19-06 バレンタインデーの夜でした
夏もそろそろ終わり……終わらないのか、夏? 熱いんだが……。
作中は真逆の真冬ですが、ある意味暑さは今日この頃の気温に匹敵するかもしれません、しないかもしれません。
それではバレンタイン編を締め括る、皆大好き極糖警報のお時間です。
朝のニュースで報じられた二月十四日の天気は、関東地方は晴れの予報。その予報は何故か大幅に外れて、夕方から局所的に猛吹雪に見舞われていた。
街は一面が白に染まり、車道も歩道も雪が積もっている。その影響で一部の車が立ち往生し、あちらこちらで渋滞が発生していた。
そんな訳で。
『この状況では仕方がない。俊明さん、撫子さん……今夜は姫乃を、そちらに泊まらせてあげて頂けますか?』
テレビ通話で申し訳なさそうにそう告げたのは、星波家の父親である大将だ。その横には、聖・英雄・恋の姿がある。そして、恋を迎えに訪れた二人組……秀頼と乙姫の姿が、そこにはあった。
要するにこの突発的な大雪により、交通機関が麻痺。姫乃だけではなく、恋達も家に帰る事が出来なくなっていたのだ。
しかし不幸中の幸いは、来訪していたのが家族単位で親密な関係を築いている家である事。寺野家は姫乃の宿泊ウェルカム状態であるし、星波家も客間があるので恋だけでなく秀頼・乙姫が宿泊するだけの余裕はあった。
だが、そうは思わない少女が居た。
「あ、あの……お父さん。私達がお泊りをするのは、一カ月に一回だけ……ですよね。その、私……どうしても、その一回は仁くんのお誕生日の日に……」
姫乃はそう言って、大将に何とかならないかと言いたげだった。
まだ中高生である彼女達が、頻繁に婚約者の家に外泊するのは宜しくない。そんな訳で決められたこのルールは、姫乃にとって……そして仁・英雄・恋にとっても重要な約束事だ。それを破る事の無い様にしなければならないと、全員が心に決めていた。
だが姫乃にとって、仁の誕生日はバレンタイン以上に大切な日。初めて仁の誕生日を祝う、特別な一日だ。だから前々から仁の家に泊まるのはその日と決意して、その為に色々と準備をしてきていた。
しかしだからと言って、この状況下で自宅に帰るのは困難だ。車は勿論、歩いて帰宅するのも危険な状態である。だからそれ以上を口にする事が出来ず、姫乃は口籠ってしまう。
そんな姫乃の姿に、仁は嬉しさを感じつつ……同時に湧き上がる哀しみを心の奥底に押し止めて、姫乃の肩に手を置いた。
「姫、僕の誕生日の為に、色々と考えてくれてありがとう。でもこの状況だと、無理はきかない……下手をしたら、何かしらの事故に巻き込まれたりするかもしれないんだ」
あえて仁は、事故という言葉を選択した。姫乃もその言葉を聞いて、仁の言わんとするところを察した……それは仁にとって、苦痛を感じさせる単語なのだ。
「姫の安全には変えられないからさ……誕生日は来年もあるし」
「…………はい」
シュンとした様子で頷く姫乃も、解っていた。これは、どうにもならない事なのだと。
そんな二人を見て、大将は聖と顔を見合わせ……そして、苦笑した。
『二人共、何か勘違いをしていないかしら?』
『今回姫乃を寺野家に泊めさせて貰うのは、緊急事態だから避難させて貰う……という意味合いが強い』
画面の向こうで大将と聖は、心配は要らないと言わんばかりに微笑んでいた。
『予報外の大雪だし、事前に予想する事も出来なかっただろう?』
「ニュースでも、予報士が大慌てだものなぁ」
俊明も苦笑して、大将の言葉に頷いている。
『来週の仁君の誕生日の泊まりは、予定通り許可する。ただし、今回は特別だよ? その事を、ちゃんと理解しておいてほしい』
その大将の言葉に、仁と姫乃は顔を見合わせ……そして、笑みを零した。
「お父さん、ありがとうございます!」
「僕からも……大将さん、ありがとうございます」
『いやいや、道理を考えれば当然の事だよ。まぁ、それを理由に好き勝手するつもりならば話は別だけれどね』
