19-22 PKKのその合間でした
その頃、北側の[試練の塔]。現在の自分達の風評を自覚した上で、意を決してPKKに参戦したプレイヤー達が居た。
「まぁ、受け入れる雰囲気にはならないわよねぇ……」
「仕方が無いとは思うんだけど……でも、なぁ……」
そう言って表情に疲労感を浮かべるのは、ギルド【天使の抱擁】を支える二人組だ。青年の名はハイド、女性の名はソラネコという。
ギルドマスターであるアンジェリカが、件の騒動から姿を消した。そんな中で、ギルドに残る事を決めたメンバーの為に力を尽くしているメンバー……二人は、その中心人物だった。
ハイド……本名【大庭 真司】。
彼は【禁断の果実】の一員でもなければ、アンジェリカを信奉している訳でも無い。しかし自分が限界だったその時に、彼女の歌声に勇気付けられた。そのお陰で今は、穏やかな日常を送る事が出来ている……現実の、仕事の上ではだが。
もし今アンジェリカが姿を再び現せば、プレイヤー達は非難の声を浴びせる事だろう。しかしそれは、彼女の事情を何も知らないからだ。彼女の事情を知る者ならば、絶対にそんな事は出来ないはずだ。
だが、その事情を公にする事は出来ない。それは彼女の本意では無いし、【ユートピア・クリエイティブ】としてもそれを容認しない。
ならば自分はせめて、彼女の居場所を維持するくらいはしたい。誰も彼もが敵ではないと、彼女には疲れた時に羽根を休める場所があるのだと思って欲しい。
ただその一心で、ハイドは瓦解している【天使の抱擁】を維持し続けている。
そんなハイドに付き合うメンバーの一人が、ソラネコだ。彼女は本名【布良 空乃】といい、過去にアイドルになりたいと思っていた女性である。
彼女は本気で夢を追い、芸能事務所と懇意の養成所に通ってボイストレーニングやダンスレッスンに打ち込んでいた。しかしその養成所の上層部から、懇意にしている芸能事務所との接待……その内容は、俗にいう枕営業を指示された。その時にまだ十七歳だった空乃はそれを拒否したのだが、それを切っ掛けに彼女に対する当たりが強くなり……その末に、彼女は夢を諦めた。
彼女がアンジェリカのギルドに加入したのは、自分が到達したいと思っていた場所に到達する事が出来た彼女への尊敬からだった。というのも、アンジェリカは清楚を売りにしていたのだ。自分と違い、汚い世界に巻き込まれずに夢を叶えた……そう信じていたのだ。
そしてアンジェリカの真実を知った空乃が真っ先に感じたのは、彼女も被害者だという想いだった。それも、致命的なまでに過酷で残忍で、救いの無い現実だったのだ。
自分はまだ、引き返す事が出来た。しかし彼女は自覚のないまま……自覚することも出来ない状態にさせられて、人間の負の感情の……欲望の坩堝に呑み込まれてしまっていた。
自分には大した事は出来ないかもしれない、それは理解している。それでも、放っておく事は出来なかった。一歩間違っていたら、自分も彼女と同じ様な道を歩んでいたかもしれない……そう、感じてしまったのだ。
だから、少しでも良い。自分を取り戻す事が出来た彼女の心を、ほんの少しでも支える事が出来るならば。そう思って、空乃は彼女に寄り添う事を決意した。
「はぁ、うだうだ言っててもしゃーないな。次、行けるか?」
「大丈夫、ハイド……顔色が悪いわよ」
「……鏡が必要か? お互い様だろ」
「あらあら、こんな美人に向かって酷い言い草ね」
「顔色が悪いって事だよ。美人は否定しないけどな」
軽口を叩き合う二人だが、実際に顔色は優れない。ここに来るまで散々PKerと同列の扱いをされたり、スパイの残党の様な扱いをされて来たのだ。精神的な疲労が募っているのは、無理もない事だろう。
互いに精神的に疲労感を溜め込みつつ、マッチングシステムを起動。すぐにそのアバターが転送され、行き着いたその場所には二人のプレイヤーが待ち構えていた。その二人組は、一瞬驚いた顔をして……そして、すぐに笑顔を浮かべた。
「今回のマッチング相手は、君達だったか。第四回での活躍は拝見しているし、心強いマッチングだね」
「貴方達は確か、【天使の抱擁】のメンバーだったわね? 私達は……まぁ知ってるかもしれないけど、自己紹介をしましょっか」
そんな穏やかな雰囲気で、二人を出迎えるコンビ。彼等の装いは、中華風のモノだった。
