か、プレゼント用意してんでしょ? 五十人総掛かりで」
「「もち」」
お手本の様なドヤ顔をする夜宇と伊栖那は、どうやらプレゼントに相当な自信がある様だった。
「姫様と御揃いの物を用意しててね~。絶対に喜んでくれるはずだよ!」
「形として残り、尚且つ無駄にならない。やっぱ、会長と副会長の着眼点は流石だね」
その言葉を聞く限りだと、普通のプレゼントなのだろう。そう考えて、鏡美は「そりゃあ楽しみだね」と笑みを零した。
「【桃園】のはあれでしょ? 前に話していたやつでしょ?」
「ラミたんの腕の見せ所だね」
「ラミたんはやめい」
何だかんだで、年明け以降に増えた二人との会話を楽しんでいる鏡美であった。
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「マッチングPKの件が片付いたのは良いけれど……うーん、明後日の件はどうしようかしら?」
そう言って天を仰ぐ彼女の名は、佐々木未恵。VR・MMO・RPG【アナザーワールド・オンライン】において、アリッサという名前でプレイしている女子大生だ。
そんな未恵の言葉に、同席している二人の学生も苦笑しつつ頷く。
「以前なら、そこまで頭を悩ませる事は無かっただろうけどさ……流石に、ねぇ?」
「えぇ。私達が【十人十色】に加わるきっかけをくれた、彼の誕生日を知らんぷりは出来ないわね」
溜息を吐きながらテーブルを指で叩くのは、アシュリィこと海代郁恵。そして真剣な表情で携帯端末を操作するのは、アナスタシア……守和田詩香である。
彼女達が立ち上げたギルド【ラピュセル】が、クラン【十人十色】に加入したきっかけ……それはソウリュウという卑劣な輩から彼女達を守る為に、ジンがクランに勧誘した事だった。
それについても色々とあったが、無事に【ラピュセル】は【十人十色】に加入した。
その一件からまだ、そんなに時間は経っていない。しかし彼女達はここ数日のプレイで、改めて思っている……自分達は今、かつてない程に順調にゲームを楽しめていると。
クラン加入移行、ギルドメンバーの表情に笑顔が増えている。そしてこれまでは避けていた、善良な男性プレイヤーとの交流も進んでいる。何よりソウリュウの被害者であったイザベルが、いつにない明るい表情でギルド外のメンバーとも接しているのだ。
全てはあの時……ジンが自分達に、手を差し伸べてくれたからだ。少なくとも、彼女達は本気でそう考えている。それは三人だけではなく、テオドラやイザベルを始めとする他のメンバーも同様だ。
だから、祝いたい……あの優しさと強さを兼ね備えた、誰よりも真っすぐに駆け抜ける少年の記念すべき日を。それはギルド【ラピュセル】に所属する、メンバーの総意でもあった。
「とは言っても、結構難しいのよねぇ……だって仁君って、装備・スキル・仲間・おまけに超絶カワユイお嫁さんがいるしさぁ。足の件以外、欲しいと思ってる物って無いんじゃない?」
郁恵がそう言えば、詩香も未恵も「それはそう」と苦笑気味に頷く。仁は元々物欲が無い上に、これまでのプレイで必要な物を必要以上に手に入れて来たと言っても過言ではない存在だ。
欲しても手に入れる事は困難を極める、ユニークスキル【九尾の狐】【クライシスサバイブ】。加えて【分身】に【変身】といった、最前線レベルでもレアな性能のスキルオーブの数々。
そしてユニーク武器である、小太刀≪大狐丸≫と≪子狐丸≫。仲間達の想いと最高レベルの技術を注ぎ込まれた、一式装備≪忍衣・疾走夜天≫。
更に同等の力と装備を手にしていたり、各分野において最高レベルだったり、最前線級の実力を有していたりする仲間達。更に好敵手でありながら関係良好な、大規模ギルドに所属するフレンド。そして何より、可憐で強くて性格も良くて超絶天使なお嫁様。
事故によって後遺症を負ってしまった現実における足の事以外に関しては、誰もが羨む環境下にある。
「多分、【桃園の誓い】と【魔弾の射手】は何をプレゼントするのか決めているんじゃないかしら……【忍者ふぁんくらぶ】は解らないけど、絶対に何かを用意すると思う」
詩香がそう言えば、郁恵と未恵も「間違いない」と首肯した。そこで郁恵が、ある事に思い至る。
「あ! ゲーム内の話だし、多分だけど作る感じよね? ウチの生産担当に、聞いてみたらどう?」
ギルド【ラピュセル】も自分達で生産やメンテナンスを行っており、全員で協力し合いながら作業を進める。その中心となるメンバーは、三人。マルファと【エウラリア】、そして【メリダ】だ。
「確かに、それは良いかも」
ギルドメンバーで使用しているRAINのトークグループでも良いが、今回は個別で聞いた方が良いだろう。そう考えた詩香は、三人の中で一番年上のマルファにメッセージを送る。
すると数分で、メッセージが返って来た。
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【しずしず】
ジンさんへの誕プレなら、他のギルドと合わせるのはどうでしょうか!
