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忍者ムーブ始めました  作者: 大和・J・カナタ
第十八章 第五回イベントに参加しました
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18-31 転機が訪れました

 ソウリュウと遭遇した翌日、イザベルは仲間達よりも早くAWOにログインしていた。彼女はログインを完了したら、ギルドホームのとある場所に真っ先に向かう。

 目指したのはギルド倉庫……ギルドの共有財産を保管するスペースだ。無論、何かを自分の収納ストレージに入れる為ではない。

 イザベルはシステム・ウィンドウを開くと、自分の収納ストレージにあるアイテムをギルド倉庫へと収めていく。


 その表情は曇っており、彼女が未だ躊躇っているのが分かる。本心ではイザベルも、この後実行しようと考えているある行動を起こしたくは無いのだ。

 しかし仲間達を守る為に、彼女達が望んでいる方向へと一歩踏み出す為には……これしか考えられなかった。


――あぁ、この腕輪はアナさんがくれたんだっけ。こっちは、リナと一緒に手に入れたアイテム。


 LQO時代の物は、AWOに移籍した時に既に失われている……しかしAWOでギルド名を変えて再スタートしてからも、仲間達と多くの思い出を作って来た。そして常に鞄の収納ストレージに収めていたそれらは、仲間達との思い出が込められたアイテムだった。

 それを自らの手で、手放すのは辛く苦しい。しかし、自分の手元に置いておくわけにはいかない……消滅させる訳には、いかないのだ。


 後悔と自責の念に、押し潰されそうになっているイザベル。だから彼女は気付かなかった……いつの間にか自分の背後に、仲間が立っていた事に。

「そんな顔するくらいなら、やらなきゃ良いんじゃないですか」

 その言葉が耳に入り、イザベルはハッとした表情で振り返る。そこには、テオドラの姿があった。

「テオ……いつから……」

「五分くらい前からですね。ベルさん、思ったより早くインしてたから」

 そう言って肩を竦めたテオドラは、イザベルの傍に歩み寄る。

「昨日、解散するまでベルさんの様子がおかしかったから。多分、こうなると思ってたんですけど……当たって欲しくはなかったですね」

「……テオ、これは……これはね……」

 イザベルはテオドラから顔を背け、俯きながらそんな事を口にする。しかし、テオドラはそれ以上を言わせるつもりは無かった。


「ベルさん……引退か、転生する気ですよね」

 キッパリと、そう問い掛けるテオドラ。その言葉を突き付けられたイザベルは、何も反論が出来なかった。

 ソウリュウに目を付けられた以上、こうするしか無い。自分がこのギルドに居たら、彼は例の情報を使って執拗に付き纏うはずだ。ならば……自分がこのギルドから、居なくなれば良いのだと考えた。

 仲間達に自分の考えを明かせば、彼女達はきっと止めるように説得するだろう。しかし、他に良い手段を思い付かないのだ。

 それにソウリュウに時間を与えたら、何をするか解らない。【ラピュセル】を巻き込む様な、強引な手段を取る可能性だってある。

 仲間達を守る為には、他に方法が無いのだ。


「……【ラピュセル】を守るには、これしかないの……あの写真や情報を持っているソウリュウは、決して私達を取り込む事を諦めない。でも……私がいなければ、その切り札は何の意味も為さなくなる……だから、これしかないのよ」

 絞り出す様なその一言に、テオドラは溜息を吐く。

「ベルさん、バカじゃないですか?」

 そのハッキリとした物言いに、イザベルは内心で苛立ちを覚えた。自分を犠牲にすれば、ギルドを守れる。そんな自己犠牲を選ぼうとしている自分に、そんな言葉を投げ掛けるだなんて……と。


 しかし自分は彼女よりも年上で、ギルドの先輩だ。冷静に、落ち着いて彼女を説得するのだ。

「ソウリュウは大胆で強引だけど、慎重で頭も切れる。今頃【ラピュセル】を取り込む為に、厭らしい策を練っていてもおかしくはないわ。時間はあまり、残されていない……解るでしょう?」

「いや、ちょっと何言ってるか解んないです」

 何を言っているんだと言わんばかりの、呆れた様な声だった。背を向けているから見えないが、テオドラはきっと呆れた様な表情をしているのだろう。

「……あのね、テオ」

「大事なのは、そこじゃないんですよ」

 イザベルにそれ以上の事を言わせない様に、テオドラは言葉で割り込んだ。


「アナさん達が、どんな気持ちになると思ってんですか」

 そう言ってテオドラが、一歩イザベルに近付いた。イザベルとしても、その点について言われると弱い。

 アナスタシア達は大切な仲間であり、尊敬する姉であり、自分が楽しくゲームを出来るようにしてくれた恩人だ。自分の行動が、彼女達の心を傷付ける……その自覚は、勿論あった。