「俺は【桃園の誓い】ギルドマスターの、ケインだ。ハイドさんにソラネコさん、どうぞよろしく」
「ケインの妻で、サブマスターのイリスよ。熟練者とのマッチング助かるー! 宜しくね!」
爽やかな笑みを浮かべて挨拶をするケインと、少しばかり軽いノリを垣間見せるイリス。そんな二人の反応に、ハイドとソラネコは戸惑いを隠す事が出来なかった。
「え、えぇ……あ、あの……良いんですか? このマッチングで……」
「ハイド、言い方……!!」
「いや、変に取り繕う方が失礼だろ!? お二人は、その……例の件で、色々あったじゃないですか……それなのに、俺達は……えーと、何ていうか……」
言い難そうにしているハイドだが、ケインは穏やかな表情のままで首を横に振る。
「あの件について、俺も核心にちょっとだけど近くてね。君達に瑕疵がない事は、重々理解しているつもりだ」
そう言ってケインは、柔らかな笑みで二人を迎える。
「逆に……俺はさ、君達は凄いと思っているんだ。確かに、アンジェリカさんは間違っていたけれど……でも、やり直しは効くと思う。そして、君達はその為の場所を守っているんじゃないか?」
これまで遭遇したプレイヤー達とは、全く違う見解。そして自分達の考えを見抜く言葉に、ハイドもソラネコも口を噤んでしまう。
そんな二人の様子は、ケインの言葉は正解だと言っているようなものだ。イリスはそれを察しながら、その点については触れない様に話を先に進める。
「はいはい、湿っぽい話は止めときなさいよケイン? そういうの、お二人も言葉に困るでしょうが!」
「……あー、それもそうだな。お二人共、申し訳ない。あんまり気にしないで良いと言いたかったんだけど、蛇足だったかな」
そう言うケインの本心も、イリスの言わんとする事も察する事が出来た。ハイドとソラネコは顔を見合わせて、苦笑しながら一歩を踏み出す。
「いや、気にしないでくれて良い。むしろ、これは良い機会かもしれない……俺達が今も【天使の抱擁】に留まっている、その理由……打ち明けるなら、貴方達の様な人が良い」
「あー……勿論、あれね? プライバシーとか、そういうのに触れる様な点については言えないけど……でも、そうね。貴方達の様な人なら、聞いて貰った方が良いかもしれないわ」
異なるベクトルで、【天使の抱擁】に加わったハイドとソラネコ。しかし今、二人は同じ方向にベクトルを向けていて……そのベクトルが、ケインとイリスの進む方向と交わった。
二人にとって……そして【天使の抱擁】やアンジェリカにとっての、蜘蛛の糸なのかもしれない。それが一縷の希望となるのか、それとも途中で切れてしまうか細いものなのかは……まだ、誰も知る由もない。
************************************************************
一方、東側の[試練の塔]。
センヤとヒビキが、テイルズ・リリカのコンビ……そしてギルド【竜の牙】のソウリュウとマッチングし、攻略を共にしている時の事。
ヒビキのヨイショで前衛アタッカーとして、最前に出るソウリュウ。彼はマッチングした四人の実力に、内心で舌を巻いていた。
「センヤちゃん!」
「了解!」
具体的な指示や、宣言は無い。しかしヒビキが敵を攻撃して動きを止め、センヤがそれを斬り捨てる。
幼馴染カップルによる、息の合った連携……その動きも非常に仕上がっており、ソウリュウが一体を倒している間に二人は四体を倒し切っていた。
そして、もう一人……長剣を振るいながら、軽快な動きで敵を倒している男。
「ヒュゥッ!! さっすが【七色】のメンバー、つよつよじゃんよ!!」
そんな軽口を叩きながらも、テイルズは天使達を攻撃していく。まるでヒップホップダンスを踊る様な、小気味の良いテンポとステップだ。こちらも苦戦した様子は無く、一気に二体の天使を戦闘不能にしてみせた。
そしてリリカも適切に攻撃魔法と支援魔法を切り替えて、前衛組をフォローしている。
「はいはい、バフるよん! 【アジリティアップ】いっちょー!!」
最初にセンヤに掛けたバフが切れる直前に、リリカが再び【アジリティアップ】を掛ける。そのお陰でセンヤのバフは途切れず、継続してバフが掛かった状態を維持している。
――く、くそっ……!! これじゃあまるで、俺が仕事出来ていないみたいじゃねぇか……っ!!