【桃園】のラミィちゃんと【魔弾】のメイリアちゃんに、何作るか聞いてますよ!
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「ビンゴじゃん」
「いつの間に……って当然、城でよねぇ」
どうやら、マルファことしずしず……本名【藤深山 静】は、クラン拠点[十色城]での生産活動の際に情報をゲットしていたらしい。
そしてどうやら、プレゼントの傾向は合わせられる範囲の物の様だ。
「えぇ、これは助かるわ」
そう言って柔らかな笑みを浮かべつつ、詩香はメッセージを打ち込んでいく。
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【ウタ】
本当? それは助かるわ、ありがとう!
他のギルドは、何を作るのかしら?
【しずしず】
いえいえー!
それで【桃園】と【魔弾】が作るプレゼントは……
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その後に続いたメッセージを見て、詩香達は顔を見合わせた。
「成程……そういう事ね」
「これ、結構面白いんじゃない?」
「そうね! 今日はちょっと、早めにログインして準備に取り掛かろっか!」
こうして【ラピュセル】も、仁の誕生日プレゼントの用意に着手する事が決まったのだった。
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昼時の[初音女子大学付属中等部]の、二年A組の教室。今日もまた、いつもの通りに姫乃達は五人で昼食をとっていた。
「いやぁ、しっかし疲れたよね! 一日で終わったのは、ほんっと~に良かったねぇ」
「本当にそうだね……第四回のPvPも結構大変だったけど、今回のPKKは本当に緊張したなぁ」
千夜と優がそう言うと、恋は「そうね」と頷いた。
「今回はPKerとマッチングするかしないか、その時まで解らないっていう状況だったからね。その分、やっぱり気を張る必要があった……精神的な疲労は、やっぱり私も感じたわ」
涼しい顔でそう言う恋だが、実際に今回のPKK作戦は彼女としても結構な負担だったらしい。
「実際、いつ終わるかも解らない状態だったもんね。和美さんや紀子さん達が、PKerの情報収集をしてくれたのは結構大きかったな」
「確かにそうだね。どのPKギルドが残り何人とか、あの情報は凄く心強かったな」
愛と姫乃の言葉に、他の三人も頷いてみせる。そういった点も含めて、今回の騒動はトップランカーが一丸となって事態に立ち向かった感がある。
「それにしてもあのディグルが、またPKを企んでいたなんてね……」
今回のマッチングPK事件の、真の黒幕……それがディグルことズークだった。姫乃からその事を聞かされた愛は、そう言いながら難し気な表情で溜息を吐く。
「愛ちゃんと隼さんを襲撃したっていう、昔の【漆黒の旅団】のトップだったんだっけ?」
「結構時間が経っているのに、復讐しようとするなんて……凄い執念だね……」
その頃はまだ加入していなかった千夜と優は、伝聞でしか当時の事を知らない。だからズークの蛮行を聞いても「そんなに執念深い人物なんだな」といった感想に落ち着く。
逆に過去の彼と戦った姫乃・恋・愛は、実に彼らしいと呆れてしまう。
「まぁ、もう二度と現れる事は無いけれどね。運営発表の記載の通り、ズーク達とダリルは確実にアカウントを無期限凍結されているわ」
恋はそう言って、お茶を口にする。しかし千夜は、どこか不満気な様子である。
「んー……無期限凍結って、具体的にログイン出来ないだけなんだよね? アカウント削除じゃダメなのかな?」
千夜のVRゲーム歴は、まだ半年も経っていない程度。今回の処分内容の記載内容……その意味を、すべて理解できていないらしい。
「ふふっ……無期限凍結は、ある意味アカウント削除よりも厳しい処分なの」
まずAWOは、サブアカウントが持てない仕様だ。その辺りのセキュリティは厳重で、アカウントを作成するには個人ナンバーや虹彩認証等が必要になる。
そしてアカウントが削除された場合、ユーザーは新規でアカウントを作成する事が可能となる。
だがアカウントが凍結されている状態では、アカウント情報を操作する事が出来ない。現在のアカウントを削除する事も出来ない為、転生も出来ない。そして、期限は無期限となっている。すなわち今回の一件で悪質なプレイヤーだと運営が判断した者は、二度とAWOにログイン出来ない。
「他のPKer達は解らないけれど、マッチングPKの主犯であるダリル……そしてダリルを唆して復讐を企てた、黒幕達。彼等は二度と、AWOをプレイ出来ないわ」
「はー……そういう意味だったんだ」
「一番重い罰って感じなんだね……」
ちなみに今回のマッチングPK事件において、無期限凍結に課せられたのはズーク含む三十名。そしてダリルと【暗黒の使徒】のメンバー全員である。
自分達の復讐の為にマッチングPKを唆したズーク達と、意図的にマッチングPKを開始した【暗黒の使徒】……彼等は二度と、AWOに現れる事が出来なくなった。