 それでも……いや、だからこそ彼女達を守りたい。そう、思っているのだ。思っているのだが……何も、言い返す事が出来ない。


 そうして黙っているイザベルの肩に、テオドラが手を置いた。

「第一ですよ? 私達【ラピュセル】は、そんなゲス野郎共の被害者を守る為のギルドでしょうに」

 その掌から伝わるのは、暖かい温もりだった。テオドラの手に込められた力は、押さえ付ける様なものではなく、責める様なものでもない。ただ大切な何かを、教えようとしている……イザベルには、そんな風に思えた。

「ベルさんだって、ソウリュウの被害者じゃないですか。そんなベルさんがウチから居なくなるって事は、【ラピュセル】の存在意義に関わるってもんじゃないんですか?」

 そう言われて、イザベルは気が付いた……自分は仲間を守るという免罪符で、ソウリュウから逃げようとしているのだと。


「そうね……テオの言う通りよ、ベル」

 それはイザベルの声でも、テオドラの声でもない。ここに居ない……居るはずがないと思っていた人物の声だった。

「アナさん……」

「よ、予定より早く無いですか? だって、今日はバイトがあるって……」

 イザベルだけでなく、テオドラも驚いて振り返ってみせれば……そこには、アナスタシアの姿があった。

「バイトはシフトを変えて貰ったわ。日頃真面目にやっているから、こういう時はすんなり認めて貰えて助かるわね」

 そう言ってアナスタシアは、二人に微笑みかける。

「他の皆も、メインホールで待っているわよ。後は、貴女達だけ……さぁ、いらっしゃい。話はそこでしましょう?」

 アナスタシアにそう言われては、二人も従わざるを得なかった。


……


 アナスタシアに連れられて、イザベルとテオドラがギルドホームのメインホールにやって来る。そこにはアナスタシアの言葉通り、ギルドメンバー全員が揃っていた。

 昨夜は途中でログアウトしたマリーナとサブリナも、心配そうな表情をイザベルに向けている。どうやら、仲間達から事情を聞いているらしい。

「二人共、遅かった……いえ、早かったというべきかしらね?」

「まぁ、私達も人の事は言えないんだけどね」

 時刻はまだ、現実で言うなら十九時。彼女達が全員揃うのは、普段は二十二時から二十一時の間くらいである。それを考えると、確かに今夜の集合は早い。


「ベル……貴女が倉庫で何をしようとしていたのか、その後どうするつもりだったのか。それについては、ちゃんと話し合いましょう?」

 アナスタシアは、どことなく悔しそうな表情をしている様に見える。それはイザベルに、その選択を選ばせようとしてしまった……そんな自分に対して、不甲斐ないと感じているが故だろう。

