19-14 マッチングしました5
PKer側とPKK側の戦いが繰り広げられている、第五回イベントの舞台である[試練の塔]。
とは言っても、それに関与せずに純粋にイベント攻略に勤しむプレイヤー達も少なくない。三人以上でマッチングシステムを使うならば、PKer達とマッチングする可能性は低い……故に攻略を進めたり周回したりするプレイヤー達は、三人以上でパーティを組んでいた。
「三人揃って安心したぜ……」
「本当だな、二人での攻略は今は危険すぎるもんな」
「まぁね……でもPKer達も今日明日には一掃されるはず、それまでの辛抱よ」
トッププレイヤー達による、マッチングPK撲滅。その情報が書き込まれる件の掲示板では、既に結構な数のPKer達の討伐報告が見受けられた。
PKギルドの中でも、特に警戒されている【暗黒の使徒】。ギルドマスターであるダリルの討伐報告はまだ無いが、前日までに討伐されたビスマルク達を含めて半分以上の討伐報告が上がっている。また【キリングドール】や【深淵】といった新興PKギルドも、もうほぼ壊滅状態にあるのが現状だ。
元より三十人前後の規模だった、ディグル率いるかつての【漆黒の旅団】がゲーム内最大規模のPKer集団とされていた。既にマッチングPKも下火だろう……と彼等が考えるのも、無理はない。
そうこうしていると、マッチング相手が転送されて来る。その相手を見た瞬間、彼等は驚きで目を丸くしてしまう。
それは中高生くらいの茶髪の少年に、同じく中高生らしき金髪の少女だった。少年は鎧を装備しており、長柄武器を携えている。また首元には、色違いながらある人物を思い起こさせるアイテムを装備している。
そして少女の方は、本人の背丈に迫る程の大きな戦槌を片手で持っている。更に言ってしまえば、彼女は第四回イベントで初めて、多くのプレイヤーの目に留まった一人。その容姿と戦い方、そして彼女が所属するギルドの影響でファンが急増中の注目プレイヤーだった。
そして何より、その装いがとってもとっても和風。このAWOで有名な和風装備で統一されたギルドと、そのギルドの一員のファンギルド。どこからどう見ても、その集団に所属するメンバーだった。
「わ、和装のプレイヤー……!? ま、まさか……【七色の橋】の……!?」
「しかも、もう一人は【忍者ふぁんくらぶ】の……イナズマちゃん!?」
そう、彼等がマッチングしたのは【七色の橋】の新メンバー・イカヅチと、【忍者ふぁんくらぶ】のイナズマ……ユニット名【雷電兄妹】である。
「あー……【七色の橋】のイカヅチっす、よろしく」
「どうもー! 【忍者ふぁんくらぶ】のイナズマです、マッチング宜しくお願いします!」
二人が挨拶をすると、三人は目を輝かせて歓喜の声を上げた。
「「「か、神マッチしたぁ!!」」」
……
「つ、つまりイカヅチさんは、イナズマちゃんのお兄さん?」
「……その上、ジンさんのイトコ……って事ですか?」
「……おう」
「ボクも現実で会うまで、頭領様がイトコって知らなかったんだ」
「そんな事、あるもんなのねぇ……」
身内勢である【七色の橋】の新メンバーとなれば、誰かの知人や友人なのか? そう思った三人組は、イカヅチにその件について質問していた。事前に仲間達から「特に隠す必要は無い」と言われていたので、イカヅチは素直に親戚関係について教えたのだった。
勿論、イカヅチとイナズマが義兄妹である事までは言わない。そこまで説明してしまうと、色々と話がややこしくなるのだ。
そんな会話をしながらの道中、五人は勿論戦いながら進んで行く。その中で三人組が驚いたのは、イカヅチとイナズマ……特に、イカヅチの戦い振りだった。
「お、いるいる! 兄さん、配置は今まで通りでオッケーだよ!」
「よっしゃ……それじゃあ、早速行くぞ天使共ッ!!」
淡白な表情をしていたイカヅチは、イナズマの言葉を聞いてすぐに好戦的な顔をしてみせる。ジンにどことなく似た顔立ちだが、感じさせる印象は全く異なるものだった。
「オラァッ!!」
そして、戦い方も同様だった。速くと鋭い風の様なイメージのジンに対し、イカヅチは豪快で力強いという印象を抱かせる。天使達を攻撃する際に発生した破壊音も相俟って、雷が落ちた様な錯覚を受けるのだった。
それでいてイカヅチは、考え無しに暴れまわっているという訳ではない。
現在のパーティ構成は、近接火力役のイカヅチとイナズマ。三人組は長剣使い・短剣使い・弓使いだ。そこでイカヅチが斬り付けたのは、三人組では苦戦するであろう盾職天使。パーティ構成、相性による有利不利を即座に判断し、自分が受け持つ相手を定めての先制攻撃を繰り出したのだ。
そんな義兄を見て、イナズマは口元を緩めながら戦槌を手に駆ける。
――兄さん、いっぱい特訓頑張ったもんね。弟君様のしごきにも、ちゃんと感謝はしてるみたいだし!
