18-23 四百階層を目指しました
仁と姫乃は偶然、シキがプロゲーマーであるという事実を知った。そこで二人は、プロゲーマー事務所【フロントライン】について調べてみる事にした。
「あ、仁くん。このサイトじゃないですか?」
姫乃の携帯端末に表示されているサイトは、【フロントライン】のホームページだ。そこにはVRアバターであろう顔写真とプレイヤーネーム、そして簡単な紹介文が記されている。最初から数えて十番目の所に、シキのデータがあった。
彼の紹介文は『冷静沈着なサポーター、縁の下の力持ち!』というもの。実際に彼と接した二人は似た様な印象を受けていたので、その文面に思わず納得してしまった。
「所属しているのは、十六人みたいですね」
そう言って姫乃が画面をスクロールするが、そこで仁は一人の少女の顔写真に気付く。
「ん? 姫、ちょっとごめん。今の、最初から二番目の人……」
「あ、はい……この人ですか? えーと、クーラさん」
そう、それはつい先日マッチングしたクーラのデータであった。そのアバターと名前は、あのレイピア使いの少女と全く同じだった。ちなみに、彼女のキャッチコピーは『センス抜群のテクニカルプレイヤー、明朗快活なスターの原石』である。
「彼女はこの前、ソロでプレイしている時にマッチングしたんだ。成程、道理で……」
その時の事を思い浮かべて、仁は不思議な納得感を覚える。ゲームを始めて間もないと言う割に、彼女の動きは熟練者のそれに匹敵するものだった。
「他の人も、AWOをプレイしているんでしょうか?」
「どうなんだろう……ほら、AWOには賞金が出る様な要素は無いよね?」
「あ、確かにそうですね。プロゲーマーさんは、賞金がある大会とかに出るんですよね」
普通に考えれば、プロゲーマーは賞金を稼ぐ為にゲームの大会に出場する。しかしAWOは……いや、VR・MMO・RPGでは、賞金が出る様な大会は現在無い。将来的にはそういった要素が生まれる可能性が無いとは言い切れないが、現時点では存在しないのだ。
「だから純粋に、プライベートなプレイの可能性もあるよね。ほら、シキさんはそんな感じだったし」
「そうですね、シキさんはゲームを楽しんでいる人だと思います」
シキは自分達と同様に、AWOの冒険を純粋に楽しんでいる……そんな考えは、仁も姫乃も同様だった。
「それにしても、結構色んな人が居るね」
チャラそうな青年や、クールそうな少年。ギャル風の少女も居れば、ホストの様な青年も居る。また外国人だと思われるメンバーも居た。
「はい、高校生から大学生くらいの年代っぽいですね。シキさんやクーラさんは、仁くんやお兄ちゃんと同じくらいでしょうか?」
「多分、そうかな? まぁ、アバターの年齢をいじっていなければだけど……」
何はともあれ、シキやクーラは恐らくこの【フロントライン】に所属するプロゲーマー。それが解ったところで、二人はそれ以上深掘りするのはやめる事にした。
「さてと、そろそろ行こうか?」
「そうですね! デートを続けましょう♪」
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仁と姫乃は夕方まで、デートを楽しんだ。帰りは仁が姫乃を星波家まで送り届け、出迎えた大将が仁を車で送る。これが、ここ最近の日常となっている。
「それじゃあ姫、また明日……というより、後でかな?」
「はい、今日も楽しかったです! また後で♪」
デートを締め括る挨拶を交わし、大将が運転する車を見送る姫乃。そして、姫乃は一つ溜息を吐いた。
当然デートはとても楽しかったが、姫乃にとっての最重要項目……仁の誕生日プレゼントのリサーチは、難航していた。
バレンタインに関しては、チョコレートを作るという事が確定している。そして、スイーツ系における仁の好み……甘さ控えめが好みである事を知っているので、そこまで悩む事は無い。
しかしながら、誕生日プレゼントとなると話が変わってくる。本人が欲しい物、必要としている物をプレゼントしたい……姫乃はそう思って気を配っているのだが、仁の様子を観察してもその答えが見えてこないのだ。