サクサクと天使達を倒しているが、それは他の四人の功績が大きい。ソウリュウもそれを理解しており、自分はそこまで仕事が出来ていないと実感させられているのだ。
それによってソウリュウは、このままではいけないと強引な攻撃をし始める。すると被弾が増えて、どんどんHPが減っていく。
ギルドにおけるソウリュウの立ち位置は、他のギルドでいう幹部メンバーだ。下っ端メンバーは上の指示に従って行動する、所謂”指示待ち人間”が多いが……少なくとも、ソウリュウは”指示を出す側”である。
そんなソウリュウがギルド内で活躍出来ているのは、その”指示を出す側”である事が大きい。【竜の牙】はトップ陣と幹部メンバーによる戦術会議があり、そこで数パターンの戦術が確立されている。その戦術を適切に使い分けられるからこそ、指示出し役であるソウリュウは評価されているのだ。
だがその為には、自分の指示に従って行動するメンバーが居るのが前提条件。そして彼はソロマッチングで自分の実力を示そうとしていたが、彼の指示を聞く人間が居なければそのポテンシャルを発揮できないのである。
ヒビキはそれを見越して、ソウリュウを最前に置く方針で話を進めた。
……
実は【七色の橋】と【ラピュセル】は、第四回イベントでの実戦や映像から【竜の牙】のスタイルを見抜いていたのだ。
「ぶっちゃけ、戦国時代みたいなやり方ッスね。下のプレイヤーは自分で考えて行動するって感じじゃないッス」
「あぁ、上も戦えるといえば戦えるけど……自分達が思っている程、トップレベルの実力って感じじゃないな」
とは、ハヤテとナタクの評価である。それに対し、アナスタシア達やイザベルも「確かにそうかも」と納得していた。
「確かに、彼等はLQO時代もそんな感じでしたね」
「LQOでは他ギルドと協力するタイプのイベントは、あんまりなかったものね」
「……ソウリュウは、正直頭の回転は速いと思う。けど戦っているというより、指示を出しているって印象が強いかも……」
……
【七色の橋】と【ラピュセル】の知恵者達が見出した、ギルド【竜の牙】がLQOで名を上げられた理由。それは、練りに練られた戦術・それを適切に使い分ける指示役・それに従うプレイヤー達……この三本柱があってこそだ。
つまり戦力が【竜の牙】で統一され、優れた指示役が居るならば相応の成果を期待できる。だがそれは、自分達のギルドで完結する戦術だ。そもそも外部のプレイヤーと協調して動くのに、【竜の牙】は向いていないのである。
――戦術を指示する身内が居ないと、指示役としては機能しない。そして普段は指示に徹している自分が、最前線で戦わなきゃいけない。ソウリュウさん、貴方にはきつい戦場でしょうね。
内心でほくそ笑みながら、ヒビキはまた天使を殴り倒す。その一体で、遭遇した天使達は壊滅した。
「これで、次はボス階層ですね。早速行きます?」
そう言って微笑むヒビキは、可憐な少女の様に見える。だがその言葉に、ソウリュウは顔を顰めた。
「……相手はボスだ。万全を期して、行くべきじゃあないか?」
そう言うものの、ソウリュウは苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。ソウリュウ以外、大した損害は無い。回復が必要なのは、自分だけだという自覚があるのだ。
「ま、しゃーねーか! ボスって確か、アレだっけか? アークエンジェル? いっちゃん良い時にボコるんだったよな?」
「はい、そうですね」
「ですねー!! あ、リリカさん! バフめっちゃ動きやすいです、ありがとうございます!」
「え~、マ!? センヤっちにそう言われると、マジ上がるんだけど!! 抜刀術パなくない~!?」
自分が回復するまで、雑談で時間を潰す……そんな雰囲気の四人の様子に、ソウリュウは屈辱感を感じさせられるのだった。
************************************************************
同じ頃、西側の[試練の塔]。
「大丈夫、ベル? ったく、PKerの多さには呆れちゃうわね」
「はい、問題無しですよ。クランに参入出来たお陰で、装備の強化も捗りましたしね」
アリッサとイザベルの二人は、既に三回PKerと遭遇している。アリッサは弓職なので、防御を担当するのはイザベルの役目である。
もっともアリッサの傍には、彼女のPACである両手短剣使い・ミッシェルが常に控えている。そのお陰で、心理的なハードルは多少下がっているのはありがたい。
そしてイザベルが言った通り、クラン【十人十色】に加入してすぐに彼女達の装備が強化された。それも最高峰の生産職人・ユージンを始め、服飾面ではネコヒメが……鍛冶の面ではカノンが手を入れたのだ。
