03-20 幕間・イベント翌日
第一回イベントが終わった翌日、北門から少し離れた場所……そこに、レーナが一人で佇んでいた。彼女はある人物を待っている。そこで落ち合う約束をした訳でも無いのだが……彼女は、彼が必ずそこに現れると確信していた。
そして彼女の予想通り、その男は現れた。
「やぁ、レーナ君」
黒尽くめの衣装に身を包んだ、青年……第一回イベントでその実力を衆目に晒した、ユアンだ。
「こんにちは。借りていたコレを返しに来ました」
そう言ってレーナが掲げるのは、一丁の銃だ。ジンには昨夜の内に返却済みで、残るはユアンに借りた一丁だったのだ。
彼に返すタイミングは、今しか無いだろうとレーナは考えていた。その為、仲間達より早めにログインした。
口頭で約束した訳でもなく、確証は何処にも無かった。しかし、今日この場所で……そう思ってやって来たのだ。どうやらそれは、レーナだけではなくユアンにとっても同様だったらしい。
「役に立ったようで何よりだ。それと、ランキング8位おめでとう」
「そちらこそ……5位おめでとうございます」
トレード画面を開き、借用していた銃の返却はすんなりと終わる。ユアンは満足そうに頷いて、踵を返した。
「……何故、貴方がこのゲームに?」
立ち去ろうとする背中に、レーナは声を掛ける。ユアンは立ち止まり、苦笑しながら振り返った。
「特に何かしらの意図がある訳じゃないさ。単に、ゲームを楽しみに来ているんだ……VRMMOなら、僕も一人のプレイヤーとして楽しめるからね」
「……そうですか。何も無いなら、安心しました」
この二人は、やはり知り合いらしい。しかも、何かしら深い縁がある様だ。それがどんな縁なのか……それは、ここでは語られる事は無い。
ただ一つ解るのは、ユアンもレーナもゲームを純粋に楽しもうとしている……ジン達と同じ、一プレイヤーという事のみ。
「それじゃあ、また」
「あぁ……またね」
歩き出すユアンに背を向けて、レーナも別の方角へと歩き出した。
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一方その頃、アークのギルド【聖光の騎士団】本拠地。集まったギルドメンバーの間で、様々な会話がされていた。
「聞いたか? ギルバートさんが不機嫌だって」
「らしいな。イベントの成績が良くなかったかららしいけど……」
「ランキングに名前が載るだけ、好成績だと思うんだけどな。17位だろ? 十分上位じゃん」
ギルドメンバーにそう噂されるくらい、ギルバートは不機嫌だった。周囲の賛辞も無視して、一人フィールドへと出て行ったのだ。
「で、アークさんは?」
「ランカーをスカウトしようと、情報を集めているみたいだ」
「しかし、アークさんが6位とはなぁ」
「でもさぁ、最後の東門の戦いで見せたスキル……最初からアレを使っていれば……」
「この後に来ると予想されているPvPイベントや、ギルド対抗イベントまで温存するつもりだったんじゃないか?」
「それを使ったのは、ギルバートを助ける為か」
「アークさん、凄かったもんな。ギルバートさんの事、やっぱ相棒と思ってんだろうな」
アークは東門に転移した直後、ギルバート達の劣勢を目の当たりにした。
そこでアークは、封印していたスキルを解禁したのだ。
ユニークスキル【デュアルソード】……レベル10に初めて到達したプレイヤーに贈られるユニークスキルだ。
更にレベル20初達成報酬、二振りのロングソード≪聖印の剣≫と≪聖咎の剣≫。レベル30初達成報酬≪聖痕の鎧≫。無論、これらもユニークアイテムである。
それを初めて衆目に晒し、アークは青龍を押し返した。それに続く【聖光の騎士団】のギルドメンバー達。そして、アークの最後の攻撃で青龍は力尽きたのだった。
その戦いは、正に勇者とその仲間達による魔物討伐のクライマックスシーンという感じであった。その戦闘に参加したプレイヤー達のテンションは、それはそれは凄まじい上がり具合だった。
そんな会話がそこかしこから聞こえる。しかし厳めしい顔の大男……マリウスは、それよりもあるプレイヤーの事が気に掛かっていた。システム・ウィンドウを開いて、掲示板を食い入る様に見ている。
――ヒメノ、ヒメノ、ヒメノ、ヒメノ、ヒメノ……。
あの日出会った、可憐な少女。その少女の情報を少しでも得ようと、様々な掲示板を開いて目を通しているのだ。
「ところで、マリウスの奴はどうしたんだ?」
「さぁ? でも、アイツもランキングに名前乗ってたな」
「32位だっけ? 結構良い成績だよな」
……
「あのー、済みません。【ベイル】さんと【シルフィ】さんですか?」
一人のプレイヤーが、始まりの町を歩く二人のプレイヤーを呼び止めた。男の方が振り返ると、怪訝そうな顔をしてみせる。
「そうですけど、そちらは?」
男……ベイルの態度に、警戒されていると察したプレイヤーは、申し訳なさそうに頭を下げる。
「不躾で済みません、私はギルド【聖光の騎士団】に所属している者で、【ライデン】と申します」
丁寧な謝罪と挨拶に、ベイルの横に居た女性……シルフィが笑顔を浮かべた。
「初めまして、で良いはずだよね? 知っているみたいだけど、私は【シルフィ】。こっちは弟の【ベイル】だよ」