そんな姫乃の心の内を察しているのか、一緒に見送りをしていた聖が彼女に問い掛ける。
「悩み事かしら、姫乃? 仁君の誕生日プレゼントが、決まらないとか」
声を掛けられた姫乃は、目を丸くして聖を見る。
「お母さん……どうして、それが解ったんですか?」
「そりゃあ、お母さんだもの」
冗談めかして言葉を返しつつ、聖は玄関の扉を開ける。
「ほら、身体を冷やすわよ。相談は中で聞いてあげる」
二月の夕方ともなると、防寒着を着ていても肌寒さを感じてしまう。姫乃は素直に、聖の言葉に従って家に入った。
聖が用意したホットココアで一息ついて、姫乃はここ数日悩んでいる事を打ち明けた。
仁の誕生日プレゼントを選ぶにも、彼の欲しい物が解らない事。
俊明や撫子に相談をしてみたものの、実の親ですら仁の欲しい物に心当たりがない事。
英雄や恋達にも相談してはみたが、やはり成果を得られなかった事。
そして今日のデートで仁の様子を観察してみても、やはり何か興味を抱く物は無い様子だった事。
一通り語り終えて、姫乃はまた一つ溜息を吐いた。そんな姫乃を見て、聖は苦笑してしまう。
「確かに、仁君はあまり物欲は無さそうよね。物持ちが良いというか、今ある物を大切にするタイプというか」
「んー、そうですね……確かに、仁くんは物持ちが良いみたいです」
聖の見立ては間違っておらず、仁は常日頃から物を大切に扱う。乱雑に扱わないだけではなく、使った後には手入れもしっかりとするのだ。
例えば仁の携帯端末は中学一年から使用しているが、その見た目は綺麗なものである。傷や汚れは最小限で、言われなければ三年以上使用しているとは誰も思わない程だ。
「それに仁くん、必要な物は割とスパッと自分で買っちゃうみたいなんです」
「あー、そういう決断力もありそう……必要だと思ったら、大して悩まない感じね」
「そうなんですよ……」
仁は必要だと思えば、迷うことなく自分でさっさと購入してしまうタイプである。これは迷っている間に、それが無くなるのが嫌だからだ。同時に普段からあまりお金を使うタイプではないので、仁の貯金はそれなりにある。それ故に、財布と相談をするという事はそうそう無いのだ。
「成程ね。確かに”欲しい物”に的を絞る場合、プレゼント選びは難航するパターンだわ」
そう言って、聖はマグカップのホットココアに口を付ける。その姿にはどことなく、余裕の色が見て取れた。
「実はお父さんも、そうだったの。自分の事に関してはあまり多くを望まないというか、あれもこれも欲しがったりしないっていうか……」
どうやら、それは聖の経験則から来る事だったらしい。そう言われてみると、姫乃も思い当たるフシがある。大将は聖や英雄、姫乃には優しく甘やかす傾向があるが……自分自身にはストイックで、家族の事をお優先し自分の事は後回しにするきらいがあるのだ。
「自分自身で考えても、その時”欲しい物”が思いつかないっていう事も多いの。でもね、本人が気付いていない”必要な物”もあるんじゃないかしら?」
そう言って聖は、姫乃に自分の経験を基にしたアドバイスをするのだった。
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その日の夜、ジンとヒメノの二人はAWOで再び顔を合わせていた。ギルドメンバーが集合した所で、二人は仲間達と共にクラン拠点に転移。クランのメンバーを交えながら、今日の目標について話を始める。
とはいえ今夜の方針は、昨夜の内に決まっている。クランの仲間達ですら攻略に苦戦した、四百階層ボス・アークエンジェルへの挑戦だ。
「今日は例の、四百階層攻略だね」
「はい、頑張りましょうね♪」
二人は予定通り、四百階層のボス討伐を目標にする。前日は別行動だった事もあり、今夜は一緒に行動するのは確定事項だ。
そして二人で組んで、残りはマッチングにするか? それともクランメンバーとパーティを組んで、攻略に臨むのか……それについては、既にデートの間に結論を出していた。