そしてマッチングPKに便乗した他のPKギルドや、フリーのPKer達は十日間の凍結で済まされている。
とは言っても、全てのスキルオーブやアイテムは全てドロップ。そしてレベルもリセットされているのだから、正に振り出しに戻るというやつだ。
その上重犯罪者である以上、町エリアに入る事は出来ない。となればレベリングや装備の拡充、スキル取得の難易度はハードどころの話ではないだろう。
恐らく彼等は、凍結期間が終わってすぐに転生するのではないだろうか。
「ま、暗い話はこのくらいにしましょうか。折角騒動が終わって、姫ちゃんにとって最大のイベントを迎えられる訳だし」
恋がそう言うと、三人の視線が姫乃に向かう。
「それもそうだね」
「いよいよ明後日だね、姫のん!」
「初めて一緒に迎える誕生日なんだよね」
柔らかな笑みと共に向けられた言葉に、姫乃はふにゃりと微笑みながら頷く。
「うん、すごく楽しみ♪」
そんな姫乃の笑顔に他の四人も笑顔を浮かべ、昨夜の一件について会話していた時の雰囲気が霧散する。
「他のギルドでも、誕生日プレゼントについて考えているみたい。鏡美お姉さんが言ってたの」
「クランを結成して、一番最初に誕生日を迎えるのが仁さんなんだよね?」
「そうみたい。そうすると、他の人の誕生日の時も同じ様にプレゼントを用意する感じなのかな?」
「どうかしら……そうなると【忍者ふぁんくらぶ】のメンバーの数が多いのよね……」
「もうあれだ、誕生日の一覧表を作ろう! そうすれば、忘れる事は無いでしょ!」
そこで、千夜が恋に視線を向ける。その手には携帯端末が握られており、誕生日をメモする気満々であった。
「そう言えば、恋ちゃんは三月だよね?」
「えぇ、三月三日よ。で、確か隼さんもよね?」
「うん、隼君は十一日! 紀子さんが十三日で、和美さんは二十二日なんだって」
「三月は四人も居るんだねー!」
「そういえば、数満さんの誕生日は聞いていなかったかも? 後で、仁くんに聞いてみようかな」
そんな風に、残りの昼休みの時間は誕生日の話題で過ぎていくのだった。
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放課後……仁はいつもの様に、英雄と連れ立って教室を出る。その際一緒に人志と明人、そして小斗流も同行していた。小斗流も一緒なのは、人志が誘ったからである。
「委員長、ちょっと帰りに付き合って貰えないか? ちょっと相談したいことあってさ……お礼に、何か奢るから! あ、仁と英雄ってすぐに[初女]行くか?」
「三十分くらいなら、大丈夫だけど……」
そんな流れで、五人は駅前のファストフード店に向かうのだった。
そんな五人の様子を見ていた、クラスメイト達。
「人志と委員長、ちょっと距離感近くなったか?」
「最近、人志に怒鳴る委員長を見ていないな……」
「それは鳴洲が真面目になったからじゃない? ことちゃんも別に、鳴洲が嫌いで怒ってたわけじゃないしさぁ」
「ってか、鳴洲って最近ちょっと良い感じに見えない?」
「倉守君も何だか、今までと違って大人びて見えるよね~」
「やはり、星波のイケメンは……伝染するのか……?」
五人が去った後の教室でそんな話題が流れる中、一人の少女が真剣な表情で携帯端末を見ていた。
「……やっぱり」
はい、根津さんですね。
彼女の携帯端末に表示されているのは、AWOのイベント動画。そこである映像を一時停止しているのですが、いやぁ映っていますね……忍者が。
――やっぱり、この人は寺野君だ。それに星波君も、寺野君の彼女さんも居た。他の人達も、文化祭の時に見覚えがある……この【七色の橋】っていうのが、寺野君達のグループに違いない。
着々とAWOにおける仁達に辿り着きつつある、根津さん。しかし今現在、彼女の興味はもう一つの要素にも向かっている。
そう、彼女がAWOについて調べ始めたのには理由があるのだ。バレンタイン当日、何か不思議な雰囲気の先輩女子に声を掛けられたから。
――そしてあの先輩が居るのは、多分だけどこの集団な気がする。グループの名前が、【忍者ふぁんくらぶ】……そして、寺野君の格好はどこからどう見ても忍者。つまり、あの人達は……寺野君のファン……っ!!
仁にクソデカ感情を向ける者同士、惹かれ合うのだろうか。自然な流れ……いや、自然だろうか? ともあれ根津さんは、【忍者ふぁんくらぶ】という色んな意味で彼女にピッタリなギルドの存在に行き着いた。
これは根津さん参戦フラグが、ついに立ったか? と思いきや、そう簡単に事は進まない。
――やりたいけど、難しいなぁ……VRドライバーって、結構高価なアイテムだもんなぁ……。
そう、一般的な女子高生が「それなら買ってしまおう!」と思って買える物ではない。根津さんはアルバイトもしていないし、金遣いが荒い訳でもないが十万以上の貯金がある訳でもない。
運良く知人に初音財閥のお嬢様が居る訳でもないし、両親が「普段わがままを言わない娘が欲しいというのならば」と大枚をはたく訳でもない。
そうして根津さんはフッと笑みを浮かべ、そして決意した。
「やってみようかな……懸賞応募」
それが、根津さんが選んだ方法であった。運頼みやんけ。
次回投稿予定日:2025/2/15(本編)