03-13 全力で駆け抜けました
南門の上に立ち、少女を抱き上げて立つ一人の少年。黒い和風の衣装に身を包み、首に巻いた紫色のロングマフラーが風に靡いている。
その姿、正に忍者。
唐突に登場した彼の放つ存在感は、この場にいる有名プレイヤーであるアークに匹敵する。そんな少年忍者を前にして、南門で激闘を繰り広げていたプレイヤー達は驚き、唖然としていた。
そんな中、お姫様抱っこ状態の美少女。彼女は自分を抱き上げる忍者を見て、嬉しそうに表情を綻ばせていた。
会いたいと思ったその時に、颯爽と駆け付けた忍者に向けるのは、花の咲くような満面の笑顔。その頬は赤く染まり、クリっとした円な瞳は潤んでいる。
客観的に見れば、この二人がとても親密な関係である事を窺わせる。
それは正にお姫様のピンチを救う、ヒーローの登場。そのヒーローは、勇者でも騎士でもない……忍者だった。しかし相変わらず、忍者なのに忍ばない男である。
その光景によって生み出された静寂、それを破るのは忍者とお姫様のフレンドである二人のプレイヤーだった。
「ワオ!! ジン、ナイス!! ナイス忍者!!」
「ジン君!! 流石ですっ!!」
シャインがサムズアップし、ルナが手を振る。戦闘中とは思えない、にこやかな笑顔である。
そんな二人に気付いた忍者プレイヤー……ジンは、一つ頷いて朱雀を見る。
「あれがボスでゴザルな?」
ジンの言葉に、お姫様……ヒメノが頷いて応える。何か言いたいのだが、感極まってしまってうまく言葉が出て来ないのだ。
まだ朱雀は、ヒメノをターゲットにしている。今度こそ仕留めるぞと言わんばかりに、朱雀が空に舞い上がり翼を大きくはためかせた。この動作は、爆発する羽根を撒き散らす予兆だ。
「あ、あれは……!!」
「安心するでゴザル。どんな攻撃だろうと……」
ヒメノを抱き上げたまま、ジンがグッと腰を落とす。
「避け切ってみせるでゴザル!! 【ハイジャンプ】!!」
武技を発動し、朱雀と同じ高さまで跳び上がるジン。
「はぁっ!?」
「高っ!!」
ジンのボス戦を見慣れているヒメノにとっては、いつもの忍者ムーブだ。しかし普段のジンを知らないプレイヤーからすると、いくら門の上からとはいえ驚異的な跳躍である。
しかしプレイヤー達の驚きは、それで終わりではなかった。
「ヒメノ殿、行けるでゴザルか?」
「はい、行けますっ!!」
ジンが駆け付けてくれた……その喜びと、彼が側に居るという心強さ。ヒメノのテンションは、今回のイベント中で最大まで爆上がりしていた。
「ならばいざ……参る!! 【天狐】!!」
空中に極小の足場を作り出し、それを蹴って朱雀に向けて急接近するジン。その挙動に、プレイヤー達は歓声を上げる。
「空中ジャンプだとぉっ!?」
「忍術か!? 忍術なのかっ!?」
朱雀の撒き散らす羽根よりも、上空を跳び進むジン。朱雀が次の攻撃に移ろうとするも、時既に遅し。
「【蛇腹剣】!!」
弓を背中に背負い直し、脇差《大蛇丸》を抜いたヒメノ。【八岐大蛇】のスキルを発動し、射程距離を伸ばす。
「【一閃】!!」
朱雀の頭部に繰り出される、ヒメノの【一閃】。クリティカルが発動し、そのHPバーが初めて大きく削れた。
「い、一撃必殺少女が……近接攻撃だとぉ!?」
「弓使いじゃなかったのか!?」
「しかも、ボスのHPをさっきよりも削ったな……」
「ヤバすぎだろ……」
どよめき、攻撃も防御も忘れたプレイヤー達。しかし、戦闘は継続しているのだ。呆けている場合ではない。
朱雀から離れた場所に、ヒメノを降ろしたジン。顔だけで振り返り、ヒメノに笑顔を向ける。
「それじゃあ、いつも通りに行くでゴザル!!」
「ジンさん……はいっ!!」
いつも通り……それはジンが回避しつつタゲを取り、ヒメノは全力で攻撃を繰り出すという流れ。出会ってから、毎日の様に繰り返されて来た戦略。
ジンとヒメノが、自分の持ち味を最大限に発揮出来るコンビネーションだ。
「いざ参る……飛燕の如く!! 【ハイジャンプ】」