「ただ、その前にやっておきたい事がある。貴女も、それに付き合って貰うけれど……構わないかしら」

「……それは、一体……?」

 アナスタシアにしては、話の運び方が強引なように思える。彼女は普段から、相手の考えや立場を尊重して会話をする。だから、こんな風に言うのは珍しい事であった。


「そうね、簡単に言うとなると……()()()が来るのよ」


 アナスタシアがそう告げると同時に、ギルドホームに呼び鈴の音が響き渡る。それは、来客がギルドホームに訪問した事を報せる音だ。

「あら、早速。流石、早いわぁ」

「マリとリナ、お出迎えをお願い出来るかしら?」

「「は、はいっ!!」」

 アシュリィの指示に、緊張気味に応えるマリーナとサブリナ。二人は既に、アナスタシア達から誰が来るのか聞かされていたが故である。

 いや、彼女達だけではない。テオドラとイザベル以外、全員がこの来客について説明を受けていた。


 そうして待つ事、数分。二人に先導されて訪れたのは、AWO最高峰のギルドと評される者達だった。

「まずは突然の訪問、大変失礼致しました。【七色の橋】のギルドマスター、ヒイロと申します」

「同じくサブマスターを務めております、レンと申します。こちらは私のメイドの、シオンさんです」


************************************************************


 【竜の牙(ドラゴン・ファング)】のギルドホーム。自分のマイルーム兼ギルドマスターの部屋で、リンドはある人物の報告を受けていた。

「……【ラピュセル】への勧誘に、【七色の橋】が干渉した。それは間違いないのだな?」

「そうです。とはいえ、相手はそれを認めないでしょうね」


 ソウリュウの報告は、こうだった。

『LQO時代の()()と、AWOで再会した』

『その友人が、【ラピュセル】に所属していた』

『【ラピュセル】はLQO時代に【フローラ】というギルドだった』

『その友人をツテにして、【ラピュセル】とクランを結成する様に持ち掛けた』

『そこに【七色の橋】のジンとヒメノから、既に彼女達にクランへ参加する様に勧誘していると言われた』

『【ラピュセル】がそれを認め、その場はお開きとなった』


「忍者の発言……タイミングがあからさまでしたが、【ラピュセル】はそれを肯定しました。その様子を多くのプレイヤーが見ていますから、恐らく意図的にそうしたんでしょうね」

「口裏を合わせた……という事か」

「それは間違いないでしょうね。ですが俺としても、友人との縁がありますから。彼女が【ラピュセル】のギルドマスターを説得してくれると、信じていますよ」

 そう言うソウリュウは、爽やかな好青年といった様子だった。しかしその笑顔の裏で、彼はドス黒い感情を渦巻かせていた。


――【ラピュセル】争奪戦……だな。あのクソガキには解るまい、イザベルは俺に逆らう手段など持っていないという事に。パッとしない女だったから距離を取ったが、こんな所で使い道が生まれるとは思わなかった。


 ソウリュウはイザベルの本名こそ知らないが、住んでいる地域や通っている学校……そして何より、二年前の彼女の写真を持っている。

 別段、特筆する様な写真では無い……素肌を激しく露出している訳でも何でもない、ただの自撮りだ。しかしその写真には、イザベルの素顔が写されている。それを公にされるという恐怖に、イザベルは今頃震えているはずである。

 しかしそれだけでは、パンチが弱いのは勿論理解している。だがもしも、その素顔が写った写真が……露出の激しい、公に出回ってはいけない写真だったらどうだろうか。


――技術の進歩ってのは、本当に偉大だよなぁ……俺みたいな素人でも、簡単にコラ画像を作れるんだからよ。俺の意志に反すれば、次はどんな写真になるか……そして、それがどう世に出回るか。それを考えたら、どうする事も出来ねぇよなぁ。


 ソウリュウの本当の切り札は、用意していたこれだった。それは別段、法に触れる様ないやらしい画像では無い。言うなれば、水着姿のポートレイト風の写真である。しかしこれをイザベルに見せるだけで、彼女は自分が既にソウリュウの掌の上にいるのだと理解するだろう。

 正真正銘の下衆であるソウリュウだが、そのどす黒い内心は爽やかそうな見た目に隠れている。そんな彼の一言を受けて、彼の上役であるリンド達も思案を巡らせた。


――確かにソウリュウの言う通り、フレンドの縁ってのは馬鹿に出来ない。このまま話を進めても、良いかもしれねぇな。

――ソウリュウはギルドの黎明期からのメンバーで、そこからはずっと共に歩んで来た男だ……LQOでその女性を勧誘しなかったのは、何故なのだろうか?


 ソウリュウの言葉に対し、フレズは楽天的に……バッハは、慎重に物事を考えようとする。

 その傍らで、このギルド【竜の牙(ドラゴン・ファング)】の頂点に立つ男・リンドはというと……。


――【七色の橋】……いや、【十人十色ヴェリアスカラー】と対立構図になるとは……これ以上事が進むと、ヴィヴィアンが……!!


 ここまで思い入れる程に、リンドはヴィヴィアンを求めていた。

 しかしながら、それは他の面々には気付かれていない。というのも、リンドはここまで色恋関連には淡白だったからである。女性からそういったモーションをかけられても、余り反応しなかった。

 それは自分がゲームの頂点に立つという事を優先していたからで、その為には女性との恋愛にかまけていられないという思考が先に立ったからだ。声を掛けて来る女性が、リンドの立場や実力目当てだったのも一因である。


 しかしそんなリンドの好みのタイプは、清純そうで可憐な女性だった様だ。更に戦術についての知識があり、ここぞという時に勇気を振り絞る事が出来る芯の強い女性……その全てを兼ね備えたヴィヴィアンは、彼にとって今まで出会った事のない女性だった。

 最も、ここまでくると狂気すら感じさせるのだが。


 ともあれリンドは、何としてもヴィヴィアンとの繋がりを得る事を最優先に考えていた。無論、ギルドマスターとしての立場は忘れておらず、自分の役割はしっかりと果たす上で。

 彼は頭の中で、自分とヴィヴィアンが赤い糸で結ばれる為にどうすれば良いのかを考え……そこで、ある事に気付いた。


――待てよ? これはもしや、好機では?