少しだけ釘を刺すに留めて、大将は画面の向こうから二人に微笑みかける。その内心では、信頼して良かったという想いを噛み締めて。
――何よりも、二人が私達との約束を守るつもりだったからね。
もしも二人が……もしくはどちらか一人が、「大雪のせいで帰れなくなったのだから、来週の予定とは別の話だ」と言い出した場合……その時は、大将は許可しないつもりだった。
もっとも、愛娘がそんな事を言い出すとは思っていなかった。それに、仁の事もこれまでしっかりと見て来たのだ。彼がそんな事を言い出す人間だとは、微塵も思ってはいなかった。
だからこそ、二人を安心させる為の方便を口にしたのだ。
『ともあれ、寺野家にはご迷惑をおかけしますが……』
「何を言っているんだい、大将さん。姫乃ちゃんなら、いつだって大歓迎だよ」
申し訳無さそうな大将に対し、俊明は本心からの言葉で返す。寺野家としては既に、姫乃は家族として扱われている。下手をしたら、息子である仁以上に可愛がられているのだ。
ちなみに仁としては、自分よりも姫乃に構いたがる両親に対して思う所はない。二人が娘も欲しかったと何度か口にしている所を見ていたし、かといって仁を蔑ろにするような事も無い。
単に可愛い娘が出来たので、テンションを上げているだけだと知っているのだ。
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通話を終えて、仁が部屋着に着替えた後。リビングの窓から外を見れば、相変わらずの一面銀世界だ。雪が止んだら、まずは雪掻きをしなければなるまい。
「あー……やっぱり明日は、学校も臨時休校みたいです」
携帯端末を見て、苦笑する姫乃。彼女達が通う[初音女子大学付属中等部]は、土曜日にも授業がある。もっとも、午前中だけの半ドンではあるが。
そこで仁は、ある事に気が付いた。本来宿泊する予定では無かったので、姫乃は余所行きの装いのままだ。
「姫……着替えはどうする?」
姫乃にピッタリの服など、無いだろう。撫子は姫乃よりも、一部の体格というかボリュームが薄い。もっとも、姫乃にも撫子にもそんな事は言えないが。
もしかして、自分のシャツを貸す事になるのだろうか? と仁は思案して、第四回イベントを間近に控えたある日の事を思い出す。自分のシャツを着た、彼シャツ姫乃さんの姿だ。
――駄目だ、思い出すな……!! そりゃあメチャクチャ、グッと来たけど!!
いくら仁とて、健全な思春期男子。可愛い恋人の愛らしさマックス、色気は限界突破な姿は大変刺激的なものだったのだ。ぶっちゃけ仁が超高校級の自制心の持ち主でなければ、姫乃との関係は更に先へと踏み込んだものになっていた可能性まである。
それはさておき、問題は姫乃の着替えだ。今の服装はニットセーターに、ロングスカート。食事したりはそのままでも問題無いだろうが、この格好でそのまま寝る訳にもいかないだろう。
と、そんな懸念を抱いていた仁に対して、撫子は「ちょっと何言ってるのか解んないです」という顔をした。
「寝間着ならあるじゃない、あんたとお揃いのが。クリスマスの日に、買って来たでしょう?」
そう言われて、仁は気が付いた。姫乃と一緒の布団で、一夜を過ごしたあの夜……ではなく。その翌日、姫乃を家に送っていく時の事だ。彼女は大して荷物を持っておらず、普段のデートと変わらない身軽さだった。
「あれ、うちにお泊り用だったんだ!?」
「何だ仁、今更気が付いたのか?」
「やーねー、この子ったら……普段は妙に鋭いのに、こういうのには鈍いなんて」
寝耳に水だった仁だが、両親からは「困った子だなぁ」という視線を頂戴する。誠に解せぬ。
「え、えーと……撫子さんのご厚意で、タンスの隅っこに間借りさせて頂いていますよ……?」
「あぁ、姫乃ちゃん? あれから色々と洋服を整理したのよ~。一番上はね、もう姫乃ちゃん専用に確保してあるわよ~」
「えっ!? えっ、えっ……!?」
姫乃が口にしたタンスとは、撫子の服が収められているタンスだ。それは撫子の嫁入り道具らしく、今もとても大切に使われている。そんな思い入れのあるタンスに、姫乃の着る物を収める……どうやら嫁入り道具であると同時に、嫁迎え道具としても活用しているらしい。
