17-27 幕間・シキ
各ギルドの現在の関心は、やはりクランシステム実装と[ウィスタリア森林]に集中している。特に後者はホットな話題であり、ジン達に対する様々な噂が広まっていた。
「何でもアナウンスが流れる少し前は、マップからログアウト出来なくなってたらしいぞ」
「やっぱり、噂のエクストラクエストだったんかな? 高難易度って噂だけど……」
「掲示板に書き込みがあったんだけど、モンスターが何処かを目指して大移動していたんだってさ」
「森の中心にある一際でっけえ樹って、ゲームとかファンタジーでお馴染みの世界樹かなぁ?」
そんな噂を耳にした、一人の男がポツリと呟く。
「やはり彼等が、このゲームの最前線……か」
システム・ウィンドウを開いてマップを確認すると、今話題の[ウィスタリア森林]に向かうには南か西のエリアボスを討伐しなくてはならない。
まずは、エリアボスを突破できるだけのレベル……それにスキルの育成と、装備を手に入れないといけないだろう。彼はそう考えて、進行中のクエストを完了させる為に歩き出した。
始まりの町[バース]の、西側にある古い小屋。そこに向かった男は、小屋の扉を優しくノックする。
「失礼します、こちらは【マルティア】さんのお宅でしょうか?」
穏やかな声色でそう問い掛ければ、レスポンスはすぐだった。木で出来た扉がキィと音を立てながら開かれれば、そこには年老いた老婆の姿がある。その頭上に浮かぶアイコンから、彼女がNPCである事が見て取れる。
「誰だい、アンタ」
かすれた声で誰何する老婆に、彼は穏やかな表情と声色を崩さずに返事をする。
「初めまして、私は異邦人の【シキ】と申します。町の中心にある掲示板でマルティアさんのご依頼を拝見し、お力になれればと思い伺った次第です」
男……シキが丁寧にそう告げると、マルティアはまじまじと彼に視線を巡らせ……そして、苦笑する。
「そうかい、そりゃありがとうよ。それにしても異邦人の兄さん……アンタ、変わってるね」
マルティアはそう言って、腰をトントンと叩きながら扉の近くに立て掛けてあった斧を手に取る。
「異邦人ってのはこんなババアの代わりに薪割りさせられる依頼なんかより、モンスターと戦う事の方が好きなんだろう?」
この老婆の依頼……クエストは、要するにそういう事だ。腰を痛めた老婆の代わりに、薪を割って欲しいというお手伝いクエストである。
そんなマルティアの言葉に、シキは微笑んで首を横に振る。
「内容や報酬額につられる者が居るのは、事実でしょうね。ですが、大切なのはそれだけでは無いと私は思っています。皆さんのお力になる事……これだって、大切な依頼です」
「……ははっ、やっぱり変わっているね。しかしまぁ、私にとっちゃあありがたいこった」
そう言って老婆は斧を手渡すと、踵を返した。
「報酬は、依頼書に書いた通りの額だよ。でもまぁ、気の良い兄さんにはお土産でも持たせてやろうかね……こんなババアの作るもんで良いならね」
「ありがとうございます、最高のサービスですよ。それじゃあ、気合いを入れて薪割りしないといけませんね」
シキは微笑みながら、斧を手に庭へと向かう。
……
薪割りをしながら、シキは思案する。
――このゲームは、ただのゲームじゃない。
アナザーワールド・オンライン。このゲームが他のVRMMORPGと比べて、高い評価を得ている理由がよく解る。
――AWOのNPCに搭載されているAIは、これまでのゲームに使われているモノよりも格段に性能が高いと聞いていたが……ここまでとは。それこそ本当に、”生きた人間”と疑うレベルじゃないか。
それだけではない。
手にした斧の質感や、薪を割る度に発生する小気味の良い音。割れた薪の断面の精巧さ、小屋の中から漂ってくる匂い。
フルダイブ技術が確立されて、しばらく。彼はこれまでに数々のゲームを経験し、その度に輝かしい成績を上げて来た。しかしながら、彼はVRMMOは初めてプレイする。
――理想郷を創造する会社が作り上げた、異世界……か。
シキは運営の社名とゲームタイトルから、運営の目指すゲームの形を想像した。
「彼等が生み出そうとしているのは……世界そのものか?」
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薪割りを終えたシキは、マルティアから包みを手渡される。
「ほらよ、報酬だ」
マルティアから包みを受け取って、シキは笑顔で礼を口にする。
「ありがとうございます」
「礼を言いたいのは、こっちさね。腰が治るまでの、数日分で良いってのに……この分だと、十日は余裕でもちそうだよ」
呆れたものだ……といった口ぶりではあるが、マルティアの口元には柔らかい笑みが浮かんでいる。
「お役に立てたなら、何よりです」
「全く、とんだお人好しだ。ほれ、これも持っておいきよ。近頃は寒いからね、こいつを飲んでおけば風邪もひかんだろうさ」
手渡されたのは、水筒の様なものだった。老婆の背後には竃と鍋が見え、身体が温まるスープを作っていたのだろうと察する事が出来る。
「感謝します、マルティアさん。またお手伝いが必要な時は、依頼書を出して下さいね。その時は、またお手伝いに伺います」
「……ははっ。あんがとよ、変わり者の兄さん。そん時はまた、何か振る舞ってやろうかね」
老婆に感謝の言葉を告げて、小屋を後にするシキ。その表情は実に穏やかで、良い出会いを噛み締めている様だった。
――NPCが現地人と呼ばれるのも、そういう事だろう。
――あの人達は、この世界を生きる人間。運営は、それを目指している様に思える。
――ならばやはり、運営が目指すのは……。
シキは立ち止まり、マルティアから受け取った水筒に視線を落とす。
「私が思っていた以上に、この世界は興味深い」
シキはマルティアのスープが入った水筒を、落とさない様にと持ち直した。そこで彼のシステム・ウィンドウに、アラームが鳴る。
これは予定していた時間が迫っている事を告げる、自ら設定したアラームだ。
「皆がログインするまで、あと十五分か。思いの外、時間を掛けてしまったな」
そう言って彼は、仲間達と落ち合う集合場所に向けて歩き始める。
次回投稿予定日:2023/12/25(本編)