これまでが十段階で五くらいの状態から、一気に九か十まで強化されたのである。もしも今の装備で第四回イベントに臨めていたならば、最終日のランクが二つか三つは上になれたのではないか? とアリッサもイザベルも思っていた。
「それじゃあ、続けて行きましょうか……時間的にも、これがラストかしら」
「了解です。ミッシェルはこれまで通り、アリッサさんの護衛で大丈夫よ」
「えぇ、そうね。相手がPKerだったら、すぐにベルのフォローをお願いするわ」
「任せて下さいマスター、イザベル様! 誠心誠意、フォロー致しますね!」
自分達よりも少しだけ、年下の少女であるミッシェル。ウェーブがかったプラチナブロンドの髪を揺らしながら、ガッツポーズを取る様は実に可愛らしい。
まずはイザベル、次いでアリッサがマッチングシステムを起動。次のマッチング相手が待つ場所へと、転送されていく。
「あぁ、どうも」
「アリッサさんにイザベルさんでしたか! お疲れ様です!」
ガタイの良い金髪の青年と、小柄な金髪の外国人美女。その身を包むのは黒い現代風の衣装で、更にマガジンや投擲武器を収めるタクティカルベルトが印象的。
「ディーゴさん、シャインさん。お二人共、お疲れ様です」
「お疲れ様です。何事も無い様で、何よりです」
同じクランの仲間であるシャインとディーゴの姿を確認し、アリッサもイザベルも緊張を解いた。【十人十色】の仲間は善良なので、アリッサだけでなくイザベルも警戒しなくても良い相手と考えているらしい。
しかし、このマッチングにはある問題があった。
「2・2ですね……来るでしょうか、残り一人」
「ですねー。まつぼっくりでしたっけ?」
「シャインさん、それを言うなら待ちぼうけっす」
「……ふふっ」
シャインの言い間違えに、アリッサがおかしそうに笑った。勿論シャインを馬鹿にするような感じでは無く、微笑ましいといった感じにだ。
「シャインさんは留学しているんでしたっけ? 日本語って外国の方にとっては、覚えにくいって聞きますよね」
「そうなんですよー。似てる言葉、多過ぎです!」
そう言って「Oh no……」と言うシャインに、アリッサは優しく微笑みかける。
「でもこうして話している感じだと、普通にお話し出来てるでしょう? 少しずつ覚えて行けば、大丈夫だと私は思うわ」
「……おー、アリッサは良い人! 知ってたですけど!」
そんな和やかな二人の会話に、ディーゴとイザベルはフッと優しい笑みを浮かべる。こうして同じクランに所属する事になったが、そのお陰で交友関係が広がるのだ。それはとても素晴らしい事なのだと、目の前の二人のやり取りで再認識する事が出来る……そんな感覚に陥ったのだ。
「いいっすね、こういうの」
「はい、私も同じ事を考えました。このクランに出会えて、凄く嬉しいです」
そう言ってディーゴに顔を向けると、丁度ディーゴも自分に顔を向ける所だった。ディーゴは普段から眉間に皴を寄せて、あまり笑顔を見せない青年だ……しかし今のディーゴは柔らかい表情で、優し気な笑みを浮かべている。それを直視したイザベルは、言葉を失ってしまった。
しかしそれは、ディーゴとしても同じ感覚だった。というのもイザベルは今日に至るまで、若干緊張気味で表情が硬かったのだ。
その理由は推して知るべし……ソウリュウとの一件が決着したとしても、彼女の心が手酷い裏切りで傷付いたままであるのは変りはない。会話には応じるし、相手を尊重して話すので不快感は抱かれない……だが、彼女が素の表情を見せるのは、【ラピュセル】のメンバーにだけであった。それはソウリュウとの因縁に決着を付ける切っ掛けを与えた、【七色の橋】の面々に対しても同様だった。
しかし、今のイザベルの表情は素の笑顔だった。少女と女性の間を行ったり来たりする、年相応の表情だ。それを目の当たりにして、ディーゴは思わず息を呑んでしまった。
顔を見合わせて、互いに言葉を失ってしまう。しかしディーゴが先に思考の海から浮上して、表情を引き締めて言葉を紡ぎ出した。
「……俺等も、あれです。【ラピュセル】が来てくれて、良かったと思います」
表情を引き締めた事でディーゴの眉間に皴が寄り、いつもの表情と変わらない。しかしその言葉は、すんなりとイザベルの心の奥に響いてきた。
「……そう言って貰えると、私達も嬉しいです」
イザベルも真剣な表情で頷くが、それも元の緊張気味の固めの顔だ。
そんな二人のやり取りを見守っていたシャインとアリッサは、顔を見合わせる。
「……これはもしかしたら、本気で素敵なご縁なのかも?」
「目が合って、縁が出来る……もしかして、あれですか? 『これでお前とも縁が出来た』ってやつですか?」
「妖怪縁結びはやめて差し上げて」
次回投稿予定日:2025/2/5(本編)
言わずとも解る元ネタ解説
「お前、今俺を見たな!! これでお前とも縁が出来た!!」