タンスの一番上を姫乃専用にしたとの事だが、それに姫乃が遠慮をするのは察するに余りある。ここは一つ、苦言を呈そうかと仁が口を開きかけるのだが……。
「あと、いざという時に必要だと思ったから、姫乃ちゃんのサイズに合った部屋着や下着も買ってあるのよ~。娘がいたら、選んであげたいとか思っていてね~♪」
部屋着はまぁ、良しとしよう。だが、その後が問題だった。
「え、し……下着も、ですか……?」
「えぇ♪ この前お泊りした時に、日中着ていたのを洗濯したでしょう?」
「そ、そうですね……」
「それでサイズとかはバッチリ把握したから、同じ使用感の物を選んでおいたのよ。本当に姫乃ちゃんは、スタイル良いわよねぇ~。まさかE……」
「ストップ!! 母さん、ステイ!!」
おい待てやめろ! とばかりに、仁が撫子の発言をインターセプト。流石に婚約者のブラジャーのカップサイズを暴露しようとするのは、見過ごせない。ほぼ手遅れだが。
ちなみに仁も、姫乃がEカップだとは知らなかった。気にならないとは言っていないので、心のメモに書き留めるが。
――大きいとは思っていたけど、まさかそんなにあるとは……。
健全な男子高校生なので、勿論興味が無い訳では無い。しかしあまり意識するのも良く無いだろうと、仁は話題を変える事にする。
「母さんは今後、ちゃんと姫に相談してからにしてね……それはそれとして、それなら着替えは困らなくて済む訳だし……姫、先にお風呂入って来る?」
「いえ、私は撫子さんとご飯の準備を。なので仁くんや、俊明さんが先に入って頂ければ!」
――うちの息子嫁、天使……ッ!! 圧倒的、天使!!
――もう今すぐにでも、うちの義娘として一緒に暮らしたいわぁ……!!
――こんなに姫は天使なのに……僕ってやつは、心のメモ帳に何を書き込んでるんだ!! 僕の馬鹿野郎!!
一点の曇りなき良い子だった。「お世話になるのだから、これくらい」と微笑む姫乃に、俊明も撫子も目尻を下げている。
そして仁は心のメモに、しっかりと婚約者様のお胸様についてメモしていた事を恥じた。思春期男子だもんね、仕方ないね……。
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姫乃と撫子が作った夕食を食べて、入浴も済ませた後。仁の部屋に姫乃を招き入れ、二人は揃ってAWOにログインした。
リン・ヒナ・コンと挨拶を交わした二人は、マイルームを出てギルドホームの大広間に向かう。普段はメンバーが揃うのを待ってからなのだが、今日は少々事情が違った。
理由は当然、自分達と同じ……そう、唐突な大雪のせいである。
「成程ね、じゃあハヤテはアイネさんの家、ナタクはネオンさんの家に足止めを喰らったと」
「はい。せめてログインボーナスだけでもという事で、今は私が……その後に、ハヤテ君がログインする予定ですね」
「お暇しようとしたら大雪になっていて、修さんも雪が酷くなる直前にご帰宅出来たんですけど……修さんが泊っていけって言ってくれて、本当に良かったですよ……」
ちなみに拓真は、そこまで家も遠くないからと帰るつもりだった。しかし修が「危険だから泊まっていきなさい、ご両親には私からも説明するから。いやマジで」と説得したのだ。
実際に、ログイン前に外の様子を見て修の判断は正解だったと言わざるを得ない。とんでもない積雪具合であり、もしあのまま歩いて帰ろうとしていたら……下手したら、遭難状態で命の危険すらあったのではないかとナタクは反省している。
「ったく、いきなりの大雪とかマジざけんなっての……」
「そうか、イカヅチ達の所でも大雪なんだな。シオンさんの方も?」
「はい、ダイスの家に着いた途端に……元より、宿泊の予定だったので特に支障は無いのですが」
ちなみに、似た様な状況がもう一つの寺野家でも起こっていた。那都代が大雪で帰れなくなり、数満と心愛の家に宿泊する事になったのだ。