自分とヒメノの名前が書かれた紙を、ジンが掲示板に貼り付ける。つまり今夜は、二人で[試練の塔]に挑むという事だ。
このイベントの醍醐味の一つは、マッチングシステムによるパーティでの攻略。普段はあまり関わる事が出来ないプレイヤーと共に、攻略に臨むというものだ。
マッチングを嫌がるプレイヤーもいれば、マッチングを楽しむプレイヤーもいる。その辺りは個人の意向次第であり、ジンとヒメノは「どちらでもOK」というものだ。
そんな訳で、二人は今日は二人パーティでのマッチング攻略を敢行する事にした。もしかしたらクラン外の友人と遭遇できるかもしれないし、新たな知己を得る事が出来るかもしれないと思ったからである。
「さぁ、それじゃあ始めようか」
「はいっ!」
まだ一緒に行動するメンバー決めをする者もいれば、既に方針を定めて行動を開始する者もいる。ジンとヒメノもまた、限られた時間の中で成果を出すべく行動を開始する事にした。
……
ジンとヒメノが向かうのは、最も攻略が進んでいる北側の[試練の塔]。ここは三日目までに三百九十階層まで到達済みで、目標とする四百階層は目前という状態である。今日の目標は四百階層の攻略法を明らかにする事なので、この[試練の塔]になるのは当然の帰結だろう。
二人はいつもの様に寄り添いながら、始まりの町[バース]の北門から出てすぐの所にある≪転移門≫へ向かう。当然、そこには多くのプレイヤーがひしめいている訳で……変装も無しで姿を見せたジンとヒメノを目にして、多くのプレイヤーが反応を見せた。
「お、おい! あっち、あっち見てみろ!」
「忍者さんに、ヒメノちゃん!? うおぉ、本物だぁ!!」
「おぉ……こんな間近で、あの二人を見れるなんて……!! 今日の私、めっちゃツイてない!?」
ただでさえ、攻略に向けて活気に満ちていたプレイヤー達。そこに極振り夫婦という燃料が投下され、一気に沸き立った。
「ジンさん、やっぱあの≪ヘイロー≫にしたんだな……w」
「掲示板で話題になってる≪エンブレム≫って、多分あの肩のヤツだよな……? ヤバ、かっけぇな!!」
「ヒメノちゃんが、更に天使に……めっちゃ可愛い……!! 尊みが、助走を付けて殴りに来ている……!!」
「もしかして、ヒメノちゃんの≪エンブレム≫ってあの眼のやつ!? きゃー、可愛い~!!」
他のプレイヤー達も、やはり≪エンジェルヘイロー≫や≪エンジェリックフェザー≫を装備している。しかし三百階層のSABだけあって、≪エンジェルエンブレム≫を手にしたプレイヤーは多くない様だ。
そんなプレイヤー達と比べると、ジンとヒメノはやはり存在感を一際放っている。
ジンは手裏剣型の≪エンジェルヘイロー≫と、黒い≪エンジェリックフェザー≫。そして≪エンジェルエンブレム≫は、紫色の狐を象ったものが左肩に刻まれている。
ヒメノの≪エンジェルヘイロー≫は、桜の花をイメージしたもの。背中の≪エンジェリックフェザー≫はジンと同型で、色違いの白。そして両目に入れた、桜の≪エンジェルエンブレム≫が特徴的だった。
しかしそこで、あるプレイヤーが二人の様子に気付く。今この場に居るのは、ジンとヒメノの二人だけ……そして二人に、仲間達を誰かを待つ様子は無い。
「いや待て、あの二人だけで攻略すんのか……!?」
「そ、そうみたいだな……? 真っ直ぐ、≪転移門≫に向かっているし……」
「いや、待って? これってまさか、あの二人とマッチングのチャンスあるかもしれないって事よね!?」
「そういう事か!!」
「これは油売ってる場合じゃねぇ!!」
「いよっしゃあ!! 二人とマチしに行くぞぉ!!」
ジンとヒメノはトップランカーの中でも、特に有名な二人だ。そんなスタープレイヤーとマッチングし、共に戦える可能性がある。その事実が、彼等のやる気を倍増させた。存在そのものが、やる気スイッチな夫婦。
そんなプレイヤー達の様子は、当然二人にも伝わっている訳で。
「あはは……そんなに私達と、マッチングしたいものなんでしょうか?」
「まぁ、そういうものなのでござろう」
苦笑しながらも、不思議そうにしているヒメノ。そんな彼女に返答するジンだが、一般的なプレイヤーならば自分やヒメノとマッチングしたいという気持ちも解らなくはない。