 クラン【十人十色ヴェリアスカラー】に加盟している【七色の橋】が、【ラピュセル】をクランに勧誘した。そのまま彼女達がクランに加入すれば、自分達にも【十人十色ヴェリアスカラー】との縁が出来ると考えたのだ。

 同じLQOから移籍して来たギルド同士であり、ソウリュウとイザベルの間には()()()がある。それを考慮した【竜の牙(ドラゴン・ファング)】は、大切な仲間であるソウリュウと【ラピュセル】の為に【十人十色ヴェリアスカラー】に加入する。

 彼女達が自分達とのクラン結成を選んだ場合でも、『【ラピュセル】を勧誘した【十人十色ヴェリアスカラー】の顔を立てる』という名目であれば、クラン加入が可能なはずだ。

 これならば自分の立場は守られ、最強クラスのクランに加わる事が出来、ソウリュウの願いも叶えられ、ヴィヴィアンとの距離も縮める事が出来る。


――そうだ、これだ……!! これならば間違い無い、しかも一石二鳥……いや、一石四鳥ではないか!!


 実情を知る者ならば、思うだろう……「違う、そうじゃない」と。もしくは、「おいやめろばか」だろうか? 特にソウリュウとイザベルの間にあるのは、絆などではなく悪縁である。

 しかしソウリュウの言葉を真に受けてしまったリンドは、これが最も冴えたたった一つの方法なのだと信じて疑わない。それどころか、ヴィヴィアンと話す時の事を既にシミュレーションし始めている。気が早いにも程がある、もうだめだコイツ。


……


 彼等がそうこうしていると、やがてギルドホームに来客が訪れた。それは白銀の鎧を身に纏った、金髪の柔らかい雰囲気の美女だ。もっとも今は、普段の温和な雰囲気は感じられないが。

「突然の訪問となり、大変失礼致しました。私はギルド【ラピュセル】のサブマスターを務める、アシュリィです。本日はギルドマスター・アナスタシアから託された、メッセージを皆様にお伝えするべく参りました」

 昨日の今日で【ラピュセル】のサブマスターが訪れたのは、リンド達としても予想外だった。

 しかし、ここで狼狽えた姿を見せる訳にはいくまい。


「サブマス直々の来訪とは、光栄だ。俺が【竜の牙(ドラゴン・ファング)】のギルドマスター、リンドだ。歓迎するよ」

 そう言ってリンドは、ギルドホームの中へとアシュリィを招き入れようとする。しかし、アシュリィはそれに対し首を横に振った。

「いえ。今夜のところは、御厚意だけ頂いておきます。あくまで今回は、ギルマスのメッセージをお伝えする為に来たメッセンジャーの役目ですので」

 アシュリィはそう言って、リンド達の反応を待つ。その様子を見て、ソウリュウは内心でほくそ笑んだ。


――恐らくギルドの決定を伝える場を、儲ける気だな? その場には、恐らく【七色の橋】も同席する……この女の態度から察するに、【竜の牙(ドラゴン・ファング)】とのクラン結成を受け入れるつもりだろう。


 ソウリュウがそう考えたのは、サブマスターであるアシュリィが直々に訪れた事……そして、その態度が実に丁寧なものである事が理由である。

 元より【ラピュセル】というギルドが、仲間を大切にする者達の集まりである事は承知の上だ。彼女達はイザベルを守る為に、【竜の牙(ドラゴン・ファング)】の誘いを受け入れる以外に手段は無い……それがソウリュウの考えであり、狙いだ。


「では、アナスタシアからのメッセージをお伝えします。今回の件に関わった三つのギルドで、明日の二十一時に話し合いの場を設けようと思います。【十人十色ヴェリアスカラー】の方へは、もう一人のサブマスターが伝えに行っています」

「ふむ……その、話し合いを行う場所は?」

「【竜の牙(ドラゴン・ファング)】の皆さんに差支えが無いのであれば、【ラピュセル(われわれ)】のギルドホームで……と考えております。ホームの場所は今まで公にしていませんでしたが、地図をご用意しました。こちらになります」