合流出来てテンションが上がっていたのは、ジンもだったらしい。新しい忍者ムーブが咄嗟に出て来る程に、ヒメノに会えて喜んでいた。
台詞は置いておくとして、ジンは再び朱雀の眼前へ跳び上がる。
「【狐風】!!」
ジンは朱雀の両目を狙い、《大狐丸》と《小狐丸》を振るう。真空の刃が、朱雀を襲った。ちなみに目を狙うのは、ヘイト値が上がりやすいからだ。
しかし、朱雀のヘイトはまだヒメノに向いている。それが視線で解ったジンは、更に畳み掛ける。
「【天狐】!! 【一閃】!!」
空を駆けて、小太刀を振るう。直接、顔を斬り付けられた朱雀……煩わしそうにジンを見た。
朱雀はジンに向けて翼を羽ばたかせ、爆発の羽根を撒き散らす。
ジンは【天狐】の二段目で後方宙返りをし、足が真上に来たタイミングで三段目の【天狐】。本当に忍者の様な動きで、地面に降り立った。ついでに着地ポーズも忍者らしい。膝を折り、両手の小太刀を構えながらの着地である。芳ばしい雰囲気が漂う。
地面にジンが降り立つや否や、朱雀は急降下攻撃を繰り出す。予備動作も少なく、降下速度は素早い。そこらのプレイヤーでは、避ける事は適わないだろう。
だが、ジンにとっては違う。速さならば、アンコクキュウビの方が速かった。しかもジンは、この攻撃に晒されたヒメノをお姫様抱っこして、難なく避けられるだけのAGIの持ち主である……つまり。
「疾風の如く!! 【クイックステップ】」
バリエーションが豊かだった、忍者ムーブ。それは置いておくとして、ジンは【クイックステップ】で朱雀の攻撃を見事に回避してみせた。
「き、消えた!?」
「何処に行ったんだ!?」
ジンの動きは、他のプレイヤーにも見えなかったらしい。まるでその場から掻き消えたかの様な、超高速移動である。疾きこと風の如し、だ。
そうして地面に降り立った朱雀。その眉間に向けて、彼女の矢が放たれる。
「【パワーショット】!!」
ヒメノは武装を弓に切り替え直し、狙いを定めていたのだ。ジンならば、自分が攻撃しやすい位置に朱雀を誘導する……そう確信して。
胸に去来するは、安心感。ジンが一緒に居る、互いに信頼し合っているという感情。ずっとこうして、一緒に居たいと思ってしまう。
ヒメノのその感情に、名前を付けるならば……それは好意だ。
――そっか……私はジンさんが好きなんだ……!!
ヒメノは自分の心の中に芽生えていた、恋心を自覚した。全盲の彼女にとって、普通の恋など縁遠いもの……そんな風に考えていた。
しかし兄の友人であり、多くの共通点を持つジン。彼に心惹かれ、いつしか恋していた。ヒメノの初恋。その相手は、忍者だった。
……
残念ながら、そんなヒメノの内心に気付けていない忍者。だって今、朱雀と戦闘しているし。一人でボスの注意を引き付けてるし。
しかし、彼も彼でヒメノの事を考えていた。
――ヒメノさんが無事で良かったな。
北門でレーナやユアンと、分担して各エリアに向かい妨害モンスターを潰そうと相談していたジン。その際、彼は迷う事なくヒメノの居る南門へ向かう事を選んだ。
町を突っ切って行くなら、自分が一番早いから。東のヒイロとレンならばそれなりにVITがあるし、西のシオンに至ってはどうすればダメージを与えられるか解らないくらいだから。この様に、理由はいくつかある。
しかし真っ先に考えた理由。一番の理由は、そこにヒメノが居るからだった。
南門からフィールドへ出た瞬間、朱雀がヒメノに向けて急降下した時。ジンは考えるよりも先に、行動を起こした。
最も距離が近い、しかも可愛い女の子。似たような境遇、似たようなプレイ方針。親友の妹で、自分にとっては特別な存在。
ジンが自分の気持ちに気付くのと、ヒメノが勇気を出して想いを伝えるのは、果たしてどちらが先だろうか。
少年少女が青い春真っ只中に居るとしても、ボスモンスター朱雀さんには関係ない。
ジンが注意を引きつけ、ヒメノが渾身の一撃を放つ。そして、再びジンがタゲを引く。そんな攻防が始まってから、五分。
――堅すぎでない? もしかして、この鳥はエクストラボス並の強さ?