ミモリとカノンは既にログイン済みで、所用があると既にクラン拠点……いつのまにか、[十色城]と呼ばれる様になった城に向かったそうだ。その事は、ホームで待機していたセンヤとヒビキが教えてくれた。
「まぁ、とりあえず僕達も向かおうか? うん……めちゃくちゃ、メッセ来ているしね」
「そうだな……そうすっか」
ジン達男性陣に届いているメッセージは、各フレンドからのものであった。主に「せめてゲーム内だけでも、バレンタインプレゼントを渡したい」というものだ。
折角わざわざ用意してくれた物を、無駄にする訳にはいかない。
今現在集まれるメンバーが揃っている事を確認したジン達は、そのままポータル・オブジェクトを使って[十色城]へと転移する。
城の大広間にはクランメンバー達が集まっているが、普段に比べてその数はまばらだ。やはり、他の面々もジン達と同じ様な状況なのだろう。
すると、ジン達の到着を確認してアナスタシア達が歩み寄って来た。
「こんばんは、皆さん。やはり皆さんも、大雪の影響で?」
普段は一緒に行動しているメンバーが、一部欠けている。その理由を察したのだろう、アナスタシアは苦笑いだ。
「こんばんは、アナさん。お察しの通りですよ」
ちなみに【ラピュセル】の面々も、半分近くが大雪の影響で今日は帰宅できないとの連絡があったという。
その内の一人であるテオドラは、アナスタシアに会う為に強行突破しようとしたそうだが……流石に数分で命の危険を感じ、通っている大学にUターン。臨時解放された講義室で、暖をとっているそうだ。
「東京・神奈川・埼玉・千葉が特に酷いそうですね……」
ちなみにアナスタシアが通っている[井瀬所大学]は、山梨県の東部にある。なので大雪とまではいかなかったが、それなりに雪が降って急いで帰宅したらしい。
「愛知の方はそこまでだったけど、静岡は東部の方が結構な積雪らしいわね?」
「あぁ。俺達は愛知寄りだから、そこまで酷くはないけど……神奈川寄りは電車も止まってるってな」
そう言うのは、【桃園の誓い】の面々だ。こちらは運良く全員勢揃いである。ちなみに【魔弾の射手】はビィト・クラウド・トーマが、今日はログイン出来ないらしい。運営三人はいないのがデフォなので、ノーカウントだ。
リリィは芸能活動でログイン出来ず、ネコヒメも帰宅難民化で不在だ。
そして流石の【忍者ふぁんくらぶ】も、一部のメンバーが帰宅困難者とのこと。とはいえ一部を除き、女性陣はネカフェからログインという荒業を行使したらしい。曰く、「頭領様にバレンタインチョコを贈るこの一大イベントを逃したら、死んでも死にきれない!!」とのこと。
そんな雑談もそこそこに、二月十四日のメインイベント……バレンタインチョコの贈呈が始まる。リアルでチョコを贈れないメンバー達が、それぞれ交流のある面々へとバレンタインチョコを渡していく。
ここで受け取る数に関しては、ジンのチョコ受け取り数がかなりの数となった。それは、クランメンバーからの物だけではないからだ。
『ライデンさんがいつもお世話になっています! 感謝と親愛の印に、チョコを贈らせて頂きます!』
実質、ライバル関係にある【聖光の騎士団】。その中から、ルーだけはジンやヒイロにチョコを贈っていた。これはやはり、恋人であるライデンの親友という点が大きいだろう。
『お姫ちゃんからのチョコには遠く及ばないと思うけれど、良かったら受け取ってね~!』
『愚弟の目を覚まして貰った、その感謝の気持ちだ。どうか受け取って貰いたい』
『良かったら、ヒメノさんと一緒に召し上がって下さいね! ハッピーバレンタイン!』
『アーサーと仲良い外部のプレイヤーって事で、アイテルやナイルと一緒に作った義理チョコだよん!』
そして【森羅万象】のギルマス・サブマスに加え、アーサーガールズからの義理チョコ。最初はアーサーと戦って勝利したジンを目の敵にしていたハル以外も、アーサーの態度からジンに対して好意的になって来ていた。