VRMMO初心者のイカヅチが、こうして一端の戦力に成長した理由。それは本人が望み、仲間達の協力を得て行われた特訓……という名の、実戦ブートキャンプのお陰だ。
様々なタイプの仲間と組んで、ダンジョン周回やエクストラボス戦。その度に良かった点や反省点の講評を受け、それを意識しながら次の戦いへと赴く。それを繰り返して実戦経験を積み、仲間の為にどう立ち回るかを身体に覚え込ませてきた。その成果が、このイベントで披露されているのだ。
そんなイカヅチの背中を見ながら自分達も戦う三人組は、えもいわれぬ高揚感を感じるのだった。
――ちっと怖ぇけど……味方ってなると、頼もしい限りだ!!
――何か豪快っていうか、爽快っていうか……テンション上がるんだよなぁ!!
――ヤンキーっぽいけど、ちゃんとしてるし……結構、イイかも……。
注目を集める【七色の橋】の新メンバーである、イカヅチ。彼のイベントデビューはどうやら、義妹や仲間達の協力のお陰で良い形でスタートを切れたらしい。
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一方、PKK側が同じパーティにマッチングする事もある。
「おや、【森羅万象】のラグナ殿とナイル殿ですね」
「これはどうも……【森羅万象】のラグナです。【忍者ふぁんくらぶ】の方ですよね? こうして会話するのは、初めてだったでしょうか」
「えぇ、仰る通りです。改めまして、【忍者ふぁんくらぶ】のハナビです」
「お初にお目に掛かります、アゲハと申します」
アゲハは亜麻色の髪の少女で、背格好もナイルと近い。そのお陰か内気なナイルも然程緊張せずに済み、ほんのり笑みを浮かべていた。
「……ナイルです。よろしくお願いします」
今回のトップクラン連合による、PKKに参加を表明した者同士。そんな彼等がマッチングする事も、往々にして有り得る事だ。
「成程、ではアゲハさんはナイルと同い年になるんですね」
「はい、仰る通りです。ナイル殿、どうぞ仲良くして下さい」
「……喜んで。アゲハさんって呼んで、良い?」
「えぇ、勿論ですよ」
「ふふっ、良かったねアゲハ」
そうしてしばらく待つのだが、中々最後の一人がマッチングして来ない。その理由は簡単で、単純にソロでマッチングを試みるプレイヤーが少ないのだ。
マッチングPKが横行している現在、ソロマッチングでPKerに遭遇しPKされる危険性が高い。そう考えると、誰もが三人以上でマッチングするべきと判断してもおかしくはないだろう。
「この分だと、いつまで待っても来ないかもしれないな……時間を無駄に浪費するのも勿体ないし、再マッチングするか……それかいっそ、四人で攻略するか?」
「このまま四人で攻略してしまった方が、無駄が少ないのではないかと」
「……私も、同じ意見です」
「そうですね。両手短槍に両手短剣、弓職に魔職と前衛後衛のバランスは問題なさそうですし」
アゲハは両手短剣使いであり、その得物は小太刀だ。AGI型であるのは間違いなさそうだが、そうなると火力役はナイル頼りになる……ラグナはそう考えた。
しかし彼は知らない……ハナビの持つ弓と矢は、【忍者ふぁんくらぶ】の発明少女によって製作されたキワモノ装備であり、火力という点においては普通の弓職を凌駕する性能を有する事を。ただし、姫様は別格である。
……
今回のイベント仕様において、マッチングシステムは斬新なアイディアだった。しかしその弊害としてマッチングPKが起きたり、先程の様にマッチングが中々成立しない等の事態が起きている。
ラグナとハナビはその事について考えを巡らせ、意見を交換していた。
「運営に要望を出してみるのはどうだろう。適したプレイヤーが居なくてマッチングパーティが揃わない時は、その階層レベルに適したNPCを割り当てるとか」
「それは妙案ですね。しかし既にイベント終了間際ですから、次回以降似た様なイベントが開催された時に実装となりそうです」