サバサバとした口調で挨拶を返すシルフィ。どうやら、姉御系の女性らしい。あと、ベイルはリアルブラザーらしい。
「突然お声掛けして済みませんでした。実は、うちのギルドマスター……アークさんから、お二人をスカウトしたいと」
ライデンの言葉に、シルフィとベイルは驚いた。
「アークさんのギルドに、俺達が?」
「15位と18位、優秀な成績を収められたお二人をというのは、普通の事だと思うんですけど……」
腰の低いライデンに、ベイルも毒気を抜かれつつあった。とはいえ、ライデンも24位にランクインしたプレイヤー……かなりの腕を持つ魔法職だ。
そうして会話が続き、ライデンは一つの提案をする。
「よろしければ、アークさんにお会いしてみませんか? アークさんも、是非お話をしたいと仰っていましたから」
そんなライデンの言葉を受けて、少し二人は考え込み……そして、首を縦に振った。
二人が了承してくれた事で、ライデンはホッと胸を撫で下ろす。
――こういう役回りばかり来るんだから、苦労が絶えないな……人志も少しは、こういう役目をこなしてくれれば良いのにさ。
人志……それは、ギルバートの本名である。ライデンは、彼の知人……というより、同級生の友人だ。つまり、ジン達のクラスメートでもある。
ジンがAWOを続けるか迷ったあの朝、英雄とAWOの会話をした二人の内一人……【倉守 明人】が、ライデンなのだった。
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始まりの町から北に行くと、[ダイモス山地]というフィールドとなる。そこで、二人のプレイヤーが遭遇していた。
「あら、ダイス君?」
「おっ? フレイヤさんか。珍しい所で会うな」
槍使いのダイスと、魔法職のフレイヤ。二人はイベントで好成績を収め、トップ10に食い込んだ実力者だ。
「町の周辺だと、何かと煩わしくてね。ほとぼりが冷めるまで、ソロでレベリングでもしようと思ったのよ」
心底嫌そうな表情でそう言うフレイヤに、ダイスは苦笑する。
「勧誘とか、取引だろ? 俺も同じさ」
「そうね……あぁ、9位入賞おめでとう」
「そっちもな、10位だろ? で、どうだい……レベリングなら一つ、前衛は要らないか?」
折角顔を合わせたのだ、それならば一緒にやらないか? ダイスはそう言っていた。
「良いわね、お願いしようかしら」
ダイスならば、変な事にはならないだろう……そう判断して、フレイヤは即決してみせた。
フレイヤを誘ったのには、ダイスにも一つ考えがあったからだ。
ダイス……本名【名嘉眞 真守】。大学生の彼は、VR・MMO歴もそこまで長い訳ではない。見るからにベテランなフレイヤに、色々と聞いてみたい事があったのだ。
それに、もう一つ……ランキングに名前の挙がったプレイヤーの情報があれば、聞いておきたかった。
……
「ふぅん、あの忍者が一位のジンか」
「レンさんやシオンさんと一緒で、和装の集団……今、結構話題みたいよ」
「目立つだろうしな。そうそう、あともう一組……中華風の装備の奴らもいるよな」
フィールドを探索し、戦闘をこなしながら会話する二人。話題はイベントで目立ったプレイヤーについて、だ。
「ケインさん達よね?」
「そうそう。西で、ゼクスさんとイリスさんに会ってな。一緒に戦ったんだが……強くなっていたな」
「イリスさん……ねぇ」
フレイヤは、イリスの顔を思い浮かべて唸る。
というのも、彼女はイリスと現実で会った事があるのだ。とは言っても、同じ会社の同僚だとかではない。友人の友人という訳でも、勿論無い。
では、何処で面識があるのか……?
それは夏と冬に開催される、オタク達の祭典でだった。イリスはコスプレイヤーであるが、実はフレイヤも同類だった。
フレイヤ……本名【富河 朱美】。職業はOLだ。アラサー腐女子OLで、掲示板民なフレイヤさん……実はコスプレイヤーでもあった。色々と深過ぎる、業とか業とか業とかが。
ちなみに余談であるが、イリスとフレイヤの二人は過度な露出をしたりするタイプではない。
そんな訳で、フレイヤはイリスと面識があったのだ。同じアニメのコスプレをした者同士で集まり、一緒に撮影されたりしていた。
「そういや、同じ魔法職か。ライバルって感じなのか?」
考え込むフレイヤに、ダイスがそう問い掛ける。フレイヤはその言葉を受けて、苦笑した。
「そういう感じではないかしら。優秀な魔法職だとは思うけれどね」
そうか、と頷いたダイスは、話題を変える。
「フレイヤさんは……」
「あ、呼び捨てでも良いわよ? 知らない仲じゃないのだし、私もダイスって呼ばせて貰うわ」
「そうかい? まぁそっちのが助かるな。んで、フレイヤはギルドには入らないのか?」
ダイスのその質問に、フレイヤはしばし思案する。
「しがらみとか無い、気楽にやれるギルドがあればね。【聖光】は肌に合わなそうだわ」
「はは、俺と一緒か。なら、良いギルドがあればお互いに連絡し合おうぜ」
ダイスの言葉に頷いて、フレイヤはある事に気付く。
――忍者君達は、ギルドに入るのかしら? それとも……作るのかしら?
フレイヤさんの(色々な意味での)強者感がお気に入りです!
次回投稿予定
2020/7/20 1:00(三章の登場人物紹介)
2020/7/21(本編四章)