ジンは自分やヒメノが、トッププレイヤーに数えられているのは自覚している。そういった上位のプレイヤーと一緒に攻略出来るとなれば、心情面でも実利面でも魅力的なのは間違いないだろう。
――それに、姫は可愛いからね。男女問わず人気だし、同じパーティになりたいって人が居るのは間違いないだろうな。
それに関してはジンも同様なのだが……彼は自分の容姿は中の上か、上の下くらいという認識でいる。これは常日頃から、ヒイロという芸能人顔負けのイケメン少年と行動を共にしているせいである。
もっともジンも絶世の美男子とは言わずとも、容姿は整っている方だ。スポーツで鍛え上げた引き締まった身体、精悍ながらその精神性を表す様な柔和な顔付き。そして物腰の柔らかさ、何よりヒメノに向ける優しい視線。
そこにこれまでの輝かしい戦績、ヒメノとの関係性、ユニークスキル保有者、忍者ムーブ等々、様々な付加価値が加味される。既に【忍者ふぁんくらぶ】という前例があるのだから、間違いなくジンに憧れるプレイヤーは外部にも存在するはずなのである。
ちなみにジンは、この中のプレイヤー達とマッチングする可能性は低いだろうと考えている。理由は彼等の装備している、天使シリーズだ。
ジンとヒメノは、三百九十階層からリスタートになる。つまり天使シリーズを、三つ入手済みなのだ。しかしながら、この周囲に居るプレイヤー達は≪エンジェルエンブレム≫までは手に入れていない様子である。となれば、恐らくは三百階層の手前が殆どなのだろう。
逆に言えばマッチングするのは、同レベルまで攻略している面々という事になる。
「それじゃあ……リン、コン」
「ヒナちゃん、おいで!」
二人がシステム・ウィンドウを操作すれば、颯爽と姿を現すパートナー達。くノ一スタイルのリンに、まだ幼獣形態のコン、そして巫女衣装のヒナ。ジンとヒメノが全幅の信頼を置く、頼もしいPACと神獣だ。
その姿を見た事で、周囲のプレイヤー達が更にざわめく。発せられる言葉の内容は当然、PAC二人や神獣のコンに対する好意的なものが大多数を占めている。
「それじゃあ、行くでゴザルよ」
「はい! 頑張りましょう!」
「お供致します」
「張り切って行きますよ~!」
「コンッ!」
不安も気後れもなく、二人はマッチングシステムを起動。PAC二人と神獣一匹を従えて、北側の[試練の塔]へと入り込んだ。
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各[試練の塔]を攻略するプレイヤーが、リスタートした際に転移する地点。ジン達がそこに転移すると、そこには既に三人のプレイヤーが揃っていた。それも、実に見覚えのある相手だ。
「これは驚いたわね……まさか君達と、こうしてマッチング出来るなんて。とても光栄だわ、どうぞ宜しくね」
「ジンさん、ヒメノさん、宜しくお願いします! ねぇねぇお姉ちゃん、もしかして最高のマッチング相手を引いたんじゃない?」
「こんばんは、お二人共。今回のマッチング、どうぞ宜しくお願いします」
彼女達は、クリスマスパーティーでも交流した事のある相手……その名もフィオレ・ステラ・ネーヴェ。【フィオレ・ファミリア】を率いるギルドマスターとサブマスターの、三人姉弟である。
「御三方、こんばんはでゴザル」
「こんばんは、皆さん! 一緒に攻略出来るんですね、凄く嬉しいです♪」
どんな相手とマッチングするのだろうと思っていたが、蓋を開けてみれば実に良いマッチング相手だった。そのため、ジンとヒメノの表情も明るい。
フィオレは魔法職であり、格闘も可能なので自衛ができる後衛職だ。ステラはヒメノと同じ弓使いで、役割は被る……かといったら、案外そうでもない。牽制やカットを彼女に任せ、ヒメノが主砲役を務められるのだ。そしてネーヴェは安定感のある前衛職であり、ジンと共に前に出られるだけの実力がある。
となれば、今回のマッチングはバランスが良いと判断して構わないだろう。