 アシュリィが差し出したのは、一枚の紙だ。そこにはこれまで【竜の牙(ドラゴン・ファング)】が知り得なかった、【ラピュセル】のギルドホームの場所が明記されていた。

 ソウリュウだけではなくリンド達も、その受け答えで今回の話が良い方向に向かっているのだと察した。

「了解した、ホームに伺う人数は何人程が良いだろうか?」

「そうですね……恥ずかしながら、私達のホームは余り広くありませんので……五人前後、多くても七人までという事で如何でしょう?」

 アシュリィから”七”という数字が会話に出て、リンドがわずかに目を開いた。それは【七色の橋】をイメージさせる数字であるからだ。しかしすぐに、アシュリィの様子を見て考え過ぎかとその思考を振り払う。


「了解した、我々はそれで構わない」

「承知しました、アナスタシアにその旨を伝えておきます。それでは……【竜の牙(ドラゴン・ファング)】の皆さんは、イベント期間で忙しい時期ですよね。私達も塔の攻略は行いたい所ですし、今夜はそろそろ失礼させて頂きましょう」

 そう言って、アシュリィは一礼する。そんな彼女を引き留め、どうせなら共に[試練の塔]攻略を……とも思ったリンド達。しかし、ここでがっついて心証を悪くするのは宜しくない。それに恐らく、明日以降は攻略も一緒に行う事になるだろう。【竜の牙(ドラゴン・ファング)】の面々は、そう考えた。

「わざわざご足労頂き、感謝している。明日はどうか、宜しくお願いする」

 リンドは朗らかな表情で、アシュリィをそのまま見送る姿勢だ。そんなリンドに「こちらこそ、明日は宜しくお願いします」と応えて、アシュリィは一度ログアウトした。


「リンドさん、これは多分……」

 バッハがリンドに声を掛けると、リンドは二ッと笑って振り返る。

「あぁ、恐らく彼女達の返答はイエスだろうな」

 今まで公にしていなかったギルドホームの場所を明かし、

「しかしながら、少々気になる事もあってな。バッハにフレズ、少し時間を……」

 リンドがそこまで言い掛けた、その瞬間。


『フィールドマップ[落雷の荒野]が浄化され、フィールドマップ[アージェント平原]が開放されました』


「……この、アナウンスは……!?」

「まさか、マップ浄化クエストの!?」

「ど、どこだ!? どの勢力が……こ、これは!!」

 アナウンスの直後に流れたのは、クエストを達成した勢力の名前。そこにはクラン【騎士団連盟リーグ・オブ・ナイツ】の名前と、そこに所属するギルドの名前があった。

 突然の事態に、リンド達トップスリー以外は慌て出す。

「くそっ……また【LOKやつら】が先に……!!」

「マジかよ、あいつらまで拠点を手に入れたのかよ……!!」

「[落雷の荒野]って、あれだよな……常に雷が降り注いで来る、即死級のやべぇマップ……!!」


 慌てふためくメンバー達に対して、リンド・フレズ・バッハは冷静だった。

「二つ目の浄化マップが……いや、しかし【LOK】ならば不思議ではないか」

「噂では、このクエストは七つと言われているが……それが本当ならば、残る枠は五つ。さて、リンドさん……」

 バッハとフレズがそう言えば、リンドは「あぁ、解っているとも」と応えて狼狽えるギルドメンバー達に向き直る。

「落ち着け」

 リンドのその一声に、ソウリュウを始めとするプレイヤー達が押し黙る。


「心配は不要だ。クランとしての活動が開始出来れば、マップ浄化クエストに挑む事も出来るだろう。そしてその足掛かりは得たのだ。次は、我々の番だ……そうだろう?」

 リンドの力強い言葉を聞いて、ギルドメンバー達の表情は喜色に染まっていく。次にアナウンスされるのは自分達だという、強い意志が芽生えていく。

「そ、そうだ……【ラピュセル】との同盟は、その為の一歩だ!!」

「あぁ……今日の感じだと、あちらさんはその気みたいだしな!!」

「ふっ、そうだ。全くソウリュウ様々だな」


 彼等はそれから数分後に、更なる混乱の坩堝に突き落とされるのだが……その未来を予想する事が出来ずにいた。

次回投稿予定日:2024/7/15(本編)

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― 新着の感想 ―
[良い点] ダメだドラファン、心底終わってる…。 暗黒とかが可愛く見えてくるレベルの終わりっぷりには、さすがに拍手しか出ないw
[良い点] 原点に立ち返る それも一つの答え [気になる点] 七色運営組 推参 相談窓口は こちらです [一言] 牙が折れるのか すり潰されるのか 果たして 結果は?
[良い点] PACちゃんたちの今後が気になる所存 [気になる点] 粘着の話が何話も続いていて読むのがしんどい。誰かが我慢して可哀想でしんどい話はダメージを受けるので終わりまでまとめて話を投下するか、終…
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