『日頃から親しくして貰っている、ささやかな感謝の気持ちよ。良いバレンタインを』
『ハッピーバレンタイン! ヒメノちゃんからは、すっごいの貰ったのかな? また機会があれば、一緒に攻略したいね!』
結婚式のあれやこれやで親交が深い【遥かなる旅路】、その中でも特に交流の多いトロロゴハンとエルリア。彼女達も、それぞれ手作りのチョコを贈ってくれていた。そのメッセージからも、はっきりとした親愛の情が伺える。
更に【フィオレ・ファミリア】のフィオレから。
『先日はマッチングありがとうございました。つまらないものではありますが、私とステラからのバレンタインの贈り物です。どうぞお納め下さい』
そしてまさかの、【漆黒の旅団の】エリザとリーパーから。
『折角フレンド登録をしたのだから、バレンタインチョコを贈らせて貰うわ。PKerからのチョコなんて、欲しくも無いかもしれないけれどね? 安心して、毒は入っていないし美味しいと思うから』
『はろー忍者君! 怪しいPKerのお姉さんからのバレンタインチョコ、食べる勇気はあるかな~?』
その上一度マッチングして、その時にフレンド登録して以来顔を合わせていないクーラから。
『先日はイベントマッチングで、大変お世話になりました。ささやかではございますが、バレンタインチョコを贈らせて頂きます。今後共、どうぞよろしくお願い致します』
とまぁ、ジンは多方面からチョコを貰っていたのだった。
「ジンくん……すごい数になりましたね……」
「僕もぶっちゃけ驚いている」
クラン内からは四十五個。外部から十一個。合計、五十六個。リアルと併せると、英雄を超えるという大快挙だ。リアルでもゲームでも、明日からチョコ三昧である。
「ちなみにゲーム的な面として、チョコは最大HPと最大MPの三割分、回復効果があるみたいだね?」
ルナがいつもの朗らかな顔でそう笑えば、ジンは苦笑した。
「下手な≪ポーション≫より、ありがたい効果じゃないですか」
「それはほら、女性プレイヤーの”おもい”が宿っているからね」
それが想いなのか、重いなのかは相手によりけりだ。
ちなみに。
「ばれん……たいん。成程、主様方の世界にある風習……」
リンちゃん、インプット。その存在を知らんかった彼女的には、やはり「主様に日頃の感謝の印を込めた、チョコレートを贈る」というイベントは看過できなかったらしい。
そんなリンの姿を見て、ジン達に気付かれない様に動き出すおじさんが居た。
「ケリィ、ミモリ君。頼んだ」
そう口にすると、ユージンは颯爽とリンに近付いていく。そんな生産大好きおじさんを見た二人は、苦笑しながらジンとヒメノの元へ。
「リン君。ジン君にチョコを贈りたいと思っているのかな」
「ユージン様?……はい、そうですね。私も皆様の様に、主様に日頃の感謝を形として見える様に……」
「力が欲しいかい? 異邦人達に負けないくらい、君の想いが込められたチョコを作る力が」
「力……? 力、になるのでしょうか……それは? 料理力?」
「そうだ、料理力だ。力が欲しいか?」
「……欲しいです、私は、力が欲しい……」
「良いだろう、ならば教えてやる……!!」
謎の寸劇を繰り広げて、ユージンはリンを……ついでに暇を持て余していた女性PAC達を、[十色城]内の厨房へと誘った。ユージンさん、何やってんすか……。
その後、ジンは更にリン・ヒナ・カゲツ・メーテル・シスル・ニコラからチョコを受け取り……チョコ受け取り数が、最終的に六十二個となるのだった。
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今夜はメンバーが一部が揃っていない状態という事もあり、[試練の塔]攻略はお休みとなった。そんな訳で、一通りのメンバーと談笑したジンとヒメノはそのままログアウト。翌日は休みという事もあり、二人は寝るまでに少し話をする事になった。
「慌ただしい一日だったなぁ……」
そう言って苦笑する仁は、わざわざチョコをくれた面々の事を思い浮かべる。しかし、やはりその中でも一番嬉しかったのは……傍らで、自分を見つめるお姫様からの愛妻チョコだ。