実際にゲームを楽しむ一人のプレイヤーとして、AWOを運営するユートピア・クリエイティブに要望を出す事自体は悪い事ではない。問題は要望の内容であり、それが自分本位であったり運営の意に添わぬものであれば退けられる。それに対しラグナの考えた要望は現実的であり、運営としても頷ける内容だ。
そんな会話の中で、ラグナはハナビ……そして【忍者ふぁんくらぶ】に対する認識を上方修正していた。共に行動して改めて、その実力や人柄……ゲームに対する知識、運営方針への理解度の高さが窺い知れたのだ。
――やはり彼等は、ただのファンギルドではないな……第四回での身のこなしも良かったし、今では刀というレアアイテムも装備している。それにゲームに対する考察や、情報の取捨選択も的確だ。
第四回イベントを経て尚、彼等も単なるファンギルドとして見るプレイヤーも未だに居る。大多数とは言わないが、極少数とも言えない。それは【十人十色】として活動している時以外、忍んで活動している為だろう。
そしてハナビやアゲハ、他のPKK参加者もそれは承知の上だった。
――普段は接点が無いから、私達の情報は最小限程度……でも今回の一件でギルドの規模や装備の性能、そして個々人の実力が明らかになる。
――今回の協力体制に参加している勢力はもう、私達の事をたかがファンギルドだなんて思わない……【十人十色】に加盟したのも、実力を買われているからだと実感するはず。
それを理解した上で、こうして自分達の情報がトップクラン連合に参加した面々に気付かれるように立ち回っていた。
ちなみにその理由は……実に、彼等らしい理由である。
――そうなれば【忍者ふぁんくらぶ】が忠誠を誓う、頭領様の株も更に上がるはずッ!!
その本音を他のクランメンバーが耳にしたら「君等、まだ更に頭領様の株を上げるつもりなんか?」と、呆れるかもしれない。しかし彼等は、ご存知の通りガチ崇拝者集団【忍者ふぁんくらぶ】である。ジンの評価を上げられるならば、最優先でどこまでも上げまくる事だろう。
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また、とある場所……マッチングPKを目論むPKer三人が、ある二人とマッチングしていた。
彼等はギルドに所属しないPKerであり、今回の【暗黒の使徒】の話を聞き付けてマッチングPK側に加わる事にした面々だ。その理由はリア充を殴りたい訳でも、PKによって得られる数少ないランダムドロップを狙った訳でも無い。
その行動の根幹にあるのは、”PK行為そのもの”を楽しむ為。その相手が強い相手ならばPKのし甲斐があり、トップランカー相手ならばそれをKILLして名を上げられるという考えだ。
思考そのものは【暗黒の使徒】よりは、【漆黒の旅団】寄りではある。しかしマッチングした相手がライトユーザーでも容赦なくKILLするので、その点に関してはグレイヴ達の方針とは相容れない。
もっともこの場で注目すべきは、彼等の事情でも思想でもない。マッチングした二人組が共にトップランカーと認められる存在であり、しかも夫婦であるという点である。
「……余計な問答をする気は無く、かといって不意打ちをするでもない……ですか。PKギルドを気取る新興ギルドと比べて、実戦慣れしているのですね」
一人はサラサラとした艶のある、濃紺の髪を靡かせる美女。白を基調とした鎧で身を包み、右手に細剣を握っている。一度見たら忘れられないくらいに、見目麗しい女神の様な美貌の持ち主。
「PKerとしての、最低限の矜持ってやつかな? ま、とは言っても、やっている事はPKだけどね」
もう一人は黒髪に黒い瞳、そして黒いコート……両手にそれぞれ銃剣を携える姿は、女性とは別の意味で一度見たら忘れられない。前回のイベントまでは生産職として名を馳せており、片や謎の人物としてプレイヤー達を困惑させた年齢不詳の男性である。
その二人を前にして、PKer側の一人が口元を歪めて笑った。