不思議だなぁと、内心で首を傾げるジン。
確かにイベント専用のボスモンスターで、レイドパーティ前提ならば堅くてもおかしくないだろう。全プレイヤーが総力を結集して、戦うべき相手ならば。
しかし、物には限度というものがある。あのヒメノの攻撃でHPがそんなに削れていない。シオン並みのVIT設定にされているのではないか? なんて考えが、脳裏に浮かんだ。
――この防御力には、何か理由がある? 頭の上の、HPバーと一緒に表示されているアイコンが怪しいかな。
三つの、丸くて赤い宝石の様なアイコン。それは、ジンもよく目にするバフやデバフ状態を示すアイコンだ。つまり朱雀は今、バフが掛かっている状態という事だろう。その三つの内、一つは黒く塗り潰されている。
そして、この戦闘はイベント専用ボスバトル。何かしら、イベント特有のギミックがあっても不思議ではない。
「あ、もしかしてアレかな?」
メッセージ機能を妨害していた、空中に浮かぶモンスター。それがボスに、何らかの力を与えているのではないか?
南門を目指して走っている際に東・西・南で一体、北で二体目と三体目のイベントモンスターが討伐されたとアナウンスがあった。あの赤い光は、残り二体のイベントモンスターを倒せば消えるのではないか? ジンはそう考えたのだ。
それを確かめるならば、検証が必要だ。
イベントボスから門を守るのを他のプレイヤー達に任せ、ヒメノを連れてイベントモンスター討伐に行く。ジンは、そんな作戦を考えた。
既にイベントモンスターを一体落としているジンは、ヒメノならば一撃で済ませられると確信していた。そして【感知の心得】を持つ自分ならば、イベントモンスターが居る場所を早く見付けられる。
「それなら……雷鳴の如く!! 【狐雷】」
朱雀に急接近し、≪大狐丸≫を突き刺す。すると朱雀の全身に雷撃が走り、朱雀の動きが止まった。運良く一発で麻痺効果が発動したのだ。
「よし!! 【クイックステップ】!!」
朱雀が麻痺している隙に、ジンはヒメノの下へと向かった。
「ヒメノ殿!! ボスを倒す為には、メッセージ機能を妨害していたモンスターを、倒さなければならないかもしれないでゴザル」
「あ……成程、そういう事ですか!」
ジンの手短な説明だが、ヒメノは即座に納得した。ボスの堅さを一番実感していたのは、ヒメノである。
「ジンさん……一緒に、行きませんか?」
ヒメノは、ジンが単独でイベントモンスターを討伐しに行くつもり……そう勘違いしていた。しかし、恋心を自覚した乙女なヒメノちゃんである。ちょっとくらい、ワガママになってみるのだ。
ちなみにジンとしては、最初から一緒に行くつもりである。
「無論、一緒に行くでゴザル。拙者には、ヒメノ殿が必要でゴザルゆえ!」
無自覚なジン君、それは殺し文句でしょうか。しかし、そう言われたヒメノちゃんは嬉しそうである。
「はいっ!!」
そうと決まれば、善は急げだ。しかし、その前にやる事がある。
「ヒメノ殿、このエリアで指揮をしていたのは誰でゴザル?」
「えっと、あそこの銀色の鎧のプレイヤーさんです。名前は確か、アークさんです」
アーク。ジンはその名前に覚えがあった。掲示板で”最強”として名前が上がるプレイヤーだ。
「成程、では一声かけて行くでゴザルよ」
ジンとヒメノが、連れ立ってアークの方へ駆けて行く。アークもそれに気付き、怪訝そうな表情で二人を迎える。
「突然失礼、拙者はジン。ヒメノ殿のパーティメンバーでゴザル」
忍者っぽい外見に、忍者っぽい口調。それを見てアークはピクリと反応するが、人のプレイスタイルに口出しをする程浅慮では無い。
VRMMO歴の長いアークだ、ジンよりも変なプレイヤーに何度も遭遇してきた。それくらい、VRMMOのロールプレイというのは幅広いのである。