ジンとヒメノは、攻略開始前に三人と打合せを開始。それぞれの戦闘スタイルを加味して、最も効果的な布陣を検討する。
そうして出た結論は最前衛にジン、その次にネーヴェとリン。中衛の位置にフィオレ、後衛にヒメノ・ヒナ・ステラだ。勿論、ジンは回避盾としての運用がメインである。
まずは四百階層で待ち受けるボスの所まで、編成の向き不向きを確かめながら攻略する事にしたのだが……。
「わー、もう次の階層でボスだよ!? ジンさんとヒメノさん、めっちゃ強い!!」
「うふふ、噂に違わぬ実力ね。それにお互い、連携には慣れているのが大きいのかしら」
「そうでゴザルな。初めての共闘でも、御三方がピッタリ動きを合わせてくれるので動きやすいでゴザルよ」
フィオレは元より、味方を指揮して戦う司令塔タイプ。その為、仲間の動きを見る事に慣れている。勿論、その動きを判断してフォローするのもお手の物だ。
ステラは後衛職で、戦場を俯瞰する事が出来る立ち位置だ。お陰で誰が援護射撃を必要としているか、見極めやすい。それが彼女の弓使いというプレイスタイルを、最大限に生かせる立ち回りである。
ネーヴェは前衛なので、後ろの動きをつぶさに観察する事は出来ない。しかし、それが姉二人であれば話は別だ。二人が動きやすい様に、どの敵を相手取ればいいか熟知しているのである。
そして、ジンとヒメノ。ジンの速さと魔技と即死攻撃、ヒメノの高威力攻撃と速射。これはどんなプレイスタイルのプレイヤーとも、相性が良いと言わざるを得ない。そしてステータス的なデメリットも、ユニーク装備のお陰で補強されている。
つまり二人は誰と組んでも、余程の事が無い限りその長所が腐る事は無い。こういったマッチングに、実に向いているプレイヤーなのだ。
「そろそろ、この階層の一番奥ですよね。ヒナちゃん、回復お願いできる?」
「はい、お姉ちゃん!」
ヒメノがヒナに指示を出せば、打てば響くような返事。その様子を見て、ネーヴェは何やら考え込む。
――PACの有用性は最初から分かり切っていたけど、この二人の様な関係性は珍しいんじゃないかな。第一回イベントの報酬という情報は、ハヤテさんが発信していたけれど……良いな、こういう相棒が居るの。
自分も、弟や妹の様なPACが欲しい。そんな事を考えてしまうのは、彼が末の弟だからだろう。姉二人の存在に不満など無いが、自分よりも下の子が居れば……なんてことを、考えた事は何度もある。もしそういうNPCが居たら、契約に向けて動いても良いかもしれない。ネーヴェはそう考えながら、ヒナの回復魔法を受けてHPを回復させた。
「それじゃあ、行きましょうか」
全員が準備万端である事を確認し、フィオレが先を促す。ジンとヒメノはそれに笑顔で応えてみせる。
「了解でゴザル」
「はい、行きましょう!」
そんな二人の反応は、フィオレとしても実に心地の良いものだった。
――トッププレイヤーという立場であっても、決して上から見る様な事はしない。本当に、素敵な子達だわ……こうして一緒にプレイしていると、尚更そう感じるわね。
トッププレイヤーの中には、自分の方が上だと言わんばかりの態度をとる者も少なくない。態度には出さなくとも、内心ではそういった考えの者もいる。
しかし、ジンとヒメノはあくまで対等の関係。どちらが上でも、下でもないという接し方だ。フィオレはそんな二人を好ましく思うし、VRMMOプレイヤーとして理想的な人柄だと考える。
ステラも、二人の事を見て満面の笑みを浮かべていた。しかしそれは、姉や弟とはちょっと違う。彼女の頭の中は、ジンとヒメノの何気ないやり取りで満たされていた。
――最高過ぎるなぁ、この二人はー! ジンさんはヒメノさんをめっちゃ大事にしてるし、ヒメノさんのジンさんを見る時の笑顔はめっちゃ可愛いし! 彼氏にするなら、ジンさんみたいにウチの事を考えてくれる優しい人が良いなぁ。ヒメノさんみたいに、全力で尽くしたいなぁ。
恋に恋する、乙女なステラちゃん。現実ではお堅い風紀委員なのだが、やはり彼女も年頃の女の子。恋や愛といったものに、興味津々である。