「……ユージンに、ケリィか。大物にブチ当たったな」
これから始まる戦いに、期待で胸を躍らせているのだろう。実に楽しそうな青年の言葉に、他二人の青年も笑っている。
「あぁ……前の様にはいかねぇぜ」
「特にユージン……あいつには、あの時の借りを返してやる」
彼等の内二人は以前、ユージンと相対した事があった。それは第四回イベントの前……ある愚かなプレイヤーがPK専門掲示板を駆使してPKerを集め、ジン達を狙った大規模PKの時である。ユージンが戦闘に赴く際、ユアンと名乗っていた頃の事だ。
そんな二人のPKerに対し、ユージンは「おや?」と首を傾げた。
「口振りからしてそっちの二人は、あの時にKILLされたPKerかな? だとしたらレベル以外は全てドロップして、再育成したって所か……手加減は必要かい?」
ユージンがそう言うと、PKer達の表情が一変する。手加減して欲しいかと言われて、どうやらカチンと来たらしい。借りを返してやろうと思っていた相手にそんな事を言われれば、苛立ちを覚えても無理もないだろう。
当然ながらユージンのその言葉は、全て解った上でのものだ。相手はマッチングPKという悪質なPK行為に加担した、情状酌量の余地もない無法者。情けや容赦を掛けてやろうなどとは、微塵も考えていなかった。
そして、それは彼の妻であるケリィも同様らしい。しかしながら、その雰囲気がいつもと少し異なる。
「貴方達はこちらを睨んでいますが……調和を乱し私欲に溺れる輩に、その様な権利があると思っているのですか?」
背筋を伸ばし、表情を引き締めるその女性。どことなく気品を感じさせるその佇まいに、PKer達は膝を突いて頭を垂れなければならないのでは? 等という気持ちが浮かんで来る。
そんなケリィの変化に、ユージンはフッと笑みを浮かべる。
「成程、そう来たんだね」
意味深なユージンの言葉に対し、ケリィは厳しい表情を崩さずに頷く。
「少々、腹に据えかねていまして」
「だろうね……じゃあ、今回は遠慮抜きで」
「はい」
二人の間でだけ成立する会話に、PKer達は訝し気な表情を浮かべる。しかしその言葉の内容は、自分達を下に見たものだという事は理解していた。
「……殺るぞ」
無駄な恫喝も無ければ、作戦の打ち合わせも無い。三人のPKerは同時に駆け出し、ユージンとケリィを殺すべく攻撃を仕掛ける。
VIT値の高い鎧装備で身を固めた、両手短槍使いの男が正面から。右側はAGIとDEXが高い、≪パラライズダガー≫を手にした短剣使い。左側にはSTR・AGIビルドで、【超加速】を持った戦鎌使い。
彼等の予想では銃や刀の力で一人を止めるユージンに、魔法を纏った細剣で一人を止めるケリィ。その間に残った一人がどちらかを攻撃し、体勢を崩させて一気呵成に攻め立てる。その様な作戦で、ここまでマッチングPKに臨んでいた。
しかしそんな三人の動きに対し、ユージンとケリィは……予想を裏切る様に、武器を鞘に収めた。
――何……だと……!?
その一瞬の動揺を見逃す二人では無い。ユージンは短剣使いに踏み込み、ダガーを持つ腕を掴んでみせる。ケリィは戦鎌使いに接近すると同時に姿勢を低くし、その勢いのまま相手の足を払った。勢いを利用されて攻撃の軌道を変えられた短剣使いのダガーは、体勢を崩してつんのめる戦鎌使いの腹へと誘導される。そして、それは両手短槍使いの進路上だった。予想外の連続で、三人の連携は一瞬で崩れ去ったのだ。
更にユージンは「おまけだよ」と言わんばかりに、両手短槍使いの背に蹴りを叩き込む。その結果、三人はまとめて地面を無様に転がってしまう。
「い、今の……ッ!?」
「動きが……全然、見えない……ッ!!」
短剣使いと戦鎌使いは、何が起きたのか全く理解出来ていなかった。その理由は目と鼻の先に居た相手が、突然予想外の動きを見せたせいである。
しかし、両手短槍使いは違う。ユージンとケリィ、そして仲間二人の動きも目の当たりにしていた。
――次元が違う……ッ!?