それを思えば、ジンの忍者ムーブは大人しい方である。丁寧に話し掛けようとする意志が感じられるし、むしろ良い印象だ。
「そうか。俺はアーク、【聖光の騎士団】のギルドマスターを務めている」
「御挨拶痛み入る。不躾で申し訳ないけれど、ボスの堅さについて考えがあるでゴザル」
ジンの言葉に、アークが反応する。ボスの堅さには、アークも辟易していた。それを打破する可能性があるならば、耳を傾けるのも当然だった。
「是非、聞かせて貰いたい」
「ボス討伐には、イベントモンスターを全て倒す必要があると推測したでゴザル。拙者とヒメノ殿で、それを遂行するでゴザル」
その言葉に、アークは反対しようとして……それを何とか堪えた。
――ヒメノは連れて行くな、とは言えない。彼とヒメノはパーティメンバー……それに、彼はジンと名乗った。
アークは目の前に立つ忍者が、ランキング第二位のジンだと察した。先程の戦闘を見れば、成程納得である。速さとスキルを生かした立ち回りで、朱雀の攻撃を尽く避け切る姿。
ヒメノが抜けるのは痛いが、やれない事では無い。それに朱雀討伐が最優先であり、あの防御力を崩せるならばそれに越した事は無い。
それに……。
――彼は、強い。実に興味深い。
それにジンは、アークが認める強者として認定された。彼は強い者が好きなので、ジンに対しても好印象を抱いていた。最もそれは自分ルールなので、周囲に居るギルドメンバーと同じ考えという訳ではない。
しかし、この場を取り仕切るのは自分だ。ならば、許可を出しても不満は出ない……アークはそう判断した。
「了承した、では君達二人に任せよう。俺達は朱雀を食い止める」
ジンに真っすぐ向き合って、アークは頷いた。堂々としたその姿は、ギルドを背負って立つ者として……そして、最強のプレイヤーとしての貫録を感じさせる。
アークの返答に、ジンも最大限の誠意を見せる。
「最大限、手早く済ませるでゴザル。アーク殿、ご武運を」
「あぁ。君達も、武運を」
これが、ジンとアークの初めての接触であった。
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南門の主戦場を後にして、五分程。
「よし、まず一体!」
「はいっ!」
ジンとヒメノは、南西のイベントモンスターを討伐していた。驚きの速さである。
当然、南門前から五分で来られる距離では無い。しかし、そこはAGIオバケなジンである。ヒメノをお姫様抱っこして、時速四十キロで走ったのだ。そうすれば、すぐである。
そして、イベントモンスターを【感知の心得】で発見。即座にヒメノの【パワーショット】で撃墜。
ジンはアークに、手早く済ませると言った。しかし、アークもここまで手早いとは思わないだろう。
「よーし、次は南東でゴザルな。あっ、ヒメノ殿。ルナ殿かシャイン殿にメッセージで、状況を聞いて貰えるでゴザルか?」
「はい、ジンさん!!」
抱き上げられながら、ヒメノはシステム・ウィンドウを操作する。その頬は赤い。
――ジンさん……やっぱり素敵だな。
ヒメノはそんな事を思いながらも、ルナにメッセージを送る。彼女は後衛の為、システム・ウィンドウを開く余力があると思ったからだ。
それは正解だったようで、すぐに返答が来た。
「ジンさん、大当たりです!」
「良かった、当たってたでゴザル!」
ボス攻略の糸口が見えた。それならば、次にやる事は一つだ。
「そうだ、他のメンバーにも情報を共有するでゴザル。ヒメノ殿、頼めるでゴザルか?」
「はい!!」
ジンの意図を察し、ヒメノはメッセージを打ち込んでいく。既に主要なメンバーは、イベントモンスターを倒したエリアに居る。というか討伐したのは、ジンとヒメノの関係者ばかりである。
――お兄ちゃん、レンさん、シオンさん。それにケインさん達のパーティに、レーナさんとミリアさん。あっ、ユージンさんにも念の為!!