そんな彼女から見て、ジンとヒメノの夫婦は理想そのものらしい。二人のやり取りを見る度に、笑顔を浮かべてその様子を見ているのだが……内心では黄色い悲鳴を上げていたりするのだった。
そんな三人の内心は知らずとも、好意的な雰囲気を感じ取っているジンとヒメノ。フィオレ達とのマッチングも、次の階層で大詰めだ。
奥へと進むジン達の前に、姿を現したのは屈強そうな見た目の天使達。四百階層への道を阻む、最後の敵だ。
「それでは、いざ……参る!!」
一気にトップスピードまで加速して、ジンは天使達の目前まで突っ走る。ジンの接近に気付いた天使達が、臨戦態勢に入るが……その間にジンは天使達を射程距離に収め、跳び上がった。
「【狐風一閃】!!」
横一列に並ぶ天使達を纏めて斬り付けるべく、ジンは跳躍と同時に身体を捩って空中で一回転。それによって放たれた【狐風一閃】は、三日月形の鋭い剣閃となって天使達を頭上から斬り裂いた。
ジンの先制攻撃は鮮やかでありつつ、豪快。
「流石だ……リンさん、僕達も行きましょう」
「はい、参ります」
その見事な一撃に、ネーヴェは思わず見惚れてしまっていた。しかしすぐに自分の役割を思い出し、リンに声を掛けて戦列に加わる事にする。
反撃とばかりに、ジンに武器を向ける天使達。しかしジンはバックステップでその攻撃を空振りさせて、隙を作った。そこにネーヴェとリンが、万全の態勢で駆け込む。
「【ソニックスラッシュ】!!」
「【一閃】」
天使達が攻撃を空振りした、絶好のタイミング。その隙を逃すことなく、二人は攻撃を叩き込んで天使のHPを削る。
「【スコッサ・エレーットリカ】!!」
イタリア語で”電撃”を意味する単語を唱えながら、宝石を投擲するフィオレ。それがネーヴェとリンに迫ろうとしていた天使に命中し、激しい電撃を放つ。そのまま天使は麻痺状態になり、動きを止めてしまった。勿論、それはすぐ背後で弓を構える少女の為だ。
「【スパイラルショット】!!」
フィオレが麻痺させた天使に向けて、破壊力抜群の一射を放つヒメノ。その矢が空気を切り裂きながら飛び、天使の胸元に命中する。その一撃で、天使があっさりとHPを全て散らして倒れた。
そんなフィオレとヒメノの攻撃は、天使集団の魔法部隊のヘイト値を上昇させた。魔法天使達が、二人を攻撃すべく詠唱を進めていく。その詠唱速度は、プレイヤーのそれよりも若干速い。
「おっと、そうはさせないよっ! 【ワイドショット】!」
魔法天使達の詠唱が完成するのを阻止すべく、ステラが素早く矢を放つ。その威力は然程高くはないが、放たれた三本の矢は狙い通りに天使達に命中する。それによってヒットストップとなり、天使達の詠唱は中断されてしまう。
「ナイスよ、ステラ! 【エスプロジオーネ】!」
「ありがとうございます、ステラさん! 【ラピッドショット】!」
ステラが止めた天使達に向けられる、強力な二人の攻撃。爆発と致死の矢は、魔法天使達のHPを容易く狩り尽くしてみせた。
その間にジンとネーヴェ、そしてリンも前衛天使達を圧倒していく。ネーヴェはその剣技で一体の天使の攻撃を尽く潰していき、リンもその速さを活かしたヒットアンドアウェイで着実にダメージを与えていく。
そして、ジン。迫る天使に繰り出した小太刀の一撃が、凶悪な効果を発揮する。
「……颶風の如く」
不思議な事に、ジンはその一撃であの効果が発動するのを確信していた。それ故に、激しく強い災害の風を想起させる一言を口にした。
――即死攻撃【ディザスター】。
HPのゲージが一瞬で消滅し、リーダー格の天使が膝を付いて倒れる。
その瞬間、屈強そうな天使達の様子に変化が起きた。屈強そうといった見た目だった天使達が、これまで遭遇してきた雑魚天使達のそれに変化したのだ。
どうやらリーダー格の天使【エンジェルコマンダー】は、味方の天使を強化する力を保有していたらしい。
そのすぐ後に、天使達はあっさりと全滅。コマンダーの恩恵を失った以上、その時点で勝敗は決していた。
そんな天使達に構う事なく、ジン達はいよいよ四百階層へと向かうのだった。
次回投稿予定日:2024/5/30(本編)