ユージンとケリィの動きは滑らかでありつつ、必要最小限。尚且つ的確であり、その上効率的。それを一言で表すならば”完成された戦い方”であり、一目見ただけで次元が違うと理解させられるものだった。
最適化された動きで、相手を無力化する。言うは易く行うは難しを、この夫婦は打ち合わせも無く容易く行ってみせたのだ。
だが、この二人……ユージンとケリィが、この程度で終わる程甘くはない。
「さぁ、実験を始めようか」
「……どこかの天才物理学者みたいですね」
そんな台詞を口にするユージンは右腕を腰の辺りで留め、左腕は手の甲を見せる様に右肩の前に伸ばした。その隣に立つケリィも、ユージンと左右対称になる様に同様の構えを取る。
その構え……ポーズを見て、PKer達は目を見開いた。
「……ま、まさか……!?」
激しく嫌な予感がして、絶賛デバフ【麻痺】中の戦鎌使いがそう言う。するとユージンは、その様子を見ながら不敵に笑って嘯く。
「仲間達に協力して貰ったお陰で完成した、新アイテムのお披露目だ」
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アイテム≪オーブドライバー≫
説明:≪風化した石板≫を使って製作されたアイテム。
効果:スキルオーブを一つ装備し、その効果を発揮する事が出来る。収納鞄内でも、その効力は発揮される。装備可能なスキルオーブは、スーパーレア以下とする。
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これは教会修繕クエストの後に発生した突発防衛クエストで、ユージンが手に入れた≪破損品≫アイテム……それを【十人十色】が代表する、トップ生産職の仲間達の協力を得て修復した品である。
その性能はつまるところ、アイテム版【拡張スキルスロット】。ユニークスキルやウルトラレアスキルを装備する事は出来ないが、それでも恐るべき性能を備えている。
そして……スーパーレアスキルの中には強力な性能のスキルが存在し、その上ケリィはそれを保有しているのだ。そして特筆すべきは、『収納鞄内でも効力が発揮される』という点。それは結婚を果たした夫婦にとって、非常に大きな意味を持つ。
ユージンとケリィは、両手で円を描く様に動かす。ユージンは右腕と左腕をクロスさせ、左右の手を素早く反転させた。ケリィは顔の右側面で右手を止めて、その掌に添える様に左手の人差し指と中指を当てた。
そうして二人は声を揃えて、スキル発動を宣言する。
「「【変身】!」」
ケリィはそのまま、左手の二本指で右掌を擦る。その動作はまるで、携帯端末のタッチパネルディスプレイをスワイプする様な動きだ。
対するユージンも、構えを解くと右手を腹部に移動させ……ケリィと同じ様に、右側へ素早く動かした。
そんな二人の足元と頭上に、それぞれ魔法陣が現れる。頭上の魔法陣はそのまま下へ移動し、それが身体を通過する際に空中に鎧のパーツが現れる。足元の魔法陣は頭上へと移動し、こちらは身体を通過する事で二人の装備を変化させていく。
ユージンの首から下が黒い装備に、頭部はのっぺらぼうの様なヘルメットに変化。そこで宙に浮かんでいた鎧が自動的に該当位置へと装着されていき、ドラゴンを思わせる黒い鎧戦士の姿になった。
AWOを代表する【変身】持ちプレイヤーといえば、やはり彼の仲間である【七色の橋】の面々が真っ先に思い浮かぶだろう。ユージンの変身専用装備はそれに近いデザインであるが、全く同じではない。
単刀直入に表現するなら、より一層特撮ヒーロー感が増したデザインである。
ケリィの出で立ちは、第四回イベントで【変身】を披露した時と異なるものになっていた。所々がシースルーになったボディスーツに、ロングアームカバーとロングサイハイブーツは変わらない。追加されたのは頭部のヘッドギア……そしてボディスーツの上に装着された、法衣の様な前垂れと短めのマントだ。
また彼女の髪色は蒼銀色へ、瞳の色はサファイヤブルーへと変化。髪型もツインテールではなく、ロングストレートのままである。
そんな夫婦が変身している間に、PKer達は立ち上がり武器を構え直してはみせた。みせたのだが……その武器を握り締める手は、小刻みに震えている。地面を踏み締める足もガクガクと震え、立っているだけで精いっぱいといった表情だ。
――こいつらには……絶対に、勝てない……ッ!!
彼等は、本能で理解した。目の前の二人はどう転んでも勝てる相手では無く、ここで出会ったその時点で自分達の敗北は確定していたのだと。
そんな厳しい現実を突き付けるかの様に、ユージンとケリィはまたも声を揃えて宣言する。
「「さぁ……お仕置きの時間(だ)(です)」」