ボスとイベントモンスターが関係している情報を一斉に送信して、ヒメノは満足そうに頷く。
視線を周囲に巡らせると、既に始まりの町の中に入っていた。その町並みが、凄い速度で流れていく。ジンに抱き上げられていなければ、こんな速さで走るなんて考えられないだろう。
「それにしても……」
唐突に、ジンが口を開く。ヒメノがシステム・ウィンドウを閉じたので、メッセージ送信を終えたと判断したからだ。
「ヒメノ殿は流石でゴザルな。あのモンスター、拙者は倒すのに時間が掛かったでゴザルよ」
その言葉に、ヒメノは北門のモンスターを倒したのがジンだと気付く。
「あ、北門のモンスターを倒したのは……」
「拙者でゴザルよ。多分、レーナ殿とユアン殿がもう一体ずつでゴザルな」
ジンと同じく、レーナも北門に飛ばされていたのは把握していた。
しかし、少し引っ掛かる。
「ユアンさん、というのは?」
「拙者達と同じ、ユニークスキルの持ち主でゴザル。恐らくは、DEXの」
DEX特化のユニークスキルを手に入れたのは、ユアンという人物だった。ヒメノはそれを聞いてふむ、と頷く。
「もしかして、話したんですか?」
「左様。レーナ殿と組んで北門で戦っていた際に、共闘を申し出て来たでゴザルよ」
ジンは南門に到着するまでの経緯を、ヒメノに説明する。単独で後衛に斬り込む所とか、流石はジンだと苦笑いする。しかし、一つ気になる事があった。
「ユアンさんも、ジンさんと同じ様に銃を持っていたんですね……」
ジンとユアンが、レーナに貸したハンドガン。つまりユアンも≪壊れた発射機構≫を手に入れ、修復したという事だろう。
「そうでゴザルな……機会があれば、色々と話をしたいものでゴザル」
そう言って笑ったジンだったが、徐に走る速度を緩めた。
「もうすぐ、ですね?」
「で、ゴザル」
……
少しして、ジンが完全に足を止めた。見上げるその視線の先に、うっすらと違和感を感じさせるポイントがあった。
「さぁ、ヒメノ殿」
ジンが促すが、ヒメノは首を横に振った。
「ジンさん、良かったらジンさんが討伐して下さい」
その言葉に、ジンが言葉に詰まる。今は、一刻も早くボスのバフを解除しないといけない……そう考えていたからだ。その為には、ヒメノが一撃でイベントモンスターを討伐するのが最善である。
しかし、ヒメノの考えは違った。
「多分、イベントモンスターの討伐は貢献度に大きく関わってきます。そして私は、あれを二体倒しています。だから、ジンさんが倒して下さい」
ヒメノがそこまで言って、ジンはようやく気付いた。ヒメノは、自分の事を思って言ってくれているのだと。
「了解でゴザル。なるべく、早急に倒すでゴザルよ……ヒメノ殿、ありがとう」
そう言うと、ジンはヒメノを降ろして小太刀を抜く。
どうすれば、最速で倒せるだろうか? そんな自問自答の直後、ジンは口角を上げる。答えは簡単だ……今持ち得る、全てをぶつける。
「【ハイジャンプ】!!」
イベントモンスターへ真っすぐ跳び上がり、ジンは初撃を繰り出す。
「【一閃】!!」
両手の小太刀を一度ずつ振るい、イベントモンスターを斬り付ける。
「【スライサー】!! 【デュアルスライサー】!!」
散々練習した【チェインアーツ】を繰り出し、更に攻撃を続ける。
「【エイムスライサー】!! 【ライジングスライサー】!!」
ジンがこのシステム外スキルを扱える理由は、元々の高AGIのお陰……とは、最早言えない。
「【フェイタルスライサー】!! 【ラピッドスライサー】!!」
というのもジンはイベントまでの期間、このプレイヤーの技量に依存するシステム外スキルをモノにすべく、特訓を繰り返したのだ。
陸上競技選手として自然と身についていた、地道な反復練習の積み重ね……そして鍛え上げた、集中力の賜物……それが今、発揮されていく。
「【クインタプルスライサー】!! 【サイクロンスライサー】!!」
ジンは見事、AWO内でトップクラスの【チェインアーツ】を使いこなせる一人になったのだ。
「【ダンシングスライサー】!! 【一閃】!!」
一度の【チェインアーツ】で、ジンは武技を十一回発動してみせた。更に言えば、全てが両手での発動である。つまりは二十二回と言っても良い。
熟練プレイヤー……例えばアークでも、【チェインアーツ】は七回を超えればタイミングがシビア過ぎて成功率は低くなる。
しかし、ジンはそれを見事に達成してみせた……正に、修練の賜物というべき連続攻撃。【短剣の心得】をレベル9まで鍛え、扱えるスキル全てを出し切ったのだ。
地に落ちて、消滅していくイベントモンスター。それを見ていたジンは、マフラーを翻してヒメノに向き直る。
「ふぅ……お待たせでゴザル」
そう言って、照れくさそうに笑うジン。しかし、ヒメノは唖然としていた。
「……ぜ、全然待ってない……ですよ? だって、ほとんど一瞬で……」
修練の成果は、どうやらお姫様の予想をはるかに上回るものだったらしい。
ジンはぶっとんだ才能を持っている天才型ではなく、地道な努力を積み重ねるタイプです。
というのが伝わっていると良いなぁという。
次回投稿予定日:2020/7/14