「ホワイトデーは、楽しみにしていてね」
「はい、楽しみにしています♪」
ふにゃりと微笑み、頷く姫乃。その装いはクリスマスの日に購入したパジャマ姿で、実に可愛らしいものだった。仁も勿論、お揃いのパジャマに袖を通している。
ピッタリと寄り添うように座る姫乃は、仁の肩に自分の頭をコテンと軽く乗せた。そんな可愛らしい婚約者の甘えた様子に、仁は柔らかく微笑んでそのサラサラの髪を撫でる。
「……お父さんが、許してくれて良かったです」
ぽつりと、姫乃はそんな事を口にした。それは勿論、大将が一週間後……仁の誕生日の外泊を、許可してくれた事だ。
「僕も、正直言うと駄目だと思ったよ……約束は、約束だもんね」
「はい。私もこの約束は、ちゃんと守らなければならない大切な約束だと思っていますから。だから例外とはいえ、許して貰えると思っていなかったんです」
二人は大将が寛容な人物であった事に心から感謝し、ならば尚更しっかりと約束を守らなくてはならないと頷き合う。自分達のその心持ちこそが、例外を認めたという事実に二人は気付かない。
そうして二人の間に、静寂が訪れる。しかしそれは、決して居心地の悪い静寂では無かった。
「姫……」
「……はい、仁くん」
仁と姫乃の顔の距離は、三十センチメートルも無い。その距離は、徐々に狭まっていく。すぐにその距離はゼロになり、唇と唇が触れ合う。
仁は込み上げる愛おしさそのままに、姫乃の身体に腕を回す。姫乃もその想い全てを受け入れる様に、仁の首元に腕を回した。
触れ合う唇の隙間から、甘やかな吐息が漏れて出る。互いの唇が触れ合う感触に、二人は没頭していく。
姫乃は更に腕に力を込めて、もっとして欲しいと言わんばかりに仁の顔を抱き寄せる。それに応える様に、仁もまた姫乃を更に抱き寄せる。
どれだけそうしていただろうか、互いに吸い付く様なキスを終えた二人は息継ぎの為に身体を離す。
「……仁くん」
潤んだ瞳はとろんとして、まるで仁を誘っているのではないかと思わせる程だ。並の理性の持ち主ならば、このままその身体を押し倒して行き着く所まで行ってしまうかもしれない。
だが、そこはやはり寺野仁。並の理性どころか、鋼の自制心の持ち主である。
「おいで、姫。今日は最高のバレンタインチョコをくれたから……好きなだけ、甘えて良いよ」
そう言って軽く手を広げれば、姫乃はそのお誘いのままに仁の胸元に潜り込んで身を任せる。
「愛しています、仁くん」
可愛らしい仕草、蕩ける様な声色、鼻腔をくすぐる甘い香り、触れた箇所から感じる女性特有の柔らかな感触。それでも仁という少年は、本能のままに彼女を組み伏せる様な男ではない。
「ありがとう……僕も姫の事を愛しているよ」
交わした言葉は二人にとって、とても大切な事。互いに簡素な、しかし強い想いを込めた言葉。与えるだけでも、貰うだけでもない……共に大切に育んでいく為の、二人だけの儀式。
そのまま二人は何度も唇を合わせ、相手への愛を呟いて……電気を消して布団に入ってからも、ただ身を寄せ合い口付けを交わす。
そんな二人が眠りに落ちたのは丁度、日付が変わる頃……長かった今年のバレンタインデーが、終幕を迎える頃の事だった。
次回投稿予定日:未定
今回は作者のリアル都合(業務多忙)でメインキャラに焦点を当ててありますが、落ち着いたらバレンタイン番外編をこぼれ話の方で描きたいですね。
特にほら、まだくっ付いてないじれったい人達が。
リアタイ時系列進行に出来ないのが心苦しいですが、描きたいはは描きたいのです!
期待せずに、気長に待って居て頂ければ幸いです。
甘さについて?
信じられるか、この二人まだ誕生日編を残しているんだぜ……?
【※2024年9月5日 追記】
業務多忙及び資格試験受験の為、執筆活動に時間が割けない日々が続いております。
楽しみにして頂いている皆様には大変申し訳ございませんが、次回更新日を予告する事が出来ません。
ご理解の程、何卒宜しくお願い申し上げます。